第三十七話 失われていくもの。繋いでいくもの。
地下通路に仕掛けた『粉塵爆発』や『魔石地雷』の発動により、タスケたちは、魔王軍に確実なダメージを与えることが出来た。
その代償として……リラは命を落としたが、彼女によって四……三天王の二人であるフォロビとモルティーを討伐し、その他多くのモンスターを殲滅できたのだ。
しかし、まだ戦いは終わらない。勇者たちも、タスケも、リラを失った悲しみに暮れている暇などないのだから。
地下通路には、まだモンスターがうじゃうじゃいて、その奥にはすべての元凶である魔王がいる。
「タスケさん。そろそろでしょうか?」
「うん。さっきの爆発で地下通路は死屍累々だけど、それを掻き分けて進んで来てる。五百万体くらいいたのが半分以上倒せたから、二百五十万体はいるね」
「ふむ。相手にも不足なしだな」
「空にも意識を飛ばしてみたんだけど、空中のモンスターたちもそろそろマドブルクに辿り着きそうだ。粉塵爆発の報せを聞いたのか、気持ち急いでるっぽいね」
地下通路から出てくる魔物たちの殲滅は、カゲツとマオに掛かっている。
どうか……他のみんなは死にませんように……!
そんなタスケの願いを打ち砕くかのように、魔王軍が士気を上げた。
「進め!地上にいるであろう勇者どもを倒すのだ!」
「ウィー!!」
他の魔物の亡骸を蹴飛ばして進んで行く魔物たちに、タスケは不快感をあらわにした。なんて惨忍なんだ。君たちだって、仲間だったはずだろ。
「魔物たちには、仲間を思いやる気持ちなんてないのかな……」
「ないだろうな。あの魔王、魔物たちを捨て駒としか思ってなさそうだし」
「そんな……それってあんまりだよ」
「にしてもタスケお前、魔物に気を遣ってどうするんだよ。敵だぞ奴らは」
「わ、分かってるよ。ちょっと気になっただけ!」
そうだ。イトウの言う通り、人々を脅かす魔物たちに同情なんて……する必要ないんだ。
地下通路のモンスターたちが、開けた出口にずんずんと向かっていく。
「いよいよ地上に差し掛かってる!カゲツ、マオ!投石器の準備は!」
「問題ない!いつでも発射できるぞ!」
「このインターバルの中でも、毒団子を量産しておきましたから……リラさんの仇、絶対に取ってみせます!」
リラとマオは、正反対の性格だった。でも、同性ということもあって、二人にしか分かり得ないこともあったはず。
きっとマオが一番堪えているんだ。
『あんたたち!そんな湿気た面してんじゃないわよ!』
リラの声が、僕らの心の中に響く。いつもの、強い勝気な声。
そんなタスケの心境を薙ぎ払うかのように、意地の悪そうな声が飛んできた。
「よっしゃあ!久しぶりのシャバの空気は美味いぜぇ!!」
そう言って我こそはと先に出てきたモンスターに向けて、カゲツとマオは投石器を起動した。
「ふふっ。モンスターの皆さん、お勤めご苦労様です。さようなら」
「ギャアアアアアッ!!!」
そして、二人は容赦なく毒団子をぶつけていく。さすがマオの調合した毒団子……かなり効いている様子だ。
「カゲツさん。さすが力持ちですね。重機の扱いがお上手で」
「マオのコントロール魔法で見事に魔物に直撃しているぞ。さすがだ」
互いを褒め合いながら、ナイスコンビネーションを見せるカゲツとマオ。二人を『毒団子係』にして正解だったな!(※もっと他のネーミングあっただろ)
再び混乱に陥る魔王軍。さすがの魔王も焦りが前面に出ている状態で、モンスターたちを捲し立てている。
「次は何が起こっているんだ!」
「地上で攻撃を受けている模様です。あ、落ちてきましたね。魔王様はこちらでお待ちください」
毒攻撃を受けた魔物が地下通路に落ちてきたようで、グリダが見に行く。
「……ふむ……。毒を喰らっていますね。これは」
「毒!?勇者の奴、そんなものを持っていたのか!?」
「しかもこの毒……解毒がしにくいように調合してあり、モンスターに有効なものです。まさかそんな知識まで持っているとは……大した賢者ですこと」
僕たちが毒を使って攻撃してくることまでは、魔王軍の頭脳であるグリダも予期していなかった様子だ。
というか、毒の調合についてはマオの案で、僕は何もやってないんだけどね……。
「ここは我が行くしかないようだな。この魔王・ヴリトラ様の力を見せつけてやらねば」
「いえ、魔王様。ここは私がやります」
グリダが地下通路を抜け、地上へと出てきた。正直、グリダの力量は未知数で、どんな攻撃を仕掛けてくるのか分からないのだ。
「破壊魔法……グリドラッシュ!」
グリダがそう唱えた瞬間、森の木が消し飛ぶ。目の前の景色を理解するのに、少し時間がかかってしまった。
「……は?」
ようやく土煙の中、間の抜けた声が、佇むゴースケの喉から出てくる。何が起きた? いや、そんなことよりも……。
「カゲツ!?マオ!?」
二人の無事を、僕は必死に祈った。リラだけじゃなく、もう仲間を……友達を奪わないでくれよ……!
そんなタスケの願いは、見事に壊されてしまった。
「っ……嘘だろ……カゲツ!目を開けてくれ!!」
森の木もろとも、毒を乗せた投石器は破壊された。なんだよ今の威力……魔石を暴走させたわけでもないのに……リラの魔法以上だったぞ……!?
カゲツはマオを守るように覆いかぶさったまま動かない。今の爆風の影響だろう。
でも、マオはなんとか生きているかも! 頼む! 返事をしてくれマオ!
「タ、スケさん……」
「マオ!良かった!生きてるんだね!」
「いえ……もう……無理だと……」
よく見ると、マオの足は両足とも無かった。さっきの爆風の影響を、もろに受けたのだろう。
おびただしい血の量が……マオの痛みを嫌というほど伝えてくる。
「タス……ケ、さん……カゲツさんは……もう……息をしていません……それに……私も……」
「マオ!まだ助かる可能性はある!諦めないでよ!」
「……自分が……一番分かるんです……。もう私は……助かりません」
「そんな!リラもカゲツもマオも……僕は助けられないの……!?」
くそ! やっぱり僕にも回復魔法が使えていたなら……みんなを助けられたのに!
「タスケさん……あなたに託します……私、言うほど戦えないので……いろいろと街に置いてきました……毒の残りもあります……だから……」
「マオ……諦めないでってば……!」
「あなたなら……私が今まで盗んできたものも……有効活用してくれると……信じてますから」
「っ……!」
「私がここまで信頼する人……あなたが初めてなんですよ、タスケさん」
「っ、マオッ……!」
「タスケさん……最後に……ひとつだけ……聞いて……」
「……聞くよ。なに?」
マオが言い放った言葉に、僕は心底驚いた。
血で染まった彼女の唇が、確かに「好き」と言ったのだ。
「あなたには……既にあの子……マーリアさんがいるので……諦めてましたが……どうしても伝えたかった……。初めて、でしたから……人を、好きになるのなんて……」
「マオ……」
あの子とは、間違いなくマーリアのことだろう。目の前でキスしていた僕たちを……彼女はどんな心境で見ていたのか……。
リラだってそうだ。飛ぶ前に、僕に好きって……。
「ごめんね……辛い思いと、痛い思いをさせて……」
「タスケさん……胸を、張って……私は、あなたの示す道を信じます……」
僕の声の方へと伸ばしていたマオの手が、次第に地面へと落ちていく。
「総仕上げと行きますか……火炎魔法……グリメイア!」
タスケの背後から、魔法を唱えるグリダの声が聞こえてきた。辺りは一瞬にして火の海に包まれ、リラ、カゲツ、マオの亡骸を飲み込んでいく。
「やめてくれ……やめてくれよ……!」
「魔王様。勇者パーティの三人を仕留めました。まあ、魔法使いは自爆していたようですがね」
「うむ……よくやったグリダ」
「しかし、こちらの痛手も大きいものです。毒に耐性のある者たちは無事のようですが、ほとんどやられました。いかがいたしましょう」
「全魔物に告ぐ!動ける者はマドブルクへ迎え!そして、空襲と地上攻撃で畳みかけるのだ!!」
毒に耐性のある魔物たちが、マドブルクの方向へと突き進んでいく。
その時だった。
「っ!!?何!この小娘っ!離しなさい!」
「っ……盗賊なのでっ……盗み切らなきゃ……気が済まない性分ゆえっ……」
リラとカゲツは完全に燃え尽きていたが、マオだけがグリダの足にしがみついていた。
彼女は盗むための素早さに特化しており、変わり身の特技なども身に付けている。
マオはブツブツと、何やら呪文を唱える。
「私にだって……攻撃魔法くらい……使えますからね」
「っ、この小娘っ……!」
「共に散りましょう……四天王!」
マオの言葉とともに、紫色の光が放たれた。
あれは……魔石の暴走!? まさかマオ、自分の身体に魔石を仕掛けて……!?
「あ……が……!」
グリダは特に足に大ダメージを受けたようで、その場にへたり込んだ。あれじゃ移動もままならないだろう。
最期の力を振り絞って、マオが作ってくれた勝ち筋……無駄にはしないよ。
「グリダ!何が起きた!?」
「……申し訳ありません。……魔石暴走による自爆を盗賊の少女によって、足を負傷いたしました。魔王様もどうかお気を付けて」
「くっ……グリダまで……」
「思った以上に厄介な奴らですね……。ですが、残る大戦力は勇者のみ……奴を討ち取れば我々の勝利は確定でございます」
「そうだな……。そしてそろそろ、空襲が始まる……!」
魔王の言葉を聞いて、タスケは本体に意識を戻し、イトウに声を掛ける。
「イトウ!皆さん!そろそろ空中から魔物の大群が来るぞ!」
「分かった!カゲツとマオは無事か!?」
「……悪い。また、守れなかった……」
「くっ……。だが、俺は戦う!三人の気持ちを背負っているんだ!」
「イトウ……!」
「まあ、まずは空中の敵の殲滅だな。タスケはどこかに隠れてろ」
「あぁ!魔王が地上に出てくるタイミングで、また合図するからな!」
「おう!」
流石は勇者……イトウは強いな。力はもちろん、心も。
仲間を失っても、前を向いている。僕も見習わなくちゃ。
「絶対に倒してやる……魔王ヴリトラ!!」
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