13:00 消失/韜晦/読解/解説(三回目)
※12:00
「酒巻さんのことを覚えているのが、俺と月浪だけって、……いや理屈はわからんでもないけど、本当に、そんなことが、あるのかよ」
芦屋と縁は、梁と鳳の二人と別れた後、東美怪奇会のメンバーに片っ端から酒巻虎徹について尋ねて回った。だが、結果はなしのつぶてだった。ある意味では予想通り、誰も酒巻のことを覚えていなかった。
「……『中華百鬼夜行の歯車になった怪異の依代は、怪異が祓われたら次のループで存在と記憶を消される』。それが、ルールなんだろうな」
縁は歯噛みするように言った。
「芦屋くん。この呪いだけは絶対……絶対に解こう。だって酒巻さん『またな』って言ってた」
人当たりのいい笑みを浮かべて、再会を信じて疑っていなかった酒巻を思い出して、芦屋もまた真剣な面持ちで頷く。
「……そうだな」
芦屋は屋台で買った焼きそばをすすりながら、ブドウ飴をかじる縁に目を向ける。ベンチから見る芸術祭最終日の校庭は縁日風の屋台が立ち並び、それなりに賑わっても見えた。
「って言っても、酒巻さんのこと聞き込みしてたら梁会長のこと見失ったわけですが」
これまでのループでは酒巻と昼食をとっていた梁だが、酒巻がいなくなればその行動にも変化が生まれるわけだ。ついでに、ループしてもしっかり腹は減るので、梁を見失ったことに気づた芦屋と縁は屋台で食事をとることにしたのである。
縁はブドウ飴をぺろりと平らげると、二本目に手を伸ばしながら言う。
「まあ、食べてたらすぐに芦屋くんと鳳さんのシフトだし、梁会長はそのあとでもいいでしょ、たぶん、展示を見て回ってると思うから、〝運が良ければ〟会えると思う」
含みのある縁の言い草にピンときた芦屋は半笑いで尋ねる。
「霊媒体質の効果が出るかもって?」
「便利だよ。こういう時に限っては」
それが冗談でもなく嘘のように本当になることを知っているので、
「いいんだか悪いんだかわからないな、月浪の体質」と芦屋はため息を吐いた。
※13:00
お化け屋敷のシフトは前回、前々回と同様に忙しいが、雑談をする余白は残されている。
ざわつく客の列や、スタッフジャンパーを纏って働くメンバーを見ていると、なんの変哲もない芸術祭の光景に見えるのに、これが縁と芦屋がお化け屋敷に乗り込もうとした瞬間、みな一様に術士の手先のように振る舞うのだから、最悪だと思う。
「漫画原作デビューが決まってるんだって? おめでとう」
以前のループで酒巻から聞いた情報を元に縁は鳳に話を振った。
「ああ……はい。どうも」
鳳は喜びを全く表さずにただ事実だけを認めるような感じで頷く。
「うれしくなさそうだけど」
「うれしくないってわけじゃ、ないんですけどね……。まあ、複雑なんですよ……」
明らかに鳳の口が重い。
口が重くなるのに比例して、鳳の背後に〝なにか〟が蠢いたように見えた。後ろから、鳳の顔に、巨大な木の葉のような影を落としていくような感覚がする。あまり見ていて気持ちのいいものではなかった。芦屋は思わず、話題を変える。
「そういえば、鹿苑見たか?」
芦屋が尋ねると、鳳の顔から影が引いた。
「そういえば、今日は見てないですね。珍しいな……、鹿苑くんは芸祭期間中、毎朝大道具のチェックに入ってたんですけども」
鳳が口にした言葉に芦屋は瞬く。
「あいつ、そんなことまでしてたのか」
大道具の点検をチームでやっていることは知っていたが、毎朝のチェックは自主的に行なっているものだろう。
感心を滲ませて鳳も芦屋に頷いた。
「マメですよねえ。ああいうところはクリエイターとして素直に尊敬できますよ。ただ、」
「ただ?」
言い淀んだ鳳は軽く目を泳がせて、両手を上げた。
「……言いかけておいてすみません。あの、冷静に考えてみるとどうしても悪口になりそうだったので黙ります。正直、私は鹿苑くんが、あんまり得意ではないので、」
「やたら大口叩く自信家で、隙あらばすぐ講評してくるのがうざいから?」
ほとんど間をおかずに芦屋が言うと、縁が「ちょっと」とつっこんできた。
「芦屋くんが鹿苑くんの悪口を言ってどうするの」
「俺は鹿苑のこと別に嫌いじゃないけど、めんどくせえだろ、隙あらば講評。普通に参考にはなるとはいえ始まると長いし。鹿苑からしてみれば挨拶みたいなもんなんだろうが、一時間くらい平気で潰れる挨拶があるか?」
芦屋がぼやくと、鳳は声をあげて笑った。
「あはは! それは芦屋くんが気に入られているんですよ。なんですかね、芦屋くんって男子からモテる感じです? 梁会長も今日、芦屋くんの展示を見に行くって言ってましたけど」
「……は?」
鳳から肩の力が抜けたような気がしたのはいいことなのかもしれないが、それはそれとして恐ろしいことを聞いたような気がする。
鳳は芦屋の反応を窺って、愉快そうに提案した。
「解説とかしてあげたらどうです? 梁会長もきっと喜ぶと思いますよ」
「いいね、それ」
縁まで同調してくるので、芦屋は嘆息する。
「梁会長に解説……、なんか、釈迦に説法って感じで緊張するんだが」
博識具合では他の追随を許さない梁は、特に厳しいことを言うわけでもないのに、なんとなく評価が怖いタイプの人物だ。梁の行動が予測できたのは良かったのだろうが、気詰まりなことには変わりない芦屋である。
※14:00
前回のループでは、『東美怪奇会に入るきっかけ』を尋ねた途端に、泥亀を怒らせてしまった縁だ。なにが琴線に触れたのかはわからないが、あのときの泥亀は恐ろしかった。
だが、縁は今回も懲りることなく直球の質問を泥亀に投げた。
「泥亀さんは脚本にかなり口を出したって聞いたよ。鳳さんは感謝していたみたいだね」
「そうですね」
カップスープの残骸を脇に退けて、こちらに向き直った泥亀に、いまのところ怒っている様子はない。言葉が少ないのも態度がややつっけんどんなのも、通常運転と言えば通常運転である。
「泥亀さんから見た鳳さんって、どんな人?」
泥亀は黙って縁を見返した。
「どういう感じで、この中華・百鬼夜行の脚本が作られていったのかが、気になってね」
縁が言うと、納得したらしい泥亀は長いまつ毛に縁取られた目を伏せて、答える。
「鳳さんは、とても卑屈ですね」
全く忖度のない、ド直球な物言いに芦屋の方がたじろいでしまう。
確かに鳳は、有名なウェブ漫画アプリに何度も投稿作が掲載されている上に、日本で一番売れている漫画雑誌に連載が決まりつつあるという、華やかな戦績を残しているのに、言動に驕るところはない。ないどころか、自分のことを話すときには必ず「私なんて」と、自信なさげな態度を取るのだ。
だが、泥亀と芦屋の鳳の人物評にはいささか異なるところがあるらしい。
「でも、自信がないから卑屈というわけではない。そういう人だと思います」
どこを見てそう思ったのだろう、と芦屋は首を傾げる。
「どういうことだ?」
「わからないなら、いいです」
バッサリと切って捨てられて、芦屋は泥亀からの説明を諦める。若干傷心したことは否めないが、泥亀の態度に愛想がないのはいまに始まった話でもない。芦屋は話題を変えた。
「泥亀は今日、鹿苑を見たか?」
泥亀の肩がぴくり、と震えた。うつむいて答える。
「……いいえ」
これまで見せた顔とは、いささか雰囲気が異なる。元々作り物のような美貌の持ち主だが、このときの泥亀は繊細な、いまにも壊れてしまいそうなガラス細工のように見えた。
「泥亀さんは、鹿苑くんのこと、どう思う?」
「…………」
縁に尋ねられた泥亀は沈黙する。黙殺する気だろうか、と思うほどの間をおいて、泥亀はか細い声で答えた。
「……群を抜いて、優れた作家だと思います」
嘘ではないが本心でもない。そんな答えに聞こえた。
※15:00
芦屋の展示は映像学科の教室を借りて行われている。東美怪奇会がお化け屋敷を興行している一号舎の地下からはそこまで遠くない。
泥亀から聞き込みを終えた芦屋と縁が教室に向かうと、ちょうど芦屋の写真作品の前で足を止めている梁飛龍の背中が目に入った。
「会長、……本当にいたよ」
縁の霊媒体質のせいなのかそうでないのかは知らないが、待ち合わせもしていないのに広大な美大の構内で出会えるのはすごい偶然である。
「おや、芦屋くんに月浪くん。ちょうどいいところに来たね」
梁は自分の方が展示の主催であるような態度で芦屋たちを出迎えた。
「せっかくだから作者の芦屋くん、ちょっと解説したまえよ」
「いや、俺から特に言うことはないですよ。見たまんまです」
証明写真に近い構図で撮ったバストアップのポートレートが一枚と、同じモデルがなんてこともない日常を過ごしている光景を複数枚撮って、併せて展示しているだけだ。
梁は「わかってないな」とゆるく頭を振った。
「鹿苑くんにも同じことを言ったことがあるけれど、絵や写真が『見ればわかる』のはそれはそうなのだよ。視覚表現なのだからね。むしろ『見てわからない』ものでは困る。同時に、視覚表現である作品を言葉を介して説明するなんて説明過剰。野暮の極みだ、と言いたい気持ちも分からないでもない。だけれども」
サングラス越しに見える梁の目が銀色の光を帯びた気がした。
「作品を言葉で描画する術を身につけた作家はね、強いよ。書も画も元は同じものなのだから」
縁は梁の言葉に思うところがあったのか、口を挟んだ。
「『書画同源』ですね。文字と絵は不可分であるという、中国の芸術思想だ」
「さすが月浪くん、詳しいね」
にこやかに応じた梁は全くいつも通りに見えた。
「古代中国の神話では、書と画は天から授けられたものだ。『河図洛書』と言ってね、神の使いである竜馬が図を、霊亀が書をもたらしたのだという。ちなみにこの『河図洛書』は『図書』の語源にもなっている。――書と画はどちらも神獣がもたらしたものであるという源流は変わらず、同じものと見なされたわけだ」
淀みなく怪異の解説に移るのも通常運転である。
「少々話が逸れたが……つまりだね、芦屋くん。言葉も絵も、人に〝なにか〟を伝える手段であることに変わりはないのだから、作家がどちらかをおろそかにしてはいけないのだ。画だけでなく言葉を適切に扱う訓練はやっておいた方がいい」
「……なるほど」
芦屋は梁に頷いた。あながち、的外れでもないように思えたからだ。
「『書画同源』は『詩書画一致』とも言いますよね」
「そこまでの境地に至れる人はなかなかいないけれどね。古代の中国で優れた文化人は詩作、書道、絵画の三つに通じているのが理想とされた。砕いて言うと、『文才も画才もあって文字もきれい』と言う感じだろうか」
「だいぶ砕けたな……」
「なんか、ちょっと漫画家みたいですね、古代中国の文人の理想……」
言われてみれば、物語を作れて絵も描けるなら、現代では漫画家として活躍できそうでもある。縁はそこから鳳の話題へと繋げることにしたらしい。
「鳳さんは漫画原作でのデビューを手放しで喜んでいる感じじゃなかったね」
「確かに、そうだな」
梁は縁と芦屋の会話に、思い当たる節があったらしく静かに言った。
「彼女は、本当は自分の絵でデビューしたいんじゃないかな」
原作者としてのデビューに不満があったのでは、と梁は指摘した。
「話作りは抜群に上手いけれど、鳳さんは絵が発展途上だろう? 色々と事情があって原作者としてのデビューになったらしいけど、不本意だったのかもしれないね」
「…………」
芦屋も鳳の描いた漫画を何度か読んでいるが、確かに絵は正直そこまで上手くなかった。だが、絵の拙さをあまりあって話が面白く、なによりも読みやすいのだ。
絵はこれから上手くなっていくだろうと、芦屋などは楽観的に思っていたけれど、鳳本人は気にしていたのかもしれない。
「絵は、梁会長の言ったとおりで『見ればわかる』からね。絵が拙いと、心無い人は容赦なく色々言ってくることも多いから」
「それは……確かに呑気に喜ぶ気は失せるかもな」
鳳が自分のことを話すときに、どうも一歩引き気味なのは、そういう、好き勝手な評価に晒された結果なのかもしれないと、芦屋は思った。
※17:00
一号舎の一階にあるベンチに芦屋と縁は横並びに腰掛ける。
右隣では縁が難しい顔で芦屋のスマートフォンの画面を睨んでいる。
鳳が中華・百鬼夜行の脚本を作る際に参考していた本のタイトル。芦屋がメモしていたそれを、縁は吟味しているのだ。
「なんか、わかったか?」
「まあ、……たぶんこの怪異が憑いているんだろうなって言うのは、だいたい」
「すげえじゃん」
それはかなりの成果なのではなかろうか、と芦屋が言うと、縁はそこまででもない、と首を横に振った。
「実際会って判断した方がいいとは思う。あくまで参考程度にとどめておこう」
縁が話をひと段落させたので、芦屋は一通り構内を見て回っても見つからなかった人物が気になると、口を開いた。
「やっぱり鹿苑がいないんだよな。……月浪の霊媒体質は鹿苑には効かないのか?」
芦屋が尋ねると縁は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そういうことなら是非とも鹿苑くんとお近づきになりたいものだけどね。麒麟の筆を呼ぶときは明らかに霊媒体質の影響があったのに今回だけ無効っていうのはおかしいよ」
確かに、不自然ではある。
だが、もう猶予はそこまで残されていない。時計の針は十七時を指していた。
「じゃあ、行きますか。百鬼夜行」
縁は立ち上がると、淡々とした口調で、言った。




