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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第二章】百鬼夜行・龍
42/92

16:00 鹿苑旭(一回目)

 ※16:00


 泥亀(どろがめ)からの聞き込みを終えて十六時からのシフトに(よすが)が入った。時間ぴったりに来た鹿苑旭(しかぞのあさひ)が縁の横にいる芦屋(あしや)に気づいて不思議そうな顔をする。鹿苑は例によってカーキのツナギにスタッフジャンパーを羽織っていた。


「あれ? 芦屋はシフトじゃないだろ?」

「まあ、暇だし手伝おうと思って。あと聞きたいことがあるんだよ」


「聞きたいこと〜? あ、そういや芦屋には顛末話してなかったけど、先に言いたいことがあるわ! 月浪には話したんだけどさあ、俺見ちゃったよ『麒麟の筆』!」


 鹿苑が無理やり肩を組んで告げた名前に芦屋は瞬く。縁にチラリと視線を向けると、悩ましげに眉間を揉んでいた。


『麒麟の筆』というのは、『麒麟の筆の怪談』を聞いた優れた才覚を持つ若い男子を好んで現れる魔性の筆で、なんでも思い通りの作品を生み出す代わりに使った人間の寿命を減らすというデメリットを持つ。


 以前、縁がこの筆に取り憑かれて、鹿苑に『麒麟の筆』の怪談を話したことがあるのだ。鹿苑は麒麟の筆を欲しがらないと仮定して、鹿苑が筆を放置したところを掠め取ろうという、無謀な作戦を立てて自殺行為に及んだ縁であるが、芦屋が『怪談による除霊』で麒麟の筆を祓ってことなきを得た。


「いや〜。まさかあんなわけのわからんモンがほんとにあるとは思わなかったな。明らかに普通の筆じゃない雰囲気がバリバリ出ててさあ。……ま、いらないけどね、麒麟の筆なんか。傑作なら自分で描けるっつーの! あっはっは!」


 笑い飛ばす鹿苑に、影を背負った縁が言う。


「……ごめんね、鹿苑くん。麒麟の筆と遭った時の話なら何回だって聞いて二度と来ないようにするから。……君はそのままでいてくれよな」

「ええ? 月浪、なんで謝ってんの? 二度と来ないようにってそんなんできんの?」


 唐突に謝られた格好になった鹿苑は困惑した様子で芦屋にヒソヒソと尋ねる。


「あのさあ芦屋、月浪のヤツ変なんだよ。麒麟の筆の話を俺にさせたがる割に、話すたび毎回すっげえテンション下がるし謝罪モードなんだけど、なんでかわかる? そもそもあいつが麒麟の筆の話を俺にしてきたのにな? かなり謎」


「あー……」


 芦屋は返しに困って縁を見る。縁の「うまいことなんか話を逸らしてくれ」と言う視線を感じ取った芦屋は勝手に組まれた鹿苑の手をほどきながら尋ねる。


「ええと、……ところで、鹿苑は『中華・百鬼夜行』のこと、誰の作品だと思う?」


 芦屋が口にしたのは明らかに苦し紛れの質問だったが、鹿苑の気を逸らすことには成功したらしい。鹿苑は眉を上げた。


「『誰の』? どういうことだよ? グループワークなんだから関わった人間全員の作品に決まってるじゃん」

「強いて言うならって話だよ」


 芦屋が続けて言うと、鹿苑は露骨に嫌そうな顔をした。


「え〜、貢献度の違いで順位付けするみたいで()だな。うーん、……梁会長、酒巻サン、鳳、泥亀らへんは欠けたら代わりがいなかったと思う。あと自画自賛になるかもだけど、俺も」

「だろうね」


 堂々と自分のことを親指で指した鹿苑に、縁は真顔で頷いた。

 実際大道具長として、お化け屋敷のほとんど全ての美術セットに携わっていた鹿苑だ。驕りでもなんでもなく、鹿苑は中華・百鬼夜行のお化け屋敷に不可欠な働きをしている。


「まあでも、一番代わりが居ないのは梁会長じゃね? あの人のディレクション能力はハンパじゃねーもん」


 鹿苑はあごを撫でながら訳知り顔で言った。


「月浪には言ってたけど、俺さ、グループワークをやったことなかったのよ。だから経験値を上げたくて東美怪奇会に入ったんだけど……。梁会長の手腕は勉強になるのと同時に全然参考になんなかったな。あのレベルの人材配置能力を培うためには天性の〝なにか〟がいるわ。だいたい、入部してすぐの俺を大道具長に、泥亀を座長に任命したのも会長だからね。あと、衣装部門にいた鳳を引っ張ってきてシナリオ書かせたのも会長だし」


 中華・百鬼夜行で中心人物となる人間を要職につけたのは梁の采配であると鹿苑は言いたいのだろう。

 鹿苑は感服した様子で腕を組んで続ける。


「いや〜、正直大道具長に任命されたときはグループワークやったことねえ俺を大人数まとめる立場に置くの、鬼か? と思ったけど、ぶっちゃけかなりフォローしてもらったからよ。大道具メンバーの得意分野から性格からなにからなにまで会長は全部把握してんのな。たぶん、大道具班以外のメンバーのことも把握してるだろ。アレは尋常じゃねえわ」


「鹿苑くんの言うディレクション能力ってどれを指してる?」


 縁が冷静に尋ねた。

 ディレクションというのは、大まかには企画の方向性や舵取りをすることを指す。だが、美大の中で『ディレクション能力』と言うとアートディレクターの職能を指すことが多い。アートディレクターとは美術・芸術の分野における指揮者。総合演出をする職である。


 鹿苑は愉快そうに口角を上げた。


「そうだな……広義で言う〝ディレクション〟の全部ではあるんだけど、一番は〝クオリティコントロール〟かな」


 鹿苑はなんとなく声を潜めた。


「一応、東美怪奇会は現役美大生を中心にメンバーを集めてるわけだから、みんな一定の技量は持ってるけど、それでも優劣はあるだろ? デッサンがめちゃくちゃ上手い奴とそうでもない奴がいるよな?」

 割と言いにくいことを言ってのけた鹿苑だが、正直否定はできない。


「でも、梁会長は高水準でクオリティを均してまとめる能力がすっげえ高いから、〝そうでもない奴〟の潜在能力(ポテンシャル)をガッと引き出して〝めちゃくちゃ上手い奴〟と同レベルにまで引き上げる。それで、お化け屋敷全体のクオリティを上げてんの。なかなかできることじゃねえな。俺も見習わないとな〜」


 鹿苑は結論づけると、大きくあくびをした。よく見れば目の下のクマが濃い。


「寝不足か?」

「あー、なんかすっげえ夢見が悪かったんだわ。夢の話すんの嫌いだからしないけども」


 鹿苑の背後に、黒い影のようなものが見えた気がした。


「夢の話をするのが、嫌いって?」


 縁が不思議そうに首を傾げると鹿苑は「夢の話って大体オチがないから面白くないだろ、それが悪夢ならなおさら」と気だるそうに言った。


 ※17:00


 鹿苑がシフトの交代で階段を上っていくのを見送りながら、芦屋は縁に目を向けた。


「見事に答えがバラけたな」


『中華・百鬼夜行は誰が作ったか』の質問に対して、(リャン)酒巻(さかまき)、酒巻は(おおとり)、鳳は泥亀、泥亀は鹿苑、鹿苑は梁と答えた。誰も答えが被らなかったわけである。


「それに、やっぱり五人全員に怪異の気配があったね」

「様子が明らかに変な奴も居たもんな……」


 梁や鹿苑はそこまででもなかったが、酒巻は声が、泥亀は瞳の色がおかしくなっていた。

 調査にあたって芦屋には気づいたことがある。


「月浪、さすがにこの聞き込みだけで術士を特定するのは、無理だろ」

「そうだね……。じゃあ早速、お化け屋敷の調査に向かうか」

「おまえ、なに言ってるんだ?」


 頷きつつも淡々とむちゃくちゃなことを言う縁に芦屋は怪訝の眼差しを向ける。


「……百鬼夜行が起きたのは十八時。その前に、お化け屋敷の調査に乗り込んだ方がいいだろう。少なくともいま、十七時の回にはお化け屋敷の中身は絶対に確認しないとダメでしょ。あれが本願なんだから」

「でも、俺たち整理券とかもってないぞ」

「……必要ないと思うよ」


 縁が硬い声で言うので、芦屋がハッと周囲を見回すと、お化け屋敷に並んでいる客、シフトに入っている酒巻をはじめとした東美怪奇会のメンバーが、無言のまま縁と芦屋の動向を見守っていた。


 明らかに異常だ。嫌な予感しかしない。


「絶対ろくでもない目に遭うんだろうな。……月浪、先に言っておきたいことがある」

「なに?」


 改まった様子の芦屋に、縁は首を傾げた。あごのラインに沿って切られた黒髪が静かに揺れる。


「俺を巻き込まないように、変な気を遣ったりするなよ。そんなことをしたら、」

「したら?」

「許さない。絶対」

「……それは怖いな」


 縁は頬をひきつらせて呟く。諦めたように笑って、芦屋を見上げた。


「じゃあ、遠慮なく巻き込むけど。……後悔しても知らないよ」

「おまえ一人で乗り込ませた方が百倍後悔する自信がある」

「そうかい」


 縁はニヤリと笑って、お化け屋敷の入り口へ向き直った。


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