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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第六章】百鬼夜行・麒麟
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鹿苑旭の語り:入神彼方

【鹿苑旭】


 物心ついた頃から芸術が当たり前のように生活と密着していた。母親は絵本作家で父親は藝大の教授。上野の自宅に造られたそれぞれのアトリエは二人の王国で、息子の俺は王国を自由に行き来することはできても触れることは許されなかった。王様と女王様と対等になるには俺も王様になるしかなかった。


 というわけで、ガキの頃から俺は自分の王国を作るために絵を描いたり、粘土をこねたりと、いわゆる創作活動を始めた。我ながら恵まれた環境だったと思う。これで俺が全く美術に興味がなかったり、作ることに不向きだったら地獄だったと思うが、幸運なことにそうならなかったんだよ。


 ずっと、作ることも観ることも好きだった。コンクールは嫌いだったけど。


 学生向けコンクールは大人が好きそうな作品をガキに描かせて点数つけるやつだから、俺はいまでも嫌いだね。ガキが頑張って背伸びして作った大人っぽい作品は落とすじゃん。「子どもらしくない」とか、ひどいと「親が描きましたよね?」みたいな邪推を入れてくる。ガキが高等な技術を持ってるわけないってナメてんだよな。


 審査員の中に美術教育なんかろくに受けてもいねえ役所のお偉いさんがいるのも気に入らねえ。高校の授業で美術選択とったかどうかも怪しいド素人のおっさんがなんで特別賞的な位置付けの審査してんの? それで「大臣賞」とかの賞状出すんだろ? あんなの「おっさんの好みで賞」じゃん。そんな枠とる意味があるか?


 だからってコンクールで入賞できないヤツが「コンクール嫌い」って言っても負け惜しみみたいでダサいだろ。だから「どうせこんなのが欲しいんでしょ?」って思いながら描いた絵を応募してたわけ。実際そういうウケ狙いで出した絵はずっと金賞取ってたね。くっだらねえ。バカみてえだなと思ってた。


 でも、考えてみりゃ、高一まではずっとそんな感じだったんだよなあ。ウケ狙って描いた作品と、本当に俺がやりたい方向性の作品と、二つ作ってた。


 俺、小遣い稼ぎのつもりで『キュービ』って名前で中学生の頃から作家活動してたんだよ。

 こっちもウケ狙いで描いた作品の方は本当にウケたんだけど、いま思うとすっげえ商業的に使われた。『現役中学生作家』、高校に上がったら『現役高校生作家』とか言われて、俺の年齢とかも作品の箔づけにされた。「本名で活動しませんか」ってギャラリーの人にも最初勧められたけど、あれはうちの親父がそこそこ名の知れた作家兼藝大教授だったからだろう。中学生にもなると反抗期入ってたし「嫌だ」って言って断ったのは正解だったね。つってもそのギャラリーも親父のツテがあったから所属できたところだったんだけど。


 ああ、うん。当時は完全に調子乗ってた。正直全く言い訳できない。


 いや、実際売れてたし。……ガキの頃から変にチヤホヤされて成功体験積んだのがよくなかったのかもな。「なんだよ、世の中結構チョロいじゃん」とか思ってましたよ。……自分でもわかる。ホントに嫌なガキだったね。


 で、そんな俺を親は、特に親父の方は見かねてたんだろうな。鼻っ柱へし折ってやろうと思ったんじゃねえの? 高一の夏前に、親父に個展に連れてかれたんだよ。


「教え子の一人に面白い作家がいる。おまえも参考になるだろうから見ておけ」って。

 親父と俺は普段仲良く一緒に展示に行くような感じでもなかったし、そんな提案されることがそもそも珍しいことだった。正直親父と二人で出かけるのもどうかなとは思いつつ、「親父がそんだけ言う作家ってどんなもんよ」っていう好奇心で出かけたんだ。


 四谷にある、積み木の城をレンガで作ったみたいなギャラリー。中の展示室はいわゆる白い壁・白い天井の立方体的空間(ホワイトキューブ)。そこで、入神彼方(いりがみかなた)の個展「edge」が行われていた。

 結構人が来るもんなんだな、と思ったのが最初だ。

 それからいざ展示室に入った瞬間、作品のもつ圧倒的なエネルギーに、俺の天狗になってた鼻は完全にへし折られた。


 一番目を引いたのは展示室中央に置かれたガラスの立体作品だ。だいたい二メートルくらいはあったかな。氷でできた巨大な花束にも、糸で作った木のようにも見えた。それが、計算し尽くされた照明の当て方で、植物の根と水の中みたいな影を床に落とすんだ。俺が展示室に足を踏み入れると、水に足を浸したみたいに光と影が揺らめいていた。


 そのまま壁にかけられた絵を見ていく。入神彼方は何枚ものガラスと鉄を重ねて植物の絵を描いていた。


「二十歳で父親を凌ぐ技量だ。末恐ろしい」


 親父は思わず、と言ったようにこぼした。


「これの作家の父親も芸術家なのか?」

「そうだ。入神絶海(ぜっかい)。十年前に一世を風靡した作家だったが、三年前に亡くなっている」


 ガラスに映り込む全身真っ黒な格好の親父を横目に、俺は「へえ」と適当に返した。

 俺は、父親が有名な芸術家で自分も作家なのだという、入神彼方に勝手な親近感を覚え始めていた。


 それから、全部の作品を見て回った。

 入神彼方の作品には一切の妥協がなかった。ギリギリまで研ぎ澄まされた感性と技術を駆使して作品を作り、鑑賞者を作品世界に引きずりこむ。鑑賞者をナメて見くびるような手抜きはなく、真剣にこっちに問いかけてくる。それでいて媚びたりウケを狙ったりもしてない。


 なによりも作品全体を通して発せられるエネルギーが凄まじい。

 これを作った人間は腕で何もかもを黙らせる力を持っているのをひしひしと感じた。


 作家の鑑だと思った。


「俺よりカッコいい作品を作る奴に初めて会った。これ作ったのは一体どんな野郎なんだ?」


 俺が尋ねると、親父はちょっと面食らった様子だったが、勝手に納得したみたいで受付に戻った。


「入神さんに挨拶したいんだが」

鹿苑(しかぞの)教授……! すみません、彼方なら喫煙所にいると思います。ちょっと呼んできますね」


 受付にいた女はたぶん入神の友だちだったんだろう。

 焦った様子で走っていって、ほどなく人を連れて戻ってきた。


 半袖の黒いトレンチコートみたいなワンピースのポケットに両手を突っ込んで、長い金髪を一つにくくった気だるそうな女が「どうも」と親父に頭を下げた。


「ご足労かけました。DMは渡してましたけど実際来るとは思ってなかったんですが」

「来ないほうが良かったか?」

「まさか。ありがたいです」


 女は薄い唇を不器用に持ち上げた。愛想笑いが下手くそだった。


「連れを紹介してもいいか? 息子の(あさひ)だ」


 女の目が俺を見た。「へえ」という感じに眉が上がる。


「……どうも。鹿苑旭です。あんたが、入神彼方……ってことでいいんですか?」

「ああ。男だと思った?」


 言い当てられて黙った俺を、彼方さんは冷たく笑った。


「よく言われるよ」


 親父がため息を吐いて、俺の背中を軽く叩いた。


「無作法ですまない。この旭も作家として活動している。君の作品が刺激になるだろうと思って連れてきたんだが」

「それはそれは……。では質問にでも答えましょうか。旭くん。なにかある?」


 どうしてか、一騎討ちでもするみたいな緊張感だったのを覚えている。

 彼方さんは下手なことを言ったらたぶん、一生対等には扱ってもらえない気がするような、圧のある作家だった。……いろんな作家に会ったけど、あんなに怖い人は滅多にいない。

 だからあえて俺は正直に、思ったことを尋ねた。


「あんたの作品、妥協もなければウケも狙ってなかった。ずっと緊張状態で作ってる感じがした。あれ、どうやるんだ?」

「『大衆に媚びた瞬間、その作品は死ぬ』と思って作ったらああなる」


 彼方さんの言葉は端的だった。


「ウケを狙わず作りたいものを作って評価されたいなら、『誰にも文句を言わせない出来の成果物を出す』……これだけできればいい」

「逆に、小手先のテクニックを使って、ゲームをハックするように作品を作れると思った瞬間、その作品は死んで消費されるだけの肉塊になる。大衆に食われて終いだ」

「わたしは別に、作品が消費材になってもいいとは思うけど。お金になるから」


 最後に彼方さんは視線を床に落とし、自答するように口を開いた。


「妥協については……、わからないな。する必要を感じないから、したことがない」


 彼方さんは「当たり前のことを当たり前に言ってます」って雰囲気で、「それをやれたら苦労しねえよ」的なことを言う。

 でも実際、口に出したことを全部実行してるのは、わかった。


「他に質問は?」


 タレ目がちなのに甘さが一切ない顔で、彼方さんは俺を見る。


「あんたがどうやって作品作ってるのか見てみたいんで、連絡先教えてもらっていいですか」


 彼方さんはここで初めて表情を変えた。目を丸くして俺と横にいた親父を見比べた後、腕を組んで呟く。


「……君、自分の父親の目の前でナンパするってすごい度胸だな」

「は? ナン、」


 自分の発した言葉が他人からどう受け取られるのかを冷静に咀嚼したらむしろナンパ以外のなにものでもなかった。その上、横に半笑いで呆れてる親父。前方に好奇心丸出しの彼方さんの友だち。そしてド正面に冷血動物みたいな真顔の彼方さんが立ってる状況だった。めちゃくちゃ恥ずかしくて、俺は咄嗟に謝っていた。


「すみません。そっ、そういうつもりじゃなかったけど! でも実際作ってるとこすごい気になったんで! 他意はないから!! 本当に!!」

「あっそ」


 彼方さんはどうでもよさそうに俺の言い訳を切って捨てると、受付に置いてあった自分の名刺の裏側に、名刺には記載していないSNSのアカウント名をボールペンでサラサラ書いた。


「ここに、ポートフォリオを作って送ってきな。二週間の猶予はやるから。その出来次第で制作過程を見せてやってもいい」


 俺に名刺を押し付けると、彼方さんは流れるように親父に顔を向けて尋ねた。


「鹿苑先生、大学施設は関係者以外立ち入り禁止だと思いますけど、彼は鹿苑先生の息子だし、その辺、融通が利きますよね? わたしの作業は大体工房でやってますんで、一応の確認なんですが」


「こちらは助かるが、……いいのか?」

「彼の作品次第ではありますけど、質問の仕方がちょっと面白かったし、工程なんてこちらとしても別に見られて困るもんでもないので」


 親父は彼方さんの無礼に近い異様にマイペースな態度に慣れている様子だ。俺は受付から見える彼方さんの作品を横目で窺いながら、呟く


「……パクられるとか、そういう可能性は考えないの?」

「愚問だ」


 彼方さんは短く言い切る。


「ただ真似をするだけではわたしの作品より良いものにはならない。『劣化版・入神彼方』に甘んじるつもりならやってもいいけど、君、創作に関してそこまでバカではなさそうだから、やらないだろ?」


 俺の作品を見たこともないくせに、彼方さんは断言した。


「なんで?」


「君はわたしが『大衆ウケを狙わず緊張状態で作ってる』って言った。当たってるよ。それなりの審美眼があると思う。見る目がある人間は優れた作品を作る素養があるし、なにより君が見込みの無い作家なら、鹿苑教授がわざわざここまで連れてはこない」


 思わず親父の顔を見る。親父はなんとも言い難い、照れのようなバツが悪いような、複雑な顔をしていたが、彼方さんの言葉を否定はしなかった。

 彼方さんは冷ややかに親父の反応を一瞥すると、再び俺へと目を移す。肩から一本にまとめた金髪が背中の方へ滑り落ちた。


「だけど、わたしは君の作品を見てからじゃないと深く君の人とナリを判断できない。よってポートフォリオの提出を求めた。作家なら作品以上に自己紹介にふさわしいものはないから」


 そこまで言うと、彼方さんはフッと電池が切れたおもちゃのように肩を落とした。


「喋ったらヤニが切れた。……すみません、急に呼ばれて満足に吸えてないんですよ。タバコ吸ってくるんで今日はこれで。ではまた」


 言いたいことを言って一礼すると、彼方さんはスタスタ歩き去ってしまった。

 俺は彼方さんの背を指さして、置いて行かれた格好の親父に尋ねる。


「なあ、藝大生ってみんなあんな感じ? 慇懃無礼っていうか、すっげえマイペース」

「あそこまでのはそんなにいない」


 親父は冷静に言った。


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