17:00 百鬼夜行とはなにか(四回目)
「あの時の鹿苑は珍しく真剣に怒ってたからよく覚えてるよ。……悔しいけどあいつ本当にできる男なんだよな」
しかし、そういう性格だとは知っているが、鹿苑の物言いは結構キツい。直接ビシバシ言われていた泥亀にかなりのダメージが入っていてもおかしくはない。
思い返せば以前のループで泥亀は、鹿苑の話題になると妙に口が重くなっていた気がする。酒巻や鳳と同様に、泥亀も鹿苑のことが苦手、もしくは嫌いだということも充分あり得る。
だが、そこまで考えて、ふと思い返す。泥亀は一回目のループで、『中華・百鬼夜行』を作った人物に鹿苑旭の名前を挙げていた。そこで名前を挙げるということは、泥亀は鹿苑のことが別に嫌いではないのか。それとも術士に操られていたのか。芦屋にはわからない。
これ以上考えても仕方なさそうだとゆるく頭を振って、縁のことを指差した。
「あと、月浪がめちゃくちゃ困ってる割に手心抜きで鹿苑にダメ出してたのも印象深いですね」
芦屋が言うとムッとした様子で縁が唇を尖らせる。
「なんだその含みのある言い方。だって鹿苑くんが忌憚ない意見をくれって言うからああ言ったんだよ。あんな衆人環視の状況でダメ出ししろとか言われるの、本当はやりにくいったらなかったんだから……」
「月浪くんは言うべきことは言う人だ。だから鹿苑くんも信頼しているんだろう」
フォローするように梁が言うと、当の縁は「そうかなぁ」と半信半疑の声を出した。
「信頼、なんですかね、あれ。……じゃあ、梁会長にももう一回聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「『どうして美大に入ったのか』、答えてもらっていませんよ」
縁に問われた梁は、一度床に目を落とすと、微笑んで答える。
「作る人が好きなんだ」
梁は展示に使われている教室全体を眩しそうに眺めて、続ける。
「生きるために、芸術の類は必ずしも必要じゃないよね。絵画でお腹は膨れないし、彫刻が雨風を凌いでくれるわけでもない。服だって、機能性があるなら装飾をつけたり形を凝らしたりする必要もない。けれど」
切れ長の瞳が長い前髪に隠れる。だが、慈しむように目を細めているのは声で分かった。
「生きるために必ずしも必要じゃない、余分とも言える『作品』が、人の生活を彩る。誰かに寄り添うことがある。なにかを残したいと思う気持ちが作品を通して人から人へつながることもある。ときおり人間が生きる限られた時間すら超越して、作家が死んだあとでさえ、生きている人間の心を揺さぶることもある」
こちらを振り返って、梁は芦屋と、縁の手に視線を移した。
「そういうものを作るときの、作家の情熱であるとか、手つきであるとかにも僕はなにか美しいものが宿っているように感じるんだ」
「だから僕は、美術を志したんだよ」そう続けた梁の、美術を志した理由はあまりにも予想外だった。思ったよりも単純で、理想主義的で、それでも、本心なのだと言うことも、痛いほどわかる、短い語りだった。
「……こういう話をするのは、少し照れくさいね」
梁飛龍は困ったように、はにかんで笑った。
※
梁から聞き込みを終えて、芦屋と縁は一号舎の一階にあるベンチに横並びで座る。
行き交う人の声が賑やかに聞こえてくるが、縁と芦屋の間には沈黙が過ぎっていた。
「……正直、意外だったな」
芦屋が言うと、縁がこくりと首を縦に振った。
中国からの留学生。東美怪奇会の会長。オカルトにも美術にも造詣が深く、自分のことをあまり話さない謎めいた人物。そんな梁が美術を志した理由は、こちらが拍子抜けするほど単純で、なんのてらいもない。『ただ単純に美術が好き』ということだった。
「なんだか最初に、スマホで葉山の写真を撮ったときのことを思い出したよ」
「初心に返ったってこと?」
縁の言うことは的を射ている。
初めて芦屋が『良い』と思って写真を撮ったのは、「写真を撮るのが好きなのだ」と胸を張って言う高校の同級生、葉山英春。のちに親友になる男の顔だ。そのときの、被写体のことを眩しく感じた気持ちを思い出した。
「まあ、そうだよ」と、芦屋が頷くと縁は、
「じゃあ、呪いの分析も初心に戻ってみようぜ」などと言う。
「呪いに初心もなにもあるのか?」
「じゃあ芦屋くん、『百鬼夜行』について君はどれだけ知っている?」
質問に質問で返すのは縁の悪い癖だが、質問の内容に、正直芦屋はたじろいだ。実際自分も中華風百鬼夜行をテーマにしたお化け屋敷を作っているし、今もこうして散々中華百鬼夜行に挑んでおいてなんだが、改めて聞かれると答えにくい。
「……妖怪の行列で、なんか、……宴会的なやつ」
「間違っているわけじゃないけど、なにもかもあやふやだな」
縁は容赦ない指摘を入れた。
「東美怪奇会が作った『中華・百鬼夜行』はだいぶアレンジされてるから仕方ないところはあるけど」と一応のフォローを入れて、縁は百鬼夜行について説明する。
「夜間に鬼や妖怪……古道具が化けた付喪神なんかが群れをなして行列を行うさまを『百鬼夜行』という。これに行き遭った人間は死ぬ」
「ちょっと待て」
芦屋の脳裏に絵巻物になった『百鬼夜行図』が浮かぶ。妖怪がユーモラスに描かれているなにやら楽しそうな絵だなというのが正直な感想だったのだが、そんな物騒なものだったのか、と慄く芦屋を縁はいつものニヤリ笑いで見つめた。
「大丈夫。これをやり過ごす方法もいくつかある。百鬼夜行避けの呪文もあるし、読経も即死を防げる手段として知られているけど、一番の対処法は朝を迎えること。朝日こそが百鬼夜行を終わらせる鍵になる」
縁が指を立てて言う言葉に、芦屋は腕を組んで応じた。
「なるほど。……ところでループしている状態で夜明けは来るのか?」
「……そこなんだよ」
縁は落胆した様子で肩をすとんと落とした。
「呪術の方の中華百鬼夜行はかなりアレンジが入ってるみたいだし、呪文や読経が効くレベルなら母の名刺でなんとかなるはずなんだよね」
「やっぱり地道に一つずつの怪異を祓っていくしかないだろ」
結局それしかないと芦屋が結論を出すと、縁はスタジャンのポケットを探り出した。
「とはいえ、頼みの綱である母の名刺もあと五枚しかない。……芦屋くん、これ全部持っててくれない?」
縁がカードケースごと名刺を渡してくるので、思わず渋い顔になる。
「……また無茶する気か?」
「違うよ。逆だ。君が持っていた方が、ちょっとは『命を大事に』の方向で使えるんじゃない?」
縁はニッと口角を上げて、笑った。
※
「『百鬼夜行が行きます』」
お化け屋敷の中に足を踏み入れる瞬間、大勢に声をかけられることにも慣れてきた。
相変わらず入り口は消え、スモークが焚かれた暗闇の中に、スポットライトが怪異の刺繍が施された布を照らし出していた。暖簾のような作りになっているらしい。
龍、霊亀、麒麟の刺繍はそれぞれ見事だ。
芦屋が月浪禊の名刺で脚を補助すると、縁と芦屋は霊亀の刺繍された暖簾をくぐった。




