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【書籍化・コミカライズ】美大生・月浪縁の怪談  作者: 白目黒
第四章:麒麟の筆
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第24話 月浪縁を探して/鹿苑旭の怪談

【芦屋啓介】


 油絵棟のアトリエの一室。ブルーシートにあぐらをかいた鹿苑旭しかぞのあさひが入室してきた芦屋啓介に気づいて朗々と声をかける。


「よう、芦屋。なんか用事?」


 鹿苑は白いタオルを頭と首に巻いたツナギ姿という出立ちである。カーキ色のツナギには絵の具のしぶきが飛んでまさしくアーティスティックな着こなしになっていた。この柄は常に変化している。鹿苑は三百六十五日、四六時中絵を描いているからだ。

 しかし、芦屋は鹿苑本人よりもすぐそばにある物体に釘付けになっていた。


「うわ、ちょっと見ないうちに進んでるし、すっげえな……」

「そうだろ! 自分で言うのもなんだけど結構いい感じだと思うんだよな、これ!」


「いい感じ」どころの騒ぎではない。


 鹿苑の前にあるのは一メートルほどの()()()()()()だ。

 東美怪奇会は今年の文化祭で中華風・百鬼夜行をテーマにお化け屋敷を作ることになった。演出の一部に中国の祭事にある龍舞から着想した見せ物を取り入れる予定だ。


 鹿苑の手前に佇む龍の首は日本画で描かれる龍をより厳かにしたような代物で、着想元である龍舞の龍の華やかさやユーモラスな雰囲気は抜けている。

 ちょうど、波打ち際に打ち捨てられたように横たわるクジラやダイオウイカのような、巨大な生き物の死骸と似たようなものを感じた。

 何も知らないで動く〝これ〟と出会うのは勘弁してほしいと素直に思う。


 さすがは鹿苑旭。お化け屋敷の要である大道具係の長。油画に現役で首席合格してからトップを直走り続けている男だ。腕がある。


「最近個展もやってたよな? 同時進行だったのか、これと」

「そうだよ。そっちにも顔出さないといけないし課題もあるし、進捗どうなるかなとは思ったけど案外なんとかなりそうでよかったわ」


 あっはっは、と明るく笑う鹿苑に、芦屋は感心を通り越して呆れていた。鹿苑は芦屋が乾いた表情を浮かべていることには興味がないらしい。むしろ芦屋が首から下げている一眼レフのほうに関心を向けだした。


「芦屋は最近どんなん撮ってんの? 俺と喋るんなら駄賃がわりに見せてくれよ」

「どんな駄賃だよ。いいけど」


 芦屋は肩に引っ掛けていたリュックサックからノートパソコンを取り出し、起動するとすぐに作品をまとめたフォルダを呼び出した。それをそのまま鹿苑に渡す。


 鹿苑は画材を適当に端に寄せて芦屋を座るよう促し、食い入るように画面を眺めた。ノートパソコンに備え付けのタッチパッドを自分のもののように操り、鹿苑は作品を品定めする。小一時間して鹿苑は満足げに頷いた。


「こうやってズラッと並べるとわかりやすいけど、上手くなってんな」

「そりゃどうも」


 自信家で実際腕のある鹿苑の審美眼はそれなりに信頼できる。芦屋は素直に賛辞を受け止めた。


「人を中心に撮り始めたのが去年の夏か? ……今年の春と、あと最近になって作風がグッと締まった。この辺になんかあっただろ。心境の変化的なやつが」


 サムネイル表示された作品の中で、奥菜玲奈の一件と、井浦影郎の一件以降の作品とを指差して鹿苑は言う。的を射た批評だ。縁に借りを返すために事件に関わるたび、芦屋の作品は確かに、変わった。その自覚もある。


「わかるか?」


 尋ねると鹿苑は頷いて朗々と答える。


「春以降の作品は撮ってる人間の表情が良くなった。最近の作品はいろんなテクニックをガンガン入れてるだろ。春頃にモデルらしさを引き出せるようになって、最近は……なんだろな、色々チャレンジしたい感じ? いまんとこ割と上手くいってるし合ってるけど技術を見せつけるだけの作品はつまんねえから程々にな」


「……突然講評が始まったわけですが」


 一方的に批評されるのは気に入らないとジト目で鹿苑を睨むが「趣味なんだよ、大目に見てくれ」と言うばかりで堪えたそぶりもない。


「しっかし芦屋はわかりやすいな。あ、誤解しないでほしいんだがこれ褒め言葉な。作品に考えてることが全部出るし、それが割と長所になってると思うわ。わかんねえ奴は全然わからんし。例を出すなら……あれだ、月浪つきなみ。芦屋と仲良かっただろ?」


 思わぬ話題の展開だ。鹿苑の口からよすがの名前が出てきて芦屋は瞬く。言葉を選びはしたが、言える範囲で素直に答えた。


「割とそつなくなんでも描くし、描ける奴だと思うが」

「そこだよ。そつがなさすぎる。ていうかあいつ手ェ抜いてるだろ、いつも」


 恐ろしいことに、縁が公にしている絵が本領でないことを鹿苑は見抜いていた。


「で、手ェ抜いてても腕はあるからそれなりに絵のクオリティは保ってるんだよな。腹立つ。あんだけ描けるんなら月浪がマジになって描いた絵も一枚くらいは見たい……」


 それまで立板に水を流すように話していた鹿苑の言葉がぴたりと止まった。顎に手をやって、珍しく静かに呟いた。


「いや、最近描いてた絵はマジだったな。すっげえキレてる絵だったけど」

「キレてる?」


 意味がわからず首を傾げた芦屋に、なぜか鹿苑の方が怪訝そうに眉をひそめた。


「なにおまえ、見てないの? こないだまでしょっちゅう一緒にいたのに? 喧嘩でもしたか?」

「喧嘩ではない」


 喧嘩にもならなかったのが問題なのだ。


 鹿苑は仏頂面の芦屋を見て何か合点がいったようだ。「ははーん?」と訳知り顔で頷く。


「なるほどね、俺に用事って月浪のこと聞きにきたわけね。確かに最近になって怪奇会がらみで話すことが増えたな。言われてみりゃ月浪の様子もちょっとばかし変だったか」


 そう言うと、鹿苑は腕を組んで、何から話したものかしばらく考えているようだった。


「芦屋、おまえ『麒麟の筆』って話、聞いたことあるか?」


 首を横に振った芦屋に、鹿苑は「月浪から聞いた話なんだけど」と前置いてから、始めた。


 私立東京美術大学・油画学科所属二年、鹿苑旭は語る。



【鹿苑旭】


 美大生なら誰でも一回くらい絵筆を握ったことがあるだろ? あれの原材料を気にしたことはあるか? 軸の部分は竹とか木、プラスチック。先の部分は豚や馬なんかの動物の毛か、あとはナイロン製も多いらしいな。 高価なら自然由来、安ければ人工由来だとざっと思っておけばいいよ。


 それで、我らが母校、私立東京美術大学・油画科の研究室、保管庫には麒麟を材料にして作られた筆が眠っているらしい。

 この麒麟っていうのは首が長い方じゃなく、神獣の方の麒麟だ。東京・日本橋に像がある方の麒麟だよ。


 この幻の動物・麒麟の骨を軸に、尻尾の毛を筆先にして作ったあり得ざる筆を『麒麟の筆』という。


 これは魔法の筆で画材なんだ。これを使うと、なんでも思い通りの作品を作ることができるんだと。 思い通り、というのは頭の中に浮かんだ構想そのままを、的確な構図で、適切な色選びで、適当な大きさに出力できる、という意味だ。筆で空中を撫でるとキャンバスや板なんかの支持体ごと、はたまた彫刻まで3Dプリンターよろしく自在に生み出せる魔法の筆なんだよ。

 しかも自分のアイディアがそのまま出るんじゃなく、〝洗練された〟形になる。

 つまり麒麟の筆を使って制作すると、自分で考えていた以上の作品になることが約束される。

 そして、出力された作品を見ると確かに「自分が生み出したものだ」という確信が芽生えるらしい。


 麒麟の筆さえあれば、技術が未熟でも、材料を揃える金がなくてもいい。アイディアさえあれば素晴らしいものが作れるんだ。


 でも、そもそも麒麟っていうのは神獣なんだよ。血なまぐさいのを大いに嫌う。麒麟を傷つけたり、なんなら偶然死骸を見つけた人間にさえ不吉なことが起きると言われているそうだ。

 そんな幻の動物の死体を原材料に作った筆が、メリットばかりを使用者に与えるわけがない。当然、代償がある。

 デメリットはシンプルだ。〝寿命〟が減る。

 しかも親切なことに、寿命の減り具合は筆の毛色の変色で分かるらしい。最初は白金色だった毛先がどんどん黒く濁っていくそうだ。

 ご想像の通り、この筆の毛が完全に黒くなったら持ち主は死ぬというわけ。


 麒麟の筆がなんでうちの油画科にあるとされてるのかは定かじゃない。

 名家出身の中国からの留学生があるとき持ち込んだものだとか、麒麟の筆を使っていた作家が引退前に講演会に呼ばれて大学に来た際、こっそり忍ばせたものだとか諸説ある。


 ただ、なんでか麒麟の筆は国内外の芸術・美術大学の研究室を転々としているようだ。

 なんでだろうね。麒麟の筆は意思を持っていて、将来芸術で飯を食っていきたいと考える若者のアイディアを形にしたいのかな? もしかして協力してるつもりなのかね? その割に『寿命と引き換え』なんていうバトル漫画的なデメリットがあるのは底意地が悪いよな?


 それで、まことしやかに存在を噂されていた麒麟の筆なんだが、十中八九こいつは麒麟の筆を使っていただろうっていう作家が一人いる。

 美術作家・イラストレーター・グラフィックデザイナーの青背一究あおせいっきゅう

 我が校が誇る輝かしい経歴の卒業生の一人で、今年の二月に若くして突然死した、超売れっ子作家だよ。


 俺は麒麟の筆の話を聞いて、改めて青背のことを調べてみたんだけど、本当に凄い経歴の人だよな。 舞台・映画のポスター、装丁、テレビ・ネットCM、宣伝広告……、ありとあらゆる分野に青背の絵が使われて、そのほとんどが商業的に大成功をおさめている。


 それでいながら美術作家としての評価も高く、青背は死の直前、三十になったばかりの頃に海外の現代美術館で個展までやってる。異例だよ。「青背が描けば売れる」みたいな言葉もあったらしいじゃん。間違いなく一世を風靡した作家だ。


 この人の特長はいくつかあげられる。画風があまりにも多岐にわたっていること。超速筆なこと……でも、一番特筆すべきはデザインとマネジメントまで自分でやって完全に成功させていることだと思うね。

 一流の画家と一流のデザイナーは違う。

 けれど青背は両立していた。おまけに自己プロデュースまでできるんだから、もはやバケモノだよ、バケモノ。


 検索した青背のインタビューによると、青背は大学在学中からバンバン仕事して国内外のコンクールに応募しまくってたわけだけど、猛烈な勢いで作品を発表しだしたのは大学二年の九月から。


 それ以前の話はあんまり出てこない。 唯一、大学二年以前の青背の評価らしい話が出たのがウチの大学広報誌の、教授との対談記事だな。あるだろ? 『社会に出てキラキラ活躍してる卒業生紹介!』みたいな嫌味なインタビュー。


 それによると青背は一年の頃は影が薄い学生だったらしい。二年に入って『意識を変えた』から成功したって言ってたよ。なんと意識変革前の作品は大学合格作品から予備校時代のデッサン、スケッチブックに至るまで全部燃やしたらしいから本当に黒歴史扱いしてたんだな。 これだけ成功しちゃったら、落書きですらなんか凄い値段つきそうなもんだけどね。死んだ後展覧会でケースに入れられるような感じで。……ま、それが嫌だったのかもしれないが。


 青背の死後、東京とシカゴにあるアトリエは警察が隅々まで調べたらしいが、日記はもちろん、スケッチブック、アイディアメモの類は一切なし、それどころか絶筆になった作品もない。青背は死ぬ前に全ての仕事を終えていたらしい。


 使っていたパソコンは完膚なきまでに破壊されていて、データのサルベージ(救出)はできなかった。SNSは使っていたけど、超ビジネスライクに運用していて淡々と自分の描いた作品を紹介していくだけ。


 青背の作品には経過が見えなかった。

 制作途中を誰にも見せない。絶対に人に触らせない。


 それがポリシーで、死んでも貫き通したかったことなんだろうな。インタビューの全部で、作品づくりについてはずっと一貫したことを言っていた。


『完成したものだけに価値がある。途中経過を他人に見せるのは死んでも嫌ですね』『僕が唯一誇れるものは発想力です。それをただ形にするだけ、ただ完成させるだけなんですよ』っていうのが決め台詞だった。


 死んでもそのポリシーを守った人間にこんなことを言うのはなんだが、しゃらくせえ男だよ。


 ただ、そんな感じで身辺整理を完璧に済ませていた青背だけど、死因は自殺ではないわけ。 本当に突然の、心臓発作かなんかで死んでいる。

 報道を信じるなら薬物も使ってないんだろ? 実際のところはよくわからんが、もともと素行が悪かったって言う噂もないし、創作者が陥りがちな不摂生もしてなかったっていう。


 なんせニュースだのインタビューだので出てくる顔写真さ、「作家かよ、これ」みたいな。スポーツ選手みたいだったもんな。健康に気を使うあまりオタクの域に入ってたって言うじゃん。

 それが突然死するんだから「人間死ぬときは死ぬんだな」と、しみじみ考えた時に、ちょっと待てよと、思ったんだ。


「自殺じゃないなら、なんで青背一究は自分のパソコンぶっ壊したんだ? まるで、自分の死期をわかってたみたいじゃないか」って。


 青背の死には不可解な点がある。


 海外での個展で成功を収めた直後だったのも手伝って青背の死にまつわる状況はめちゃくちゃ根掘り葉掘り報道された。

 とはいえ、断片的な情報しか見てない俺がそんな風に思うんだから、世の中の人はもっとちゃんと調べようとするんだろうなって思ったら、意外とそうでもないんだな。


 青背の死はいわゆる『天才芸術家の早すぎる死』として大衆に消費された。

 死んだ人間の死んだ理由や顛末をほじくり返してああでもないこうでもないって言うのも趣味が良い話ではないけど、俺としてはなんとなく腑に落ちないことも多いな、と思ったんだ。


 そういう話を昼の購買で鉢合わせた月浪にしたらお返しと言わんばかりに『麒麟の筆』の話をされたというわけだよ。


「寿命と才能を前借りして、なんでも思い通りの作品を生み出す『麒麟の筆』を青背一究は使っていたのかもしれない」ってさ。


 正直、最初は何言ってんだこいつって思ったけど、なんか、考えるうちに帳尻が合うことが多くて、変な説得力があった。


 絵に描いたような作家としての大成功を収めたこと。成功する前の作品を全て処分したこと。制作過程を全く見せたがらない姿勢。極端な速筆。早すぎた死。自分の死期を悟ったような行動。これ全部、青背一究が『麒麟の筆』を使ってたって考えるとしっくりくる。……与太話だとは思いつつそう感じたんだ。


 だって俺はこんな風に思うんだ。


 青背は完璧に死ぬことで——『天才作家の早すぎる死』を完成させたことで、本当の遺作を作ったつもりだったんじゃないだろうか。青背は自分の人生さえ、作品としてデザインしてしまったんじゃないかってさ。

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