イレギュラー
縁も芦屋と同じ答えに行き着いたのかもしれない。鋭い眼差しで鹿苑を見据えながら、警戒を滲ませた硬い声で問いかける。
「待ってたって、どういうこと?」
「月浪と芦屋だけが毎回行動が違うから、たぶん、おまえらがキーパーソンなんだろうな、と思って」
鹿苑は憔悴した様子ながら、異国で同じ言葉を話す人間に出会ったときのように話し始めた。
「一回目は、最終公演が終わる前に様子を見に行こうとしたんだ。一号舎の地下に向かう途中で悲鳴と怒号が聞こえてきたから『何事だよ』と思ってたら、龍のバケモノに殺された」
芦屋と縁が共に殺された時間軸、鹿苑も死んでいたのだ。
「殺されたと思った次の瞬間、大道具の調整してたんだから混乱したよ。時間が巻き戻ってることには気づいたけど、普通にそんなのありえないと思った。『夢でも見たんだろ、よっぽど疲れてんのかな』って自分を納得させた。実際、準備期間中から変に緊張してあんまり寝てねぇしよ」
芦屋は鹿苑の語り口に違和感を覚える。
「おまえらが『誰が中華・百鬼夜行を作ったと思うか』を聞いてきたのもこのときだよな? 俺は普通に『梁会長なんじゃねえの?』って答えたけど、いま思うと、ちょっと違うかも。……俺かもしれない」
「ちょっと待て。おまえ、時間がループしてるって、最初からわかってたのか?」
梁飛龍や鳳アンナは時間が巻き戻ってることを認識していなかった。
――つまり、鹿苑だけイレギュラーということにならないか。
それにしてもその情報はもっと早くに手に入れたかったところである。
「早く言えよ」
「そのときは夢だと思ってたんだよ。だいたい別に夢の話を逐一周りにしねえだろ。『俺、さっき夢で死んだんだよね』とか話して愉快な反応が返ってくるわけでもねえし……」
肩を落として言う鹿苑に、芦屋はそれもそうか、と納得する。
「二回目は、夢と同じ――一回目で自分が殺されたときと同じ行動するのは嫌で、悪いけどシフトはサボって、一人で展示を見て回ってた。十二号舎にいたと思う。その時は死なずに済んだんだよな。気がつくと時間が巻き戻ってて、また大道具の調整してたんだわ」
芦屋と縁と同様に、鹿苑は時間がループしていることを認識した上で、ある程度自由に行動できたようだ。
鹿苑は二回目で、「これはおかしい。少なくともただの夢ではない」と気づいたらしい。
「三回目は大学から出ようと思ったんだけど、出られねえのな。どうにか大学から出られないか試行錯誤してるうちに今度は虎のバケモノに食い殺された」
「虎に……?」
酒巻虎徹から縁が虎を祓ったループで、鹿苑は虎に殺されている。これは、偶然だろうか。
思わず横にいる縁の顔を見ると、縁は険しい表情で鹿苑の話を聞いている。
「そう。殺されて、時間が巻き戻る。この繰り返しだ。俺は四回死んでんの」
鹿苑は「逃げようと思っても絶対逃げられないんだよな」と呟いた。
「芦屋と月浪が、なんか他の連中と違う動きをしてるのに気づいたのは前回だ。合流したかったんだけど、おまえらがどの辺にいるか、全然わからなかったんだよな。誰も教えてくれなかった。話しかけた連中はおまえらの居場所を尋ねるとRPGのモブみてえに決まった言葉、『百鬼夜行が行きます』を繰り返すだけで気色悪ぃし……」
鹿苑の言うことを信じるのなら、芦屋と縁が鹿苑と合流するのを阻害されていたということになるだろう。
鹿苑は額を抑えて嘆息する。
「俺を殺しに来たバケモノは、腐りかけの虎とか、火ィ噴く鳥とか、バカデカい蛇と亀とか、その時々で違うんだけど、アレは、俺が作った大道具が形を変えてやって来てるんだなって、なんとなくわかるんだよなあ……」
「おまえが、作った?」
「そう。〝百虎図。鳳凰の彫刻。影絵の霊亀。〟――全部お化け屋敷の見せ場で使う、俺が手を入れた自信作だ。それがなんでか実体を持って人を殺してるし、なんなら俺のことを殺しに来るんだよ」
鹿苑は前髪をぐしゃりと掴んだ。
「……俺のせいなのかな?」
弱りきった声で、鹿苑は続ける。
「とびきりカッコよくて怖いバケモノを作ろう、死ぬほど客をビビらせようとは思ってたけど、ほんとに誰かを傷つけたり、まして殺すような作品を作ろうなんて思ってなかったのにな」
鹿苑の作った作品が怪異に変貌している。――鹿苑の認識だとそういうことになるらしい。だとすると、中華百鬼夜行は鹿苑の意図したものではなく、不可抗力で発生したものなのだろうか。それが縁を狙う呪いと化したのか?
……一度仮説を立ててみたが、どうも、しっくりこない。
「最初は夢かと思ったんだけど、死んでも死んでも終わんねぇじゃん、この悪夢。どうすりゃいいんだよ? ていうかこれ、現実なの? ……マジで?」
鹿苑は顔をあげて芦屋と縁を縋るように見たが、どちらかがなにか言うよりも先に首を横に振った。答えを聞くのを怖がっているように見えた。
「いや、夢だろうが現実だろうがもうどっちでもいい。俺は絶対、あの人と同じことはしたくなかったのに、……もう自分を信じられん」
鹿苑は、右手に持っていた麒麟の筆を掲げて、言う。
「そう思ってたら、気づけば麒麟の筆を握っていた」
まるでそれだけが悪夢から逃れる唯一の光だと言わんばかりに、鹿苑は麒麟の筆を見て目を細める。口元に笑みが浮かぶ。安堵と恐怖の入り混じった表情だった。
「なぁ、月浪。麒麟の筆は作家の寿命と引き換えに、思い通りの作品を生み出す道具なんだよな? だったらこの筆に、この延々続く悪夢を終わらせる作品を作りたいって俺が願えば、全部おしまいになるのかな?」
かつては「麒麟の筆を使うのはごめんだ」と口にしていた鹿苑だが、いまはそうも言っていられない、ということなのだろう。鹿苑は、追い詰められているのだ。
それまで黙って話を聞いていた縁が、ようやく口を開いた。
「鹿苑くん、『あの人』って誰?」
鹿苑の肩が大きく震える。
「君がそこまで自分を責める理由と、その人は繋がっているよね?」
縁の指摘に鹿苑は何度か取り繕おうと口を開きかけたが、やがて諦めたように首を横に振った。
「……そんな愉快な話でもないぜ。俺、あんまり自分のこと喋るの好きじゃねえし」
「いいや、君は語るべきだと思う」
縁は断言した。
ここに来るまで、芦屋と縁は鹿苑について、他者から話を聞いてきた。
それだけでは怪異を祓うことができないと縁は判断したのだろう。縁は鹿苑自身の語りを求める。
「この百鬼夜行を終わらせるために、他の誰でもない君こそが〝鹿苑旭〟を語るべきだ」
鼓舞するように手のひらを向けた縁に、鹿苑は瞬く。目に光が宿る。
憔悴していた鹿苑の顔に、少しの自信が舞い戻った気がした。
私立東京美術大学・油画学科二年、鹿苑旭は語る。




