第八話 意地悪な大人
かくしてマドブルクの街に無事到着したタスケたち。タスケはマドブルクの門の前で、馬車を降りることにした。
手当と食事と移動……凄く良くしてもらったな。いつかちゃんとお礼をしに行こう。これだけ栄えている街なら、働き口もあるだろうし。
ゲームの世界のように冒険したいところだけれども、この戦闘力の無さじゃ難しいもんな。
「タスケ。本当にここで大丈夫か?ここまで来たら、街の中まで乗せて行ってやるぞ」
「そうですわ……それに……」
「いえ、もう迷惑を掛けられないので……ここまでありがとうございます!この御恩はいつか返してみせます!」
そう言うと、マーリアは心配そうな表情をした後、すぐに嫋やかな笑顔に戻り、タスケの手を優しく取った。
「ふふっ。タスケは本当に面白い人ですわね。私たちはこの街に住んでいますから。またお会いしましょう!」
「マーリア……うん!また会おう!」
こうして、街のお嬢様・マーリアと、見かけによらず強いお爺さん、二人の兵士とはしばしのお別れ。だけど、マドブルクの街で暮らすうちに、また会えるはずだ。
暮らすためにはやっぱり働いて稼ぐべきだよな……? そのあたりは、これから知っていけばいいか!
馬車が走り去って行き、さぁ僕もいざマドブルクの街の中へ! そう思った瞬間、後ろから誰かに肩を掴まれた。
「おい!お前!」
「わ!?」
振り替えるとそこには、怖い顔の大人が二人……。マーリアに仕えていたあの兵士たちより柄が悪そう……一体何の用だ……?
「な、なんですかあなたたち……はっ!まさか……我が眷属の……!?」
「何をほざいてんだ!お前は何者だ?随分と怪しい格好だが……なぜマドブルクで一番の名家であるマーリアお嬢様の馬車から出て来たんだ?」
「あ、えっと……それには深い理由がありまして……」
僕の漆黒の悪魔ネタが完全にスルーされた。
うーん、どこから説明するべきかな。鎧を身に着けた彼らは、恐らく街の門番なのだろう。僕の頭から爪先までをじろじろと見て、完全に怪しんでいる。
荒野で迷子になっていて、マーリアの馬車を見つけて助けてもらった……その通り説明すれば問題ないよな。
なんて思っていると、男たちの眼光が更に鋭く突き刺さってくる。
「そんなみすぼらしい恰好でマーリア様の馬車に乗るなど、罰当たりな奴め」
「えぇっ、そんな!マーリ……あの方々は、僕の怪我の手当をしてくれたんです!いつかお礼しに行こうとちゃんと思っています!」
そう言うと、門番の男たちは盛大に笑い出す。なんだこいつら……失礼な奴だな……。
「あっはっは!お前なんかがマーリアお嬢様の敷居の中に入れるわけないだろ!!」
「あっはっは!こりゃ面白え!!こーりゃ面白え!!」
「むっかつく……!ってそうじゃなくて! 僕、ここを通りたいのですが……」
「あ~~?」
「お前、身分証は持ってんの?」
「え?み、身分証?」
タスケは、自分のスウェットズボンのポケットを漁り始める。
よく見たら、僕は転生前の姿……つまり寝間着のままだった。上着として来ていたクマさんパーカーが今ようやく目に入り、僕は耳まで真っ赤にする。
僕はこの格好でマーリアの前に現れ、馬車に乗っていたのか……。特に服装について触れてこなかったあの人たち……本当に優しいんだな……。
イチかバチか学生証でもあればと思ったが……ない。そりゃそうだ。あの地震があったとき、休日だったんだから。
というか、冷静に考えて、転生前の学生証が通用するわけないか。
「み、身分証は持ってないです……」
「なら通せねえよ。魔王軍の差し金の可能性だってあるからな」
「それは絶対にないですよ!見てくださいこの怪我!足と腕!狼にやられたんですよ!?」
「う~ん……だがダメだ!身分証がないのなら、ここを通すわけにはいかないなぁ?」
「お願いします!僕、この先に進みたいんです!」
「そうだなぁ……あ。おいお前。ここを通るためになんでもするんだな?」
「えっ……もう背に腹は代えられないし……はい!」
「そこに座れ」
「へっ?こうですか?」
「んで、三回まわって……」
な、何をさせようとしているんだ……? でも、言うこと聞かないと後が怖いよな……。
門番の言う通り、四つん這いになり、三回その場でまわって見せる。
おい……これって……。
「おー、三回まわったな。その状態で甲高く『ワンッ』って言え」
「ワンッ(高音)」
「あっはっはっはっは!!マジでやりやがったこいつ!!」
「あはははは!!ちょ、お前やめてやれよ!可哀想だろ~!あっはっはっは!!」
なんだこいつら! 笑いすぎだろ!
誰かこの理不尽な奴らから助けて……!
タスケが悔しさに顔を真っ赤にしている時だった。
「お前たち!一体何をしておるんじゃ!」
「はっ!こ、この声は……番長!」
「番長と呼ぶでない!若い頃の話じゃそれは!」
しゃがれた声の先に番長と呼ばれたお爺さん。
このクソ門番たちと同じ恰好をしている……。いや、こいつらより装飾品が多いから、この門番たちより身分が高いのかな? 番長って呼ばれてるもんな。
というか、若い頃に番長って……なにをしていたんだこのお爺さん……。いろいろとツッコミが追いつかないんだけど……。
「それより、こんな若い少年をいじめて楽しいのか?わしはお前たちを、弱い者いじめする男たちに育てた覚えは無いぞ」
「うっ……」
そのお爺さんが彼らを一瞥すると、彼らはしどろもどろになる。この人も、マーリアの爺やみたいに強いのかな?
この世界のお爺さん、強すぎでは?
「そこの若者よ。そなた、名前はなんと言うんじゃ」
「あ、タスケです!」
「そうか、タスケか。この者たちがすまなかったな……」
「いっ、いえ!ありがとうございます!助かりました!」
「どうして今のような状態になっていたのか、教えてくれぬか?」
ふと、門番の二人を見ると、「言わないでくれ!」と言わんばかりに、二人とも首を横に振っている。
フッフッフ……漆黒の悪魔タスケイロ様の逆鱗に触れたのだから、仕返ししてやるぜ!
「えっと……僕、身分を証明できるものを持ってなくて、この人たちの言う通りにとりあえず……」
「なぬっ!お前たち!困っている人になんてことを!」
「す、すみません~……」
「も、もうしません~……」
「この街の門番を勤めるにあたって、思いやりの心を第一に持てと教えたじゃろう!」
それにしても、明らかにあの二人の方が若くて戦闘力もありそうなのに……このお爺さんには頭が上がらない様子だ。まさか、お爺さんが番長で勇者!?
……そんなわけないか。
「タスケよ。身分証が無いのなら、冒険者ギルドに行くといい。そこで『冒険者証明カード』を発行してもらえるぞ。それが身分証になる」
「そうなんですね!ありがとうございます!」
「うむ。元気でよろしい!こやつらの失態はわしの責任でもある。責任を持って、そなたを冒険者ギルドまで案内するぞい」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
門番の二人には威嚇するようなギラギラとした睨みをきかせていたのに、僕の前ではにこやかに笑っている……。
怒っている最中に電話が来た母さんみたいだな……。
《そういえば、父さんと母さんは無事なのかな……。結局安否が分からないまま死んで、異世界転生したわけだけど……》
お爺さんの後をついて行きながら、タスケは元いた世界のことを思い出していた。
右足や左腕の怪我の痛みが少し収まり、気持ちにも余裕が出てきたからだろうか。学生時代のこと、両親のこと、友人のこと、密かに好きだった女の子のこと……様々な思い出が走馬灯のように蘇る。
だが、そんなことを考えている暇なんて、やはり与えられないのだ。
元いた世界とは全く違う、アニメやゲームでしか見たことないような、マドブルクの小さな一戸建ての洋風な家たち。人々もやはり、変わった髪色が多いのか、転生前はあまり見なかった白い髪の人たちでいっぱいだった。
洗濯物を干すお婆さん。薪を割るお爺さん。豚や牛といった家畜の世話に勤しむ老夫婦。
目に映る全てが新しく、タスケはきょろきょろとしてしまう。あれ? 髪が白いって言ったけれど、そもそも年齢層が高くないか?
「ほっほ。タスケよ、この街が珍しいかのう?」
「えっ、その……」
「それもそうじゃろう。マドブルクの人口の六割は老人じゃからな」
「え、そうなんですか!?」
「若者はモンスターと戦うべく、冒険者を志す者が多いんじゃ。そして、命を落とす者もおってな……。わしの息子もその一人じゃった……」
「……お爺さん……」
「しんみりさせてしまったな若者が少ないのはそういう理由じゃ。ただ、ここは別じゃがな!」
曇らせていた表情を一気に明るくしたお爺さんは、目の前にそびえ立つ、一際大きな建物を指差す。
「ここが……冒険者ギルド?」
「ああ、ここには世界各地の冒険者が集まるのじゃ。一番若い空間じゃぞ」
「若い空間て……」
このあたりの家より格段に大きなレンガの建物で、デザインもなんだか前衛的だ。不良がスプレーでやんちゃした後のような外壁に、後付けで派手にしたらしい扉。
明らかに他の建物と違うことが分かる。
「あとは中にいる受付の者が説明してくれるじゃろう。『習うより慣れよ』じゃ」
「分かりました!いろいろと教えてくれて、ありがとうございます!」
「わしは仕事に戻るぞい。あいつらを絞らないといかんしな」
「あはは……それはまあ、お願いします……」
「タスケ、精進するんじゃぞ」
「はい!肝に銘じます!」
「はっはっは!タスケ。お主はどことなく息子に似ている気がするわい。応援しておるぞ」
それはちょっと複雑だなぁと思いながら、お爺さんとはその場で別れる。だって、お爺さんの息子さん、死んだみたいな話を聞いたし……。
まぁ、何はともあれ冒険者ギルドか……いよいよRPGらしくなってきた! ここで身分証もとい冒険者証明カードを発行してもらって、僕も冒険者デビューだ!!
新たな希望を胸に、タスケは冒険者ギルドの扉を開くのだった。
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