12:00 酒巻虎徹、世知辛さを語る(二回目)
※12:00
前回同様、十二時前のシフトの交代のタイミングで梁と酒巻に声をかけたら、学食へ誘われたので、芦屋と縁は成り行きに従う。
前回のループで縁を殺した梁は、全くそんなそぶりを見せなかった。
鳳とともに部室に現れた際も前回と同じく爽やかに縁と芦屋に挨拶してきたわけである。芦屋は正直、どうも梁に対してぎこちない態度になってしまうのだが、前回梁に殺された張本人であるところの縁がごくごく普通に振る舞っている。正直怖いと言っていたのが嘘のようだ。芦屋もなんとか縁に倣おうと努力はしている。
「芦屋くん? 顔色が悪いけどどうかした?」
が、どうしても顔には出ているらしい。梁に声をかけられたので、肩を震わせた芦屋であるが、横から心配そうな顔をした縁がヒョコ、と顔を覗き込んできたのでそちらに頷く。
「芦屋くん、大丈夫?」
「まあ、……はい」
背中をやや強めに叩かれた意味が『顔に出すなよ』であることはなんとなく察していた。前にいる梁と酒巻に一切悟られることなく芦屋に釘を刺して見せる縁に、芦屋は「おまえ、たぶんやろうと思えばアカデミー賞とか取れるだろ……」と内心呆れる。
そして、芦屋が心情を切り替えるのに手間取っている間に、縁は梁と酒巻に調査を仕掛けていく。
「東美怪奇会に入部した理由?」
「はい。私は普通に怪談が好きだからですけど、そういえば他の人はどんな理由なのかなと思いまして」
「へえ、芦屋くんはどうなん?」
「俺は……月浪がなんか楽しそうにやってたので」
「あはは」
縁がいっさい笑っていない目でこちらを見ているらしいと察した芦屋は、付け加える。
「入ってみたら普通のオカルトサークルとは違って、ガチの制作サークルだったので驚きました」
「そうだよね。普通のオカルトサークルだと思って入ってこられちゃうと、どうしてもギャップが生じるから、一応事前に僕が説明するようにしているよ」
梁はにこやかに言った。
「僕も月浪くんと同じだな。単純に『怪談・怪異』が好きなんだ。もっと言うと、僕は人間の空想や、想像力の産物が好きなのだけどね」
「酒巻さんは?」
「……サークル活動って大学生らしいことの代名詞みたいなもんだし、それらしいことの一つや二つ、やっておくべきかと思って」
あまり本心という感じはしなかったが、「バイトで青春を潰してしまうのももったいないしな」と続けた言葉の方はなにやら実感がこもっていた。
芦屋にも身につまされるところがあるので、思わず「わかる」としみじみ頷く。
「なんというか、材料費を稼ぐためにバイトしてるんですけど、稼いでも稼いでも気づいたら消えていくんですよね、金……。俺もサークル入ってなかったら大学と家とバイト先の往復になってたと思います」
「せやろ?! キャンバス代だけでえらい額が飛んでいくやんな?!」
ワッと声を大きくした酒巻はふと我に返った様子で、瞬く縁と梁に目をやって、軽く咳払いをした。
「すまん、つい。大声でケチくさいことを言ってしまった。油画なんてまだいい方なのにな。彫刻科なんて木材仕入れるだけで二桁万円普通に飛ぶって聞くのに」
「どの学科も材料費はかかるから、どこがいい方とかはないだろう。デザイン系もApple社のパソコンとデザインソフトの購入は必至だ。映像学科は加えて、一眼レフカメラを自前で用意する必要があるから」
「そうなんですよ……」
梁のフォローに、芦屋が頷くと、酒巻は「どの学科も大変なんだな」と同情するように言った。
「シェアハウスに住んでみたり、服もありもので済ませたり、賞金高めのコンクール狙ったりしてみてるんだけど、なかなかな」
と苦笑する酒巻である。コンテスト荒らしの理由が、かなり、世知辛い。
「コンクールとかコンペとかは賞金出るところを狙ってはいるけど少ないし、『入賞して展示会やって、会場で売る』のが勝負みたいなところはあるから。正直難しい。審査員好みの受賞作品が購買層のニーズとズレてることもあるし……」
「酒巻くんは割と戦略を練って当てていく方だよね」
前回のループで中華風の百鬼夜行をテーマに選んで企画を立てていたことを知っているので、梁のコメントもより納得できる。
酒巻は軽く笑って答えた。
「努力でなんとかできることはなんでもやっておく性質なんですよ。分析も計算も、やらないよりはやった方がいいに決まってるから」
「酒巻さんならどんなコンクールも制覇できそう」
縁が言うと、酒巻は首を横に振る。
「そんなことない。……例えば、近々で入賞したコンクール、あれは時代が違ったら絶対賞なんかとれなかったと思う。特に、審査員に入神絶海がいた頃は」
「入神絶海?」
知らない名前だった。写真、映像関係はともかくその他の分野の作家には疎いところがある芦屋である。だが、日本画を専攻する縁と、美術知識に明るい梁は知っていたらしい。
「十五年前に一世を風靡した作家だね。確か、八年前くらいに亡くなったんじゃなかったかな?」
「月浪くんの言うとおり、一時期はすごい人気だった人だよ。確かに、日本の美術業界の権威として、有名なコンクールは彼が軒並み審査員を務めていた時期もあったと思うが……」
梁が答えると、酒巻は目に見えて不機嫌になった。
「そう。俺は賞に応募するとき、傾向と対策を立てるために審査員のことも調べることにしてる。あと、そのコンクールの歴史もな。それで出てきた入神絶海のインタビューが、当時にしても時代錯誤というか。……作品のことは好きだったから、正直幻滅したわ」
酒巻の悪様な言いようが気になって、芦屋は尋ねた。
「どんな内容だったんですか」
「『娘が美術業界に進んだ時のために、あえて中性的な名前をつけました』ってのを〝親心〟とか言ってのけるような内容」
吐き捨てるように言う酒巻の言葉の意味がわからず、芦屋の頭上に特大の疑問符が浮かんだ。だが、縁と梁は察するところがあったらしく、「ああ」とそれぞれ諦観と冷淡さの入り混じった声で曖昧に相槌を打っている。
「すみません。意味がよくわからないんですが」
芦屋が小さく手を挙げて問うと、横にいた縁が特になんの感情も込めずに答えた。
「男性的な名前の方が、美術の世界で評価されやすいってことだよ」
名前で評価が変わる。という意味が最初は呑み込めなかったが、だんだんと言わんとすることがわかってきて芦屋は怪訝な声をあげた。
「そんなことがあるのか? 本当に?」
「実際どうだか知らんけど。『自画像や自刻像を藝大や美大の試験課題で作らせるのは、顔で男か女かを判断するため』とかいう噂はある。それはあくまで噂や。東美なんて女学生の方が断然多いやろ。……教授陣はまだむさ苦しいけども」
酒巻は冷ややかな目で食堂にいる学生らしき面々を見回すと、テーブルを人差し指で何度か叩いた。イラついている。
「それはともかく、そんなんを公のインタビューでペラペラ、――まして〝親心〟とか御大層な文句をつけながら良い話風に喋ってる時点で入神本人が『自分はそういう価値観です。作品の精度だけで判断はしません』って言ってるようなもんやで。アホらしい。これ載せてた雑誌も雑誌で大概やろ。誰か止めろや、と思う」
「その〝親心〟の甲斐があってか娘の方は海外で作家としてご活躍されてるそうですわ。美しい親子愛で全米が泣きますわな」と皮肉を交えて、酒巻は心底軽蔑した様子で呟く。
「そういう頭の硬いおっさんに俺の作品を審査されなくて本当にラッキー。……早々にいなくなってくれてせいせいする」
酒巻が、激怒と言って差し支えないほど怒っているので、芦屋は正直驚いた。義憤に駆られているにしても、あまりに熱がこもっているようにも見える。
加熱したことに自分でも気付いたらしい酒巻はハッと我に返った様子で、
「ごめんな、こんな面白くない話」と、取り繕うように眉を下げる。
「面白くない話はやめて、楽しい話をしましょか。そう。サークル活動の話とかね」
癖のある黒髪をかいて、酒巻はくっと口角をあげた。
「俺は東美怪奇会に、結構真剣に取り組んでるんですよ。なんたって青春をかけてますからな。モチベーションが下がることはないんで、安心してくださいな、会長」
前回のループの時と同様、昏い目をした酒巻の発した言葉は嘲るような声と恐ろしく冷淡な声とで二重に聞こえる。
横目で縁を窺うと、縁も芦屋に向けて小さく頷いたので幻聴の類でないことは明らかだ。
しかし、異様な声を上げた酒巻にも、梁は愛想よく微笑む。
「もちろん。君こそ中華・百鬼夜行の監督だ。生半な気持ちで活動しているわけではないと、わかっているとも」
正視に耐えないと思って、芦屋は席を立った。
「すみません、そろそろ俺、お化け屋敷のシフトなので」
「私もここで」
芦屋は自分の姿が梁と酒巻から見えなくなったことを確認すると、安堵のため息を吐いた。つい先ほどまで普通に話していた酒巻に怪異の兆候が見られること、それを平然と受け流す梁を目の当たりにするのが、嫌だったのだ。




