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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第五章】百鬼夜行・霊亀
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回想:鹿苑旭の活躍

 


 大道具部門と俳優部門が対立する事件が起きたのは、セットの一部『霊亀』が、舞台を圧迫しているから作り直して欲しい、と俳優班を代表して、泥亀伊吹(どろがめいぶき)が物言いをつけたことが発端である。


 セットはほとんど完成していたので大道具班は猛反発した。


「事前にサイズは申告していたしチェックも受けていたはずだ。後から直せと言われるのはおかしい」と大道具班が言えば「実際にセットを組んでみないとわからないこともある。演者と客の安全性を担保するためにも作り直して欲しい」と泥亀の背後から俳優班が抗議する。


 最終的に議論はほとんど怒鳴り合いの様相を見せたが、解決したのは他ならない、大道具長の鹿苑旭(しかぞのあさひ)だった。




 まだセットを組んでいる途中の一号舎の地下。大道具班と俳優班が大揉めしているのを尻目に鹿苑は目にも止まらぬ速さでクロッキー帳に何らかの図面を引き出すと、ハラハラしながら事態を見守っていた芦屋(あしや)の肩を叩いて呑気な声を上げた。


「芦屋! 金貸してくんない?」

「おい。おまえこんな端の方で何やってんだよ。あそこでヒートアップしてるのお前のチームだろ? 仲裁しろよ、大道具長」

「仲裁するために金がいるんだよ。東美のコピー機、小銭しか使えねえじゃん、頼むよ」


 頼み込んでくる鹿苑がなにやら打開策を練っているらしいと気づいた芦屋は手持ちの小銭を仕方なく渡した。

 芦屋と鹿苑のやりとりを聞いていたらしい後輩がおずおずと鹿苑に話しかけてくる。


「コピーなら俺、とってきますよ」


 鹿苑は怪訝そうな顔で後輩の好意を跳ね除ける。


「はぁ? 自分からパシリになろうとすんなよ、一年。カッターとカッターマットと定規。あと懐中電灯! 俺が戻ってきたとき貸してくれりゃいいから。よろしく!」


 小銭をむしり取って行った鹿苑の背を見送って「この物言いだと、結局後輩をパシリにしているのでは?」と芦屋は思ったが、鹿苑に命じられた後輩はすでにテキパキと言われた道具を準備し始めている。なんとなくではあるが、鹿苑に頼られて嬉しそうに見えた。


 コピー機から全力で往復してきた鹿苑は息を切らせたまま後輩から手渡されたカッターナイフを握る。らんらんとした目でスケッチブックを拡大した図面に刃を入れた瞬間、鹿苑の手さばきは異様なほど鮮やかに見えた。切り離した紙を折り、組み合わせて猛スピードでみるみる模型が出来上がる。


 その頃には怒鳴り合いになりかけていたメンバーも「鹿苑旭がなにかしている」と気づいて、そちらに注目していた。


「よっしゃ、できた! 代案立てたから注目!」


 完成したのは何を表しているかはわからない代物だった。引かれた模様からかろうじて額縁を組み合わせたものだとわかるが、元の霊亀のセットからはかけ離れている。だが、腑に落ちない顔をする面々を鹿苑はニヤニヤしながら見回した。


「ここで懐中電灯を使うんだ」


 芦屋は鹿苑の狙いに気づいて、まさかと思いつつ灯りを消した。


「あ……!」


 鹿苑の組み上げた模型に懐中電灯の光が差して、強い陰影が浮かび上がる。恐ろしげな表情の巨大な蛇と亀だ。模型に入れた繊細な切れ込みが鱗まで描いている。


「じゃーん! 影絵の応用で〜す。スポットライトの角度を調整すればガラクタみてえなセットから怪物・霊亀が姿を見せるってわけ。暗くなったとこにコイツが出てきたら絶対客はビビる。だって俺もヤダもん。予期せぬタイミングで、不気味な効果音と一緒にバッ! と出されたらさ。そういうの『ジャンプスケア』って言うんだろ?」


 用語の使い方が合っているかどうかは定かではないが、確かに、鹿苑の作った模型の通りのものをセットに組めれば、充分に代案として成立する。


「こうすりゃもともとのセットよりはスペース取らねえし、客と演者がぶつからないようにできる。しかも使う材料はいまある量で賄えるように計算済みだ」


 そこまで言うと、鹿苑は何か見つけた様子でパッと目を輝かせ、呼び寄せるように手招きした。


「おっ、月浪(つきなみ)いるじゃん! ちょっとこっち来て見ろよこれ、どう思う? 忌憚のないご意見を頂戴したいんだけど」


 名指しされて周囲の目が一斉に縁に向いた。大勢からの視線を浴びることになった(よすが)は頬を引きつらせながらも、一応大道具班であるからか、言われた通りに前に出る。


「ちょっと、なんで私に聞くの? ……すごくやりにくいな」


 縁は鹿苑の手元にある模型をぐるりと眺め回すと、


「……鱗模様をセットに直接取り入れるのはどうなの?」


 と短く言った。言葉が足りないと思ったのか、縁は丁寧に補足する。


「せっかく影絵の仕掛けを使うなら、セットそのものをもっと工夫できるんじゃないか? こういう仕掛けは最初に霊亀とはかけ離れた印象のセットが、照明を当てることで霊亀の形をなすことがポイントになるんだから、セットに直接鱗模様を彷彿とさせる切れ込みを入れるのはわざとらしい。と思う」


「なんだかんだ結構言うじゃん。だけどご指摘ごもっとも! そうだな……。いまは紙の模型だから再現できてねえけど、たとえばセットの一部を梱包に使う網状の緩衝材に変えたらどうかね? 照明の当て方で影は肥大する。スポットライトの魔法でちょうどいーい塩梅の鱗にみえそうだろ?」


 縁の提案を受けて、鹿苑はさらに模型を改良した。

 その手並みの鮮やかさに、周囲にいた人間はみんな息を呑んだ。


「額縁やキャンバスが組み合わさってできた図形で霊亀をシルエット的に描く。さっきも言ったように立体的なディテールは梱包材を使って表現。スポットライトを使わなければアトリエのセットを装える。いいね! どうよ! 月浪はなんか他に気になるとこあるか?」


 縁はしばらくの沈黙のあと、頷く。


「いいんじゃない?」

「うん。だよな。……フ、ハハハ!」


 鹿苑は肩を震わせて、高らかに笑いだした。


「そう! こういうのがグループワークの醍醐味だわな。俺ひとりでも梱包材のアイディアはたぶん出せたけど、月浪のツッコミが入って断然速くアイディアが出た! いいねえ! コレだよコレコレ! こういうバチバチの語らいが発想を鍛える感じ! 大好き! サンキュー月浪! 泥亀も! 提案してくれてありがとな!」


 異様なハイテンションの鹿苑に名指しされた縁は一歩引いた様子でため息とも返事ともつかない声を発した。


「……はあ」


 いつの間にか鹿苑のそばに寄ってセットを眺めていた泥亀も、目を伏せて応じる。


「……別に」


 ローテンションの女子二人には構うことなく、鹿苑は一呼吸おいて話を続けた。


「とまあ、俺個人としてはこれで話を終わらせてもいいんだけどね。面白かったし。大道具班もすぐ修正対応できると思うしさ。でもダメだ。〝大道具長〟としては言わなきゃなんねえことがある」


 鹿苑は泥亀に向き直って、珍しく真面目な顔つきで口を開いた。


「俳優班。こういう仕様変更はテープで位置確認したときに言えよ。ていうか素人じゃねえんだからセットの量感くらい図面と合わせてどんなもんかくらい想定してくれ。作らせといて後出しでモノ言われるのは迷惑だ」


 瞬いた泥亀の後ろから、俳優班の女子が駆け寄って、鹿苑に反論する。


「そんな言い方、……いくら泥亀さんが芸能人だからって、」

「は? そういう意味じゃねえよ。『素人じゃねえ』ってのはここにいる全員のこと言ってんの」


 鹿苑は言葉が足りなかったことに気づいたのか、頭に巻いたタオル越しに頭をかいた。


「俺ら美大生でしょ。『普段なに勉強してんだよ』って話だよ。図面の見方くらいわかって当然。わかんなかったらわかってる奴に聞いて当然だろ? しかも俺たち作ったもんで金取るんだぜ? チケット代取って興行すんだから、素人ヅラしていいわけないだろ」


 鹿苑は厳しい目をしてなおも続ける。


「俺たちの作るお化け屋敷は構造的に、『客が中に入れる舞台』に近い。ド素人の客がパニックになったり冷やかすバカが悪さしないよう気を配る必要があるし、客と俳優の安全確保と、セットの強度がいる。だから大道具班はだいぶ前から図面と数字を細かく出して各班にご確認いただいてるわけ」


 実際、大道具班は脚本が上がった段階からどの班よりも早く、計画を立てて綿密に作業を進めていた。その中核を担っていたのが鹿苑なのだ。


「ちょっと見栄えがいいモンなんかいくらでも作れる。ギリギリの仕事を間に合わせることだってエナドリ飲んで寝ないでやりゃできる。でも安全基準を満たしたクオリティの高い、しっかりしたモンを作ろうとしたら、前々から計画的にやらねえと絶対ダメに決まってる。そこ手ェ抜いたら素人以下。雑な仕事するヤツが俺は一番嫌い。カス。真面目にやってほしいんだよ、全力で」


 後半ただ悪口を並べ立てたようにも聞こえたが、鹿苑は最後にフォローを入れた。


「ここにいる全員がそれぞれの仕事をすりゃ絶対できることだと思うからさ。せっかくなら良い仕事をしようぜ」


 これを、誰より腕が立って、誰よりも計画的に働く人間に言われては、誰もなにも言えまい。

 シン、と静まり返った地下の空気を切り裂いたのは、よく通る涼しげな女の声だった。


「……大道具長の言い分は、その通りです。俳優班に落ち度がありました。申し訳ありません」


 泥亀は鹿苑に深々と頭を下げた。


「今後、報連相は早めに行います。現状、俳優班で他のセット等に注文はありません。改良されたもので進行してもらって、問題ないと思います。……完璧です」


 顔を上げた泥亀は感服した様子で頷くと、挑むように鹿苑を睨め上げたように、見えた。


「当日は俳優班が完璧〝以上〟にしますから」

「おぉ、さすが! 期待してるわ、泥亀座長」


 鹿苑は泥亀の返しが気に入ったらしく、愉快そうに笑うと、クロッキー帳を手に高らかに声を上げた。


「っつーわけで! 直すぞ大道具班! 型紙拡大コピーして分担な!」

「おう」と「はい」の入り混じった熱狂する声が鹿苑に答えた。


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