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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第四章】百鬼夜行・鳳凰
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鳳アンナの語り:失望

【鳳アンナ】


 (おおとり)って苗字はちょっと珍しいでしょう? 私ね、父が韓国の人なんです。母は日本人。もっと遡ると父方の祖父は中国生まれです。知らなかったですか? 当然です。言っていませんから。


 家の中だと韓国語の方がよく使うかもしれません。いわゆるバイリンガルってやつですかね、中国語も日常会話レベルならまあ、なんとか喋れるからトライリンガルなのかな?


 いまでは日本語の発音が上手くなりましたけれど、小学生くらいの頃はもっと下手で、いじめられましたね。


 住んでいる国の〝共通言語〟をうまく扱えないと、仲間はずれにされて当然。みたいなところがあるじゃないですか。例えば、日本にいるなら日本語をうまく喋れないとまともな人間扱いされない、的な。実際、昔それで人が大勢死んでいるんですけども。


 いやあ、いつの時代も変わり映えしませんよねえ。軽い気持ちで石を投げる人は自分がなにをやっているのか省みたりしないのかな。まあ、しないし、なんとも思わないんでしょうね。あはは。


 小学校の先生は、私は妬まれているんだと言っていましたね。確かに私は裕福な家の出ですよ。だから妬まれるし、日本語が下手だから格好のターゲットにされるんだと。無視をするような子は家庭環境がよくなくて、覚えた寂しさとかつらさとかを私にぶつけているんですって。


「知るか」ですよ。知ったことじゃない。そいつの不幸の八つ当たりをされる謂れなんかないはずなんですけどね。


「だから『同情しろ』って言うんですか? 私のノートだの鉛筆だのを盗むような連中を広い心で許せと?」


 なんて、いまなら言えますけど、当時は言えませんでした。


 先生が、相手側に同情してることくらい、私にもわかったから。


 両親に相談してみなかったのか、ですか? 二人とも忙しい人たちで、心配をかけたくなかったんです。それに、いじめられっ子にもね、なけなしのプライドってもんがあるんですよ。……言えなかった。


 そんなわけで、生きている人間に全く頼れない時期があったんです。

 つらくて、どうしていいかわからなくて、とても苦しかった。……ひょっとすると死ぬほど。


 でも、物語は寄り添ってくれました。


 私の支えは、毎週水曜日に出る『週刊少年ポップス』、なかでも飛び抜けて面白かった漫画『グラビティ・モメント』。……毎週毎週、いいところで終わるから、絶対に続きが読みたくて、「次の水曜日まで死ねない」本気でそう思ってました。たかが娯楽、漫画が、私の命綱だったんです。


 だから、私にとって『面白い』ということは、月火木金がどんなにつらくてキツくて死にそうでも、物語の続きを待ち望めること。大好きな作家の新しい物語を読むために、生きていてもいいって思えることです。


 しかも、漫画は学校での〝共通言語〟にもなってくれた。


 クラスでそこそこ存在感のある子が、〝グラモメ〟の話題を私に振ってきたんですよ。私がランドセルにつけてたキーホルダーか何かに反応したのかな。それで、私はその子と喋ることができた。そしたら私の存在なんて四年くらい忘れてたような子たちが、次々と普通に喋ってくれるようになったんですよ。


 あれ、なんなんですかね。同じものを面白いと思っているのだとわかったら、途端に私のことが仲間に見えてきたりしたんでしょうか。


 私は最初からずっと、あの子たちと同じ人間だったのに。




 ……ここまでの私はまあまあ正しい人間だったんじゃないでしょうか。漫画にも正しく救われたわけですしね。でも、ある日突然、正しさはひっくり返るんですよ。


 私が物語の命綱なしでやっていけるようになっていた、高校一年生の頃、十年連載していた週刊少年ポップス看板漫画『グラビティ・モメント』の作者、星屑光子郎(ほしくずこうしろう)が死にました。


 死因は激務と不規則で不健康な生活習慣が祟っての心筋梗塞。……最終回はチーフアシスタントがなんとかまとめたそうですが、ひっどい出来でした。

 いわゆる『俺たちの戦いはまだまだ続く』的なエンディングで。あんな終わり方、クソですよ。


 しかも、完結して間もなく、アシスタントへのパワーハラスメントが暴露されました。大勢いるアシスタントの中で、日本人らしくない名前の新人だけに、つらく当たったんだそうです。他のアシスタントには普通に接するのにその人には怒鳴る、信用できないからと監視する、出自をあげつらってからかう……。「いざとなったら日本から出ていけばいい」とか言ってたんですって。


 星屑光子郎は私をいじめていた人間と同じことをやっていたんですよ。


 挙げ句の果てに、最後の二年はほとんどチーフアシスタント・小崎ユウが作画をしていたことが明らかになったんです。


 インターネットでは賛否両論が巻き起こりました。


『作者がどんな思想だったとしても作品が面白いならそれでいい』という意見があれば、『あんな人として最低の人間が描いてた漫画をいまだに持ち上げてる奴ってなんなの?』という意見も上がる。

 どちらかと言えば、チーフアシスタントに作画をほとんど任せていたことの方が問題じゃないかという〝空気〟が形成されていました。


 私の命綱だった物語は、決して私のためには描かれていなかった。かつての私が彼の漫画に救われたのは間違いだった。そう、思い知りました。


 ……星屑光子郎はとっくに死んでますけど、彼のことを「ぶっ殺してやる」って、私はいまでも思っていますよ。


 だいたい、あんな作品の死に方、殺され方って、ないです。星屑光子郎は自分だけじゃなくて、作品まで道連れに一緒に死んだんですよ。

 ……あの作品に救われた私まで一緒に殺されたみたいだった。


 命綱が必要じゃなくなっても、私にとって大事な物語だったことに代わりはなかったのに、もう以前と同じようには愛せない。


 読み返すとノイズが入るようになりました。ひどいニュースが私の目にフィルターをかけたのかもしれないけれど、星屑光子郎の偏見が垣間見える瞬間があるんですよ。それはセリフだったり、展開だったり、キャラクターの動かし方だったりするんですけど。……そのせいで物語に没入できなくなったんです。


 ただ、子どもの頃は気づかなかったことが成長して見えてきただけなのかもしれません。私が作品の対象年齢から外れただけなのかも。でもね、星屑光子郎がきちんと物語にピリオドを打ってくれたなら、スキャンダルを出さなかったなら、ノイズはもっと最小限で済んだんじゃないかとも思うんです。


 だから、決着(ケリ)をつけなければいけないと思いました。かつて私の命綱だった物語はすっかり背骨のように「私」とは切りはなせないものになっていたのに、その背骨が腐ってしまったなら腐った背骨を砕くしかない。そして新しい背骨を入れるしかない。


 決して折れず腐らず私を支えてくれる背骨を、私自身が作るしかないと思ったんです。


「ぶっ殺してやる」


 星屑光子郎を殺す(こえる)つもりで、この気持ちを叩きつけるために、私は漫画を描きはじめました。




「漫画家になりたいと思っている」


 そう言ったら両親からは反対されましたね。私、絵を描くのだけは苦手だったので。

 物語に携わるなら翻訳とか、語学力を活かした仕事をしたらどうか、小説家になった方がいいんじゃないかと勧められたりもしました。


 ええ、自分でも思いますよ。たぶんそっちの方が向いているんだろうなって。


 でも関係ないと思ってたんです。やってやれないことなんかないって、本気で思っていました。

 実際、コマを割るのもキャラクターを作るのも、物語を作って演出するのもちゃんとできるようになったんですから。


 私に足りないのは画力だけ。


 でも、その『画力がない』っていうのが致命的な弱点になるということを、投稿を始めてから嫌というほど思い知ったんです。


 漫画の中で一番目を引く要素が絵です。物語やキャラクターに魅力があっても絵が良くなければそもそも読者が見てくれません。

 新人の登竜門はだいたい短編で勝負しなきゃいけないんですよ。限られたページ数で話を終わらせてキャラクターの魅力を表現しなくてはいけないから、画力が低いとかなりのハンデになります。


 描くたび、打ちのめされました。


 理想に手が届かないんです。描きたい表情、表したい世界が確かにあるのに、脳裏に思い描くものとこの手が生み出すもののギャップが、どうしても埋められない。絵の善し悪しは誰が見てもわかるから、他人からも散々に言われました。


「ヘタクソ」


 他人に言われ続けた言葉を、完成するたび自分でも吐き捨てるようになりました。投稿するたびにヘタクソな自分を許せないと思いました。もう、三回投稿したら誰が見ても絵だけが課題だと言われるようになっていたので。


 もっと、絵が描けるようにならなくてはダメだと、わかってはいたんです。


 私としては漫画のイラスト表現に特化するために専門学校に行きたかったんですけど、大学を出なさいって、ここでも親に反対されまして、美大を受けました。美術予備校も行ったんですけどね。ずーっと下から数えた方が早い成績で、結局受かったのも実技試験のない芸術文化学科だけ。


 浪人は許されなかったので、そのまま進学して、……始まったのは描いても描いても『絵がダメだ』『ヘタクソだ』『美大生のくせに』って言われ続ける日々。


 周りは息をするように美しい線を引ける。形を捉えることだって簡単にやってのける人たちばかりで、私は、どんどん劣等感に苛まれるようになりました。


 私が東美怪奇会に入って、漫研に入らなかったのは、自信がなかったから。


 ……それから、梁会長が居たからです。あの人、自分のルーツを隠さず堂々とサークルの部長をやっているし、それどころか、一種のカリスマみたいに扱われていますよね。

「梁会長の言うことなら間違いない」「会長のアドバイスに従えば必ずいいものができる」みたいな。


 どうして、あんな風に正しく在れるのか全然わからなかったから、話してみようと思ったんです。



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