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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
【第二章】百鬼夜行・龍
40/92

12:00 梁飛龍と酒巻虎徹(一回目)

【芦屋啓介】


 今後の方針を決めるために、芦屋啓介(あしやけいすけ)月浪縁(つきなみよすが)は一度サークル棟の一回にある休憩スペースに戻った。


「もしも、私の立てた仮説のとおり、術士が他の四人を利用しているなら、私は当然として、いまの芦屋くんにもわかると思う。怪異の気配を感じ取れるはずだ」


 月浪(みそぎ)の名刺が芦屋の記憶を守った影響は、呪いを解くにあたってプラスにはなるようだ。芦屋は腕を組んで問う。


「しかし聞き込みって、具体的には何を聞くんだ? まさか『月浪を呪う理由はなんですか』とはさすがに聞きづらいし、聞いたところで教えてくれないだろう」

「それは直球勝負が過ぎるね。だから、ちょっと変化球を投げてみよう」


 縁は指を立てて言った。


「聞くのはこれだ。『中華・百鬼夜行は誰の作品だと思うか?』」


「……チームで作った作品だから、特定個人の作品じゃないと思うが」


『中華・百鬼夜行』は東美怪奇会が作ったお化け屋敷だ。誰か一人の作品ではないだろう、と芦屋が言うと、縁はニヤリ笑いで応じる。


「当然、そういう答えが返ってくるのは織り込み済みだけど、掘り下げるとその人の創作観念が見えてきて結構面白い質問だと思うぜ? 例えば、今年の四月に美術館で『青背一究(あおせいっきゅう)展』が行われただろ? その企画展は誰の作品だと思う?」


 青背一究は、『麒麟の筆』という魔性の筆を使ったために若くして夭折した天才クリエイターである。四月に行われた回顧展は大盛況で、予約制のチケットは高値で転売されたことがニュースにもなった。

 この展覧会そのものを作品と捉えてみろと縁は言いたいのだろう。


 そう聞かれると、案外答えを出すのは難しい気がした。


「青背本人、ではないよな? ……企画を出した人間?」

「でも間違いなく青背一究の作品無しには展示が行うことができないから、あの企画展は作家本人のものなのでは? それとも展示の順番を決めた設営者のもの? 青背の作品を管理している団体のもの? それとも、展示場所を提供した美術館の、」


 つらつらと述べ始めた縁に芦屋はストップをかけた。


「ややこしいな! ……それぞれ間違いじゃないとは思うけども」


「でしょ? でも、こういう質問を投げてどういう答えが返ってくるかでその人のスタンスが見えてくるよ。だから、答えは微妙にバラけるはずだ。だが、『中華・百鬼夜行は誰の作品だと思うか?』と尋ねたとき、依代になっている人間からは、同じ人間の名前が出るんじゃないか?」


  『呪術・中華百鬼夜行』を編んだ術士が何人いるかはわからない。

 だが、その術士に操られている人間が挙げる『お化け屋敷の中華・百鬼夜行の作者』は術士の可能性が高いではないか、と縁は言いたいわけである。


「……被った相手が術士ってことか?」

「そう。ついでに言うと、全員きれいに答えがバラけても、それはそれでわかることがある」


 縁は人差し指を立てて言う。


「『術士は依代の遠隔操作が可能である』……つまり五人のうち四人は操られているという、私の仮説は立証されるんじゃない? きれいにバラけるのは、それはそれで不自然だと思う。そういう偶然はありえるかもしれないが……」

「この場で起こる『偶然』は、大体偶然じゃなさそうだもんな……」


 時間が巻き戻るという怪奇現象が現在進行形で起こっているのだ。『術士が依代を操作しているかもしれない』という懸念は覚えて当然のことである。


 だが、なんにせよ、術士候補に接触して対話をしないことには、呪いを解くとっかかりも見つからないだろう。


「ここで話していても仕方ない。早速聞き込み、いってみようか」


 縁の提案に、芦屋は一も二もなく、頷いた。


 ※12:00


 術士候補である五人は東美怪奇会のメンバーだから、お化け屋敷のシフト表を参照すれば確実に接触できる。

 十一時五十分 一号舎地下のお化け屋敷入り口に行くと、梁飛龍(リャンフェイロン)酒巻虎徹(さかまきこてつ)がシフトを交代しているところだった。

  梁は芦屋と縁を見つけると瞬いた。


「おや、月浪くんと芦屋くんじゃないか。君たちはまだシフトではないと思うけど、どうかしたのかい?」

「梁会長と酒巻さんに聞きたいことがありまして」


 サラリと全メンバーのシフトを頭に入れているらしい梁に、芦屋が内心舌を巻いていると、梁の後ろから酒巻が顔を出した。


「会長と、俺に? 珍しいな?」


  酒巻は黒い和服に東美怪奇会のスタジャンを羽織った奇抜な格好なのだが、どうしてか異様に似合っている。


「……酒巻さん、スタジャンお似合いですね」

「あはは。ありものを合わせてみたら案外悪くなかったわ」


 思わずと言ったように口にした縁に、酒巻は愛想よく笑った。


「ありものなんですか、和服が?」


 芦屋が言うと、酒巻は「いらんことを言ってしまった」という顔をする。


「……そう。別に俺、なんかポリシー的なもんがあって和服を着てるわけじゃなくて、そこにあったから着てるんだ。昔から普段着にしなきゃいけない環境だったもんで」


 酒巻は常に和装で下駄履き、無精髭を生やした、ともすればくたびれたような出立ちなのだが、不思議とそれが板についている人物だ。


 あらゆるコンペやコンテストに応募して賞金を荒稼ぎしているため『コンテスト荒らし』の異名を持つ。しかし『同じ学年で油画に所属して優秀な学生である』という共通項があるにも関わらず、酒巻の方は鹿苑と違って人当たりに癖がないから、人望も厚い。


「話があるなら」と、前置きして梁は芦屋と縁に笑みを作って言った。

「僕らはちょうど学食に行こうと思ってたところなんだ。月浪くんと芦屋くんも一緒にどうだい?」




「『中華・百鬼夜行』が誰の作品か?」


 学食で各々注文したものを持ち寄り、落ち着いた頃に縁が尋ねると梁は珍しく驚いた様子でオウム返しに尋ねる。酒巻もやや困惑した様子で首を傾げた。


「チームで作ってる作品に、誰のものとか、あるん?」

「強いて言うなら、でいいので」


 にこやかな笑みで縁は押し通した。加えて、「創作スタンスについてレポートを書くつもりなので」などと息をするようにそれらしい嘘を述べた。芦屋が横目で「こいつ……」という視線を送ると、テーブルの下でやんわりと足を蹴られる。


「視線でも口でも余計なことを言うな」という縁からの圧を察して芦屋はとりあえず目の前にある唐揚げ丼を口にした。なにか食べている間は余計なことはしないですむだろう。

 梁は縁の方便に納得したらしく、口元に手をやって割と真面目に考えるそぶりを見せた。


「そうだな。……強いて言うなら、やはり『中華風の百鬼夜行』を着想した酒巻くんの作品なのでは? プレゼンもわかりやすくて良かったよ」


 横にいる酒巻にキラキラした笑みで賛辞を送った梁である。


「はは。どうも」


 だが、手放しで誉められていても酒巻は少しも嬉しそうではない。哀愁のある乾いた笑みを浮かべるばかりだ。


「中華風のお化け屋敷はいままでになかったですもんね、百鬼夜行と併せたのも酒巻さんのアイディアですか?」


 縁が尋ねると、酒巻は坦々麺の器に箸を置いて頷いた。


「部誌を見ると日本風、洋風のお化け屋敷は前例が結構あったから、違うところで勝負しよと思って。かといって本格的な中国妖怪とかを出すととっつきづらい気もしたから、日本でも知名度の高い五匹の神獣と、『百鬼夜行』的な、大名行列なりパレードなりの要素を入れてみた。お祭りだし、派手な方がいいかなって」


 戦略的によく考えていたのだな、と芦屋は思う。

 だが、酒巻本人はどうも納得していない部分があったらしく、ため息交じりに続けた。


「ちょっと、派手にしすぎたかもとは思うんだよな。イメージボード通りのビジュアルからシナリオ組んでくれた(おおとり)さんには頭があがらん。きちんと怖くしてくれたし、……」


 口にする最中に何かに気づいた様子で酒巻は瞬いた。


「ああ、そういう意味では鳳さんの作品といっても過言ではないのか。じゃ、俺は『鳳さんの作品』ってことで。さすがは〝週刊少年ポップス〟本誌連載を獲っただけあって話作るのめちゃくちゃうまいもんな。作画は別の人がやるらしいけど」


 あまりにも投げやりに、酒巻は昏い目をして言った。


「ええよな。才能のある奴は」


 芦屋の幻聴でなければ、酒巻虎徹の声が二重になって聞こえる。嘲るような声と、低く淡々と喋る声。

  梁は様子のおかしい酒巻には何も触れず、芦屋に問いかける。


「芦屋くん、そろそろ時間は大丈夫かい?」

「え?」


 全くいつもの調子で、食堂の時計に視線をやって言った。


「十三時からシフトだろう?」


 その通りだ。

 芦屋と縁は皿を片付けると、一号舎のお化け屋敷へと向かう。


「……明らかに酒巻さんの様子、おかしかったよな。ていうか、声が、」

「そうだね」


 縁が頷いてくれたので、芦屋が聞いた声は幻聴でなかったと証明されたわけだが、これがいいことか悪いことかはわからなかった。


「梁会長も、酒巻さんの不調を気づいていて無視したのか、そうじゃないのか、怪しいところだな」


 呟く縁の言葉に、知り合いが異様な行動をとると、かなり消耗させられるのだな、と芦屋は改めて実感していた。


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