第五話 影情報は未知なる世界
狼の群れとの一件から、タスケは基本的に木の上で生活し始めていた。
空腹を紛らわせようと、美味しくもない木の葉をかじって、どうにか生き延びている現状。
「このままじゃ僕、本格的に野生の男になっちゃうな……」
そんなことをぼやきながらも、コツコツとした地道な作業が得意なタスケは手を止めない。タスケは思いつきであるものを作っているのだ。
「!出来た!出来たぞ!!」
三日ほど同じ作業を続けて、遂にお目当てのものが完成した! 自画自賛になるけれど……いい感じなのでは!?
「ててててっててー!タスケロープ!」
この木の葉と枝を編んで作ったロープ。狼を木の上で凌いでいたとき、スライム戦の後に手に入れたあのナイフで木を削ってみたら、この木はなんと伸縮性のある『ゴム』のような木だったのだ。
葉も同様で、引っ張っても千切れずに伸びる。そこで思いついたロープ作りだった。
「まぁ、実際のロープよりも細いんだけどね」
ついでに木の葉を使って、アクセサリー(ブレスレットやネックレス)も作ってみた。
しかし、普通にタスケは要らないので、その辺のスライムにプレゼントしたのである。(なぜ作った?)
「なんか凄く喜ばれて、薬草三枚も貰えたけど……」
あのアクセサリーでわらしべ長者になろうかな……なんてくだらないことを思いつくが、冷静に考えてやはりやめておく。多分、一部のモンスターにしかウケない。
「よし!このロープと切れ味の全く落ちていないナイフで……フッフッフ……」
タスケの不気味な笑い声が、紫色の夕焼けと相まって、さらに不穏な空気となる。
夕方……ということはそろそろだな。
奴らが、来る。
「ワオーーーーーーーン!!」
「フッフッフ……!来たな我が未来の眷属よ!」
「ワウッ!!」
しばらくこの木の上にいるせいか、狼は自然とこの木に寄ってくるようになった。見たことのある傷跡を持つ狼たち……異世界転生当初から、飽きもせずに僕をつけ狙っている。
やはり記憶力が良いのか、僕の血の味も、姿も声も、全て記憶されているらしい。
まだ僕のことを、そのうち落ちてくるリンゴだと思っているのだろう。
「眷属どもよ……お前らにぴったりのものを落としてやろう!」
フッフッフ……同じ『赤色』だから、安心するといいさ!
「喰らうがいい!『ブラッディ・オブ・ナイフ』!」
「ガウッ!?」
伸縮自在のロープの先に、キツく縛りつけたナイフ。タスケはヨーヨーの方式で、ナイフを投げたのだ。
「ガッ……!」
狼の脳天にクリーンヒットし、返ってきたナイフの勢いはロープを木に巻きつけることで殺した。狼は今の一撃で気絶したらしい。
「やった……!狼に初勝利!!」
思わずその場でジャンプしたくなるほど、嬉しくなる。一匹が倒れてしまったため、他の狼は慌てて走り去っていった。
ようやく……! ようやく狼に打ち勝つ術を身に付けられた……!
そりゃあ、今までリンゴが落ちてくると思っていた木から、ナイフが落ちて来たんだもんな……。
軽く狼に同情し(※タスケがやったことです)、タスケはスキルで倒れた狼の様子を間近で見ることにした。
「フフフ……ここで登場、ゴースケ様だ!」
ゴースケは夜の帳をふわりと浮かび、気絶した狼の様子を確認する。
幾多の戦いを乗り越えたであろう狼の頭には、無数の傷跡……やはりナイフが一発当たった程度では倒せないらしい。
倒せたとしても、あまりグロテスクになったら嫌だけれど……。
「それにしても、変な目をしてんな……」
狼は白目を剥いているが、その眼球はまるで機械のようだった。まるで気味の悪い監視カメラのようで……。なんだかウィンウィン、と機械じみた音がする。
訝し気に狼の眼球を見ていると、なんとぎょろりとこちらを向いてきた。
「ッ!!?」
なんだ……? この世界の狼はアンドロイドなのか……?
絶えず狼の眼球からは、カシャカシャと妙な音が鳴り続けているし……何の音なんだ……?
「ガウッ!ガウッ!」
「バウッ!バウッ!」
《くっ……仲間を増やして戻ってきやがった!》
さっきは三匹だったが、走り去った二匹が新たに狼を三匹連れて戻ってきたのだ。
「フッフッフ……増えても同じことだ!」
ゴースケ状態を解き、ロープをヒュンヒュンと振り回すタスケ。すっかりこの攻撃方法に味を占めたようだ。
そして、朝方。
「よっ……と」
翌朝、タスケは無事に木から降りることが出来た。右足の傷もかなり良くなってきたし、明日くらいになれば、木の枝を杖代わりにしなくても、歩けるかもしれない。
大きな木の枝とともに、倒れた狼が落としている『アイテム』を拾って、タスケはその場を後にした。
気絶した六匹の狼は、朝日に照らされて塵となっていく。
「この世界の狼、日の光を浴びれないんだな……」
少し心の中に渦巻いてくる罪悪感。確かに僕が仕留めてしまったのだ。
「いや、思い出せ。僕があいつらを仕留めなきゃ、僕が食われていたんだ」
そう。この荒野は弱肉強食の世界。消えてしまった狼の持ち物なのか、紫色の石やビンにつめられた綺麗な水などを手に入れた。タスケはそれらをマントに包み、ヨタヨタと歩き出す。
狼から身を守る方法は身に付けたぞ。しかし……。
「う~ん……お腹空いたな……」
空腹感や喉の渇きを紛らわすために、あの木の葉をかじっていたが……あれで腹は膨れないし、喉も潤わない。何なら今まで食べた何よりも、転生前に苦手だったブロッコリーよりも不味い。
「そろそろどうにかして……食料にありつきたいな……」
ここ数日でボロボロの姿となったタスケは、髪は伸び放題だし、服もところどころ破けている酷い有様だ。
ナイフで狩りは出来そうだけれど……火起こしをしたら、狼やモンスターに襲われるリスクが高まる。
そして、もうひとつタスケには不可解なことがある。
「……異世界転生してからというもの、『人』を全く見掛けないんだよな」
確かにあまり移動は出来ていないが、夜はゴースケで探索しているし、誰か人一人くらい見掛けていてもいいはずなのにな……。
「……あれ!?僕、昼間にスキル使ったことなくない!?」
『スキルをだいぶ使いこなせるようになってきたなぁ』……と思っていたが、まだまだだったらしい。
「そりゃあ昼間の方が人通るよな!そうと決まれば……スキル発動!」
自分自身にツッコミを入れつつ、タスケは近くの木に登り、スキルを発動した。
「いやぁ、盲点だったなぁ。そういえば昼間、ゴースケ状態になったのって、あのスライムとの一戦くらいじゃん」
しかし、昼間の探索なんて、そんなに幅広く行動出来ないかもしれないな……。そう思ったのだが……。
「お、おお!?おおおお!?」
昼間は移動範囲が減るものの、ゴースケの移動範囲に影があれば、難なく飛び移ることが出来るようだ。
ひとつの影から少し遠くの影にすぐ飛び移れるから、移動速度は夜より速いかも。もっと早くに気付けばよかったな。
「こうやって木の影から木の影に素早く飛び移っていると、なんだか忍者みたいだな!ニンニン!」
少し楽しくなってきたゴースケは、上機嫌で飛び回って行く。
なんだか、転生する直前に聞いたあの声の通り、『自由』に生きている感じがする。
「お?」
すると、他の地面とは明らかに違う、少し整備された道が目に留まった。ゴースケは、その道近くの木の中の影に入り込む。
木の中もいい影になっていて、意外とこれが落ち着くんだよな。高い場所にいるから、景色もいいし。
普通なら絶対に体験できない、木と一体化しているような新鮮な感覚にもなれる。
「それより、あれだけ綺麗な道ってことは、人が通るのかな?」
だけど、整備されている道は、なだらかで適度な砂利を敷き詰めてあり、人が歩くには少ししんどそうだ……。もしかしたら車があるのかも?
「お!ようやく人間が!」
タスケの視線の先には、男の人がひとり歩いている。やっぱりこの世界にも、ちゃんと人がいたようだ!
「やっぱり僕は……独りぼっちじゃなかったんだな……!」
木の影の中で感動していたが、そんな暇はない。よくテレビで見掛ける冒険家のような服を着ている男性……。
異世界で凶暴な狼やモンスターが存在するなら、人は彼らと戦うために、様々な『職業』に就くと思うんだよな……。あの人の職業は分からないけれど……。
《そして、あの整備された道を、あの人は歩いていない……》
冒険家のような男性は、道から逸れた脇道をゆっくり歩いている。やっぱりあの道は人が通る道じゃないのだろうか。
「……ん?」
男性の動向を見守っていると、唐突に地面を蹴る音が聞こえてきた。しかも複数。
狼? いや、昼間だからありえないよな……じゃあ何が……。
男の人も音に驚いて立ち止まった。
「なんだぁ?この音は……」
狼との攻防などでも証明されていたように、ゴースケ状態の時でも聴覚や視覚はしっかり働いている。
モンスターや狼の声を聞けたように、人の声もしっかり聞き取れるようだ。
そうだ、あの男の人の影に入っていれば、もっと近くの様子が見れるじゃん! 僕ってば天才!?
「そうと決まれば……ひょいっとな!」
ゴースケは素早く木の影から一度岩陰へ飛び、その冒険者の人影に飛び移る。そこでようやく、近付いてきている音の正体を目の当たりにした。
それは、テレビ番組くらいでしかみたことの無い、立派な馬車が走ってきていた。
《馬車!?すっげえ!本物なんて初めて見た!!》
全体が金色に光り輝く、刺々しくも気高い装飾。煌めく蒼色の銀河のような、いかにも童話の世界に出て来る馬車そのものだ。
もしかすると中には、綺麗なお姫様がいたりして……?
「フッフッフ……我はもっと漆黒の色合いが好みだが、このタスケイロ様が乗るにふさわしい馬車だな!」
「ひっ!?なんだ今の声!」
つい影の中で大声を出してしまい、男性は驚いて尻もちをついてしまった。ごめんなさい! 謝罪はまたいつか!
ゴースケは、馬車の下の影に飛び移った。
この馬車は、いったいどこに向かっているんだろう? もっと耳を澄まして、中の人の会話を聞いてみるか。
「@※~#%?~~~~~~」
「#~@=&$~~~~~~」
「うーん、馬車の騒音で聞こえない……どうしようかな……」
馬車の車輪の音や馬の足音などに邪魔されて、会話が全く聞き取れない。
「でも、馬車なら中に人がいるはず……!」
馬車の中の影に入り込めるのだろうか……だが、やってみて損はないだろう。まだまだ自分のスキルを理解しきれていない部分があるからな。
ゴースケは煌びやかな馬車の中へと入り込んだ。人の影でも、椅子の影でもいい。中の人の話さえ聞ければ……。
《お?おぉ……!》
馬車の上部にゴースケはいた。馬車の外装同様、中も金色を基調とした装飾に、赤いソファタイプの座り心地の良さそうな椅子。
視線を下げると、向かい合って座っている若い女性とお爺さんが会話を交わしていた。
「マーリアお嬢様。この調子ですと、マドブルクに戻れるのは明日になりそうです」
「では、もう少ししたら休みましょう。皆さんお疲れでしょうし」
「はい。わたくしどもへのお気遣いありがとうございます。マーリアお嬢様は命に代えてもわたくしどもがお守りしますので……」
「そんな……どうか自分の命を大切にしてください。爺や」
二人とも如何にも『貴族』って感じの服だな……女の人もお爺さんも気品に溢れている。
特に『マーリアお嬢様』は、金髪の長い髪に青い大きな瞳、手入れの行き届いた白い肌。そして、ドレスに近いワンピースがよく似合う……絵画から抜け出た美女そのものだ。絵画に詳しくないけれど。
相当なお金持ちなんだろうな、ふむふむ……。
って、あまりにも自然すぎて反応が遅れたけど、さっきから普通に言葉を理解できているな!?異世界といえどそういうものなのか……!?
「マドブルクに着いたら、すぐに仕事に取り掛かりたいですわ」
「馬車での旅はお身体に負担がかかりますよ。まずはきちんと寝てください。お嬢様はただでさえ寝ることを忘れがちなのですから」
「だって、こんなにいい布や糸が手に入ったのよ?」
そう言って、マーリアはソファの上に置いてある麻袋の中から、布や糸を取り出す。それはもう目を輝かせながら。
「この布はオーダーメイド用として……こっちの布では新作が作れますわ!」
「まあ、お嬢様から楽しみを奪う資格は、わたくしどもにございませんからね……」
「うふふ。今から楽しみ!針を持って来ていれば、今から作れたのですが……」
「馬車の中での縫製作業は危険でございます」
服飾関係の人たちなのだろうか。マーリアは相当服を作ることが好きなようで、布を見比べながら構想を練っているようだ。
《そういえば僕、上から二人を見ているけど……一体なんの影に溶け込んでいるんだろう》
立派な装飾だらけで眩い馬車の中。視線だけ横に少し動かすと、ちょうど顎の下くらいにこれまた豪華な金で出来た、馬車の天井ランプがある。どうやら、天井ランプの上の影に入っているようだ。
『マドブルク』って場所の話が気になるけれど、何か有力なことを話してくれないだろうか……?
「しかし、やはりお嬢様を連れての買い付けは、本日で最後でございますね」
「……えぇ。直接布を選ぶことは出来なくなりますが……異論はありません」
「マドブルクの外は一気に物騒になりました。打倒・魔王を掲げた勇者様たちでしたが、魔王の使いである魔龍ヒュドラに倒されたとのことです……それによって、さらにパワーアップしたとか」
「勇者様といえば、妙な言葉遣いでしたわね……。こんなこと言ってはいけないけれど……私はあの人、少し苦手です」
「おや……なぜですか?」
ん? 今、勇者って言った? 勇者って言ったよな?
「だってあの人、店先で私を口説いてきたんですよ。ああいう軽薄な方は苦手ですわ」
「なんと!マーリアお嬢様に対してなんて不躾なことを!」
「次に来られましたら、門前払いでお願いしますね」
「承知いたしました」
いや、凄い嫌われようだな……。何をしているんだよ。
「勇者様は一刻も早くの魔王討伐を目指しているようで、現在は修行中と聞いています。マドブルクに来るのもまだまだ先かと」
「もう一度、魔王に挑戦しようとしているのでしょうかね……。確かに、魔王に立ち向かえるのは勇者様たちくらいですからね……。門前払いとは言いましたが、装備を買いにいらしたときには売ってあげてください」
「ええ。お仲間の三人もかなり薄着でしたし、良い装備を見繕って差し上げましょう」
「勇者様は鎧兜を身に着けているけれど、他の三人は丈夫な布で作った特別な服が必要ですからね。オーダーメイド依頼はされていきませんでしたが」
「店先で騒いでいましたね……料金が高いだのなんだの……」
「そこまで高く価格設定していないのですが……。揃いも揃って妙な言葉遣いでしたが、またあんな大騒ぎをされたら迷惑ですし……オーダーメイド品以外なら、破格で譲りましょうか」
妙な言葉遣いをしていたってことは……勇者とその三人の仲間たちも転生されてきたのかもしれないな。
《話をまとめると……『マドブルク』ってところにこの二人は住んでいて、服屋さんをやっているらしい。そこに勇者の目撃情報もあって……どっちにしろ、この上品そうな二人が暮らしている街なら、相当栄えているに違いない!》
よし、僕もマドブルクへ向かおう! そのためには、これから休息を取るらしいこの馬車の人たちと合流することが必須だ。
休憩ということは、何か食べ物を分けてもらえるかもしれないし! 乞食みたいになってしまうけど、生きるためだ! 漆黒の悪魔・タスケイロは、プライドを捨てるぞ!
馬車が止まったので、薄暗くなっていた外へとゴースケも出る。馬車を動かしていた馬を操っていたらしい二人が、岩を拾い上げたり、木の枝を集めたり、キャンプの準備をし始めていた。
この位置なら、馬車の再出発までにこの人たちと合流できるかも……!
ゴースケは岩の影に入り込み、たくさんの情報をくれたこの人たちにお礼を言うことにした。
「皆さんありがとうございます!」
「……?今、何か聞こえませんでした?」
「?いえ」
沢山の有力情報を手に入れられて満足なゴースケは、ひとまず本体に戻ろうと、わざと夕焼けの光を浴びた。そして木の上から、右足の怪我を庇いつつ降りる。
こうして僕は、馬車まで行ってみることに決めた。また近くに落ちていた大きな木の枝を拾い上げ、松葉杖のようにして歩き出す。
お腹も空いたし、眠いし、疲れたし、足が痛いし……負のフルコンボだ。
「グルルルルルル……」
「ひっ!?」
その前にまた、夜になると出現し始める狼との追いかけっこが始まるのである。
なんでいつもこうなるんだよぉ!!
読んで頂きありがとうございます。
感想や評価は次作の励みになります。




