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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第五章】百鬼夜行・霊亀
64/92

14:00 励まし(四回目)

 ※14:00


 十四時過ぎに楽屋に向かうと、泥亀(どろがめ)の他に(リャン)の姿が見えた。

 芦屋(あしや)は思わず小声で(よすが)に尋ねる。


「おい、(りょう)会長は十四時に楽屋にはいない……はずだよな?」

酒巻(さかまき)さんと(おおとり)さんが消えた影響が出ている可能性がある」


 縁はほとんど唇を動かさずに答えた。確かに、それはあり得る。

 縁は愛想の良い笑みを作ると、物怖じせずに声をかけた。


「こんにちは梁会長、泥亀さん。ちょっといいですか?」


 二人の顔がこちらを向いた。


「少女漫画の実写映画みたいだな……」


 芦屋は思わず呟いた。

 見目がやたらに整っている梁と泥亀だ。並ぶと本当にそこだけ少女漫画の世界である。


 現在楽屋で二人が並ぶ背景はお化け屋敷で使うおどろおどろしい小道具が雑多に並べられている状況だが、もしも多種多様の花が生けられているとか、キラキラしい光などが差していたとしても全く嫌みがないだろう。


「泥亀さんと梁さんはどうして美大を進路に選んだのか聞きたかったんですよ。そういえば、聞いたことがなかったな、と思いまして」


 縁は、泥亀に対して話を聞くとき、直球勝負で質問を投げる。『東美怪奇会』に入部した理由を尋ねたときはなんの琴線に触れたのか怒らせたこともあるのだが、今回は梁会長がいるせいか、泥亀が怒ることはなかった。


「私は、……人に勧められたからです。俳優として勉強になることも多いだろうから、と」


 そして、いつも泥亀の答えは簡潔と言えば聞こえはいいが、必要最低限のことしか言わないので会話が続かない。


「それにしても……、ずっと公演に参加した上に他の演者のフォローもしてたみたいだけど、座長って大変じゃないか?」

「大変に決まってるでしょう」


 芦屋の問いに間髪容れず、泥亀は真顔で言った。

 怯んだ芦屋を見て、泥亀は簡素に付け加える。


「本当はあんまり向いてないんですけど、結局、やるしかなかったので」

「そうかい? 僕は泥亀くんが座長に向いている、と思って、頼み込んだのだけど」

「……強引だったと思います」

「ふふ」


 ジト目を向けた泥亀に、梁は笑って誤魔化そうとしたが、その場にいた全員、梁が泥亀の言うとおり、それなりに強引に座長を任せたのだろうと察していた。

 梁はわざとらしく肩をすくめて、泥亀に小首を傾げて尋ねる。


「けれど、泥亀くんは座長をやって後悔はしていないんじゃないか?」

「それは……、いい経験には、なったと思いますが、」


 泥亀は目を伏せて答えるのに、梁は我が意を得たりとばかりに、「そうだろう?」と頷いた。


「僕も東美怪奇会の会長という、大勢をまとめ上げる立場になってからは、いろいろと苦労もありつつ、基本的には面白おかしく楽しくやっているからね。この立場にならなければ見えない視点、面白み、経験があると思う」


 梁は本職の俳優を前にしても全く怯まず、舞台俳優のように熱弁を振るう。


「泥亀くんは読解力の優れた俳優だ。物語を深く理解し、演技に真剣に向かう。そしてその姿勢を見せるだけで、チームメイトである演者まで君につられてグッと気を引き締め、自らの演技を磨こうとする。……振る舞いで他者を励ます力が、君にはあるよ」


 梁は微笑んで、泥亀のことを励ました。


「座長を任せた僕の判断は間違っていないと心から言える。午後の公演も頑張りたまえ」

「……ありがとう、ございます」


 元々多弁で、やや得体の知れないところはあるけれど、梁が作家として人間を褒めるときの口ぶりに、嘘はない。こういうところが多くの人間をまとめ上げたり、あちこちに伝手を得る際に役に立つのかも知れない、と芦屋は思う。

 芦屋の視線に気づいたのか、梁は目を合わせて、にこりと笑った。


 嫌な予感がする。


「そうだ。芦屋くんの展示を見に行こうと思っていたんだ。せっかくだから解説したまえよ」

「ええ……?」


 前回のループの際もそうだったが、なぜか梁は芦屋に対して執拗に解説を求めてくる。


「そうと決まれば善は急げ、だ。行こうじゃないか」

「やっぱちょっと会長、強引だな!」


 芦屋の手を引いてぐいぐい歩き出した梁のあとを、縁は静かに追いかけた。


 ※15:00


 芦屋の作品は映像学科の教室のスペースを四分の一ほど借りて展示している。


「肖像写真と日常写真の組み合わせだね。展示タイトルは『人間』?」

「変に気をてらうのも違うと思ったので」


 写真作品の並ぶ壁の右上に掲げたタイトルを読み上げた梁に、芦屋は淡々と答えた。


「うん。芦屋くんは素直だね。作品も真っ直ぐで癖がない。オーソドックスなスタイルの肖像写真と、その人の日常を捉えた写真を一緒に展示する。……言いたいことが明快だ」

「〝モデルがカメラを意識している度合いによって撮れる表情は異なる〟。当たり前のことですけど、まず、当たり前のことを当たり前に、現実を切り取るような形で、画として提示できるのが写真の強みだから、そこは大事にしたい、です」


 前回何も言わないでいた際に落胆されたのが気がかりだったので、自分の作品で何を重視しているかは言葉にしてみた芦屋である。

 梁はにこやかに頷いた。


「わかるよ。君の作品はわかりやすいから」

「……それ、鹿苑(しかぞの)にも前に言われたことありますけど。……いまいち褒められてる感じがしないんですが、」


 なんだか単純バカだと思われているような気がするのは気のせいだろうか、と芦屋がジト目で言うと、梁は珍しく目を丸くした。どうやら一切含みなく褒めているつもりだったらしい。


「そう? 芦屋くんの作品の簡潔さ、ある種のわかりやすさは美点だと思うよ。『難解な作品だから優れている』なんてことはないよ。怪奇会で編集してもらった広報映像もわかりやすく、よくできていたしね」

「梁会長は、適材適所に人を置くのが得意ですよね」


 芦屋と梁のやり取りを聞いていた縁が口を挟んだ。


「芦屋くんのことを広報宣伝部門に置いたのもそうですけど、泥亀さんや鹿苑くんのことも座長や大道具長に抜擢したり……。ただ単に専攻している学科に応じて決めてるわけでもないんですよね?」

「そうだね。専攻は人材配置の際に参考にはするけど、基本的には作った作品や、本人の性格の方を重視するかな。泥亀くんと鹿苑くんを部門長に就けたのは我ながらファインプレイだったと思うよ」


 梁としても会心の仕事ぶりだったのか、泥亀についてウキウキと述べ始めた。


「泥亀くんは的確な演技と、その指導ができる。協調性が特別高いわけではないのに、彼女が行動することで、周囲は否応なく彼女に注目するから、泥亀くん本人も知らぬ間に、統率がとれていくんだな。――あれは天性のものだね。ただし、泥亀くん本人の自主性・主体性に少し難があったから、堂々と責任のある立場に置いた方がいいと思ったんだよ」


 実際、お化け屋敷は好評を博しているので、梁の采配は的確だったと言えるだろう。


「おかげで泥亀くんは鹿苑くんにも立派に張り合える座長になってくれたからね。鹿苑くんとしても嬉しかったんじゃないかな」


 芦屋には梁の口振りから思い出す事件があった。


「俳優部門と大道具部門が揉めた、あれか……」


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