第四話 狼の森林を超えてゆけ
「はぁ……はぁ……見つかる前に登れてよかった」
大声を上げたことにより、狼に気付かれてしまったタスケは、大急ぎで木の上に登ったところだ。幸い、狼はタスケに気付かず、何処か遠くへ行ったようだ。
赤と青の月が荒野を暗く照らしており、辺りは夜の静寂に包まれている。
「はぁ……おちおち眠れもしないよ……」
木の枝に座って、再び大きな溜息を吐いた。狼がそこら中で唸っている中じゃ、眠ろうにも眠れないし、そもそも木の上じゃ安眠なんて出来るはずない。
ならば……。
《我が力、発動せよ……!》
タスケはスキルを発動し、ゴースケ状態となった。
「フッフッフ……我を甘く見るでないぞ……!この辺りを支配するべく、索敵してやる!」
人が見当たらないからって、好き放題言っている。
ゴースケはかなり自由に動いているように見えるが、実際は本体にも少し意識が残っている。今は木の上に座っているわけだが、完全に意識が抜けてしまうと、身体が支えきれないらしい。
《そして何度かスキルを使ってみて分かったけれど……入れる影の大きさは操作できる》
ゴースケは荒野に転がる小さな石ころの影に入り込んだ。こんな小さな影にもなれてしまう。さすが漆黒の悪魔・タスケイロだな!
《これは人をもし見つけたら、その人の懐に入り込めてしまうかも……》
もしそれが綺麗な女性だったりしたら……なんてね。へへへ。
そんなことを考えていたら、突然強い風が吹いてきた。
「うわああああああ!!?」
風によって石ころがころころと転がり、目を回してしまう。
やはり、よくないことを考えると罰が当たるんだな……。ゴースケは影の中で自分の頬を叩いて、辺りの探索を続けた。
ちなみにゴースケには痛覚も無い。
「まぁ、右足の怪我は痛むんだけどね……本体の怪我は共有してるんだ」
そんな独り言を呟いていると、少し遠くから咆哮が聞こえてくる。狼だ。
《あいつらに追いかけられたら、今度こそジ・エンドだ……今のうちに、狼の弱点を掴みに行こう!》
ゴースケは夜の深まる荒野の中、月明かりを避けながら進んで行く。本体であまり大移動が出来ない分、なんだか自由な気分だ。
昨日の狼は三匹で行動していたけれど……狼は群れで行動しているのかな。
木の影、岩陰、草の影……様々な影を経由して、ゴースケは狼の鳴き声の方向へと突き進む。
探索といえば、刑事ドラマで刑事さんがこっそりと犯人の跡をつけていることが多いけれど……。
ゴースケなら、こんな大胆な動きが出来てしまうのだ。やっぱり、ゴースケしか勝たん。
《お!あれは我が眷属!》
ようやく見つけた狼は、一匹だけだった。
昨日の奴らと違って、大人しく歩いている。まあ、昨日は僕という餌があったからだけれど……。
さてさて……昨日酷い目に遭った分(違う狼かもしれないけれど)、じっくり観察させていただくとしよう!
転生前、休日はゲームばっかりやっていたけれど、僕の視力はA判定なんだよね! つまり、目はめちゃくちゃ良い!
この木の影から、観察してやるぞ!!
《しかし……狼を転生前に見たのって、家族で動物園に行った時くらいなんだよな……。あまり姿については覚えてないし……》
でも、何かおかしいんだよな。この世界の狼たち。特に顔つきが。よだれを垂らして目をギラつかせていたけれど……どこか目に生を感じられないというか、なんというか……。
近くの木の影から観察しているものの、狼の表情の全貌は見えない。しかも、今いるところは他に木が無くて、ここから離れれば月明かりが当たってしまう。
どうしたものだろうか……。
《そうだ。いっそのこと狼の影に入ってしまえばいいんだ!》
木の影にばかり入っているから、完全に盲点だったが、スライムの影に入れたんだから、動物の影にもきっと入れるはずだ!
《そうと決まれば、ゴースケ・レディGO!》
ゴースケは勢いよく狼の影に入り込んだ。出来た! 出来たぞ!!
しかも、狼が勝手に移動してくれるから、あまり疲れない! 既に疲労困憊なんだけどね!
《これはまた、新たな発見だ!このまま狼を攻略する糸口を見つけだそう!》
狼は僕よりも速いスピードで走り、歩く時は周りを警戒して歩いている。
個体によって違うのかもしれないが、この狼は割と臆病だ。風に靡く草の音にもびっくりしている。つられて僕もびっくりしたけれど。
《そして、警戒しているからなのか、一匹だと全く吠えないな……。基本的に群れで襲い掛かるのかもしれない》
狼の影の中で狼の分析をしていると、突然狼が走り出した。
え、速い! 超速いんだけど!?
《うわあああああああ!》
狼には確か、ゴースケの声が届いてしまう。声を出してしまったら、折角ここまで来た努力が水の泡だ! 必死に叫びそうになるのを抑え込む。
ふと狼が立ち止まった。何処だ……? 視線を動かしても、ただただ荒野の景色だけ。
「ワウッ!」
《ひっ!》
突然吠えた狼にびっくりしていると、狼の目の前の大きな岩が動き出す。
な、何が起こっているんだ!?
《な、なんだよこれ!!》
岩が自動ドアのように開き、中には大勢の狼。どういうシステムなんだよ……。なんだこの世界……。
「グルルルル……」
「ワウッ、ガウッ!」
「グルルルル……」
ゴースケがつきまとっている狼が、中にいる狼たちに向かって、何やら必死にアピールしている。
「ワオーーーーーーーン!!」
狼が一通り鳴いた後、中の狼の一匹が出てきた。他の狼よりも更に恐ろしい顔……歴戦の勲章とでも言わんばかりの顔の傷跡……。
《キャプテンだ……!》
咄嗟に『リーダー』という言葉が出てこなかったゴースケ。その狼を『キャプテン・ウルフ』と勝手に名付け、様子を見守ることにした。
キャプテン・ウルフがひと鳴きすると、狼の大群の中から一匹の強そうな狼が出てきた。空気が凍てつくような感覚。
これは……戦いが始まる感じだ!!
ゴースケは慌てて、戦況を見守るために少し高い位置に座っているキャプテン・ウルフの影へと飛び移った。
「ワオーーーーーーーン!!!」
そして、力強いキャプテン・ウルフの雄叫びで、二匹が争い始めた。出てきた狼は、ゴースケとともにここまで来た狼よりも、一回りほど大きい。
あの体格差で勝てるのだろうか……。って、なんで狼の応援をしているんだ僕は。
「ガウッ!」
「ワウッ!ガブッ!」
「ガアアッ!」
《相棒っ!!》
勝手に愛着が湧いたゴースケは、一緒に来た狼を『相棒』と呼び始めた。
大きい方の狼が、狼くんに噛みつく。相棒は身体を捻ってその攻撃から逃れるが、噛まれたところからは血が出ている。既に息も荒い。
「ガオオオッ!!」
「ガウアッ!!」
《いいぞ相棒!》
相棒はその小回りの利く身体で、素早く大きい狼の背後を取り、飛び掛かった。しかし、相手の狼の反応も早い。
そこからはしばらく、互いに引けをとらない攻防が続いた。しかし、大きい狼よりも相棒の方が痛手を背負っている……。
「ガルルッ!ガウッ!!」
「ギャウッ!!」
《相棒!》
相棒びいきでこの戦いを見ているゴースケだが、この戦いでいくつか気付いたこともあった。
彼らの動きは、戦いが長くなるにつれて俊敏になっている。例えばあの大きい狼は、『飛び掛かる前に地面を蹴る時間』が若干長いのだが、相棒はその動作に『全て』対応しているのだ。
大きい狼も同じで、相棒の攻撃範囲が短いため、あまり引っ掻く動作をしないことに付け込んでいる……狼は物覚えがいいのか?
《最初の攻防で先手を取られた狼くんの血を舐めていたよな……狼にとっては血も原動力なのかも……》
初めて狼に襲われて、あれ以降同じような傷をつけた狼に付きまとわれている気がする。
《フッフッフ……!漆黒の悪魔・タスケイロの頭脳明晰さに、我が眷属たちも驚きひしめくことだろう……!なにせ、この前のテストは全教科平均ぴったりという、謎の奇跡を起こしたからなぁ!》
威張れることではない。が、地味に凄い。
しかし、思った以上に狼の生態を把握し始めているゴースケ。冷静に分析すると同時に、相棒を心から応援していた。
《頑張れ……!頑張れ相棒……!》
ふと、キャプテン・ウルフを影から見てみる。
キャプテン・ウルフの口角は上がっている。きっと熱い戦いが大好物なのだろう。血沸き肉躍る狼同士の戦い……まばたきするのも惜しい! (※ゴースケは影なので、まばたきしなくても問題ありません)
そんな白熱する戦いも、ついに終盤のようだ。
「ガオオッ!!」
「ウガッ!!」
相棒は大きい狼の懐に突進し、体制を崩させてすぐにのしかかり、噛みついた。その瞬間、相棒の目が赤く光る。
「やった!相棒!」
「ワオーーーーーーーン!!!」
噛みつきが決め手だったのか、キャプテン・ウルフの遠吠えにより、二匹は互いに離れていった。キャプテン・ウルフは審判だったんだな……。
というか、助かった……。興奮して、思わず声をあげちゃったよ……。キャプテン・ウルフが大声で鳴いていなかったら、どうなっていたことやら。
相棒に軍配が上がり、狼の大群が一斉に相棒を囲んだ。狼だらけの景色だが、空間はさっきと違って和やかになっている。
《嬉しそうだな……相棒》
どうやらこれは、相棒がこの狼の群れに仲間入り出来るかどうかの戦いだったらしい。強さを証明された相棒は、晴れて群れに加わることが出来たんだ。
キャプテン・ウルフの影の中でしばらく感動に浸っていたゴースケだったが、背筋にぞくりと嫌な予感が走る。
いわれのないこの恐ろしい気配……な、なんだなんだ!?
「グルルルル……」
《ひっ!?》
なんと、恐る恐る影の中から様子を見ようと視線を上げたら、月明かりを背にしたキャプテン・ウルフに睨まれていた! 嘘だろ!? 気付いてるのか!?
いやいやいやいや! さすがに歴戦を乗り越えていそうなキャプテン・ウルフさんでも、影に溶け込んでいる僕に気付くことは無いだろう。うん。
そう思い、影の中でキャプテン・ウルフの視線から逃れようと動いたが……。
《!?なんで!?》
キャプテン・ウルフの赤い眼球は、絶えずゴースケを追っている。これは百パーセント気付いているな……。
「え~っと……その……」
「グルルルル……」
「あの!凄く熱い戦いなので、見入っていました!すみません!」
何か言い訳をしようと思ったが、もういっそ正直に感想を伝えて逃げよう! それが手っ取り早い!
ゴースケは素早くキャプテン・ウルフの影から出て、近くの木の影、雑草の影、洞窟の中などを経て逃亡。
後ろからは「ワオーーーーーーーン!」と僕の気配を追い掛ける声と足音が響いてきた。
「くそーっ!やっぱり狼はおっかないよぉ!!」
ゴースケの悲痛な叫びに呼応するかのように、狼の鳴き声が徐々に近づいている。さっきまでは最早『仲間意識』みたいなものを抱き始めていたのに……!
「……ていうか、こんな無駄に逃げる必要ないんだった」
ゴースケは、ふと立ち止まり月明かりを浴びて本体に戻る。光に当たると無効化されてしまうスキルのデメリットだが、戻る時はかなり便利だ。
昨晩の出来事から、無意識的に『狼を見たら逃げろ』なんて思考に陥っていたんだな……。
「でも、狼の生態については分かってきたな……あれ?」
いや、弱点! 弱点見つけられてないじゃんか!
「ああああ!僕のバカー!!」
木の上で一人、頭を抱えるタスケ。そして、そんな大声を出していると……。
「グルルルル……!」
「ギャアアア!!」
あの狼の群れとは、また別の狼たちが木の下に迫ってきている。
タスケは再び、眠れない夜を明かすしかなくなってしまったのであった。
「うぅ……誰か助けて……」
昨晩からずっと寝ていないタスケにとって、この時間は苦行である。眠たいのに眠れない……!
「はぁ……眠れないならいっそのこと、朝日が昇るまで探索を続けよう……」
それでも諦められないのは、やはり『あの声』が引っかかるからだろうか。
『そのスキルを使って自由に生きてみせてください』
『自由』……それは酷く曖昧で、正解なんてない。人によって違うからだ。
《とりあえず、狼から解放されなきゃ『自由』もクソもないけど……》
ひとつ大きな欠伸をしながら、ゴースケは再び荒野をふわふわ漂い始めるのだった。
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