Eyes on you/芸術の素養
【怪異・瑞獣の一つ】
京都にある幼稚園で、二人の女が言葉を交わしていた。
「ねえ、今日縁ちゃんが描いてた絵なんだけど」
「ああ、オオカミの絵でしょう? すごく上手ですよね。大人顔負けで」
年配の女が声をひそめる。
「それがね、縁ちゃんは幼稚園の庭に居たのを描いたって言うの」
若い方の女がギョッとしたように目を剥いた。
「ええっ? そんなの居たら大騒ぎですよ! そんな……、動物園から逃げ出したとか?……いやいやいや!」
何度も首を横に振りながら「ありえない」と呟く。
「そうよね。子どもの嘘なのかもしれないけど、でも、絵がねえ……」
女たちの間に沈黙が過ぎる。
「かなり、リアルでしたもんね。でも、たぶん図鑑か何かを見て描いたんだと思いますよ」
怪異を見ることができない人間たちがヒソヒソと話しているのを横目に、私はガラス越しにこちらを見ている獣を感知していた。
狼である。
私を見ても怯まないあたりそこそこの力を持っているらしいが、相手の力量を測れないのは愚かと言うほかにないだろう。
「おい、言葉にしてやらないとわからないか」
狼は小さく唸りをあげるが、私が睨むと怯んだのがわかった。
「去ね。あの子に近づくな」
狼はそれでも迷っていたが、私が譲らないとわかると姿を消した。
※
常人と違う優れた力を持った人間はいらない苦悩を背負うと聞くが、これは確かに骨が折れる、と私は五つになった縁を見て思う。
月浪の邸宅では平和そのものの時間が流れていた。
兄の健が制服のままだらしなくソファに寝そべって小説を読んでいる。
その傍ら、色鉛筆を使って一心不乱に画用紙を塗りたくっている縁の横顔は丸く愛らしい。一見すると普通の子だ。
だが、毎日毎日底辺のものから高貴のものまで、ありとあらゆる怪異が縁の様子を見に来るので、私は彼らを追い払うために付きっきりで守らねばならなかった。
月浪本家の内部は怪異除けが施されていて私のような例外の他に怪異の類を見ることはなかった。禊のそばにいるときも同様だ。だが、禊が縁のそばから少しでも離れると羽虫のように怪異が湧いて出る。
私がいるとわかると逃げていくのが大半であるものの、身の程を知らないものが喧嘩を売ってくるので鬱陶しいことこの上ない。私に敵うものなどそうそういるわけもないので追い払うこと自体は難しいことでもないのだが、喧嘩を売られる頻度がやたらに多い。率直に言って、その手の怪異を相手どるのは、面倒だ。
しかし、面倒なことばかりでもなかった。
縁には画家としての素養があった。色彩に関する感度、空間を把握する能力、手先の器用さはさることながら、単純に絵を描くこと、ものを作ることが好きなのだ。
幼稚園なるものに行こうが家に帰ろうが、縁はずっと作り続けている。私が画材の類を家に置けるだけ置いてほしいと頼んだとき、禊がすんなり承諾したのも縁本人が楽しそうだから、という理由が大きいだろう。
これは大変に喜ばしい。私の好む人間――恩寵を与えるに相応しい資質を縁は持っているのだ。禊は以前「縁が自分を守る怪異におまえを選んだ。理由は不明だし理解不能」という趣旨のことを言ったが、いまの私には理由がわかる。縁は芸術に才ある人間で、私は芸術に才ある人間を好む瑞獣だからだ。
相性がよろしい。それだけのことである。




