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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第二章】百鬼夜行・龍
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五角審判の間:深海の竜宮城

 壁も透明ではあるが中華風の幾何学模様が彫刻されているため、床とは違ってそこに壁があるとわかる。横にもかなり広いが、天井が確認できないから、構造としては五角柱のような形なのかもしれない。五角形の端と中央にあたる部分に丸い柱が通っていた。壁の向こうで下から巨大な水泡が浮かび上がるのを見て、芦屋(あしや)は水族館の深海魚コーナーと雰囲気が似ていると思う。


 中央にある白い柱の前に、白い珊瑚の玉座が鎮座している。芦屋と(よすが)が近づくたびに、下がっていた布が引き上げられた。玉座には人が腰掛けている。


 玉座の手すりの一つに背を預け、もう一つの手すりに足をかけて行儀悪く座っているのは梁飛龍(リャンフェイロン)と思しき人物……なのだが、その姿は異様だった。こめかみのあたりから後ろに向かってツノが生えている。先端が黒く、中間は銀色で、付け根は髪に覆われてよく見えない。


 梁は絶句する縁と芦屋に気がついたらしく、顔をこちらに向ける。膝の上に置いて読んでいた巻物を手際よく巻き直して手すりに置くと、玉座へまともに座り直した。愉快そうに頬杖をついた手は銀色の鱗に覆われ、漆で塗られたような黒い爪が梁の白い頬に長く鋭いコントラストを描く。


「『中華百鬼夜行へようこそ』」


 小首を傾げるのに合わせて、結った長い黒髪が肩から滑り落ちた。お化け屋敷の外で会ったときよりも明らかに髪が伸びている。服装も違う。芦屋には漢服のように思えたが、本当のところはどうかわからない。モノトーンで主に白を基調とした古代中国風の衣装だ。光沢のある生地に刺繍された鱗模様が銀色に光っていた。


「さて、ここに来た者には問わねばならない。君たちがこの部屋から出るために取れる選択肢は四つだ。僕が呪う理由を言い当てるか、僕から怪異を祓うか、この中の一人が死ぬか、十八時まで待って構内に残る全員とともに死ぬか」


「どうする?」と丸いサングラスをずらしてこちらを窺う瞳もやはりカミソリの刃のような銀色に輝いて見えた。人の死を平気で条件にする梁に、芦屋は眉根を寄せる。


 梁飛龍という人は確かに人を食ったような言動をよくするが、ごく普通の、常識を持ち合わせた人物だったはずだ。だが、いまは見た目からしておかしい。頭からツノが生えているし、手は爬虫類のものに変貌している。――決してまともな状態ではない。


「ところで君たちは、僕――梁飛龍こそが術士であると、そう考えていると思っていいのかな?」

「……そうなの?」


 縁の声は動揺にかすかに震えていた。


「ん?」

「梁さんが、私を呪う術士なの?」


 悲痛に眉をひそめた縁に、梁は一瞬、目を丸くしたかのように見えた。


「さぁ? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよね?」


 が、すぐに場違いなほど柔らかく頬笑んで、煙に巻くようなことを言う。


 芦屋は、梁の背にある柱に気を取られていた。柱に、顔は見えないが白い龍らしきものが彫刻されている。芦屋はその龍に違和感を覚えたのだ。下から薄青く照らされる彫刻は水面が煌くように光を反射した。彫刻は少しずつ動いている。あの龍は、生きている。


「……だんだん、この呪いの質がわかってきたよ」


 気を取り直すように縁は、あごを引いて梁を見据えた。そこに先ほどまで浮かんでいた動揺は微塵もなかった。


「この呪い――便宜上〝中華百鬼夜行〟と呼ばせてもらうが、これは東美怪奇会が作ったお化け屋敷を媒介して、タイムループを起こしている」


 縁の推察を、梁はなにがおかしいのか心底愉快そうに聞いている。


「お化け屋敷を作った五人の中心人物、梁飛龍、酒巻虎徹(さかまきこてつ)(おおとり)アンナ、泥亀伊吹(どろがめいぶき)鹿苑旭(しかぞのあさひ)を依代に、龍、虎、鳳凰、霊亀、麒麟の五体の神的怪異を呼び出して、十八時になると大学に残っている人間を殺す〝百鬼夜行〟を演じさせる」


 淡々と述べた縁の後ろで、巨大な水泡の塊が見えない水面を目指していくつも上に昇っていった。

 縁の顔が蒼白なのは、この部屋を照らす青い照明だけが理由ではない。「強い呪いをかけられるほど自分は人から恨まれていたのか」と、傷ついてもいるはずだ。


「……そうして私を呪っているんだな?」


 傷に触れて確かめるように縁は尋ねた。が、梁は縁の葛藤など意に介したそぶりもなく、それどころかやけに優しい声色であっさりと認める。


「一部間違っているけれど概ね正解だ。素晴らしい。さすがは縁だ。賢いね?」


 芦屋には梁の態度がまるで幼い子供を相手にするようなものに思えた。芦屋は小声で縁に尋ねる。


「なあ、会長っておまえに対してあんな馴れ馴れしかったか?」

「いや、誰に対しても梁さんは『名字』にプラスして『くん』づけだろう。……術士に操られている影響なのでは?」


 縁も梁の反応に思うところがあるのか頬を引きつらせて、小声に付け加え早口で言った。

 だが、梁にははっきり聞こえていたようで、わざとらしいほど目を丸くし「心外だ」と言わんばかりに縁に向けて首を傾げてみせた。


「おや。縁は僕が操られている、という見解なのかな?」

「……断言は避けたい。わからない。その可能性がある、とだけ言っておこう」


 断定するのを避けた縁に、梁は口角を上げる。


「でも、私が挙げたメンバーの中に術士はいる。術士は自分以外の人間と神的怪異を操っている。私は、そう思う」

「ふふ。それも正解だと言っていいだろう」


 真剣に言い放った縁に梁は小さく笑って応じると、異形と化した手をパン、と合わせた。


「いいね。慎重なのはとてもいいことだし、その上で切り込むべきところは切り込むのも大事なことだ。よろしい。術式の一部を看破されたので、僕の方から〝呪術・中華百鬼夜行〟のルールを開示しようじゃないか」


 梁は指を三本立てて言う。


「呪術・中華百鬼夜行の術士は一人だ」


「術士と術士に操られている人間はここ、()()()()()()()()()()()()()()()()。せいぜい黙っていることならできるけれど」


「術士は東美怪奇会の中心人物たちに取り憑かせた瑞獣の力を反転、利用して大規模な呪いとしている」


 梁は用意したセリフを見せ場でいきいきと発する舞台俳優のように、完璧な笑みを浮かべた。


「ここまで言えば、縁なら、僕が最初に尋ねた問いかけの意味がわかるよね?」


 芦屋は梁が最初に口にした問いを思い出していた。


『君たちがこの部屋から出るために取れる選択肢は四つだ。僕が呪う理由を言い当てるか、僕から怪異を祓うか、この中の一人が死ぬか、十八時まで待って構内に残る全員とともに死ぬか』


 縁は口元に手をやった。うつむいた拍子にあごの辺りで切り揃えた髪がサラリと揺れる。


「術士に対しては、呪いに至る理由を解き明かさなくてはならない。術士に操られている依代からは、怪異を祓わなくてはならない……?」


「ご名答。つまり、僕らに取り憑いた怪異を祓わなくては、中華百鬼夜行は繰り返されるわけだ。それも、永遠に」


 やたらと愉快そうな梁に、縁は怪訝そうに目をすがめた。


「……梁さんは、いや、〝術士〟はいったい、私に何をさせたいんだ? なぜわざわざ呪いのルールを一部とはいえこちらに明かす?」


 もっともな疑問だと芦屋も思う。


 梁の縁への態度は一貫して面白がっているようにしか見えない。嫌悪感や憎悪といった〝呪い〟に繋がる感情はなく、呪いのルールを明かすなど、まるで縁に呪いを解かせたがっているみたいだ。

 梁は疑念を含んだ眼差しを向ける芦屋には一瞥もくれず、縁に向けて言った。


「呪いは美しい構造物だ。全てを明らかにしたなら解ける。できなければ解けない。怪談による除霊を得意とする縁なら、きっと解呪は得意分野だろう?」

「私が霊能力者だと知っているの?」


 縁は霊能力者であることを隠しはしないが、公言しているわけでもない。驚く縁だが、梁は当たり前のように続ける。


「もちろん。縁が怪異を呼び寄せる霊媒体質だと言うことも、『厄払いの絵画』という異能の持ち主で、その力を使って多くの人を怪異のもたらす被害から守ろうとしたことも、知っているよ。君は本当に、すてきな女の子だよね」


 うっとりとした声音で囁いた梁に、縁が嫌悪感も露わに眉根を寄せた。


「この状況でその言葉……。私を馬鹿にしてるのか?」


 だが、梁は縁の刺すような冷たい視線に全く怯まない。それどころか心底楽しそうに声を弾ませるばかりだ。


「まさか! だからこそ、縁の得意分野で上回りたいんだ。引き分けなんてぬるいことはなし。縁と、完膚なきまでに勝つか負けるかの、正面切っての真剣勝負がしたいのさ。ずっと、何度でも」


 梁は玉座から立ち上がると縁へ、異形と化した手のひらを向けた。


「この呪いを解かなければ永遠に終わりは来ない。惨たらしく殺されたとしても生き返り続けるのだから」

「いいことみたいに語るなよ。生き地獄だろ、そんなのは」


 思わず口を挟んだ芦屋に、梁はツ、と視線を向ける。まるで「芦屋啓介がそこにいることに、たったいま気づきました」と言わんばかりの無機質な眼差しを、芦屋は睨み返した。

 だが、梁は芦屋にも愛想良く笑みを作る。


「あはは。だよね?」


 梁が肩をすくめると鎖を模した首飾りが金色に光った。

 縁は梁の笑みになにを思ったのか怪訝そうに眉をあげる。


「それで、結局縁はどうするのかな? 僕が呪う理由を言い当ててみる? それとも僕に憑いた怪異を祓ってみるかい?」


 カツン、と梁が一歩踏み出す度に、硬質な足音が鳴った。

 梁は縁に歩み寄ってその顔を見下ろすと、自身の胸に手を当てて切れ長の目を細めた。


「やってごらんよ。……できるものなら」


 そのとき、初めて悪意めいたものが梁から縁に向けられているのがわかった。

 縁は毅然と梁を睨み返したが、芦屋から見える左手はぎゅっとプリーツスカートを握りしめている。

 縁がなにも言えない理由は明白だ。


 梁が術士であるかどうかは未だわからないし、梁に憑いている怪異もわからない。であれば、いまの縁と芦屋に打つ手はない。

 梁から話を引き出すにしても、そのとっかかりすらないまま縁と芦屋はここ――梁曰くの『五角審判の間』に来てしまったのだ。


 梁は無言の縁としばらく睨み合っていたが、ふっと顔を背けて玉座に戻ると、手すりに置いていた巻物を引っ張り出してきた。


「どうやら、この中の一人が死ぬか、十八時まで待って構内に残る全員と死ぬか、どちらかを選ぶしかないらしいね? だいたいあと十五分くらいかな? 暇つぶしの用意はあるんだよ」


 梁が巻物を脇に抱え、空中を薙ぐように左手を払うとガラスの竜宮城に相応しい透明なテーブルと椅子が現れる。


「どうせなら最期の最期まで遊ぼう」


 場違いなほど明るい声で言った梁は巻物を広げ、迷っている様子で首を傾げた。


「トランプにする? TRPGのルールブックもあるけれど、こっちは時間が足りないかな? ああでも、ゲームに夢中になっている間に終わる方がいいのかもね? なら、麻雀でもいいな。適当にキョンシーを一人呼ぼうか?」


 ゲームの目録なのかよ、その巻物……。と芦屋が内心で呟いたころ、縁は大きくため息を吐いて、首を横に振った。


「いや、待たなくていいよ」


 縁は自身の胸に手を当てて、はっきりと言った。


「梁さん。私を殺してループしてほしい」

 しばし呆気に取られた芦屋だが、なんとか言葉を絞り出した。


月浪(つきなみ)おまえ、なに言ってんだ?」

「私が呪われる理由はわからないけど、私を呪うために大勢が犠牲になるなんて、絶対におかしいことだけは、わかる」


 縁は深呼吸すると、梁へと告げた。


「この呪いの対象が私なら、私を苦しめるのも術士の望みのうちのはずだ。……私を呪っているのなら、私だけを殺せばいい」


 芦屋はカッと頭に血が上って縁の肩を掴んだ。


「ふざけんなよ!」

「他に手がないならこうするしかない!」


 縁は芦屋に怒鳴り返した。


「私は芦屋くんを殺されたくない。……梁さんにだって死んでほしくない。大勢が死ぬのと私一人で済むのとなら一人がいい」


 平静を装いながらも、縁の拳は小さく震えている。――怖いのだ。


「おまえ、」

「縁はいっつも〝そう〟だよね?」


 芦屋の言葉を遮って、梁は無表情のまま空を裂くように言った。口調こそ穏やかではあるが、芦屋の勘違いでなければ、怒っているように見えた。


「自分の命よりみんなの命。誰かが傷つくくらいなら自分が傷ついた方がマシだと思ってる。自己犠牲が尊いことだとでも考えているのかな? そうすることで君を大事に思う人間がズタズタに傷つくことにも気づいているはずなのにね?」


 梁は冷ややかに縁を詰った。


「君は残酷だ。そのうえ諦めが早すぎる」


 縁は戸惑った様子で梁を見上げた。梁は小さく吐息をこぼすといつもの微笑みを浮かべて、やれやれと肩をすくめる。


「まぁ、いいけどね。そういうルールだ。……『了解』」


 梁は自身の胸の前で両手の人差し指と親指を立ててフレームを作るような仕草をした。

 空気が明らかに、冷たく、張り詰めていく。


「『起きろ――〝■■■■■■〟のなり損ない』」


 梁の言葉が五角審判の間に響く。途中、明らかに人間の声とは思えない、金属の放つノイズのような、獣の唸り声のような不愉快な音が梁の喉から溢れ出た。その音は呪文としての効果を存分に発揮したらしい。

 玉座の後ろに通っていた柱の彫刻が浮き上がった。


 天井から真っ白な龍の顔が降りてくる。夜光龍よりもかなり大きい。こちらは頭部だけでも三メートル強はあるだろう。体長は明らかに三十メートルを超えている。


 梁の背後に浮かんだ龍は白く濁った目をぎょろぎょろと不規則に動かしていたが、梁が縁を指さすとピタリと止まった。咆哮が部屋を揺らす。


「つきな、」


 芦屋が言葉を発する間も庇う暇もなかった。ぐしゃりと嫌な音が響いて、気づけばことは終わっていた。


 縁めがけて突っ込んでいった龍は大きく口を開けたかと思うと、次の瞬間にはもう壁の一つを割って泳ぎ去っていった。龍が割った壁から水が五角審判の間の中に勢い込んでくる。


 空を掻いた手を伸ばしたまま、芦屋は床に広がっていく血溜まりに呆然としていた。


 仰向けに倒れた縁は腹と右手を食い破られている。


 気がつくと、梁が縁の遺体に傍らに佇んでいた。龍が縁を噛み殺した時に浴びた返り血で、モノトーンの漢服は赤く染まっている。


 梁はしゃがんで、見開いたままの縁のまぶたを下ろす。そのまま物言わぬ縁の頭を優しく撫でて、嘆息する。長い横髪に遮られて表情までは見えなかったが、悲しんでいるようにも、愛しんでいるようでもあった。


 芦屋は言葉もなくただそれを見ていた。


 梁は芦屋の視線に気づいたらしい。しゃがんで血まみれのまま、いつもの笑みを浮かべると手を振った。


「ではまた、次のループで」


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