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第七話 エンカウント

 もう辺りは真っ暗なはずなのに、彼女の後ろからは眩い光が差し込んでいるようだった。


「二人とも、声のした方向に様子を見に行ってから、全然戻らないんですもの。馬車は爺やとお馬さんたちが守ってくださっているわ」


 長い金髪を揺らしながら、優し気な微笑みを湛えてタスケに近づくマーリアお嬢様。


「マ、マーリアお嬢様!そんな不届き者に近づいては……!」

「静かにしてください。私の言うことが聞けませんか?」


 マーリアの制止に、兵士たちは口を噤む。


 彼女はタスケの目の前にしゃがみこみ、右足の布を取り払って、怪我の具合を見てくれた。


 あぁ、僕にはマーリアが教会に飾ってあるような女神様に見える。宗教にはあまり詳しくないけれど。


「……薬草を使っているみたいだけれど、右足の傷が酷いわ。早くこの方の手当をしなくては。二人とも運んで差し上げて」

「は、はい!」

「了解です!」


 鶴の一声ならぬマーリアの一声で、二人の男は僕の両サイドへ移動し、腕を持って抱えあげられた。


 わー、捕らえられた宇宙人みたいになってるー。これ写真撮ってインスタ上げたらバズるかな。


 って、そもそもこの世界にスマホなんて無いやないかい! さっきの羊飼いのおじさんの言葉うつったわ!


「どうした?さっきからコロコロと表情が変わっているが……傷が痛むか?」

「いっ、いえ!」

「ははーん。さては坊主もマーリアお嬢様の美貌に撃ち抜かれたかぁ?」


 すっかり僕を介抱してくれる態度に変わった兵士たち。まあ事実、撃ち抜かれましたがね! 二人のことは少し恨むからな!!


 焚火の周りに置かれた小さめの岩に降ろされると同時に、ぎゅるるるるるっ……となんとも間抜けな音が響いた。


 僕の腹の虫が、綺麗なお嬢様の前で悲鳴をあげている。


 タスケの顔が熱くなるのと同時に、マーリアの気品に溢れた笑い声が聞こえてきた。


「うふふ、お腹が空いていらっしゃるのね。私たちも夕食はこれからですの。よかったら一緒に食べましょう?」

「い、いいんですか!?やったぁ!!」

「爺や、この方の足の手当、頼みますね」

「かしこまりました」


 あれよこれよと三人はマーリアの指示で動く。


 何やら焚火で調理している兵士たちを見ていた時、優し気な表情のお爺さんがいきなり、僕の右足の怪我に水をかける。


「いっ!?冷たっ!?」

「聖水で傷口を清めておりますので、染みると思います」

「いやそれ先に言うことですよね!?」

「ホッホッホ。貴方はお若いですから、大丈夫ですよ」


 朗らかに笑うお爺さんに、タスケは溜息を吐く。そういう問題じゃないでしょ……。


 慣れた手つきで手当てされていると、いい匂いがタスケの鼻を掠めた。


 肉かな? 転生前に家族でレストランに出掛けたときに食べたステーキを想像する。


 あぁ、想像したら、さらにお腹が空いてきた……。いかんいかん。よだれも出てきそう……。


「さぁ、そろそろウルフ肉が焼けます。熱いですがどうぞ、マーリアお嬢様」

「まあ、美味しそう。でも先にあの方に食べさせてあげて?とてもお腹が空いていらっしゃるみたいですから」

「マーリアお嬢様は本当にお優しい方ですね……一生ついて行きます」


 そんな会話を交わしてから、一人の兵士が何か持ってくる。


「いいか?マーリアお嬢様のご厚意で先に食べられるのだから、ちゃーんと感謝して食べるように!」

「はい!感謝カンゲキ雨アラシです!」

「はぁ?」


 僕は粗暴な方の兵士の手から奪い取るように、漫画のような肉にむしゃぶりつく。ウルフ肉ってことは、散々僕を追い回していたあいつらの肉……少し複雑な気分になるが、お腹に入れば今はなんだっていい!


 夢中で食べていたら、あっという間に肉が手から無くなっていた。


「ぷはぁ!まいうー!!」

「おお!すげえ速さじゃねぇか!」

「はは。いい食いっぷりだ!もっと食うか?」

「いいんですか!?ありがとうございます!!」

「うふふ。もっとゆっくり食べていいのですよ。お肉は逃げませんから」

「マ、マーリアお嬢さ……!? んんっ!! んっ!! 」

「大変!喉を詰まらせてしまったの!?えい!えい!」


 突然隣に座って顔を近づけてきたマーリアに驚き、僕は喉を詰まらせてしまった。そんな僕の背中をか弱い力で叩くマーリア……控え目に言って超絶可愛い。


 マーリアの髪からは、肉とはまた違った、良い匂いが香ってくる。何処か、懐かしいような……。


「んっ……はぁ!ようやくお肉が喉を通ったぁ……ありがとうございます」

「いえいえ。私はマーリアといいます。貴方のお名前は?」

「僕の名前は……タスケっていいます!助けてくれて、ありがとうございます!」

「あら……タスケを助けたのね、私。ふふふっ」


 本名であるタイスケと名乗ろうか迷ったが、やっぱりタスケの方が言いやすいかなと思い『タスケ』と名乗った。


 転生前によく言われていたギャグだが、マーリアが言うと可愛らしい言葉の羅列にしか聞こえない。意外とおちゃめなのかな、このお嬢様……。


 みんなで片手に肉を持って談笑していると、不意にお爺さんが流れを断ち切った。


「……タスケ殿の右足、狼の仕業でございましょう?」

「え?傷だけで分かるんですか?」

「えぇ。この辺りで放浪している怪我人といえば、大抵狼に襲われていますから」

「へぇ……」

「だがお前、五体満足で良かったな……たまに食い散らかされてる人も見かけるんだぞ」

「ヒッ!?」

「もう!怖がらせてはいけませんよ!」


 食い散らかされている人……それは恐ろしい……。僕、『不幸中の幸い』で生きているのかな……。


「あははは!ちょっとこいつの反応が面白かったのでつい!今は俺たちが交代交代で見張っているし、馬の軽快範囲でもあるから安全だよ。心配すんな」

「魔王の力が増幅したせいで、狼の凶暴化も進んでしまったんだよ。そのせいで、街の外に出ることもままならなくなっちまったなぁ……」

「そうだったんですか……でも、どうして魔王の力が増幅したんです?何かきっかけが無いと、そんなことにはならないと思うんですけど……」


 タスケがそう尋ねると、四人とも訝しげな表情に変わる。


「勇者様がこの前、魔王の配下に敗北してしまったの。それでさらに魔王の配下達が更なる力を手に……」

「あの勇者、あれだけ威勢よく魔王城へ向かったのにな。散々店に無茶な値切り交渉をしたくせに……」

「ね、値切り交渉!?でも凄いなぁ……僕も戦えたら、狼から逃げることもなく、皆さんに迷惑も掛けなかったのに」


 僕の持っているスキル……隠密に行動するならいいスキルだと思うが、どうしてもまともに戦えないのがネックだ。


「ですが、そんなにボロボロになってまで狼から逃げ切ったのも、十分凄いですわ」

「そ、そうかな……えへへ」

「おい坊主!マーリアお嬢様に褒められたからって浮かれんなよ」

「あ痛い!」


 マーリアの親切な言葉に、思わずにやけてしまうタスケ。兵士の一人に軽く手刀を入れられてしまった。


「大丈夫ですよ、タスケ。私も戦えないけれど、裁縫技術には自信があるんです」

「へぇ、裁縫なんて僕、全くできないよ。このロープを編んだくらい」

「えっ!?これ、タスケが編んだの!?貴方も器用じゃないですか!」

「いやいや……僕はどうにか狼対策を取ろうと思って夢中で作っていただけだし……。なんなら作るのに三日くらいかかったよ」

「……ゴムの木の枝を編んで、隙間を葉で埋めてあって……伸縮性も良い……!これは服作りに活用したいですね……!」


 裁縫に造士の深いマーリアに、自信作であるタスケロープをかなり褒めらていれる。思いつきで作ったけれど、そんなに凄いのかな……。


 ロープを適当に伸ばしていると、もう一度頭に手刀が降ってくる。


「あ痛い!!」

「こら坊主!マーリアお嬢様に向かってそんな口の利き方……!」

「構いませんよ。私、タスケのこと気に入りましたから!」

「えぇ……?お嬢様……」


 僕は何やらマーリアに気に入られたらしい。なんでだろう? でも、ラッキー!


 こんな美人なお嬢様に早速気に入られるなんて! マーリアにすら嫌われているらしい勇者に、なんとなく勝った気分だ!


「それに、タスケはなんだか只者じゃないような気がするの。私の第六感がそう言っているわ」

「だ、第六感……?」

「よかったじゃないか坊主!マーリアお嬢様の第六感はよく当たるぞ~?」

「わわっ!髪の毛がぐしゃぐしゃになるじゃないですか!ちょっと!」

「元々ぐしゃぐしゃじゃないか」

「それは言わないお約束でしょー!?」


 「わははは!」と笑いの絶えないキャンプは、あっという間に過ぎて行く。気付けば二つの太陽が昇り始めており、朝焼けが岩の間から差し込んでいた。


「そろそろ行くか……。さあ、マーリアお嬢様。そろそろマドブルクに着くはずですよ」

「ええ。タスケも行く宛が無いのでしょう?どうぞ私たちの馬車に乗ってください」

「まぁ、マーリアお嬢様が言うなら仕方ないか……タスケ、立てるか?」


 なんと、手当や食事だけでなく、街まで乗せて行ってくれるようだ。本当に優しい人たちだなぁ……。


「ありがとうございます!苦労をかけますが、よろしくお願いします!」

「お、元気だな。痛みは引いてきたか~?」

「はい、お陰様で……辛うじて歩けるくらいには」

「でも、また傷が開くといけないわ。無理しないで」


 手当してもらったからか、痛みも少しマシになった右足。


 すっかり兵士たちとも打ち解け、笑いながら身支度をしていた時だった。朝焼けの向こうに、最早恒例な気もする影が。


 日の光が当たらないこの場所に、潜んでいたのだろう。


「っ、マーリア!危ないっ!!」

「え?きゃあぁ!!」


 マーリアの背後からいきなり飛び掛かってきた狼に、僕は慌てて反応する。


 せめてマーリアにだけは被害が及ばないようにと、マーリアを抱き締めて、僕が狼に腕を差し出した。それによって強い力で狼に噛みつかれてしまう。


 何故か分からないけれど、マーリアのことだけは……命を懸けて守らなくちゃいけない。そんな気がするんだ。


「うぐっ!」

「タスケっ!腕が!」


 僕の左腕に鋭い歯が食い込んでくる。痛い! 死ぬほど痛い! だけど……マーリアが噛まれるよりは百万倍マシだ!!


 歯を食いしばりながらその痛みに耐えていた時、ふと狼の噛みつく力が抜けていく。タスケの腕から狼が離れたのかと思いきや、狼の首と胴が離れ、紫色の石や肉塊を残して消えていった。


 な、何が起こったんだ……?


「お嬢様!タスケ殿!お怪我はありませんか!?」

「爺や!ありがとうございます!」


 お爺さんが剣を構えている姿が目に入る。


 え、これお爺さんがやったの!? 凄い強いお爺さんだなぁ……。


 ……って、ん?僕もしかして……戦闘力がお爺さん以下!?


「しかし、タスケ殿も勇気ある行動でございましたな。タスケ殿がマーリアお嬢様を庇っていなければどうなっていたことやら……タスケ殿?」

「うぅ……僕の戦闘力は五十三万も無いのか……」

「タ、タスケ?何を言っているの?」


 自分の不甲斐なさにモヤモヤしているうちに、兵士たちによって馬車に押し込まれる。


 馬車に乗り込んだ後も、僕はがっくり項垂れたまま。


「タスケ……そんなに傷が疼くのね……。ごめんなさい。私のせいで」

「そんな!マーリアは悪くないよ!僕が弱すぎるせいで……」

「大丈夫ですよ、お二人とも。どちらのせいでもありませんので」


 急な事態だったとはいえ、スキルを全く生かせなかった。そうだ。はじめからスキルを使っていれば、マーリアを危険な目に遭わせることもなかったのに……。


「タスケ殿。左腕の手当をするので、腕を出してください」

「はい……ありがとうございます」

「マーリアお嬢様のためにあそこまで身体を張れる勇気は認めますが、無茶しすぎるのもどうかと思いますぞ。身体を壊しては元も子もありませんし、タスケ殿はかなり疲弊していらっしゃるので……」

「すみません……」

「まぁまぁ。爺やもそこまで言わないであげて。こんなに魔石やお肉が手に入ったのも、ある意味タスケのお陰じゃない」


 僕が落ち込んでいる間にお爺さんと兵士さんたちは、周りにいた全ての狼を討伐。あの一匹だけじゃなく、たくさんの狼に取り囲まれていたことは、後から分かったことだった。


 僕とは大違いだ。やっぱり異世界に来たのだから、戦えるスキルが良かったなぁ……。


「そういえば、この魔石……?僕も少し持っているんですけど、これは何に使うんですか?」

「あら、ご存じないのですね。武器を強くしたり、何かと交換したりするものですよ。使い方も簡単で、爺やの剣をパワーアップしたいときには、魔石をこうやって当ててあげるんです」


 そう言って、マーリアがお爺さんの剣に魔石を当てると、紫色の柔らかな光に包まれる。


「おおっ!鋭さが増した感じがする!よく分からないけれど!」

「うふふ。基本的に武器の強化は魔石を使うから、冒険者たちはみんな欲しがるんです。でも、狼が持っているのは想定外ですわ」

「そうでございますね……」

「どうして?」

「魔石を持っているのは、基本的にモンスターだけなのですわ。たまに見知らぬ宝箱に入っていることもあるのだけれど……」

「狼もモンスターに近づいている証拠です。お嬢様。」

「そうですね……残念ですが……」

「?何が残念なの?」

「直接、布や糸の買い付けが出来なくなってしまいます……」


 マーリアはマドブルクの服飾店のご令嬢で、直接別の街に布や糸を買い付けに行っているそうだ。


 浮かばれない表情のマーリアだが、布や糸の買い付けくらい、お爺さんや兵士たちに任せればいいんじゃ……?


「マーリア……うわ!!」

「あ、止まりましたね」


 そのことを聞こうとした途端、馬の声とともに馬車が停まった。馬車慣れしていないことがバレるな……バレてそうだけども。


 馬車の窓から外を見ると、鉄格子の大きな門がある。もしかしてここが……?


「お待たせいたしました。マーリアお嬢様。マドブルクの街に到着しましたよ」

「ここが……!」


 外国映画のような街並みが、鉄格子越しにタスケの目の前に広がっていた。


 大きな門の向こうに見える、カラフルな屋根が目を引く洋風な家々。笑顔で話す人々。


 さっきまでいた荒野とは全く違う景色に、タスケは胸を躍らせる。


 そうだ。うじうじと悩んでいる暇なんてない! 僕はここから改めてスタートするんだ!

読んで頂きありがとうございます。

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