穢れた者の話
「ファントムちゃん!今日のライブは凄く良かったね!」
「うん、また機会があったら呼んでよ。一緒にライブするの楽しくなってきたし」
「もちろん!呼ばせてもらうよ!」
「ふふふ、それじゃあ…空も真っ黒だし、そろそろ
帰るよ」
「気をつけてねー」
「そっちもね」
少女の名はファントム、最近現れた者だ
彼女はステップを刻みながら歩を進める
「ふんふん〜♪次に幻達とライブできるのはいつかな〜。おっと、早く帰らないと姉さん達心配しちゃうよね」
ステップをやめ、駆け足で進む
ガサ…ガサ…
「ん…?」
叢が揺れる音がする
「…兎か何かかな、早く帰ろ」
スタスタ、と足を動かす
その日は不気味だった、何が不気味なのかはわからなかったが
「・・・・うぶっ!?」
突如、背後から現れた何者かに口を塞がれる
(うぐっ…体が動かない…麻痺薬か…何か…)
彼女の意識がだんだん沈んでいく
体の力が抜けていく…
「…ファントム?」
とある場所にある寝床に居た龍がそう言った
兎にも角にも彼はファントムの夫なのだ
「・・・」
龍は体を起こし、辺りを散策し始める
夫としての勘とでも言うのだろうか
胸騒ぎがし始める
「…まだ、戻ってきてないのか」
龍は少女二人に聞く
「…まだだ」
「どうしたんだろう…もうとっくに終わってるはずだし戻ってきていい頃合いだよね?」
「・・・探しに行こう」
「俺はあっちを探す」
「わかった、ライトは向こうを潰してくれ」
「うん!」
三人は分かれてファントムを探す
「…う、ここ…は…?」
ファントムが沈んだ意識から戻ってくると
そこは薄暗く、冷たい場所だった
「うぐっ!?」
背後から何者かに羽交い締めをされる
(まだ…あの変な薬が抜けてない…!うまく抵抗できない…!!)
必死に足掻こうとする、その時周囲に灯りが灯った
「…誰だ、お前ら」
周りに数人の男が居た
「おい、頭の言ってた女がこいつか?ちと幼すぎないか?」
「そんなのは関係ない、頭に言われた通りに俺らは
するだけだ」
「何するつもりだ!!」
「何って…良いことに決まってるだろ?」
「良い…こと?」
すると、一人の男が彼女の胸元に手をかけようとする
「…ッ!やめろ!!」
力を振り絞り、男に頭突きをする
「ぐっ!!生意気野郎ッ!!」
男は彼女の腹を思い切り殴る、鈍い振動が彼女の内臓を揺らした
「ふっ…ぐぅっ…」
「おい、もう一度こいつを麻痺らせておけ。
また暴れられたら困るぞ」
「あいあいさ」
ソル…助けて…
「・・・・!」
龍がはっとする
「ファントム?」
長く細い紫色の足で地を駆ける
「…これは」
落ちていた布切れを拾う、紛うことなきファントムの服の切れ端だ。匂いを嗅ぐ
「・・・こっちか」
匂いを頼りに龍は走る
「…人里?」
目先に見え始めたのは、人里だ
「人里に居るっていうのか?だが何故?
まぁ、居たら居たで良いんだが…」
ドシドシと走る音が静かな人里に響く
もう、人間は寝ている時間だ
「・・・!」
突然龍は足を止め、近くの民家の影に隠れる
「・・・人間?」
数人の人間が話をしながら歩いていく
「珍しいな、こんな夜中まで。いや、そんなことはどうでもいい。ファントムを探さないと」
民家から体を出し、再び足を進めようとするが…
「…何だ、この臭い」
彼の鼻に何とも言えない異臭が漂い始める
「あの人間共からか?一体何をしてたんだ…」
異臭が彼女の匂いを上書きしようとする
「くそ、探すのが難しくなったじゃねぇか」
意識を集中させ、匂いを見失わないようにする
「・・・ここからか」
そこは人里から離れた倉庫だった、恐らくもう使われていないだろう
「・・・」
龍は扉に手をかける、しかし嫌な予感がする
先程の異臭がこの倉庫の中からするのだ
だが、彼女の匂いもまたこの中からするのだ
龍は二、三回大きく呼吸をしてゆっくり扉を開けた
「・・・あ・・・あ・・・」
扉の先に見えたその光景を見た龍は言葉を失った
頭の先からつま先まで、岩のように固まった
そこにあったのは、変わり果てたファントムだった
「ファントム!」
龍は焦って彼女の安否を確認する
「大丈夫か!?」
「…やめて!!もう勘弁してよ!!!」
「うぐおっ、ファントム俺だ!!」
「・・・ソル、うぉえっ!!!」
彼女が酷くえずく、ソルはただ彼女を抱きしめた
「・・・痛いの我慢できるか、ほんの一瞬だけだ」
「・・・」
ファントムは黙って頷く、ソルは彼女の鳩尾に手を置き、強い振動を与えた
「うぐっ!!」
ぐったりと、彼女は彼にもたれた
「・・・」
倉庫の中に漂っていたのは、雄の臭いだ
ソルは静かに鈍い唸り声をあげる
「…ソル!」
「来たか」
背後から少女二人が来る
「…ファントム!!」
「な、何があったんだ!?」
「・・・エニグマ、ライト。こいつを連れて帰れ。
俺は、やるべきことができた」
「あ、あぁ…わかった…」
ソルは大きく足音を鳴らしながら、その場を去る
「よし、写真もとったしこれを頭のところに届ければ仕事は終わりだな」
「にしても、あのガキみたいなやつくそ生意気だったな。途中からもう反抗しなくなったがw」
男達が話している
「次の仕事が楽しみだ―――」
一人の男の言葉が途中で止まる、次に聞こえたのは
血肉が粉砕される音だ
鮮血が周囲に飛ぶ
「あ…何だこのバケモノ!!!」
「逃げろ!!!」
逃げた者達に一筋の影が忍び寄る
途端に頭が千切れ、心臓を貫かれ、死んだ
影に二つの赤い眼光
「・・・」
「な、何だ!命だけは助けてくれ!!」
影は腰抜け動けぬ男の手に握られていたものを奪う
「・・・・これは何だ」
「カ…カメラだが?」
「・・・何故、こんなことをした!!」
「何故ってよ…」
「話せ!!ぶっ殺すぞ!!!」
「うっ…わかったよ…」
男は話し始める
「俺らは頭に良い女連れて行くのが仕事なんだ。
そのために、写真を撮ってもってくんだ。
それに頭のもとで働けば抱き放題なんだぜ?
こんな上手い話ないだろ?」
「…こんなことをする必要はないだろう」
「言っただろ、抱き放題だって。
連れて行くのにそれは関係ないからな」
「・・・・」
「…さ、さて、ちゃんと俺は話したからな?
これでおさらばさせてもらうぜ」
そうして、男が逃げようとする瞬間
男の腹からはらわたがドロドロと流れるように溢れ出た
「…あぁ、もっと痛ぶってから殺せば良かった」
「…ファントムの様子はどうだ」
ソルはエニグマに聞く
「ライトのこと、握りしめながら寝てるよ」
「・・・」
彼は彼女の背後を見る、二人の少女が木にもたれ
眠っていた
「ファントム…」
ソルはファントムに近づき、ゆっくり頬に指を這わせようとする。すると、彼女は顔をしかめ、呻き声を
出す
「・・・」
「…大丈夫か?」
「…しばらく、ファントムとは距離をとる」
「・・・そうか」
「…じゃあな、俺は寝る」
「おやすみ」
彼が去り際、何かをぼやいたのをエニグマは耳にする
「・・・ふざけんなよ、いつかぶち殺してやる」
「ねぇ、ファントムちゃん」
「ん?」
「む、無理しなくても良いんだよ?」
「あー、平気平気。たまーに気分悪くなるだけだし」
「だ、だけどっ、あの日にさ…」
「大丈夫だって」
ファントムは騒霊達のところに遊びにきていた
「本当に大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
「それなら良いんだが…」
「・・・ん」
しばらくして、彼女達のもとに一人の人間がくる
「私が行くよ」
幻の姉、叡智が人間のところへ向かう
「…なるほど、ファントム!」
「ん、何?」
「どうやら、貴方のファンらしい。サインが欲しいんだと」
「うん、わかった・・・」
二、三歩歩いた彼女は、まるで恐ろしいものを見たかのような表情をする。その直後、幻の後ろに回り込み
体を縮こませた
「怖い…怖い…」
「・・・えっと?」
「…すみません、あの子少し人と接したことがあまりないらしくて」
「は、はぁ…」
叡智はファントムのもとに向かう
「…書ける?」
「・・・」
彼女は震える手で、色紙にペンを走らせる
「うん、渡してくるよ」
叡智は人間に色紙を渡す、満足した人間は何度も礼を言ったのち、うきうきした様子でその場から去った
「・・・もう大丈夫だよ、行ったから」
「・・・」
「やっぱり、まだ怖い?」
「…一応」
「…そう、だよね…」
ざわ…ざわ…
突然、辺りの草がざわめき始める
「・・・ッ!」
カサカサと猛スピードで草を踏み、こちらに何者かが来る
「…お前は、誰だ。何用だ」
彼女達の前に現れたのは、黒豹
「お前達に用は無い、俺の目的はひとつだけ」
黒豹はファントムに目をやる
「…!二人ともアイツにファントムを渡すな!!」
三人は黒豹に牽制攻撃をする
だが、黒豹は攻撃を凄まじい身のこなしで避けていき
そのままファントムを抱え何処かへ去ろうとする
「おい待て!!」
叡智達が追いかけようとする時
「うわっ!?」
突風が吹く、気づけば龍が黒豹を追いかけていた
「・・・ソル?」
ソルは黒豹を追いかけた、着いた場所はどうやら
洞窟のようだ
「・・・・おい」
「…何だ」
「そいつをどうするつもりだ」
「どうするも何も…こいつに俺の遺伝子を孕んで貰うそれだけだ」
「何…?」
「俺は女に子供を産ませるのが仕事なのさ」
「仕事…?何を抜かすか、それ以上冗談をいうな
虫の居所がさらに悪くなる」
「いや、仕事は意味が違うな。これは、生物としての運命ってやつかな。男として生まれたが故の運命だ」
「どういう意味だ」
「…男はどうにかして自分の遺伝子を残さなきゃならない。人間も、動物も、生きとし生けるものは全てそうだ。子孫を残すために必死なのだ。ただ、それだけだ」
「・・・」
「まぁ、快楽目的でするのは、人間だけだろうがな」
「…あの人間共か」
「あいつらが居ても居なくても、俺は女を探すだけだがな。ま、効率がこっちの方が良いのでね」
「・・・」
ソルは傍に置かれたファントムを見る
息はあるが、瞳は虚で起きているのかさえわからない
いつのまにか手首は拘束され、口は塞がれ
もがきにもがけないであろう
「・・・もし」
「あん?」
「もし、あの人間共のせいで、女に子供ができたら
どうするんだ」
「殺す」
「…あ?」
黒豹の言葉に思わず彼は二度聞きする
「殺す、俺の遺伝子を残すのに邪魔だから、その子供は殺す」
黒豹の呆気なく放たれた言葉に、彼は憤りを覚えた
「・・・ふざけんな」
「何?」
気づけば、ソルは黒豹に殴りかかっていた
「ふざけんなこの欲に飢えまくったクズ野郎!!」
「欲に飢えた?そんなの男はみな飢えている
そんなの当たり前だろう?」
「てめーのはただ相手を痛めつけてるだけの何の得にもならないクソ行為だ!!子供を産むってのがどんなに大変なのかわかってんのか!!!」
黒豹は彼の猛攻を必死に避ける
「お前は、これを否定するのか?」
「違う!!否定するわけじゃない!!だが、相手の準備も整っていないというのに無理やりするのは相手を傷つけるだけなんだ!!!その傷は貴様が思うより
ずっと…深く、一生治らない!!!」
ソルの一撃一撃が重くなっていく
「女ってぇのは、男みたいにポンポン子供を一気に何人も作れねぇ!!だからこそ、自分のパートナー探しをより一層真剣にするんだ!!」
「うっ…くそがっ…」
反撃する隙を与えなかった
「子供が腹の中に宿ったが本番だ!幾多の苦痛を乗り越えなきゃ生きた子供の顔が見れねぇ!!
だから頑張らなきゃいけねぇ!!それは本当に大変なんだ!!!だからこそ…産まれてきてくれた子供は
まじで愛おしく感じる…!!幸せに感じる…!!!」
「ぐ…うぅ…」
「なのに、貴様はまるで玩具のように扱いやがって!何人も…何人も…!!子供だって…やっと命を与えられたってぇのに…親の顔も見れず死ぬってぇのか!!ただ産まれたかっただけなのに!!!
幸せになるために産まれたかっただけのに!!!」
ソルの拳が黒豹の顔面に当たる、顔の骨が砕ける音がした、血が噴き出る。
「大事に女を抱かねぇ貴様に子供を作る権利なんぞ
ねぇ!!これが貴様が相手に与えた苦痛だ!!!
しっかり覚えて死にやがれ!!!」
ソルの鋭い尾先が黒豹の腹下に深く刺さる
すると徐々に、魚を捌くように肉を裂いていく
「あっ…がぁっ…!!」
黒豹は途切れ途切れに苦しみ喘ぐ、裂かれた部位から
血の噴水が溢れ出る。もがこうとしていた手足もやがて、ぴくりとも動かなくなった
「・・・」
ソルは黒豹の亡骸を蹴飛ばし、ファントムのもとへ
彼女の拘束を解く
「ん…」
「どこか変なところとかあるか」
「…ないよ」
「…そうか」
「・・・」
ファントムはソルを抱きしめる
「…ありがと」
「…おう」
ソルは彼女を抱え、赤く染まった洞窟を抜けた
夜、ソルが寝床で寝ていた時のこと
「…ソル」
「…何だ」
「今日はこっちで寝る」
「・・・だが」
そうソルが言いかけた時
「ソルなら良いの」
「俺?」
「そう、ソルにならいっぱい触られても良い。
いや、触ってほしい。貴方だと、怖くないの」
「・・・」
ソルはファントムの顎下を触る
「ふふふ〜、くすぐったい〜♪」
「…そんな隙まみれだと、いつ俺が襲うかわからないぜ?」
「別に、貴方がそんな性格じゃないってことわかってるし」
「…フン」
ファントムは彼の腹下に潜るように寄り添う
「おやすみ」
そして、彼女の唇が彼の頬に軽く触れた
ふわっと温かい感触が伝わる
「…おやすみ」
大きく欠伸をしたソルは、ファントムを包むように丸まり、寝息を立てて眠った
種族も、見た目も天と地のように違う二人だが
その光景はまさに、夫婦だった




