『百鬼夜行』
一号舎の一階に設けられているベンチに、いつかと同じように縁と芦屋は横並びに座る。
縁がスマートフォンの時計を確認しながら、口を開いた。
「前回のループで、泥亀さんから霊亀を祓った。五人のうち三人から怪異を祓ってみると、やはり『自己嫌悪』は共通点になると思う」
鹿苑旭への恋に破れた泥亀伊吹もまた、強烈な自己嫌悪に苛まれていた。
「酒巻さんや鳳と同じように、泥亀も月浪に対抗意識があったみたいだし、……術士も同じように対抗意識と自己嫌悪を強く抱えている人物ってことになるのか?」
「おそらくは。あと、三人の怪異祓いを終えて思ったけど、やっぱり鹿苑くんは呪いの中心に置かれているように見える」
縁の指摘に、芦屋も納得する。
「鳳はともかくとして、酒巻と泥亀なんかは明らかに、月浪以上に鹿苑を呪う理由があったからな……」
「結局、一回目のループ以降、鹿苑くんと話す機会はなかった。……ある意味で、一回目の梁会長と同じような状況ではあるけれど、鹿苑くんに語ってもらうとっかかりはある。依代の三人は鹿苑くんについても語ってくれたからね」
少なくとも一回目のループの時よりは上手く立ち回れるだろうと踏んでいるのだ。
「月浪は、梁会長と鹿苑のどちらが術士か、わかっているのか?」
すでに選択肢は絞られている。梁飛龍か、鹿苑旭のどちらかが、縁を呪った術士なのだ。
芦屋が尋ねると縁は静かに頷いた。
「薄々はね。でも、どんでん返しがくる可能性もあるし、肝心の私を呪う理由についても半分くらいは推察できてはいるが、もう半分はやっぱり本人の口から語らせないといけないだろうな」
「本人が、喋るのか?」
「喋るよ。そこに関しては心配してない」
縁はなぜだか確信を持っているようだった。
「中華百鬼夜行という呪いが術士にとって〝作品〟であるのなら、術士は私を呪う理由を語るだろう。〝彼〟は、おそらく私に読み解いて欲しいが故に、この呪いを編んだのだから」
鳳がループの直前にそんなことを言っていたような気もする。
思い返していた芦屋を横に、縁はベンチから立ち上がった。
「鹿苑くんに会いに行こう。きっと、これが最後の十月三十一日になる」
座ったままの芦屋に、縁は尋ねた。
「芦屋くん、最後まで付き合ってくれる?」
「答えをわかってて聞いてるだろ、それ」
芦屋はベンチから立ち上がって、縁に答える。
「終わらせようぜ、百鬼夜行」
「いい加減屋台メシも飽きたからな」と芦屋が呟くのを、縁は愉快そうに笑った。
※
「『百鬼夜行が行きます』」
お化け屋敷の中に足を踏み入れる瞬間、大勢に声をかけられる。芦屋と縁はもうその声に振り返ることはない。
足を踏み入れた瞬間に入り口は消える。
スモークが焚かれた暗闇の中に、ねぶた祭りで使われるような山車灯籠が二つ、置かれていた。
芦屋は月浪禊の名刺で脚を補助して、山車灯籠を仰ぎ見る。
龍と麒麟。
相剋するように並び立つ二つの灯籠のうち、縁と芦屋が麒麟の灯籠の前に立つと、灯火が消える。
暗室のような完全な暗闇に置かれて、芦屋は戸惑う。
「大丈夫だよ」
落ち着いた縁の声が響くのと同時に、鈴の音が鳴った。
一回、二回、三回。
鈴の音がするごとにスポットライトが正面に突然現れたキョンシーを照らす。
左右のキョンシーはランプを持ち、真ん中のキョンシーは龍舞で使われる『球』を掲げていた。彼らがスポットライトから出ると、照明が消え、彼らが持っているランプと球へ移動するように光が灯る。
どこからともなく、歪なファンファーレが鳴り響く。
先頭にいる三人キョンシーがランプを掲げて歩き出した。すると、名前もわからない怪異たちが続々現れてその後を追う。怪異たちの周りには火の玉が浮かび、異形の姿をぼんやりと照らし出していた。
ハリボテの龍を龍舞の要領でキョンシーが操る。その後ろを口の周りを赤く汚した白い虎が、縞模様の部分から腐った黒い肉を引き摺りながら群れをなして歩いていた。
芦屋と縁を通り過ぎて、暗闇を掻き分けるように火の玉を引きつれた怪異の集団は真っ直ぐ歩いていく。
笛、太鼓の音に混じって鳥の鳴き声がする。
黒い鳥が虎の引く山車から火を噴いた。その周囲を数多の鳥が飛んでいる。
ねぶた祭りで使う山車灯籠の蛇と亀が行く側を、蛇の集団が這って追う。
モノクロームのパレード。おぞましい怪異の行列が行く。
「月浪、これは……」
「ああ」
縁は眉根を寄せて呟いた。
「『百鬼夜行』だ」
ファンファーレがテンポを上げていくのに合わせて一列に行く山車灯籠が左右に別れ、名前のわからない怪異も闇へと消えていく。が、五獣はもつれ合うようにして一つの塊を作るように組み合わさっていく。亀の上に虎と炎の鳥が乗った。虎が右手に、炎の鳥が左手に座し、それを囲むように龍がとぐろを巻いて、どろりと溶けた。
ロウが溶けるようにマーブル模様を描きながら、怪異の死骸は玉座の形で歪に固まる。
怪異の死骸が作った玉座を、行列の最後にいた巨大な芭蕉扇を持ったキョンシーが隠し、一撫ですると去って行った。
スポットライトに照らされる溶けた怪異の玉座――そこにいなかったはずの鹿苑旭が、あぐらをかいて座っていた。
うつむいており顔は見えない。
「鹿苑!」
芦屋が叫ぶと、鹿苑は緩やかに顔を上げる。
「よお、月浪、芦屋。おまえらが来るのを、ずっと待ってた」
鹿苑の手に白く輝くものが見えて、目を凝らした芦屋はそれが麒麟の筆であることに気がついて息を呑む。
よくよく見れば鹿苑の瞳はいつかの縁と同じく金色に変わっていた。
麒麟の筆に、取り憑かれているのだ。
使う人間の命と引き換えにどんな作品をも生み出せる魔性の道具が麒麟の筆だ。
だから芦屋は、麒麟の筆を持つ鹿苑を見て、鹿苑が麒麟の筆を使って百鬼夜行を生んだのかもしれない、と思った。
麒麟の筆なら、それができる。




