13:00 ループの遅延(四回目)
【芦屋啓介】
芦屋啓介はたたらを踏んだ。周囲はずいぶんと騒がしい。
ヒソヒソと囁き合う客が列をなし、東美怪奇会のメンバーが足早に行き交っている。
朝九時の校門、ではない。
戸惑う芦屋のスマートフォンが震えた。電話をかけてきたのは月浪縁だ。
「もしもし?」
『芦屋くん、いまシフト?』
「ああ。……鳳は、見当たらない」
芦屋と同じシフトに入っていたはずの鳳アンナの姿が見当たらない。
酒巻虎徹と同様に、鳳は前回のループで不死鳥を祓った影響お受け、その存在と記憶を消されていると考えておいた方がいいだろう。
しばらくの間をおいて、縁が「そうか」と残念そうに言うのが聞こえた。
「月浪は?」
『私はフリーマーケットを冷やかしてたところだよ』
「フリマ……」
美大の文化祭で催されるフリマは着古した衣服や鞄や本といった一般的な商品の他に、美大生が作った、ZINE、ポストカード、陶芸作品、不要な画材なども並ぶ闇鍋のようなマーケットが展開されている。
呪われている状況で見るものではない。
縁は芦屋が電話越しに脱力していることに気づいたのか否か、気を取り直したように言った。
『……まあそれはどうでもいい。私がそっちに向かうよ』
「頼んだ」
通話を切ると「13:00」の文字がスマートフォンの画面に浮かぶ。
ループの開始時間が四時間短縮されている。
つまり、それだけ調査時間が減っているのだ。
「そんなに悪いことでもないよ。呪いが弱体化してきたってことでもあるし」
芦屋のシフトが終わったタイミングで、縁はブドウ飴を齧りながら言う。
反省会をやるにしても部室が使えないので、仕方なく普通に屋台のそば、適当に空いたベンチに腰掛けていた。
芦屋のシフト中は念の為、酒巻虎徹や鳳アンナについて聞き込んでみたものの、誰も二人のことを覚えていなかったし、お化け屋敷の脚本は、『会長と、衣装、広告宣伝、俳優、大道具、の各部門長が合同で考えたもの』ということになっていた。
芦屋がお好み焼きを一パック平らげたところを見計らって、縁が指を立てて口を開いた。
「じゃあ、始めますか、反省会。前回は鳳さんから『永久不滅・不変の怪異――不死鳥』を祓ったわけだけど、今回影響が如実に出たね」
「ループの開始が四時間ズレたもんな」
「不死鳥は、呪いの『ループ』要素を構成する重要な歯車だったんだろう」
縁の言うように不死鳥は『時間を巻き戻して繰り返す役目』のようなものを負っていたのかもしれない。
「でも、ズレはしたけど、ループ自体は起きてるよな?」
「龍にも霊亀にも永久不変の逸話が探せばあるからね。どちらも蛇の要素を含むから。蛇は、脱皮する性質から、不老長寿とか、生まれ変わりの象徴とされることもあるんだよ」
やはり、完全に依代から怪異を祓って、術士を特定しなければ呪いは解けないし十月三十一日は終わらない、ということである。大変面倒くさい。
疲労感の漂い始めた芦屋を横目に、縁は鳳のことを掘り下げていく。
「……不死鳥に取り憑かれていたときの鳳さんは、なんていうか自暴自棄の権化のような状態だったね。全員死んでもかまわない、って感じで。憑き物が落ちた時は冷静に戻っていたけど」
「そうだな。月浪に対しても妙に馴れ馴れしいのは梁会長と酒巻さんの時と変わらなかったが」
変貌した面々の共通点を改めて挙げると、縁は口元に手をやって、自分の考えを整理するように言った。
「呪いの歯車になっている依代はそれぞれ、術士に通じるところがあると思うんだよね」
「どういうことだ?」
「『中華百鬼夜行』の術士と呪いの関係は、作家と作品の関係に似ている」
縁は食べ終えたブドウ飴の串を手持ち無沙汰にくるくると回した。
「だから、作家がモチーフを選ぶときのように、呪いの歯車に仕立てた依代にも術士の精神性や親しんできたものの影響は出ると思うんだ。それこそ、普段はそれほど親しくもないのに、やたら親しげに接してくるのも術士の態度が反映されているんだと思うし……」
「じゃあ、術士は月浪の親しいやつって、ことか?」
芦屋が尋ねると、縁は鼻で笑った。
「芦屋くん、あれはね、単純な親しみじゃないよ。私のことをナメてるんだよ」
ハイライトの消えた目で言い募っていく。
「私が術士の作った呪いの世界で右往左往しているのを心底楽しんでいる感じ、私の生殺与奪を握っていることそのものを面白がってる感じだよ。例えるなら、〝子どもの頬を何度も突いて、子どもが本気で『嫌だ』って泣いて言っても絶対やめてくれないときの親〟みたいな」
「生々しいな、おい」
例えは分かりやすかった反面、リアルで嫌だった。そういう親の話はたまに聞く。
縁は一呼吸置くと、話を戻した。
「たぶん、術士は才能についてなにか屈折したものを抱えているのだとは思うね。梁さんの時はわからなかったけど、酒巻さんと鳳さんが呪いの依代として怪異に憑かれたのは、彼らに『才能への屈託』があったから、な気がする」
酒巻虎徹が怪異に憑かれたのは天才・鹿苑旭への憎悪が一因である。鳳アンナもまた、自身の才能の不足に猛烈な歯痒さを覚えていた。
そして、芦屋は依代と判明した二人に、別の共通点も見出していた。
「……梁会長はどうか知らないが、酒巻と鳳は二人とも、強く自分を否定していた」
強烈なまでの『自己嫌悪』だった。
『鹿苑以上に、俺は俺を嫌いになるんや……!』『この国で私は多数派じゃない』
絞り出すように口にしていた二人を思い出して、芦屋は目を伏せる。
「あんな風に、死ぬほど自分を嫌いになるのは、キツいだろうな」
「……そうだね」
「だからって、こんなバカみたいな呪いをやる奴を許す気にはなれんが」
「同感」
芦屋の感想に、縁は深々と頷いた。
「あと、俺はやっぱり鹿苑が気になるんだけど、あいつと会えたの最初のループの一回きりだろ? 前回のループではあちこち探してみたけど全く見ないし、あいつを見かけた人間が誰もいないのはおかしいだろ」
聞き込みをしても大体返ってくるのは「今日は見ていない」という答えなので、酒巻や鳳のように、記憶や存在が消されているというわけではないのだろうが、それにしてもなんらかの作為を感じる。
縁は腕を組んで、芦屋に応じた。
「鹿苑くんは一人だけ完全にイレギュラーな動きをしてるからね。気持ちはわからないでもない。接触できないから話を引き出すこともできないし、……そうなると伝聞に頼ることになるからやりにくいし、その伝聞も、どこまで信用できるか、正直わからない」
芦屋は黙り込む。
縁と芦屋がお化け屋敷に乗り込む際、客も東美怪奇会のメンバーも、一言も話さず、こちらを見てくる上に、いざお化け屋敷に乗り組む瞬間『百鬼夜行が行きます』と声を揃えて皆が言うのだ。絶対におかしい。
だから、正直言って芦屋と縁の他の人間が正気を保っている保証はない。どんなに普通に見えたとしても、術士の手のひらの上に置かれている可能性は、ある。
芦屋はもうどうしようもない気持ちでぼやいた。
「それを言うと、誰も彼もが怪しいは怪しいんだよな。梁会長だってそうだろ? やっぱり自分のことに関してはそんなに話してくれないし。……でも、正直『そういう性格の人』で、単に術士に利用されてるだけだったとしても俺はたぶん納得する」
大体、鹿苑も梁も縁を呪う理由はなさそうだし、自己嫌悪や才能への屈託など全く持ち合わせていないように思える。
だが、と芦屋は自分で自分の覚えた印象を疑ってみる。
酒巻にしても鳳にしても、どちらもそれぞれに人望や才能があって華々しく人生を謳歌しているように見えた。外から見えている顔とは違う一面を、梁や鹿苑も持っていることはあり得るのだ。
「……消去法にはなるけど、泥亀さんの調査をすることで見えてくることもあるだろう。今回は彼女に焦点を当ててみよう」




