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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第六章】百鬼夜行・麒麟
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鹿苑旭の語り:傲慢と後悔

【鹿苑旭】


 ポートフォリオを送ったら、どうやら及第点はもらえたらしい。彼方(かなた)さんは工房での作業を見せてくれると言ってきた。だが、藝大の本格的な工房は茨城県の取手市にある。

 彼方さんはほとんどそっちで土曜も日曜もなく作業しているらしいが、さすがに上野に自宅がある高校生がすぐ向かえるような距離ではない。


 だから、連絡をもらって次の週の土曜に、茨城の工房まで足を運んだ。

 タクシーでやってきた俺を、黒いツナギ姿の彼方さんが出迎えてくれた。

 咥えタバコの彼方さんは俺を見つけるや否や携帯灰皿にタバコを押し付けて、


「半分は面白かったけどもう半分は鑑賞者を小馬鹿にした態度が鼻についた。ああいうハスに構えた世の中ナメてる態度は子どもっぽいよ。逆に侮られる。もうちょっとうまくやんな」


 と思いっきりダメ出ししてくる。

 思い当たる節はなくもない。普通に耳が痛かった。

 わざわざ茨城まで来たのにいきなりダメージを受けたので、自分でも情けないすねた声が出る。


「……じゃあなんで呼んでくれたんすか」

「半分は面白かったって言ったろ。あと、ポートフォリオそのもののまとめ方は悪くなかった。『わたしに見せる』ってことを意識して構成してただろ。そういうのは伝わるよ」


 工房に入ると、彼方さんはスケッチブックを手渡してきた。作業の準備中にでも読んでおけ、ということだったので遠慮なくページを開く。


 走り書きの言葉、下描き(エスキース)、どういう思考回路で作品を作ろうと思ったのかまで全部書いてあった。……面白かった。

 読むとわかる。入神彼方の作品は、入神彼方にしか作れない。


 たとえ作品の様式や見栄えだけ模倣してもコンセプトが伴わないと魅力が半減するタイプの作品だし、少しでも彼方さんが出力した作品と形を変えるとクオリティがめちゃくちゃ下がる。

 だからスケッチブックや創作過程を俺に見せても彼方さんにとっては屁でもないのだ。




 彼方さんの制作過程はそれ自体が作品のように見えた。

 滑らかな手つきで、彼方さんは鉄板、銅板、針金、ガラスを重ねて一枚の絵を作っていく。ムダがない。ただ自分の頭の中にある形を具現化することに徹した動きしかしない。……人間業じゃないのだ。


 火花を散らしながら鉄と銅板を加工する。飴細工でもやるように彼方さんは鉄と銅を自由自在に操っていった。

 その最中、やたらに白い顔は火に照らされると赤みが差して、そこでやっと彼方さんは人間らしい顔になった。流れる汗に気づいてすらいない恐ろしいほどの集中と、迷いのない指先。瞳に反射する炉の炎。

 その顔を見て、俺は、なんで彼方さんが俺に「うまくやれ」と言ったのか、薄々勘づいていた。


 彼方さんは一つの作業を終えると間をおかず別作品に取り掛かり始めた。こちらは作業の終盤に入っているらしい。ほとんど完成していた。

 鉄板の冷たく硬質な銀色と、銅板の玉虫色に光る断面がきれいだった。それを溶けたガラスの液に入れて、取り出す。

 平面なのに立体の要素を持っている作品だ。接着するためにガラスでコーティングされた絵は飴がかかったようにつやつやしている。

 ため息が出るほど繊細な手つきで、彼方さんは作品を棚に置いた。


 そこまでやると、彼方さんは俺に目をやった。


「見たいって言ってたから制作過程を見せたけど。なんか得るものはあった?」

「……彼方さんの作品が彼方さんにしかできないものだってのは嫌ってほどわかった。そんで、なんで最初に俺の作品の半分を子どもっぽいって切って捨てたのかもわかったよ」


 作っている最中の彼方さんが、自分の生み出す作品を刺すように見る目には煮えるような憤りを感じた。それを踏まえてスケッチブックを見直すと、個展で一見しただけでは捉えきれなかった彼方さんの作る作品の芯、エネルギーの正体が「なにかに対する怒り」であることが見えてくる。


「あんた、なんか知んないけどすごいキレてるだろ。創作意欲が『怒り』からきてる。だけど作品を一目見ただけでは怒りを感じさせない。ただ強烈なエネルギーみたいなものだけは伝わるように全部計算してるんだな。……だから俺みたいなうまいこと感情を隠せてない奴を見ると気に障る。そうだろ?」


 彼方さんは自分の作品の眠る棚へと目をやった。


「『edge』シリーズは視点を変えると違うものが見えるように作ってる。三百六十度のあらゆる角度。断面、正面、光を当てた時に落ちる影……見え方の違いで印象も変わる。全てをきちんと鑑賞すればわたしの言いたいことは正しく伝わるけれど、いい加減に鑑賞してしまうと正しい意図は絶対に汲み取れないように。……君の読みは大当たりだ」


 彼方さんは俺の方を見て、笑った。滅多に笑わない人だったから、はっきり覚えている。


「思ったとおりだ。君は少しわたしに似ている」


 ※


 取手キャンパスに付属している藝大食堂は一般人も利用可能で、他に飯を食うところも特にないので昼食は自動的にそこになった。カレーと本日のパスタと日替わり定食しかメニューがない。パスタはたらこのりバター。日替わり定食は春巻きとワカメスープ。

 俺が迷っていると、彼方さんは勝手にカレーを二つ注文した。


「ちょっ……。勝手に決めんなよ」

「ここだとカレーが一番美味い。奢ってやるから文句を言うな」


 財布をひらひら振りながら言う彼方さんは全く横暴極まりなかった。

 だけど、いざ食べたキーマカレーはわりと美味かったので、それ以上文句を言うのはやめる。


「彼方さんはなんで藝大に行こうと思ったんですか」


 放っておくと無言で昼休憩が終わりそうな気がしたので話を振ってみる。彼方さんは話しかけると無視はしないでとりあえず答えてくれる人だった。


「向いてると思ったから。藝大は他と比べれば学費が安いし」

「あと、ぶっちゃけ大学って意味あります?」


 彼方さんはスプーンを持つ手を止めて怪訝そうに眉根を寄せた。


「……それこそどういう意味で聞いてるんだ?」

「藝大・美大なんか行かなくても作家にはなれるし、実際俺はなれたし。学歴関係なく作品が良けりゃ売れるし、『行く意味あるか?』と思って。彼方さんがウチの親父に学ぶところなんてあるんすか?」


 彼方さんはちょっと考えたあと、淡々と答える。


「鹿苑教授は売り込みがうまい。人間をつなぐのも上手な人だと思う。君をわたしの個展に連れてきたのも鹿苑教授の意図からすると的確な采配だろう。調子に乗ってる君に冷や水を浴びせかけるのに、わたしはこの上なく適任だったろうからな」


 思いっきり釘を刺されて、俺は自分の頬が引きつるのを自覚する。それでも持論は覆らなかったので、テーブルに頬杖をついた。


「……作品のことは度外視じゃん。それほぼ答えでしょ。彼方さんなら独学でもフツーに作家として台頭できたって」

「それだと効率が悪い」


 一蹴された。「効率?」とオウム返しに尋ねると、彼方さんは冷ややかに続ける。


「ある程度向いていれば独学で学んでもいずれ成果は出るけど、遠回りしたり、ひどい時には車輪の再生産をすることになる。そちらの方がもったいない。時間の無駄」


 彼方さんはそこまで言うといつの間にかきれいに食べ終わった皿に目を落とした。


「わたしたちにとって一番大事なのは時間だ。死ぬまでにいくつ作品を作れるか。その作品がどれだけのクオリティを出せるかが勝負。それなのに遠回りしてる暇なんてない」


 独学でやると遠回りになる、というのはあまり意識していなかったし、新鮮に聞こえた。


 言われてみれば、俺もアイディアに詰まると家族へ意見を聞いたりもする。この、質問できる相手が大学に行けば増える、ということなのかもしれない。例えば彼方さんのような人が同級生にいて意見交換できるなら、それはたしかに、作家として実力をつける近道になるだろう。


 考え込んだ俺を見て、彼方さんは小さく息を吐いた。


「でも、一番わかりやすいメリットは今日みたいに工房が使いたい放題使えることじゃないか? あと、地味に作品保存の観点で大学生は得だ。大型の作品を作りたい時に一番困るのが保管場所の確保だが、大学はある程度スペースをとってくれるからな。東京で、個人でやろうとすると、それだけでかなりコストがかかる」


「すっげえ現実的かつ事務的な理由……」


 苦笑いする俺に、彼方さんは少し厳しい目をして口を開いた。


「それから、君は意図してないだろうが、『藝大・美大に行ってなんの意味があるのか』という疑問を藝大・美大に受かっても通ってもいない人間が言うのは負け惜しみ(ルサンチマン)に聞こえる。その手のことは受かってから言いな」


「……ああ。それもそうか」


 受験すれば受かるだろうと当たり前のように思っていたので正直その発想はなかった。

 彼方さんは俺の内心を読んでいたらしく、ものすごく呆れた様子ではあったが、「気をつけろよ」と言うのにとどめてくれた。


 ※


 俺と彼方さんの交流は続いた。

 俺は彼方さんが新作を出したり、個展を開くたびに観に行ったし、彼方さんも俺の展示に顔を出した。

 俺はよく、構想段階の作品について相談したからその延長線上で参考になりそうな本とか作家とか展覧会を教えてもらった。

 展覧会に関しては五回に一回くらいは付き合ってくれたよ。すげえ雑な言葉で的確な解説するから面白かったな。

 なんだかんだ、一年と少しくらいは世話になってたと思う。


 高二の終わり頃、彼方さんは大きいギャラリーでの展示が決まったって教えてくれた。珍しく展示計画とか、作品をどうやって置くか、照明の指示まで書かれた資料まで見せてくれたことがあったんだ。


 その指示がまた超細かいんだわ。


 使う電球は白熱電球が何個だ。LED電球は何個だ。照明角度は必ず全指定通りで頼むとか、絵画作品展示用の額縁はスチールのものを持ち込みで何日中に搬入するからそれ使えとか、ガラスを使ってるから取り扱いを慎重にしてほしい作品が何点あるのでよろしく頼むとか、これとあれは絶対隣り合わせで展示するとか。

 そういうのがズラーッて事細かに書いてあんの。


 これまで彼方さんは俺に完成作品や、作品集(ポートフォリオ)を見せてくれることはあったけど、制作過程を見せてくれたのは最初の一度きりだったし、展覧会の内容を俺に相談してくることもなかったから不思議には思った。

 普通は彼方さんみたいな作家が高校生にあれこれ聞かねえよ。


 でも彼方さんが展示予定のギャラリーは結構歴史ある有名なとこだったし、「悩んだり緊張とかしてんのかもしれねえな、一切顔に出ないけど」なんて思いながら展示計画書を見たんだけど、普通によくできてんだよ。

 ギャラリー側の希望も赤字で入ってたりしてさ。こんな感じで展示の計画立てるんだなって普通に参考になったわけよ。


 だから「気合入ってますね、いいんじゃないっすか」って、普通に返して終わったんだけど。……なんか俺、その日からずっとなにか見落としてるみたいな、変な感じが付き纏うようになった。


 結局展示を見に行っても、その感覚は全然晴れなかったんだ。


 彼方さんの個展『slash』には展示の顔――アイコンになる大型の立体作品『/01(スラッシュゼロワン)』があって、それを取り巻くように絵画作品や中型の立体作品が並んでいた。展示室もいくつも使って豪勢にやってたな。


『/01』はガラスと鉄を組み合わせた三メートルくらいのドーム状の作品で、鑑賞者は作品の内部に入ることができる。ガラスはレンズ状になっていたり、細かい彫刻が施されていたりしていて、巨大なあぶくの中に入ったみたいな、ずっと作品内部に留まっていると水の中から水面を見上げて光を感じるような、不思議な感覚になる作品だった。


 全体的にクオリティも高いし、相変わらず彼方さんの作品には鑑賞者を作品世界に引き摺り込むようなエネルギーがあってすごいと思ったんだけど。

 でもやっぱり「なにかを見落としている感じ」は拭えなかったし、それどころかどんどん強くなっていた。


 だから、喫煙所に入り浸っている彼方さんのところに挨拶に行ったときも、すげえ歯切れの悪いことを言ったと思う。

「見せてもらった展示の順番とちょっと変わってましたけど、よかった……と思います」とかね。

「その間はなんだよ」って突っ込まれそうな感じのことをさ。

 でも、彼方さんなんも言わねえの。「はっきり言えよ」って言いそうなもんなのにな。


 ……やっぱ、あの日のことを思い出すと自分が鈍すぎてぶん殴ってやりたくなる。いつもと違うこと、おかしいことはいくつもあったのに、なにも気づかなかったんだよ。


 入神彼方の展示『slash』は最終日まで盛況で、出してた作品もほぼ全部売れてて、大成功だった。事件が起きたのは展示のあと。


 展示の目玉作品『/01』の撤去作業を担当していたギャラリーの作業員が事故を起こした。作品は無事だったけど、作業員は足を切断する重傷を負った。


「入神さんは悪くありません。作品に見惚れた自分が悪いんです」


 手当を受けた病院で作業員はそう言って、彼方さんのことを庇い続けていたらしい。


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