13:00 鳳アンナと泥亀伊吹(一回目)
※13:00
一号舎の地下。『中華・百鬼夜行』の会場は相変わらず人でごった返していた。
割り当てられたシフト通りに働く芦屋はともかく、シフトでもないのに縁が作業を手伝っているのだが、誰も気にはしていない。それなりに忙しいので猫の手も借りたいのだ。
だが、一人増えたおかげで、雑談していてもそれなりに見逃される環境ではあった。
「『中華・百鬼夜行』が誰の作品か?」
尋ねると鳳アンナもやや面食らった様子である。
「なんのインタビューなんです?」
例によって縁が「レポートのためのアンケートだよ」などと最もらしいことを言うと一応は納得した様子の鳳だが、難しい質問と感じたのか唸るばかりだ。くるくるした茶色い髪をぐしゃりと掴んで悩んでいる。
「ちなみに酒巻さんは鳳の名前をあげていた」
見かねた芦屋が助け舟のつもりで言うと、鳳は絶望したような顔で芦屋を見る。
「……なんですかそれ。『あえて選ぶとするなら』って話なんでしょうけど、恐れ多いからやめてほしいですよ」
「そんなこの世の終わりみたいに言うようなことか?」
芦屋のツッコミは無視して、鳳はやっと答えを導き出した。
「うーん……、私も〝あえて言うのなら〟、泥亀さんを推します。『中華・百鬼夜行』に命を吹き込んでいるのは間違いなく俳優の泥亀さんなので」
鳳は遠い目をして、泥亀を賛辞する。
「座長として俳優陣をとりまとめるのはもちろん、ホラー的な演技指導もほぼ彼女がやっていますからね。助かりました。彼女は読解力がすごいんだと思います。私の考えた筋書きから、私の想像をはるかに超えたキャラクターを実現してくれるので、初回を見たときは本当に怖かったと同時に、……感動しました」
本心ではあるのだろう。だが、鳳の語り口はまるで陶酔しているかのようで、異様である。
「昔見た舞台の彼女も輝いていたけど、間近で見る彼女は本当にすごいです。当時演じていたキャラと私の書いたキャラは全然違うのに、彼女がセリフを発すると、そのキャラにしか見えなくなるんですよ」
泥亀はテレビドラマや映画だけでなく、舞台でも活動していた。鳳は元々泥亀のファンだったのかもしれないと芦屋は思う。
「泥亀さんだけは午前も午後もずっと通しで演者として出ていますからね。泥亀さんの出番は終盤に集中しているとはいえ……私なんかは無茶苦茶なスケジュールだなと思ったんですけど、泥亀さんは、『休憩を二時間挟むし、余裕』だって言ってましたよ。それに、その休憩中もお昼を食べたらずっと大道具と舞台の確認をしていて……〝ストイック〟っていうのは、彼女のためにある言葉のような気がします」
うっとりと語り終えた後、鳳はハッと我に返った様子で、「雑談もほどほどにしないと、怒られちゃいますよ」と、いつものように、自信なさげな笑みを浮かべて、言った。
※14:00
芦屋がシフトを終えると、縁と芦屋はそのまま楽屋へと移動する。
お化け屋敷中華・百鬼夜行の楽屋は中華風の小道具があちこちに積み重ねられ、雑多な雰囲気を醸し出している。
その中で、ひときわ目立つ人物がいた。
泥亀伊吹。――中華・百鬼夜行の座長であり、主役を演じる人物である。
鳳が言っていた通り、他の脅かし役を演じる役者は替えがきくのだが、泥亀が顔を出して演じる『怪異に魅入られた芸術家』の役だけは泥亀以外に演じられないということで、一人だけかなりのハードスケジュールをこなしている。
泥亀は縁と芦屋に気づいたらしく、顔をこちらに向けた。
それだけで、妙に画が決まる。泥亀は人を萎縮させるほどの美貌の持ち主だ。
「芦屋先輩と月浪先輩? 私に、なにか?」
「お昼中にごめんね。出直した方がいい?」
「いえ、大丈夫です。片付けるところだったので」
芦屋の目がおかしくなったのでなければ、泥亀はカップスープしか飲んでいないらしい。そんな量で足りるのかと口に出そうとした芦屋だが、泥亀にジロ、と睨まれて、止める。
人並外れた美貌のせいか、なんとなくの威圧感があるので、正直なところ芦屋は泥亀がそんなに得意ではない。
「東美怪奇会のメンバーに、『中華・百鬼夜行』が誰の作品かを尋ねているんだ」
縁は泥亀の圧に屈することなくにこやかに問いかけた。
「…………」
泥亀は沈黙する。
「ちなみに、梁会長は酒巻さん。酒巻さんは鳳さん。鳳さんは泥亀さんの名前をあげていたよ」
「鳳先輩が、私の名前を?」
不思議そうに、泥亀は小首を傾げた。長い黒髪がサラリと揺れる。
「『グラビティ・モメント』のファンだからでしょうか」
泥亀が出した名前は芦屋も知っている。かつて週刊少年ポップスで連載していた人気漫画の一つだ。だが、作者の星屑光子郎が連載中に亡くなって、結局打ち切り同然の終わり方をした、と記憶している。
「『グラビティ・モメント』と泥亀になんの関係があるんだ?」
「一度、舞台でヒロインの役をやりました」
鳳が観に行った舞台というのは『グラビティ・モメント』のことだったのかもしれない。
縁は泥亀に向けて首を横に振った。
「鳳さんは、泥亀さんが『ホラー的な演技指導をつけてくれて助かった』って言ってたよ」
泥亀は納得したように小さく頷いた。
「たしかに鳳先輩の脚本はそこまで怖くなかったですね。でも、酒巻先輩の着想もお祭りっぽくはありましたが、怖くするのは難しかったと思うので、当然でしょう」
微妙にトゲのある言葉に感じるのは芦屋の気のせいだろうか。
泥亀は縁に向けて、軽く目をすがめた。
「……ところで、誰も鹿苑先輩の名前をあげていないんですか?」
「そうだね。梁会長と鹿苑くんの名前はまだ出てないよ」
「そうですか。梁会長はともかく、鹿苑先輩の名前は出てもいいと思うんですけど……」
なんとなく泥亀は不満そうにも見える。
「なんで『梁会長はともかく』なんだ?」
「梁会長は自分の手をほとんど動かしていないでしょう?」
泥亀は席を立った。
羽織っていたスタジャンを椅子にかけて、衣装の白いノースリーブのワンピース、素足という格好になる。
小道具を指差す様すら、いちいち優雅だ。
「それに引きかえ、鹿苑先輩は、重要な大道具、小道具のほとんどに手を入れていますよね。俳優部門の演技だって、舞台セットや小道具に引き上げられているところはありますよ」
泥亀は踊るように、鹿苑の作った龍舞に使うハリボテの夜光龍の前に立つ。
体重を感じさせない軽やかな動きだった。
「鹿苑先輩の作った舞台セットの中にいると、具体的なイメージが湧くんです。本当に呪われた美術作家と五匹の怪異の巣食うお屋敷の中に居る気がします。ブルーバックでも演技はできますけど、『そこに居る』という感覚があると、やはり演者もやりやすいです。演者がほとんど素人なら、尚更」
「……なら、泥亀は中華・百鬼夜行は鹿苑の作品だと思ってるってことか?」
「はい。そう言っているつもりでした」
うっすらと微笑んで、泥亀は言う。
その目は一瞬金色に、輝いて見えた。




