神的怪異は人の理を解さず
「『呪術・中華百鬼夜行』の首謀者は梁飛龍。いかにも。その正体は画竜点睛の逸話に語られた龍である。いかにも、いかにも。見事な解明だな、縁」
顔や姿が変わったわけではないのに、口調が変わっただけで服装と立ち居振る舞いが馴染んだ気がした。
「解呪の条件の四つのうち、一つを解いたわけだが、さて、ここから先が難しいのではないか? 呪いのルール、呪いの対象、呪うに至る動機。これらが解けねば呪いも解けないが、どうする?」
愉快そうに笑う梁の口元から長く伸びた白い牙が覗く。縁は梁と裏腹に、淡々と応じた。
「そうだね、ひっかけ問題もあったから」
「ひっかけ?」
芦屋が首を捻ると、縁は間をおかずに答える。
「呪いの対象だ。母は電話で、『呪われているのは縁』だと言っていたから、私自身も途中まで、呪われているのは私だけだと思っていた。でも違う。呪いの対象はもう一人居たんだよ。……それが、鹿苑旭だ」
「え? 俺……?」
自分の顔を指さして、鹿苑は瞬く。
「鹿苑くん、さっき言っていたよね、『これまで四回死んでいる』って。死ななかったのは何回目のループの時?」
「ええと、確か、二回目だな」
「……月浪が殺された回だ」
縁が死んだとき、鹿苑は死んでいないのである。
「この、五角審判の間で時間を巻き戻す条件。『この部屋にいる一人が死ぬか、十八時に発生する百鬼夜行で構内にいる全員が死ぬか』……これは嘘では無いと思うけど、隠し条件があったんだと思う。『私――月浪縁が死ぬか、鹿苑旭が死ぬか』がループの条件だったのでは?」
「ああ。その通りだとも」
梁はあまりにも簡単に頷く。
「依代になったのは酒巻さん、鳳さん、泥亀さんの三人で、鹿苑くんはブラフだったんだろ?」
言われてみれば、鹿苑だけがイレギュラーな動きをしていた。
「私が鹿苑くんに麒麟の筆を使わせなかったのは、友だちの寿命を減らすような真似をさせたくないっていう、気持ちの問題とは別に『百鬼夜行絵巻』の終わりが朝を迎えるところで終わっていたからでもある」
「『百鬼夜行が行きます』」と、縁は何度も聞かされた言葉を口にする。
「禁足地と化した美大の敷地内で何度も聞いた。この呪いは、中国神話に語られる霊獣、龍、虎、鳳凰、霊亀、麒麟の力を反転させて時間遡行を行うが、あくまでも〝百鬼夜行〟だ。依代となった三人をはじめとして『名が体を表す』という法則が今回はより強く、強調されている。……鹿苑くんの名前は〝旭〟。百鬼夜行を終わらせる朝日に通じる。だから、」
縁が言い募るのを遮って梁は認めた。
「『月浪縁は〝あさひ〟を損なってはいけない』――確かに、私はそういうルールで呪いを編んだ。さりげなく『呪いのルール』を押さえたな? 鮮やかな手並みだ」
芦屋はここで違和感を覚える。まるで、梁は縁が自分の正体に迫り、呪いを解いていくのを楽しんでいるかのようだ。なんなら食い気味に自分からルールを明かしている。
縁も芦屋と似たようなことを思ったのか、それとも梁の思惑にはだいたい察しがついているのか眉根を寄せながらも続けた。
「……ならやはり、呪いの対象は『月浪縁と鹿苑旭』の二人だ」
縁が断定したので、鹿苑が待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 呪い……呪いってなに? っていうか、俺、普通に梁会長とは仲良くやってるつもりで、……特に恨まれる覚えもねえよ!」
梁飛龍が怪異――画竜点睛の龍だったしても、そもそも鹿苑には四回も惨たらしく殺される理由が思いつかないようだ。混乱した様子の鹿苑に同情するように、縁は眉を下げた。
「鹿苑くんが悪いんじゃないよ。そうでしょう?」
なぜか諦観を滲ませた声で梁に問うと、梁は全く悪びれもせずに首を縦に振る。
「そうだな。……鹿苑旭。君には悪いが、私が憎んだのは君に恩寵を与えた瑞獣の方だ。あの若い男に目のない四つ足風情が、己の領分を超えてまで縁に恩寵を与えるなどという暴挙に出たものだから、つい」
「……〝つい〟?」
梁の言っている意味の半分も理解できなかったのだろう、鹿苑は困惑を隠さなかった。特に最後の言葉が引っかかったらしい。オウム返しに問い返す。
「アレの寵愛する君を甚振ってやれば多少の気晴らしになるかとも思ったのだが、かわいそうなだけで気は晴れなかったな。別にやらないでもよかった。大体にして、鹿苑旭も芸術に才あるものなのだから、君が傷ついたり苦しんでいる様を見るのは私の好むところではないのだ。……アレへの嫌がらせに使ったのは事実であるし、そういうルールにしたので殺しはするが」
梁はあごに手を当てて一人納得した様子で頷くと、いつも通り、鹿苑に向けてにこやかに笑った。
「そんなことはともかく、君はいまこうして生きているのだし、大目に見てくれたまえよ」
「あんた……」
鹿苑の顔に嫌悪感と、拭がたい恐怖の色が浮かぶ。
芦屋はいつかに聞いた縁の言葉を思い出していた。
『神にも等しい力を持った連中は人の理に配慮がない』
梁は怪異、龍だ。人間とは、根本的に感覚が違う。たとえば、おそらく、最終的に生き返るのであれば何度人間を殺してもいいと思っているのだ。
慄く芦屋と鹿苑の二人を横目で窺いながら、縁は断じる。
「……呪いの対象は『麒麟の寵愛を受けたもの』」
「その通り。さて、いよいよ動機の解明に移ろうじゃないか」
パン、と梁は手を叩いてニコニコと縁を促した。縁は不本意そうにではあるが、それに従う。
「まず、こんな大掛かりで周りくどい呪いを組んだ理由は一つだろう。……私に、自分の作った作品を読解させたかったから。中華百鬼夜行が私に向けられた作品だとするのなら、呪いの部品として利用した酒巻さん、鳳さん、泥亀さんの一件で、君は私にメッセージを伝えようとしたのだと思う。たとえば」
「酒巻虎徹に取り憑いたのは山月記の虎――『恵まれた才能への屈託と羨望』」
「鳳アンナに取り憑いたのは永遠不変の不死鳥――『自身の才能への不服と自暴自棄』」
「……泥亀伊吹に取り憑いたのは河図洛書の霊亀――『言葉を奪われたことの示唆』」
縁は泥亀のことを語る時だけ少し腑に落ちていない様子ではあったが、おおむね淀みなくまとめると、梁に問いかける。
「いずれも、君が私に覚えた不満なのではないだろうか」
梁からの返事はない。縁は一呼吸置くと、確かめるように言った。
「……瑞獣である君の行動原理は、才ある人間を祝福して恩寵を与えること。だから人を憎むとか呪うとか、そういう状態は本来の性質から反転しているってことだ」
「そういうことになるだろう」
「なら、私は君からの恩寵を受けていたんだな。おそらくは、芸術に関する才能にまつわるものだ。違う?」
「うーん」
それまで笑みを崩さず縁を見守っていた梁は、そこで初めて腕を組んで、悩ましげに首を傾げた。長い黒髪がさらりと揺れる。
「間違ってはいない。けれど、やはり、だいぶざっくりしているな。だが正解は正解だ。私に課せられた一つのルールが解けた。これで『良い』」
声に被さるように、ジャラジャラと鎖が梁の腕からこぼれ落ち、床に落ちる寸前でフッと消えた。梁は手首をさするように動かすと、指を四本立てて見せる。
「私が縁を呪った動機――理由は四つある」
そのうち二本を折って、梁はこともなげに言った。
「主だったものは二つだな、縁が麒麟の恩寵を受けたことが気に入らないから、そして、縁に正体を明かさないまま別れるのが嫌だったから、だ」
梁は一歩、縁に近づいた。
芦屋はとりあえず梁と縁の間に割り込んでおく。前回の二の舞は絶対に避けたい。
梁は芦屋を一瞥した。そこに敵意や嫌悪感のようなものはなく、「なんでそこに石ころがあるんだろう?」と不思議に思っているかのようだった。たぶん、芦屋のことは眼中に入っていない。
梁はふたたび縁に目を向ける。
「私は月浪禊との契約で二十年間、縁に恩寵を与えた。禊からのオーダーは『月浪縁が成人するまでに、怪異に抵抗するような力をつけさせること』。だから私は君に『優れた作家であるうちは厄を払える力』を授けた」
「は?」
驚愕する縁と芦屋の声がほとんど重なった。
つまり、梁が縁に授けた恩寵というのは『厄払いの絵画』ということになるのではないか。
「月浪の血筋――縁から見て母方の先祖がろくでもないことをしでかしたせいでその末裔は呪われている。具体的に言うと、君たちは怪異に必ず関わらねばならない業を背負って生まれてくるのだな。簡単に言えば、禊は『君臨』、健は『剛健』、縁は『奇縁』」
梁は淡々と述べると異形の手で縁を指差す。
「縁が言うところの『霊媒体質』は、月浪家の業をより一層強めたものだ。禊や健よりずっと縁は怪異の起こす事件に巻き込まれやすい。そのうえ、寄ってくる怪異から身を守れる特別な力を持ち合わせていなかった」
困惑と動揺が浮かんでいた縁の顔が、徐々に納得に落ち着いていく。
「だから、母親の月浪禊は赤ん坊の縁を抱えて私のところに来た。よく覚えている。あの日、禊に抱かれた縁は、ふくふくとした、リンゴのような赤い頬の健やかな赤ん坊だったけれど、きっと長くは生きられないだろうと思ったよ」
「……私に打ち明けることはできなかったんだな? 情報開示を母に禁止されていた?」
縁が努めて冷静に尋ねると、梁は微笑む。
「さすがだ。そうとも。自力で縁が真実に到達するほかに、私が君にどれほど尽くしたかを知らしめる術はなかった。だから、私はこの呪いを編んだのだ」
「……いや、おまえ、『尽くした』ってなんだ?」
気づけば口を挟んでいた。




