公爵令嬢と皇太子殿下の石を投げたくなるような熱々物語。どんな女が来ようとも付け入る隙はありませんわ。
ロイディール皇太子殿下もそれはもう、黒髪碧眼の美しく凛々しい皇太子殿下であった。
歳は18歳。
同い年の婚約者アリスティア・ランドルフ公爵令嬢は、銀の髪が麗しく、青い瞳のとても気高い令嬢であった。
二人はお伽の国から出て来たような、お似合いのカップルで、仲睦まじい様子は学園でも有名だった。
しかし、世の中には婚約者がいようが、接近して来る女性はどこにでもいる。
ロイディール皇太子が、一人で図書室で調べ物をしていると、隣に腰かけてきた不敬な女性がいた。
書物から顔を上げて、そちらへ視線を写せば、茶色の髪の目がクリッとした女性で、
「あ、す、すみません、皇太子殿下でしたか、私、うっかり隣に座ってしまいました。」
真っ赤になって慌てて言い訳をするこの女性。
しかし、確信犯だろう。
なんていう不敬な女性だ。
見知らぬ女性に話しかけられて、途端に気分が悪くなる。
自分には愛しいアリスティアという婚約者がいるのだ。
ロイディール皇太子はアリスティアにべた惚れだった。
あの気高く美しいアリスティア。
彼女の為なら、毎朝鏡を見て、背筋を伸ばし斜め45度の角度で自分がいかに凛々しく皇太子らしいかチェックを欠かさず、
彼女の為なら、勉学も剣技も全て頑張り、帝王学は寝る間も惜しむほどに勉強し、
アリスティアがロイディール皇太子の生活の中心なのだ。
アリスティアを初めて見たのは10歳の時だった。
婚約者になるという事で、両親である皇帝陛下夫妻と、アリスティアの両親であるランドルフ公爵夫妻の立ち合いの元で初めて彼女を紹介された。
可愛らしくカーテシーをし、皇宮の庭で挨拶をする銀の髪に青い瞳の人形のようなアリスティア。
そのあまりの可愛らしさに、ロイディール皇太子の心は射抜かれたのだ。
話をしてみて、歳に似合わない利発さに、もう眩暈がするほどに胸が高鳴ったロイディール皇太子。
彼女の為ならば、この命を捧げてもいい。
アリスティアの手を両手で握り締めて、跪き。
「僕と結婚して下さい。アリスティア。」
出会ったその日にプロポーズをした。
勿論。皇帝や皇妃、そして、アリスティアの両親であるランドルフ公爵夫妻は微笑ましく見ていたようで。
父であるガイド皇帝はロイディール皇太子の肩をポンと叩いて、
「気に入ってくれたようだな。アリスティアの事を。だが、結婚はまだ早い。婚約者という事で良いだろう?」
ロイディール皇太子はもう、首がもげる程、頷いて。
「父上。僕の伴侶はアリスティアしかいません。」
そして、アリスティアの方を見つめ、
「今日から君は僕の婚約者だ。よろしく頼むよ。」
アリスティアも真っ赤になって、
「よろしくお願い致しますわ。」
天にも昇る心地だった。
その日以来、アリスティアを大事にし、アリスティアの為だけに生きて来た。
正直、帝国の事なんてどーでもいい。皇太子なんて身分どーでもいい。
だが、皇太子でなければ、アリスティアと結婚出来ないだろう。
彼女は名門ランドルフ公爵家の長女なのだから。
仕方がない。彼女の為なら皇帝にだってなんだってなってやる。
ロイディール皇太子には弟が二人いた。
足元を掬われないように、それはもう、二人よりも色々と努力したのだ。
自分が失脚すれば、アリスティアを二人の弟達に盗られるかもしれない。
それは絶対に嫌だった。
またまた思考が戻ってしまった。
今は目の前の不快な女から早く離れなければならない。
そう、ロイディール皇太子は思い…
ロイディール皇太子は立ち上がって、
「調べ物は終わったから、座っていてよい。それでは失礼するよ。」
「待って…お待ちになって…」
女性は真っ赤になりながら、
「不敬だという事は解っております。でも、私、皇太子殿下の事が…」
ロイディール皇太子は思った。
何だ?この女…私はこの女の事を私は知らない。クラスが違うのか?
「君はどこの誰かね?まったく見ない顔だが。」
「ユリーナ・カルテクス。カルテクス伯爵家の娘ですわ。」
「カルテクス伯爵家。成程。で?伯爵家の娘が何用だ?」
「だから、私、皇太子殿下の事がす…好きなんです。」
「首を飛ばされたいようだな。」
ダンっとテーブルを叩けば、ユリーナという女性はひぃっと悲鳴を上げた。
「な、何でですっ?私は、皇太子殿下の事が好きって想いを告げただけなのですわ。」
「お前は無知だ。私がどれだけアリスティアに惚れているか知らない訳ではあるまい。」
「騙されているのですわ。アリスティア様に。あの方は陰では色々な女性を虐めている悪女なのです。」
「あの優しいアリスティアが悪女のはずはないだろう。」
「私は皇太子殿下の事を真実の愛を持って忠告しているのです。好きですっ。皇太子殿下っ。」
ユリーナに抱き着かれた。
「好きですっ好きですっ好きですっ。」
「離せっ。いきなり何をするっーーー。」
その時、扉の方から声がした。
「お取込み中でしたのね。」
婚約者のアリスティアだ。声が冷たい。絶対零度の声である。
これは相当怒っている。どーしようも無く怒っている。
ロンディール皇太子は思いっきりユリーナを突き飛ばした。
ユリーナは床にひっくり返る。
慌ててアリスティアの方へ行き、
「誤解だ。アリスティア。あの女が私に抱きついて来たのだ。」
「そうですの?嬉しそうに見えましたわ。」
「どこが嬉しそうに見えましただっ。私が愛しているのはアリスティア。君だけだ。」
ぎゅっとアリスティアを抱き締める。
「天に誓って、アリスティアを愛している。アリスティアっ。愛しいアリスティア。もう、君だけだっ。」
アリスティアは赤くなって、
「苦しいですわ。そんなに強く抱きしめられては…」
「すまない。」
床に倒れているユリーナの方へ振り向いて、
「そういう訳で、私には愛しい婚約者アリスティアがいる。君の想いには答えられない。」
ユリーナはうっとりとした目でこちらを見て来た。
「ああああっ。皇太子殿下。眩しいですわーー。ユリーナ、この想い、諦めきれませんっ。」
こんなバカな女の相手をしてられるかと、ロンディール皇太子はアリスティアの手を取って、
「行こうか。アリスティア。」
「ええ。皇太子殿下。参りましょう。」
二人で図書室を出て行くのであった。
何とかアリスティアに誤解だと解って貰えたのだが、翌日、廊下を歩いていると目の前ですっころんだ女がいた。
ピンクブロンドの女子生徒だ。
アリスティア以外の女に触りたくもないので、無視をして通り過ぎようとしたら、足を掴まれた。
「いたーーーーいっ。痛いのですうっ。」
「いや、ちょっと足を離してくれないか?」
「皇太子殿下は転んでいる乙女を放っておくほど、酷い方ではありませんっ。」
「いや、アリスティア以外は放っておくが…」
「皇太子殿下っ。好きぃっーーー。」
名も知らない女子生徒にまたしても抱き着かれた。
それをアリスティアが見ていたのだ。
「違うっーー。違うんだ。こいつがっ。」
「失礼致しますわ。」
アリスティアが行ってしまう。慌てて後を追いかけたが、何故か彼女を見失ってしまった。
何故だ?彼女はどこへ消えた?
彼女は授業にも出て来ず、ロイディール皇太子は授業も身に入って来ず、
取り巻きの宰相子息と騎士団長子息を呼びつけて。
「今日は早退する。お前達も付き合え。アリスティアの姿が見えん。屋敷へ帰ったのか。
私は彼女に会い、先程の令嬢が抱き着いて来たのを誤解だと言わねばならないのだ。」
宰相子息アレフは眼鏡をキラリと光らせて、
「かしこまりました。レイル。先に馬を飛ばしてランドルフ公爵家へ。アリスティア嬢へ面会の約束を取り付けてくれ。」
レイルは騎士団長子息である。
「了解。今すぐ向かいます。」
続けてアレフはロイディール皇太子に、
「私は花屋へ花を注文しに参りましょう。アリスティア様のお好きな花は桃色の薔薇でしたな。」
「そうだ。桃色の薔薇だ。それを100本用意してくれ。私は皇宮に戻り着替えて来る。」
「了解致しました。」
皇宮へ戻り、学生服から、豪華な白に金糸が入った貴族服へ着替えを済ませる。
髪をセットし、マントを羽織り、馬車に乗り込みランドルフ公爵家に向かった。
途中でアレフと落ちあい、彼から100本の桃色の薔薇の花束を受け取る。
アリスティアに機嫌を直して貰うのだ。
アレフを馬車に乗せて共にランドルフ公爵家へ向かう途中で、馬を操り引き返してきた騎士団長子息レイルと合流した。
「大変です。アリスティア様が国境へ向かったとの事。旅行鞄を持って。」
「何だって?」
「旅行へ出かけたとの事ですがそのまま隣国へ行ってしまったらどう致しましょう。」
隣国のリュウド皇太子は、以前、この帝国を訪問した時にアリスティアに色目を使っていた。凄く嫌な皇太子なのだ。
アリスティアがこのまま隣国へ行ってしまったら、あのリュウド皇太子に盗られるかもしれない。彼は何故かいまだに婚約者がいない。16歳。自分達より2歳年下の皇太子だ。
「これは緊急事態だ。アレフ。アリスティアの取り巻き令嬢数人と連絡を取れ。先回りさせて足止めさせろ。」
「了解致しました。」
宰相子息アレフを馬車から降ろす。
「レイル。お前はお前の父であるガレット騎士団長に話をして、騎士団員100人を借りて来てくれ。私は先に国境へ向かう。」
「はっ。承知致しました。」
待っていろ。アリスティア。今、迎えに行くぞ。
ロイディール皇太子の心は激しく燃え上がるのであった。
その頃、アリスティアはと言うと、
「叔母様。ああ、これだわ。これ…綺麗な桃色玉。」
「やっと見つかったの。だから急いで連絡をしたって訳。」
「嬉しい。有難うございます。」
桃色玉は貴重な宝石である。
なかなか美しい色の桃色玉を手に入れるのは難しいのだ。
帝国の国境添いのこの町の鉱山でしか取れず、そこに住む叔母に頼んでおいたら、探しておいてくれるとの事なのでアリスティアは頼んでおいたのだ。
そして見つかったと連絡があった。
これで、腕輪を作りましょう。
銀の腕輪に、桃色玉をはめ込んで、ロイディール様にプレゼント致しましょう。
そう思っていると、客が来たという。
客間に通して貰い、会ってみれば、取り巻き令嬢達4人であった。
令嬢達は口々に、
「ご心配しておりました。アリスティア様。」
「帝都へ帰りましょう。」
「間違っても隣国へ行きませんよね。」
「アリスティア様がいないと私達っ。」
アリスティアは慌てて、
「わたくしを心配して来てくれたのね。貴方達。大丈夫よ。わたくしは隣国へは行きませんから。」
「「「「良かったぁ。」」」」
物凄く嫌な予感がした。
その嫌な予感は外れた事がないのだ。
外で花火が上がる音がした。
叔母が慌てたように、
「大変よ。アリスティア。外に皇太子殿下がっ。大勢の騎士団の人達と共に。」
「ああああああっ…やっぱり。」
外へ出てみると、騎士団員がずらりと馬に乗って勢ぞろいし、その中央に白馬に乗ったロイディール皇太子殿下が桃色の薔薇の花束を手に持ち、にこやかに微笑んでいて。
アリスティアを見ると、馬からさっそうと降り、近づいて来て、薔薇の花束を差し出し、
「迎えに来た。愛しいアリスティア。帝都へ戻ろう。」
街の人達も何事かと集まって来て、こちらを見ている。
恥ずかしかった。
何でこんな大事になっているの????
アリスティアはにこやかに微笑んで、
「お迎え有難うございます。皇太子殿下。至急戻りますわ。ええ、大至急。」
「そうか。馬車は用意してある。共に参ろう。」
周りの騎士団員達が一斉に拍手をする。
取り巻き令嬢達も一斉に拍手をする。
あああああっ…愛されているのは解るけれども…
疲れたわ…
馬車に乗り込み、アリスティアは懇願した。
「わたくしはどこにも参りません。わたくしがいるのは貴方様の傍だけです。ですから、大事にしないで下さいますか。お願いですから。」
「私は皇太子だ。お前の事が愛しくてたまらない。本当に誤解を招く事態を見せて申し訳なかった。あの女達は処分しておく。」
「処分って、わたくしが直接、言って聞かせますから。過激な事はしないで下さいませ。」
「過激な事?私に不敬を働いただけでなく、アリスティアの心を傷つけたのだ。許せない。」
「ともかく、わたくしにお任せを。よろしいですわね。」
懸命にロイディール皇太子を説得した。
渋々、皇太子は頷いたので、とりあえず安堵する事にした。
翌日、不敬を働いたという二人の令嬢を教室に呼びつけた。
最初に図書館でロイディール皇太子に抱き着いて来た伯爵令嬢ユリーナ・カルテクスがやってきた。
アリスティアを睨みつけながら、
「私は貴方になんて負けません。ロイディール皇太子殿下は悪女に騙されているんだわ。
私が助けてあげるのです。ですから…」
「わたくしが悪女ですって?」
後からもう一人のピンクブロンドの女が入って来た。
「そうですううっ。悪女ですっ。だから私の真実の愛で皇太子殿下を助けてあげるのですっ。」
すると、ピンクブロンドの女をユリーナが睨みつけて、
「私が真実の相手なのよ。貴方は引っ込んでいなさい。」
「私が真実の相手でですううっ。酷いっーー。」
アリスティアは立ち上がった。
「わたくしは10歳の時に、ロイディール皇太子殿下と出会いましたわ。そして、その時に思ったのです。彼の為ならば苦労は厭わないと。
この帝国でロイディール皇太子殿下にふさわしい女性になる為に、わたくしは寝る間も惜しんで勉学に励みましたのよ。既に数か国語をマスターし、皇妃教育も終了しております。貴方達にその気概はあって?愛だの恋だのそれは二の次。わたくしには使命があります。この帝国を皇太子殿下と共に導く使命が。」
すると背後からロイディール皇太子が現れて、話しかけてきた。
「私は使命より、アリスティアの方が大事だ。アリスティアがいるからこそ、勉学に励み、自らを高めて来た。全てアリスティアの為だけに。」
周りで成り行きを見ていた宰相子息のアレフが小声で、ロイディール皇太子に囁く。
「それを言っちゃ駄目でしょうっ。」
騎士団長子息レイルも頷いて、
「せっかくアリスティア様が素晴らしい事を言っているのに。」
ロイディール皇太子は側近達に向かって、
「煩いっ。私にとってアリスティアが全てなのだ。アリスティアがいさえすれば、辺境へ飛ばされようが、どこへ行かされようが構いはしない。」
アリスティアはきっぱりと、
「わたくしは嫌です。」
「えっ????」
ロイディール皇太子に向かってきっぱりと宣言する。
「辺境で苦労するのは嫌です。市井で苦労するのは嫌です。そもそも、そんな所で生きていける程。わたくし強くありませんわ。しっかりして下さいませ。わたくしより帝国の事を一番に考えて下さいませ。皆、貴方様に期待しているのですから。よいですね。ロイディール皇太子殿下。」
「わ、解った…」
二人のどうしようもない女子生徒達にびしっとアリスティアは宣言する。
「そう言う訳で、ロイディール皇太子殿下に真実の愛は必要ありませんわ。お引き取りを。これ以上、不敬を働くというのならわたくしにも考えがあります。」
パンパンっと手を叩けば、上半身裸の筋肉隆々の男、二人が大剣を持って立っていた。
生徒達皆がひぃいいいいいいいっと悲鳴をあげる。
アリスティアはにこやかに、
「わたくしの 護衛 ですの。普段は姿を見せない優れた者達ですわ。そうですわね。この二人ならあっという間に貴方達の首を…」
「ひぃいいいいいいっーーーーーー。」
「お許しをっーーーー。」
二人の令嬢達は転がるように逃げて行った。
ロイディール皇太子は真っ青になり、
「凄い護衛だな…」
「冗談に決まっているでしょう。有難う。二人とも。下がってよろしくてよ。」
二人の男達は軽く礼をすると、教室を出て行った。
宰相アレフがロイディール皇太子の傍で、囁いた。
「あの者達…ランドルフ公爵家を守る守護の者達では?」
アリスティアがアレフを睨みつける。
アレフは同い年のいとこなので詳しいのだ。
アレフは首を慌てて振って、
「いや、私の見間違いだったようだ。申し訳ないです。」
アリスティアはロイディール皇太子の傍に行き、
「ロイディール様。これを受け取って欲しいの。」
銀の腕輪を差し出す。大きな桃色玉がはめ込まれた美しい腕輪を。
ロイディール皇太子は嬉しそうに、
「これは凄い桃色玉を使っているな。いいのか?これを貰って。私は誕生日でも何でもないぞ。」
「いいのです。愛しい貴方の為に捜して貰った一品ですから。愛しておりますわ。ロイディール皇太子殿下。」
「私も愛している。アリスティアが帝国の事を一番に考えても、私の一番はアリスティアだ。それだけは譲れない。」
もう、どうしようもないロイディール皇太子殿下ですけれども、アリスティアは嫌いにはなれない。むしろ愛しすぎて、人目もはばからず、ぎゅっと抱き着いてしまった。
「わたくしも凄く愛しております。ロイディール皇太子殿下。ずっとずっと傍にいて下さいませね。」
ロイディール皇太子殿下が嬉しそうに微笑むのを見て、アリスティアの胸は熱くなった。
わたくし、とても幸せでとろけそうですわ。
二人は卒業と同時に結婚し、それはもうもう、更に熱々で。
二人は沢山の子供に恵まれ、周りを巻き込みながら、更に熱々な一生を送ったという。
イチャイチャしやがってと石を投げないでっ( ゜Д゜)。
私が代わりに石を二人に投げておきます(笑)




