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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第六章】百鬼夜行・麒麟
72/92

15:00 講評(五回目)

【芦屋啓介】


 芦屋啓介(あしやけいすけ)は照明の落とされた教室で、スクリーンに投影される映像作品を見ていた。三列に五席ずつ置かれたパイプ椅子には芦屋の他に座っている人間はいない。作品の関係者と思しき人間が一人、教室の入り口に立っているだけだ。


 朝九時の校門でも、お化け屋敷のシフトに入っていた十三時でもない。芦屋が慌ててスマートフォンを取り出すと、大きな咳払いが咎めるように聞こえたので、仕方なく、教室を出た。


「……十五時?」


 扉の横に白い壁にもたれて確認すれば、「15:00」の文字がスマートフォンの画面に浮かぶ。ループの開始時間が、十三時からまた二時間短縮されている。


 ――百鬼夜行の開始まであと三時間を切っている。


 芦屋はすぐに(よすが)に電話する。コール音が二回鳴ると、繋がった。


「もしもし、月浪(つきなみ)? いまどこだ? 俺はデザイン棟の三階にいる」

『私は日本画棟の一階。……結構遠いな。芦屋くん、反省会は後にして、君の展示を見にくる(リャン)さんのことを引き留めていてくれないか?』

「わかった」


 確かに、梁会長の足取りが掴めるのは十五時すぎまでで、それ以降どこにいるのかはわからない。芦屋の方が映像学科の教室にもすぐにたどり着けるはずだ。芦屋は早足で映像学科の教室まで向かった。


 ※15:00


 梁飛龍(フェイロン)が芦屋の作品を眺めている姿を見たとき、芦屋は間に合ったことへの安堵でホッと胸を撫で下ろした。が、ここから縁が来るまで時間を稼がなくてはならないことに気づいて、できるかどうか不安になる。


 芦屋は梁のことが嫌いではないが、実のところ苦手である。泥亀伊吹(どろがめいぶき)と同じく非常に目立つ容姿をしているのに気配が薄く、気づくと側にいるところであるとか、いつも愛想よく微笑んでいるのにその実、目の方はあまり笑っていないところであるとか、理由はいくつか思い浮かぶ。


「芦屋くん、君の方から声をかけてくれてもいいんじゃないか?」


 こちらを振り返らずに、梁は愉快そうな声色で言った。


「……すみません。よく気づきましたね、俺だって」

「こういう勘は働くんだよ」


 ようやく振り返って梁は笑う。形の良い切れ長の目は黒々としており、やはり一切の温度が無いように見える。


「せっかくだから作品を解説したまえ」

「……わかりました」


 芦屋が了承すると、梁はなぜか首を傾げる。


「おや、嫌がらないのか」

「まあ、プレゼンの練習と思えばいいか、と。……会長は俺が嫌がると思って頼んだんですか?」

「ふふふ」


 梁はやたらにこやかに笑うばかりである。否定の言葉は返ってこない。


「でも、芦屋くんの解説が聞きたいのは本心だよ」

「…………」


 正直なところ面白がっているだけではないかという疑問はあったが、芦屋は呑み込んで口を開く。


「俺の作品は見たまんまだと思うんですが」と、前置きしてから前回のループの時と同じように芦屋は自分の作品を解説する。


 〝モデルがカメラを意識している度合いによって撮れる表情は異なる〟ということの提示。

 肖像写真と日常写真の組み合わせでモデルにした人間を掘り下げていくことで、『人間』の持つ多面性を表現したいと思ったこと。


 芦屋の淀みない解説を聞き終えると、梁は前回は言わなかったことを言った。


「芦屋くんの作品は、以前に比べてかなり絵画的になってきている気がするんだけど、自分ではどう思う?」


 芦屋は思わず息を呑んだ。


 ――今回展示した作品はいずれも、縁が〝厄払いの絵画〟を描くための参考にするために撮影した写真ではある。

 だから芦屋は『縁ならどう描くか』を念頭に置いて写真を撮っていた。そうすると、これまで自分が撮っていた作品と見え方や表情が生まれるのを、面白く思っていたのである。


「そう、ですね」


「昔の芦屋くんは『写真でしかできないこと』を強く意識していたと思う。同じように人物を撮るにしても、シャッタースピードを操作して、モデルの躍動感を強調するテクニックを使うこともできただろう?」


 こちらの指摘も正しかった。月浪縁と深く関わる以前の芦屋なら、同じテーマ、同じ被写体の作品を作るにしても、もっと技巧的に撮影しようと思ったかもしれない。

 だが、芦屋は、今回はあえてテクニックに頼らなかったのだと答える。


「写真の技巧、撮影技法も大事ですよ。でも今回は、モデル本人から滲み出るものを切り取らなければ、いけないな、と思ったので」


「そうだね。テクニックは表したいことを的確に表すために使うのであって、テクニックを使いたいがために作るのでは本末転倒だ。この作品群は、モデルのことを大事にしている感じがしてとてもいいと思うよ」

「ありがとう、ございます」


 芦屋は、いつの間にか、授業で講評されたときにまあまあの手応えがあったときのような気分になっていた。

 梁はふと背後に視線を送った。


「ところで、いつになったら月浪くんは声をかけてくれるのかな?」

「ごめんなさい。二人とも真面目に話し込んでいるみたいだったから、つい」


 部屋の入り口に縁が立っている。縁は梁に向けて、いつものニヤリ笑いを向けた。


「なにやら講評のようになってましたね。梁さん、ちょっと鹿苑(しかぞの)くんみたいでしたよ」

「そういえば、今日は彼の姿を見ていないな。……珍しい」

「珍しい、と言うと?」


 不思議そうにあごを撫でた梁に、芦屋が尋ねる。


「鹿苑くんは芸祭期間中、一日六回の公演後に大道具・小道具のチェックと点検を自主的にやっていたから。朝と最終公演後のチェックは特に念入りだったよ」


「……朝だけじゃ、なかったのか」


 いつかのループの際、(おおとり)アンナが感心していたことを芦屋は覚えている。

 梁は芦屋の言葉を鹿苑への感心と受け取ったのか、同意するように笑みを作った。


「鹿苑くんは、とても細やかな作家だよね」

「細やか?……言動と裏腹に、妙に繊細なところはありますね」


 芦屋は乾いた調子で応じる。


 鹿苑(あさひ)は、好感を持っている人物への好意をなぜか全然関係ない芦屋に聞かせてきたりするのだ。言いたい放題、やりたい放題にやっているように見えて、意外と照れのようなもの、繊細な機微らしきものがあるらしい。

 芦屋の所感に、梁は苦笑する。


「鹿苑くんは一見すると自信家で、言動も率直で全く忌憚というものがない。だから誤解されやすいけれど、本当に自信と余裕のある人は大言壮語しないし、他者を敵に回さないよう、あまり直截な言い方は避けるものだからね。鹿苑くんにはその辺りに気を配る余裕はないように見えるんだ」


 自分が手を入れた作品に対しては誰より心を配る鹿苑は、『それ以外』――周囲にいる人間との接し方などに気を配る余裕はないのかもしれないと梁は言う。


「鹿苑くんは自分を追い込むために、わざと敵を作るところがあるしね」

「どうしてそこまでするんだろう……?」


 縁が思わずといったように呟いた言葉を拾って、梁は小さく肩をすくめた。


「さあ? でも、東美怪奇会に入部してきた時に、彼はこう言っていた」


 梁はかつての鹿苑に思いを馳せるとように遠くを見た。


「『俺は鹿苑旭を完成させないといけないんです』ってね」

「……私には、チームで一つの作品を作った経験がないから、そういう機会が欲しいと言っていたのに」


 そもそも鹿苑が東美怪奇会に入ったのは、縁が鹿苑の個展に足を運んだ際に意気投合したことがきっかけだ。鹿苑は『グループワーク』の経験不足を気にしており、縁は東美怪奇会に入部すればグループワークができると勧誘したのである。


 だが、梁の言葉からは単に『グループワークの経験不足を補いたい』という目的以上のニュアンスを感じる。


「月浪くんに言ったことも嘘ではないだろう。鹿苑くんが言う、『鹿苑旭を完成させる』とは、作家としての腕に磨きをかけるという意味なのだろうし、チームで作品を作る経験は作家としての幅を広げることにもなるから。でも……、少し気になってはいたんだ。彼ほど天賦の才に恵まれている人間が、どうしてあそこまで必死になるのか」


「どういう、意味ですか?」


 芦屋は思わず問い返した。


「天賦の才を持った人間が与えられた才能と環境にあぐらをかかず、死に物狂いで、才能に磨きをかけようとする。――才能を十全に生かそうと、それ以外の全てを投げ打つ勢いで没頭と研鑽に勤しむ人間は、天才の中でもほんの一握りであると僕は思うのだけど、鹿苑くんはそれに近いことをやっているように、見える」


 梁はそこまで言うと、いつものように全てを煙に巻くような笑みを浮かべた。


「なにか理由があるのだろうね」


 その理由は知るところではない。微笑みだけで雄弁に語る梁を、縁が呼んだ。


「梁さん」


 縁に梁が目を向ける。縁は、自分で梁を呼んだくせに、なにを口にするか迷っているように見えたが、ほどなくしてニヤリと笑った。


「……芦屋くんの作品にはアドバイスしたんですから、私にも何かありませんか?」


 確かに梁なら適切なアドバイスなり感想なりが言えそうな気もしてくるが、実物なしの講評やアドバイスは難しい注文である。


「いまここで? 無茶振りなのでは?」

「うるさいな」


 呆れ顔の芦屋を思い切り一蹴すると、縁は少々の間を置いて、続けた。


「私が直近で描いた大作は『麒麟』の絵ですけど、感想など、あれば」


 梁は軽く目をつむって、微笑む。


「そうだな。実物がないから、なんとも言えないところはあるけれど。……あれは妬ましいほど見事な絵だった」


 芦屋にも、梁はかつて同じようなことを言っていた気がする。


「月浪くんは、感情をぶつけるように描いたときに化ける人なのだね。もっと大きな絵が見たいな。教授からも似たようなことを言われるのでは?」

「……はい。とにかく大きい絵を描けと言われますよ」


 思い当たる節があったのか、縁の口ぶりには『みんな簡単に言うんだよなあ』という諦観が滲んだ気がした。梁はそんな縁をおかしそうに笑うと、「教授の方の気持ちがわかる」と短く言う。


「月浪くんは個展を開いたりコンペに応募するといいよ。実力を出し惜しみしてはもったいない。もっと広く、もっと大きな場所で描く力がある人だと思うから、挑戦してみてもいいんじゃないかな?」


 梁はにこやかに、縁にアドバイスを送った。


「挑まなければなにも手に入れることはできない。それは、もったいないよ」


 縁はその言葉に頷いて「ありがとうございます」と微笑んで無難に答える。

 芦屋には縁の顔が演技なのか、本心なのかの区別はつかなかった。


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