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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第三章】百鬼夜行・虎
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酒巻虎徹の語り:嫉妬

 酒巻虎徹(さかまきこてつ)が語り終えると、芦屋啓介(あしやけいすけ)月浪縁(つきなみよすが)に向かって困惑を滲ませながら咎めるように名前を呼んだ。


「月浪……」

鹿苑(しかぞの)くんとそういう話をしたことは、私も覚えてるよ。あれを酒巻さんに聴かれてるとは思わなかったけど。そうか……」


 目を伏せた縁が酒巻に向かって頭を下げる。


「酒巻さん、……ごめんなさい」


 覚えていないと言われるよりも良かったのか悪かったのか、わからない。だが、ごめんの一言で溜飲を下げられるほどの割り切りは、酒巻にはできなかった。


「ふふ。いま思い返してもはらわた煮え繰り返りそうでかなわんな。……ありえへん」


 自分でも驚くほど冷めた声で酒巻は言う。


「自分ら、なんでそんな話を大声でべらべら、平気な顔で話せるん? どこでなに話してるかほんまにわかっとった?」


 縁は返す言葉もないと言わんばかりに目を閉じた。芦屋の方は縁のフォローに回るかと思ったが、事態を静観することにしたようで、腕を組んで酒巻の動向を窺っている。

 酒巻はわざとらしくため息を吐いた。


「そらまあ、美大に来る人の中には金持ちのボンもお嬢も居るやろし、ガキの頃から美術に親しんで、親も美術やデザインを仕事にしてるから当然美術に理解があって、すんなり美大行きを許してもらえた人間も居るわな。それはええよ。良くも悪くも生まれる環境は選べるもんやない。俺は他人が恵まれてるのを理由に他人を嫌いになったりもしたくない。そんなもん僻み根性拗らせた、さもしい人間のすることやからな」


 理性ではわかっていることだった。それでも。


「……それにしたって、鹿苑の言いぐさはなんやの? そしてそれを美大のど真ん中で喋れる自分らの無神経さはなんなん? クリエイター志望のくせに想像力とかないんか」


 言葉が全く止まらなかった。


「一番行きたかった進路からあぶれて、いまいるのが二番目の進路で、『来年もういっぺんチャレンジしよ』って思ってる奴も、『いまの進路でも頑張っていこう。受かったってことはご縁があったんや』って。必死で自分に言い聞かせてる奴もおるんよ。あの手の愚痴を言うなら他所でやれや。単純に気ィ悪いわ」


 形だけ浮かべていた笑みすら作るのが難しくなった。


「ほんまに腹立つ」


 愚痴を言ったのが鹿苑で、それを聞き流したのが縁というのがまた苛立ちに拍車をかける。藝大教授の息子である鹿苑は当然、縁にしても兄が医者だと言う話も聞いたことがある。実家が裕福なことは想像がついた。


 ――どちらも特筆した苦労もなく美大を進路に選べた人間だ。


 妬ましいことこの上ない。この二人に、恵まれている自覚がなさそうなところが、特に。


「自分が恵まれてるのに気づかないで、与えられたもんをなんの躊躇もなく放り捨てられる奴らが、俺は心の底から憎い。……絶対に負かしたると思った」

「鹿苑(あさひ)と、私を?」

「一番は鹿苑やけど、まあそうやね。だから東美怪奇会に入った」


 本当はサークル活動に勤しむ余裕などなかったが、無理やり時間と金を捻出した。明確に敵と定めた人間がいるからモチベーションも下がらない。


「バイトの時間減らしてでもこればっかりはやらな気が済まんかった。鹿苑相手に『次元が違う』って勝手に線引いて、あいつの傲慢を見逃してやるんは絶対に嫌やった」

「だから、」


 それまで顔を伏せていた縁が、顔を上げた。


「だから百鬼夜行を仕組んで、鹿苑くんと私と、その他大勢を殺してもいいとでも言うんですか?」


 縁の問いに酒巻は無言で答えた。

 ――誰が何度死のうがどうでもよかった。

 酒巻の態度に失望したらしい縁が、ぐっと眉根を寄せて、言い募る。


「私は、酒巻さんに『私と鹿苑くんを嫌いになるな』とか『仲良くしてほしい』なんて言わない。……言えないよ。……少なくとも、私と鹿苑くんの会話はあの場ですべきじゃなかったし、あれを聞いて私たちを嫌いになってもしょうがないと、思う」


 縁の苦しげな言葉は、酒巻にはなにも響かなかった。

 縁を黙って見下ろすと、怯んだように見えた縁はしかし、唇を引き結んで、酒巻を睨み返した。


「でも、……だからってこんなやり方は違うでしょ」


 煮えるような怒りが縁の瞳に滲んでいた。

 縁はそれまでの動揺が嘘のように、冷静な調子で尋ねる。


「私は正直、美術や作品で勝つとか負けるとか、勝負する感覚はよくわからないけど……、酒巻さんは鹿苑くんに正々堂々と勝ちたいから、アルバイトを減らしてまで東美怪奇会に入ろうと思ったんじゃないの?」


 痛いところを突かれた、と思った。

 無言のまま応じた酒巻の答えを肯定と受け取ったらしい縁は、話を続ける。


「それで、何度か勝ってるでしょ。東美怪奇会・お化け屋敷のモチーフプレゼン。鹿苑くんもアイディアを出してたけど、酒巻さんの中華・百鬼夜行が通ったじゃない」

「それは……確かに勝ちか負けかって言ったら、勝ったことにはなるんじゃないか」


 芦屋さえも縁に追従して頷いている。


「プレゼンに勝ったことで酒巻さんは〝監督〟という立場になった。鹿苑くんの〝大道具長〟という立場よりも決定権があるし、何度も鹿苑くんが君に意見を求めているところ、最終的な判断を仰いでいるところだって見たよ。これも勝ちってことにはならないの?」


 この部屋の中では、嘘が吐けないというルールが疎ましい。口を開かないなら開かないで、こちらの意思を相手に委ねることになるから癪なことこの上ない。

 当然、答える声にも苦みが帯びる。


「……勝った気がせぇへん」

「どうして?」


 首を傾げる縁に、「わかっているくせに」と酒巻は奥歯を噛んだ。

 監督と言っても、コンセプトアートと簡単なシナリオ、舞台設定などのアイディアを出して、各部門の成果物を調整するだけの仕事だ。実際メンバーを取りまとめる役割は梁飛龍が担っている。全体のクオリティを高水準に均しているのも、梁だ。


 お化け屋敷の骨となるシナリオにしたって酒巻が書いた走り書きから鳳アンナが詳細を詰め、ストーリーを練り上げて見違えたものになったし、座長を務める泥亀伊吹がキャストを統率して『怖い』演技をつけたことでお化け屋敷としてより精度が上がった。


 それになにより、鹿苑旭だ。


 鹿苑と交わしたいくつかのやりとりが脳裏に蘇って、酒巻は目をすがめる。


 ※


 東美怪奇会の部室で酒巻が作業をしていると、鹿苑が訪ねてきた日があった。


『コンクリ風の壁にペイントするんじゃなくて、マジでネオンサイン作った方が良くない?』


 鹿苑の提案はパッと聞いただけでも悪くなかった。だが、構想が派手だといかんせん実現不可能なアイディアの可能性は否めない。


『……予算の兼ね合いとかあると思うけど』

『へへへ。酒巻サン絶対それ言うと思って事前に梁会長から予算の資料もらってきましたー! ってわけでここ見てくんない?』


 背後に資料を隠していたらしい。大げさに「ジャーン」と差し出した資料を鹿苑はテーブルに広げ、勝手に酒巻の隣に座った。

 酒巻は資料に目を落として尋ねる。


『どれ』

『ここ。ここ見て。こんだけ予算が割けるんだよ。で、流石にネオン管は扱いが難しめだけどネオンチューブとかは結構簡単そうだろ? 使うとそれっぽくなるからドカンとキメるとこで使いたいんだけど、どう思う?」


 鹿苑の用意したデータと構想は実現可能の範囲で、確かにあるのとないのとでは雰囲気が違う。あったほうが良くなりそうだと思った。業腹だがここで認めないのは、おかしい。


『いいと思う』

『おっしゃ! 言質ありがとうございまーす』

『ところでこれ、俺に聞く必要あった?』


 正直、鹿苑がいちいち酒巻の許可を取ること自体が意外だ。いかにも事後報告で済ませそうだと思っていた。「改良したんだから報連相なんて後回しでいいだろ」と平気な顔で言いかねないと。


『え? あるよ。何言ってんの? 監督に仕様変更の相談しないとか逆になぜ? って思うけど』


 酒巻の印象と裏腹の返事をよこした鹿苑は不思議そうに首を傾げると、堂々と酒巻を指差した。


『だいたいここのペイント担当酒巻サンじゃん』


 わざとらしく肩を落として、鹿苑はテーブルに置いてあった定規をくるくる回しながら言う。


『お化け屋敷ってどうしても照明が暗くなっちゃうからさあ、粗は目立たないけどせっかく細部までキマッたイケてる絵があっても客は見ねえんだわ。もったいねえだろそんなん。いや、そもそもお化け屋敷のコンセプト的に絵を見せる出し物じゃないってわかってんだけど、せっかくならスゲーッて言わせてえ。ネオンなら光源になるし目立つから細部の仕事がもの言うし怖カッコよくできるっしょ!』


 鹿苑はやけに朗らかに言うと、酒巻の肩をバンバン叩いた。


『と言うわけでネオンチューブは酒巻サンが引き続き担当ってことでよろしく。バシッと決めたヤツお願いしまーす』


 さっさと出て行った鹿苑を半ば呆然と見送った酒巻は、鹿苑が馴れ馴れしく叩いていった肩を掴んだ。――狂おしい敗北感に苛まれていた。

 鹿苑に認めてもらえたような言葉をもらって一瞬でも「うれしい」と思った自分が、悔しくてたまらなかった。


 完成したステージは派手で、恐ろしくて、いいものになった。


 鹿苑は傲慢な、自分の才能だけを信じて突き進むスタンドプレイの作家だと思っていたが、実際はそうでもなかった。他人を信じるだけの度量があった。修正や改良、ダメ出しをするにしても「ダサい」とか「全然ダメ」とかのキツい言葉は平気で言うが、その後どうしてダサいのか、どうしてダメなのかの説明はキチンとするし、フォローもそれなりにやっている。


 わかっている。鹿苑旭は酒巻が最初に思ったよりも悪人ではない。

 月浪縁にしても――。


 ※


「はあ。ほんま。鹿苑も縁ちゃんもいけすかないわ」

 酒巻は大きくため息をこぼして、ぼやく。


「第一印象通りの根性の曲がったボンとお嬢やったら思い切り憎んでも清々したのに、自分らは憎ませてもくれんのね」


 芦屋がなにか言いかけたが、その前に縁の方が声を上げた。


「……じゃあ、憎まれ役をやってあげるよ」


 縁の瞳が、好戦的にぎらりと光った。



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