第九話 冒険者ギルド ブルクハーツ
タスケが冒険者ギルドに入ると、途端に元気が湧いてくるような……そんな感覚になる。
なんというか……活気で満ち溢れているなぁ。世界各地の冒険者が集まるだけあって、個性豊かな人たちが大勢いる。
いかにも戦士っぽい武骨な鎧の男性に、セクシーな衣装を着た踊り子のような女性。ガタイの大きなパワー型っぽい男に、一人で酒を煽る魔法使いらしき女性。
《うわぁ……なんだか落ち着かないなぁ……》
マドブルクの街を歩いていた時と同じように、タスケは少し挙動不審になりながらギルド内を歩く。
「ようこそ、冒険者ギルド『ブルクハーツ』へ!」
すると、落ち着きのある女性の声が飛んできた。健気な印象を与える暗めの茶髪を、後ろで纏めている受付の女の人が、タスケに笑顔を向ける。
「あ、あの……僕、初めてなんですけど……」
「はい。冒険者登録のご希望ですね?でしたら、私がこれから言う手順に沿っていただいて……」
ギルドの受付嬢は、丁寧に説明をしてくれた。そして、名前と誕生日、年齢を聞かれたため、僕が理解している誕生日と年齢である『八月十四日』と『十六歳』を伝える。
名前は……もう『タスケ』で登録しちゃおう。というか、もう既にいろんな人に『タスケ』って名乗っているしな。
「お待たせいたしました。タスケ様。こちらが今日からあなたの身分証明や、パーティ作りに必須となる『冒険者証明カード』です」
「ありがとうございます。わぁ、顔写真がついてる!?いつの間に?」
「ふふふ。それはこの子のお陰です」
「ワンッ!ワンッ!」
冒険者証明カードに写る、自分の顔写真に驚いていると、受付カウンターに乗っていた犬が鳴き出す。
人懐っこい犬のようだが、なんだか目が機械のようで……あの狼たちのようにカシャカシャと妙な音も聞こえてくる。
……どういうことだ?
「この子の目はカメラになっているんです。あなたの身長や体重、視力などの細かい情報まで、この子の目なら一発で読み取れるんですよ」
「ワンッ!」
「へぇ。ハイテクなワンちゃんだなぁ……名前はなんていうの?」
「ショットっていうんです。いつでもここにいるので、気軽に可愛がってあげてください」
「ワンッ!!」
「ふふ、人懐っこいね、よしよし」
「うふふ。話の続きをしますね。初心者セットのことなのですが……」
ショットを優しく撫でつつ、受付嬢の話を頷きながら聞いていた時だった。
突然後ろから肩を掴まれた。あれれ? さっきとデジャヴなんだけど!?
「おー?お前、見ねぇ顔だなぁ!ヒック」
「いててっ!ってうわあ!酒臭っ!?」
「ゴメスさん!酒に酔ってダル絡みをするのは、他の皆さんのご迷惑になりますから……!」
「おいモヤシ野郎!ついてこいよ!ヒック」
「だれがモヤシだよ!っていうか痛いって!助けてええええ!!」
酒に酔った大柄な男に無理やり引っ張られ、為す術なく連れて行かれる。ていうか、初対面でモヤシ野郎って失礼過ぎない!? 事実かもしれないけどさぁ!
ゴメスと呼ばれた男に階段を降りさせられる。いや僕、怪我してるんだけど!?
そして、広い空間に案内(?)された。そこでは……。
「おらぁ!」
「とぉっ!」
「ひぃ!?な、な、なんだよここ!?」
どうやら冒険者同士が手合わせをしているようだ。さっきいた場所の地下だから、『地下闘技場』といったところか……。
「モヤシ!ほれ」
「わわっ!」
ゴメスはタスケに向かって、棒を投げてくる。当然、タスケにはキャッチ能力も無いので、三度ほど空中を舞った。これは、木刀だよな……?
っていうか、モヤシって呼ぶなよ!
「手合わせと行こうぜぇ!お前の腕試しをしてやる!どこからでもかかってこいよぉ!ヒック」
「えぇ……いきなり?僕、足にも腕にも怪我もしているから嫌なんだけど……」
「オーケーオーケー!気分がいいから手加減してやるよ!ヒック」
手加減するって言われたって……僕、戦いどころか、喧嘩すら一度もしたことないんだぞ!? 狼にも太刀打ちできなかったから、ナイフ使いつつ逃げ回っていたし……。
木刀だって、一度も扱ったことないのに……。第一、怪我人を手合わせの相手にすんなよ!!
タスケはこの時点で、心が折れそうになっていた。「こんな大男に勝てるはずない!」と!
《……いや待てよ?僕は真正面から向かって戦うのは、不得意だけど……。僕のスキルを使って隙を探せば、この大男にも勝てるんじゃないか!?》
明け方に狼に襲われた時は、咄嗟の判断が出来なかった。だけど、今は違う。明確に相手が攻撃態勢であることが分かるんだ。
スキルを活かせば、上手いこと勝てるかもしれない!
「よぅし!行くぞモヤシ!」
「か、かかってこい!僕はただのひょろい奴じゃないぞ!」
ゴメスに不信感を抱かせないように大声を出しながら、ゴースケはゴメスの影に入り込む。
「そして、我はモヤシではない!漆黒の悪魔・タスケイロだ!」
「お?急に威勢が良くなったな!そう来ねえと!」
ゴメスがガハハと笑っているうちに、タスケはゴースケの状態になる。
《よし!ゴメスの影に入れたぞ!》
スキルを使って、こいつの弱点を見つけて……そこを狙えばワンチャンあるはずだ!
「おいそこの女!審判をやってくれ!」
「え~、しょうがないわね……。あなたも大変ね……酔っ払いの相手するなんて……ん?大丈夫?」
ゴメスが声を掛けた女性は、やれやれといった様子でタスケを労うが、既にタスケはゴメスの影に入っている。そのため応答は無い。
タスケの本体が木刀を構えたまま、完全に無防備な状態で突っ立っていることに、ゴースケは気付いていなかった。
《こいつ、相当酔ってるな……木刀で足を引っかけられないか?あと、大柄だから体重がありそうだし、攻撃できなくても周りをちょこまかしてれば……バランスを崩させて……!うん!いい作戦だ!》
ゴースケは出来るだけ早く作戦を立て、ゴメスの影から腕を伸ばした。
……が。
《っ!くそ!やっぱりゴースケじゃ人も掴めないのか!》
ゴースケ状態の時は、本体の持っているものも多少反映されるから、木刀もしっかり握っている。しかし、スライム同様、人を攻撃することは愚か、触れることもできないらしい。
《なら別の作戦……!長く考える暇はない!急いで僕の本体に戻って、今立てた作戦を実行するしか……!》
「おらっ!!」
「んがぁ!!」
ゴメスの強靭な木刀での一撃が左肩に当たり、ゴースケは強制的に本体に引き戻される。本体に衝撃を与えられると、自動的に戻ってしまうらしい。
《なんか色々頭が追いつかないけど……も、無理……》
さらにここで、タスケのこれまで蓄積されてきた疲労感や眠気などが一気に押し寄せ、視界がぐらりと揺らいだ。
「きゃーーーっ!!」
「人が倒れたぞ!!」
「ちょ、誰か!ギルドの人呼んできてー!!」
周りの人たちの慌てたような声を遠く聞きながら、僕はそのまま気を失った。
なんだか異世界転生する前と状況が一致している気がする……。
「……さん、タスケさん……?」
女性の声も聞こえる……僕はもしかしたら、二度目の転生をしているのかも……。
「って、あれで死んでたまるか!」
「きゃっ!なんですか、その起床の仕方は……」
「わあ!って、あなたは受付の……!ここは何処?わたしは誰?」
「寝ぼけてるんですか?ここはギルドの一室で、あなた専用に用意した部屋です。先程のこと覚えていますか?」
「先程……?」
僕は見覚えのない部屋で目を覚まし、受付で出会った女性に看病されていたらしい。怪我の酷い右足と左腕には包帯が巻かれていて、身体の汚れも無くなっている。
そして、ブルクハーツの受付で渡された冒険着を着せられていた。この人がいろいろとやってくれたのかな……?
「ゴメスさんと地下闘技場で戦って、あなたは負けたんですよ」
「そういえばそんなこともあったような……あ痛たたた……」
ゴメスの木刀での攻撃一発だけで、僕は気絶したのか……。疲労が溜まって寝不足で、怪我もしていたからか、随分長く眠っていた気がする。
でも、久しぶりに柔らかいベッドで眠ったからか、疲れはだいぶ取れている。荒野でも気絶に近い感じでスキルを使っていたから、相当あの突然の戦闘が響いたのだろう。
実際には、戦いにもならなかった……。相手が強いというより、僕が弱すぎて。
「元々怪我をしていた右足と左腕が、ゴメスさんの攻撃によってさらに悪化してるんです。あの人、酒癖が悪くって……止め切れなくて申し訳ありません」
そう言って、受付嬢は深々と頭を下げる。この人は一ミリも悪くないのに……!
「そんな……!僕は気にしてませんよ!だいたい、僕が貧弱すぎる……」
「一理ありますが、怪我が悪化したことはこちらの不手際ですから」
「うっ!痛いところを!」
「あ、すみません……。ですが、骨折までいかなかったことは、不幸中の幸いですね。ですが、その怪我で歩き回ると確実に悪化して、治りが遅くなります。しばらくはここで安静にしていてくださいね」
「ウィッス……」
彼女の言葉は少しグサッと来たが、ようやく安全な場所で休めることに、タスケはホッと溜息を吐く。受付嬢は横になったタスケを見て、仕事に戻るため部屋を後にした。
それにしても……。
「僕って本当に弱いなぁ……トホホ……」
ゴメスにモヤシだと揶揄われても仕方がない。自分のひ弱さを改めて痛感したタスケは、とりあえずすべて忘れてもう一度眠ることにする。ようやく安眠できるぞ……。
目を瞑った次の瞬間、タスケの景色は変わっていた。
「あれ?僕、寝たはずじゃ……なんでスキル使ってるんだよ……」
どうやら気絶していた分、ゴースケの方は元気いっぱいらしい。まぁ、どっちにしろ暇だし、さっきの受付嬢の様子でも見るか。
ゴースケはギルド内の至る影から影へと飛び移り、先程の受付嬢の近くの影に入る。
「アンリ。交代の時間よ」
「ありがとうございます。じゃあ、少し休憩してから、事務に回ります!」
「お願いね」
あの受付嬢はアンリという名前らしい。受付でも親切だったし、僕が目を覚ますまで看病してくれたんだ。ちょっと毒舌なだけで、優しい人に違いない。
またここに来てくれるのかな? アンリがスタッフルームらしきところへ下がったと同時に、とある男の声が耳に入る。
「ねぇ、君。隣いい?」
「いいけど?」
一人で酒を飲む魔法使いの女性に、軽そうな男が声を掛けている。ナンパかなぁ……。
「お酒強いんだね~」
「別に……そんなだよ」
「良かったら、俺の仲間にならない?」
「はぁ?」
なかなか女性がなびかない様子だ。仲間探しだったのか……。スカウトなのに、そんなナンパみたいなこと言ったらダメだろ……。
とはいえ、二人の行く末が気になるので、僕は男の影に入る。
「頼むよ~。俺のパーティ、魔法使いがいないんだ!」
「あたしはソロでやってるんだよ。仲間なんて作らない主義なんだ」
「えぇ~!そこをどうにか頼むよ~!」
魔法使いのソロかぁ。魔法使いって肉弾戦に向かなそうだし、彼女は相当な実力者なんだろうなぁ……。
でも男の方、そろそろやめとかないと嫌われるんじゃ……。
「ぐはっ!!」
《おぉっ!?》
そう思った矢先、男は床に叩きつけられていた。
え、今の、魔法使いさんがやったの!? あんなに華奢なのに!?
「しつこいんだよ。せめて、あたしに勝てるようになってからスカウトしてみな」
魔法使いの女性は、酒の入ったロックグラスを片手にその場から立ち去って行く。
つ、強えぇぇぇ……!!
「なんの騒ぎ!?」
「さ、さっきの女なんなんだよ!魔法使いのくせに!」
「あぁ……彼女ね」
男に駆け寄る受付嬢が、苦笑いをしながら言葉を紡ぐ。
「あの子……テイラーは酒が入ると怪力になるのよ。ソロでやっていける所以ね」
いやポパイか! 冷静に見えて酔ってたのあの人!?
「だから、魔法使いを探しているならこの子はどうかしら?さっき来たばかりの子だけど」
「ぜ、ぜひ紹介お願いします!」
受付嬢の提案で、目を輝かせる男。膨大な冒険者たちを管理しているんだ。このギルドの受付嬢さんは大変だろうなぁ……。
しばらくスキルを使ってギルドをあちこち散策していたゴースケだったが、ふと動きが止まって本体に戻る。
そして、規則正しい寝息を立て始めた。久しぶりの、深い眠りだ。
「うぅ~ん……転生したら……雑魚だった件かぁ……」
……これは果たして安眠なのだろうか。
タスケの寝言は、虚しく部屋に響き、誰にも届かずに宙を舞った。
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