第四十一話 新たなる魔王・タスケ
タスケは耳を疑った。『好きにすればいい』……? そんな勝手な……。
「お前は魔王のことを『支配者』だとしか考えていないだろう」
「ま、まぁ……。それは否定しませんが……」
「逆に考えてみろ。お前の思い通りになったら、世界がどうなるか。我も魔王になった瞬間は胸が躍ったものだぞ?何と言っても、我の好きなように世界を動かせるのだから」
魔王ヴリトラは大きく両手を広げた。その瞬間、周りの魔物たちが一斉に傅く。
「『馬鹿と鋏は使いよう』……という言葉もあるだろう。先程の作戦を見るに、お主はもしかしたら、我以上にこやつらを上手く使えるはずだ」
確かにそれは一理ある。僕のスキルを使えば、もっと厳重で効率的な警備が出来るし、今は魔王城のてっぺんで一休みしているヒュドラのカメラ眼球と併用すれば、この世界の至るところを見渡せる。
何より……。
「平和な世界を作ることもできる……」
「ハッハッハ!平和な世界を作る魔王……新しいではないか!」
「……ヴリトラさんは、どうして世界を貶めるようなことをしていたんですか?話をしていると、あなたが根っからの悪には思えないのですが……」
「……お前が正面からぶつかってきたことで思い出したのだ。この世界に来たばかりの頃のことを」
すると、ヴリトラの手に浮かぶ水晶から音声が流れ出した。幼い子の泣き声と、グリダの声……。
え、思い出の音声!?
「魔王になる直前の、我とグリダの会話だ」
「え、この幼い声ヴリトラさん!?」
衝撃な事実とともに、音声は大きくなっていく。
『うわああああん!僕に魔王なんて出来ないよおおお!』
『大丈夫です。ヴリトラさんなら、立派な魔王になれますよ』
『でもっ、僕……少し落ち着いているだけで、頭がいいわけじゃないし……』
『あなたには屈強な魔力と防御力があります。それを活かすのです』
『うぅ……やらなきゃいけないのなら、やるよ……。でも、グリダお姉ちゃんも助けてくれる』
『もちろんです。ヴリトラ様』
……グリダって不老不死なのかな。見た目全然変わってないけど……一体何歳なんだ……。
「今、私の年齢について考えました?」
「い、いや、考えてません」
女性に年齢を聞くと怒るって、相場で決まってるんだ。僕の母さんがそうだったし。
「分かっただろう?我も初めはヒヨコのような魔王だった」
「ヒヨコ……。自分で言うんだ……」
「それに、魔王になると本来の姿から偽る必要があったのだ……。だけど、我もそろそろ、普通の人間に戻りたい」
「なに『普通の女の子に戻りたい』みたいに言ってるんですか……」
「……ていうか、魔王になったら僕の姿、そんな風になっちゃうの!?」
僕は魔王を指差しながらそう言う。魔王の姿は黒々とした影だけのようで……僕もあんな感じになってしまうのか……!?
既に最初のような緊張感は失せてしまっていて、タスケもマーリアも魔王にツッコミを入れている状況だ。
「ヴリトラさんがこの姿であることには、海より深い理由があります」
「まあ、魔王継承すれば分かる」
「あれ!?僕の意見は!?」
「断る理由が明確にあるんですか?」
「まぁ無いけれど!」
「時間が惜しいので、そろそろ始めましょうか」
グリダはタスケの右腕を掴んで、ヴリトラの方へと無理矢理近付ける。
「いやいやいや!不安しかないんだけど!?ちょっと!!」
「タスケっ!!!」
タスケたちの叫びも虚しく、黒い影に包まれてしまった。これっていわゆる……闇堕ち!?
嫌だっ!!
「タスケっ!ちょっとグリダさん!大丈夫なんですか!?」
「心配ありません、マーリア妃。まあ、見ていてください」
「マーリア妃!?気が早くありません!?」
目を開けると、僕の右の手の甲に禍々しい模様がついていた。身体をペタペタと触るが、特に変わった感じはしない……。
「ふぅ……これでよしっ!」
あれ? やけに幼い声が聞こえるな……それこそさっきの音声のような……。
「無事に継承できたみたいだね!タスケ!」
「ヴリトラさ……ん!!?」
タスケの目の前にいたのは、恐らく小学生くらいの子ども。白い肌で細身のいわゆる美少年である。
さっきまでヴリトラがいた位置に立っているから……。信じ難いけれど……そういうことなのだろうか?
「えっと……ヴリトラさんなの!?」
「うん!やぁっと魔王っぽい喋り方をしなくても良くなったよ~!『さん』なんてつけないで!気軽に接してよ!」
「えぇ……」
「あと、この水晶は今日からタスケのものだから!はい、どうぞ!」
「あ、あざます……」
確かに、この見た目は強制的に変えないと、誰も魔王だなんて思えないだろう。無邪気に笑う少年は、タスケの手を取って「ありがとう」と何度も繰り返した。
「ではヴリトラさん。これからは丁度良いので、マドブルクの街で暮らしましょうか。私が転送いたします」
「うん!じゃあ、タスケ!後はよろしくね!」
元気よく手を振ったヴリトラは、グリダとともに姿を消した。丁度良いってなんだよ……最後の最後で適当すぎだろ……。
かなりジェットコースター展開だったけれど……。
「ちょっと試してみるかな……そこの我が眷属!」
「はっ!」
「我らを『魔王の間』へ案内せよ!」
「かしこまりました!」
魔物たちは完全に僕の眷属となったようで、僕の命令に従ってくれる。
そして、ヴリトラとの別れ際に預かった水晶には、魔龍ヒュドラが見ている世界の景色が広がっている。
目に留まったのは南の位置にある、モンスターに包囲されている街。僕はスキルでその場所へ飛んで行き、現場を直接見に行った。
「これは酷いな……南の魔物たち!直ちに撤退せよ!人々を解放するのだ!」
「かしこまりました!」
そして、モンスターに貶められていた人々を、どんどん解放していく。モンスターにも十分な休息を与えた。
僕は支配なんてしない。誰も死なない、平和な世界を作るんだ。
「魔王様!どうぞお座りくださいまし!」
目の前に並ぶ二つの玉座に、タスケとマーリアは分かりやすく緊張する。
「ここが玉座……なんだか座るの緊張するな……」
「二つありますね……私が座っていいのかしら」
「お二人は魔王様とそのお妃様です。当然、座る権利がございます」
「……あはは。なんだか、成り行きみたいになってしまったけれど、改めて言おうかな……マーリア」
「……はい」
「僕と、結婚してくれますか?」
「……もちろんです!」
こうして、タスケとマーリアは魔王城でめでたく結ばれたのだった。
そして、幸せを噛み締めた後、タスケは激戦の末に倒れた仲間たちに思いを馳せる。
「……イトウ……!あの場所に倒れたままだな……」
ふと世界を見渡していると、イトウの亡骸がそのままになっていることに気付く。
グリダの魔法によって、焼かれた三人との思い出も、どんどん溢れ出していく。
「僕の好きにしていいのなら……許されるのかな」
タスケは魔法なんて使えない。だが、それでも少しの希望を掛けて、強く祈る。
「イトウ、リラ、カゲツ、マオ……どうか、蘇ってくれ……」
僕の願いは、マーリアと幸せに暮らすことだけじゃない。
大事な仲間を、今度こそ助けたい。
助けられてばかりだった分、魔王になった僕が助けてみせる。
そんな気持ちを込めて、タスケは爪がめり込む程強く手を組む。痛みなんか気にならない。
「タスケっ!手から血が!」
「構わない。もう少し、祈らせて……」
目を固く閉じ、再び彼らの声が耳に届いてほしいと願い続ける。
すると、眩い光に包まれ、思わず目を見開いた。目の前には魔導士グリダが。
「……本当に、面白い人ですね。あなたは」
そう言って、グリダが手を広げる。グリダの後ろには四つの棺桶が並んでいる。
「か、棺桶がどうして……?グリダさん、何を持って来たのです?」
「……もしかしてっ……!」
タスケは目の前の棺桶の蓋を、勢いよく開く。
その中には、眠っている勇者イトウ・グレードの姿。息をしている。心臓も動いている。
ひとつ変わっていたのは、彼の額にタスケの手の甲の紋章と同じようなものがついていることだ。
「……ん……」
「っ、イトウ!」
「……タスケ!?それにここ、魔王城じゃ……うぐっ……!」
タスケがイトウと話している間に、マーリアが他三つの棺桶の蓋も開けていたようで、思った通りの勇者パーティたちが起き上がった。
しかし、起きたと同時に、みんな頭を抱え出す。
「みんな!大丈夫!?」
「……あぁ。いろいろと流れ込んできた……。お前が、魔王になったこともな」
「う、うん……僕、魔王になったんだ。でも、そのお陰で君たちを蘇生できた!それだけでも嬉し……!」
「タスケ。俺たちはお前の配下として蘇ったんだ」
僕の言葉を遮るように、イトウはそう言い放った。棺桶から出てきた四人は、僕の前に跪く。
「まさか……魔王軍として蘇っちゃうなんてね……奇想天外過ぎでしょ」
「うむ。我も予期していなかった」
「ですがタスケさん……いや、魔王様。あなたになら何処へでもついて行きましょう」
イトウだけではなく、リラ、カゲツ、マオの額にも、紋章が浮かび上がっていた。
「……ありがとう、みんな。じゃあ、早速だけど……」
そこからの動きは早かった。魔王軍の『新・四天王』となった勇者パーティの四人を各地に派遣し、以前の魔王の攻撃によって壊れた地域の復旧を始める。
「タスケ!西の地域は食糧難だ!」
「食糧が比較的潤っている、東の地域から輸出だ」
イトウを派遣した西の方角は、食糧難から解放。
「東のリラ、了解!船をこっちに寄越して!」
リラのいる東の方角に、世界から集めた魔石を使って製造した魔導船を飛ばす。
「南のカゲツだ。こちらでは家畜が増えすぎている」
「北のマオです。でしたら北へ援助いただませんか?肉不足で体調を崩す人が多いので」
「承知!南にも早急に魔導船を飛ばす!」
「どうして命令の時、そんなにかっこつけるんですか」
世界の均衡を保つため、僕は配下たちに指示を飛ばしていく。この世界は食の偏りが激しく、各地で協力しなければいけなかったのだ。
タスケの的確な指示により、飢えで死ぬ人はかなり減り、無駄になる食糧も無くなった。
そして、マドブルクに残したマーリアの店だが……おっと、愛しの妻が帰ってきたようだ。
「戻りました~!魔王様~!」
「タスケ、ただいま戻りましたよ」
「おかえりマーリア。道中大丈夫だった? 」
「えぇ。フォロビさん、とってもいいトカゲさんだから」
「トカゲって言うなよぉ!」
マーリアは三度の飯より裁縫が好きなので、退屈させないために各地の布や糸を集めさせてきた。その結果、彼女は大喜びでずっと裁縫をしている。
世界中で有名な『マーリア・ブランド』は消えることなく、むしろ以前よりどんどん生産されているのだ。スライムたちがマーリアに懐き、マッサージや服の運搬をしているから、彼女にかかる負担も軽減されている。
ちなみに、『元・四天王』も蘇らせた。マーリアがマドブルクにたびたび移動するため、空を飛ぶことが出来るフォロビを最初に復活させたのだ。使役しやすそうだという理由もあったけれど。
そんなフォロビが『一人は嫌だ!』と駄々をこねるものだったので、ザキルとモルティーも復活させることに。
「もう!モルティーさん、こっちに来ないで!」
「ウッヒョヒョヒョ!」
「モルティー、それ以上ザキルさんに対してセクハラ行為をするなら投獄するぞー」
「ヒィッ!それは勘弁!!」
元・四天王はなんだかんだで仲が良く、ガラリと変わった魔王の政策にも順応してくれた。
「まぁ、平和な世界も悪くはないものね」
「うん!みんなが笑顔の方が、ご飯も美味しいよ!」
「そうでございますな~」
だ、そうだ。時折、グリダも交えて話しているから、グリダもなんだかんだで仲間意識を持っているのだろう。
元・四天王を見て笑っていると、魔王の間に警報音が鳴り響く。
「ビーッ!ビーッ!シンニュウシャ、ハッケン!」
「全く、懲りないなぁ……その位置なら罠を作動させればいいか」
もちろん魔王城の警備だって怠らない。いつかの勇者に憧れた冒険者が、たまに攻め込んでくるからね。
罠は縄や檻といった、人体に危害があまり加わらないものばかり。
決して殺しはしない。たとえ僕の命が狙われたとしても、誰一人死なせたくはないんだ。
だって……。
「タスケ。今日もお仕事お疲れ様です」
「マーリア。労ってくれてありがとう。おいで」
「はい」
人を殺めたら、後戻りができないし、何よりマーリアのこの笑顔も守れなくなってしまう。
順風満帆な魔王ライフだ。僕の理想とした世界。普通の幸せ。
……ん? 普通?
僕は、普通な日々に嫌気が差していたんじゃなかったっけ?
じゃあ、僕の作り上げた世界は……。
夜。マーリアとともに入っていたダブルベッドをそっと抜け出し、大きな窓に手をついた。
赤と青の月が照らす魔王城下。何処となく怪しい雰囲気が、僕の心をくすぐった。
《なんだろう、この感じ……懐かしいような気もするけれど……》
もしかして……僕は満足していないのか?手の甲の紋章を見て、少なからず胸が躍ったはずなのに……。
これじゃあ、転生前と何も変わらないじゃないか……。
「ようやく気付きましたか?魔王タスケ」
悪魔の呼び声が、窓越しに聞こえた。
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