第三十六話 勇気の魔法使い・リラ
一方の魔王軍は地下通路をずんずんと進んでいる。数は先日のマドブルク侵攻時の百万体もの数を超えている。
これに空から攻めてきている魔物をプラスすると……大雑把に数えても五百万体か……。
ん? なんでそんなことが分かるのかって?
何を隠そうゴースケ様は、なんと! 魔王ヴリトラの影に入っているのだ!
「お前たち、気を抜くでないぞ」
「はーい!」
「フォロビ、お前はうるさい」
先頭にいるのはフォロビという、三天王のひとり。大きなトカゲのような姿の魔物だ。
大きくて怖そうな見た目とは裏腹に、穏やかな口調と頭の悪さが特徴的。
「むむぅ!?なんか僕、ディスられた気がする!」
「あんたは常にディスられてるだろ。フォロビさん」
「そんなぁ!酷いなぁ……」
部下であるモンスターにすら、あしらわれているフォロビ。
本当にこいつら、大規模な侵攻をしに来ているのか?会話が呑気すぎるというかなんというか……。
「タスケ。魔王軍の様子は?」
「あぁ……まぁ、確実に進んできてるよ……」
「なんでそんなに呆れているんだ?」
「いや……思ったより危機感が無いんだよね、魔王軍」
「マジかよ……俺たちのこと、甘く見ているのか?」
「それもあるかもね……どっちにしろ油断は禁物だよ」
まだまだ深い夜の帳の中。地下から侵攻してきている魔物のほとんどが夜行性だから、夜のうちに始末したいんだろうな。
「リラ。準備はいい?」
「……っ」
「リラ?顔色が悪いぞ?」
「へ、平気よ!これは……その……っ、また武者震いってやつよ!」
「多いなお前は、その武者震いが」
投石器に乗って待機しているリラは、身体を震わせて顔色も青ざめている。
そりゃあ、怖いよな。僕もリラの立場にいたら……怖い。なんなら失禁しているかもしれない。
「大丈夫……大丈夫……この前だって、上手くいったもの……大丈夫……」
自分に言い聞かせるように、『大丈夫』という言葉を繰り返すリラ。
きっと昔から彼女は、そうやって自分を鼓舞していたのだろう。怖くて、誰も味方になってくれない状況で。
そんな彼女の手を、僕はそっと握った。
「タ、タスケ!?」
「リラ。僕からは……頑張れとか、応援してるとか、そんなことしか言えないけれど……君の勇気で、多くの人を助けられるはずだ」
「……タスケ……」
「だから、一緒に乗り越えよう!リラは一人じゃないよ!」
「っ……!あんたって本当に……」
リラは何かを言いかけて、正面に向き直った。もう震えてはいないし、いつもの強気な表情に戻っている。
よかった。いつものリラだ。
さて……魔王軍の様子はっ……と……。
「フォロビ。どの辺りだ今!」
「えーっと、なんか~、フルーツのいい匂いがするところです!」
「果樹園地帯か……」
なんだその索敵方法……急にアナログだな方法が。
恐らく、魔龍ヒュドラが地中の移動が出来ないのだろう。嗅覚の優れている(食欲旺盛なだけ?)フォロビに、地上のどの辺りまで来ているのかを確認させているようだ。
冒険者がクエストの一環として、マドブルクの街近くの果樹園に行くことはよくある……。あの果樹園地帯にいるということは……割と近付いてきているな。
「今は果樹園地帯の地下にいるみたい」
「果樹園地帯……結構近いな。そろそろリラを飛ばすか?」
「いや、まだ早い」
魔王軍の先陣を切っているフォロビの特技は『火炎の息』。フォロビが火を吹いたタイミングと、リラの炎魔法のタイミングを合わせて、とんでもない粉塵爆発を起こしたいのだ。
そのためには、もう少し魔王軍を寄せ付ける必要がある。
「そろそろスキルを使って『奴ら』を誘導する!僕が合図をしたら、投石器を操作してくれ!」
「分かった!」
僕は魔王の影から他の魔物の影へと飛び移って行き、先頭近く……フォロビのいる辺りへと辿り着く。
そして、息を吸い込んだ。
「おい!なんだか物音がしないか!?もしかして地下通路の存在がバレたんじゃ!?」
「何だってー!?」
「嘘だろ!?もう!?」
タスケは魔物のひとりの振りをして、少し声を作り、魔王軍を焦らせていく。
「今の発言は誰ですか。確証も無いでしょう」
「でも、確かに物音が上からする!掘られてるのかも!」
「よし、スピードを上げろ!」
グリダは僕の発言に疑っている様子だったが、魔王の命令で魔物たちの動きが速まる。
「よし!もう少しで出口だぁ!」
フォロビが狙い通りの位置に辿り着いた瞬間、タスケは街の投石器を動かすイトウに合図を送った。
「今だ!リラを飛ばせ!」
「リラ!行くぞ!!」
「……タスケ。好きよ」
投石器を三人がかりで操作し、リラが上空へと飛んで行く。
って、え? 今、リラ……好きって言った!?
「魔王様ー!出口が塞がれてますぅー!」
「なんだと!?もう対策をされたというのか!」
「……もしくは、元々されていたんですかね」
「何!?フォロビ!お前の炎で出口を開け!」
「はい!必殺!フォロビロブレス!!」
魔王の指示によって、フォロビが口から炎の息を吐く。計画通り。
「今だ!リラ!」
「……絶対に魔王をやっつけてよね……あんたたち」
「げぇ!?キミ誰ー!?」
「……カミカゼ・フランベ!!」
フォロビの炎の息と、リラの炎魔法によって、目論見通りの粉塵爆発が起きた。
「ギャアアアッ!!」
「フォロビ様!!ウワアアアッ!!」
粉塵爆発によって、先頭にいたフォロビを含めた魔物たちは大ダメージを受ける。
「グッ……僕はもう……」
「フォロビ様ー!!」
フォロビが咄嗟に背中の翼を広げ、後衛の魔物たちへのダメージを減らしたらしいが、フォロビはその場に倒れた。
しかし、これで終わりではない。粉塵爆発によって、地下通路付近に仕掛けた暴走魔石による地雷が発動。
「ギャアアアアッ!!!」
「ウオオオオオッ!!!」
「な、なんじゃこの爆発……ウギャアアアアア!!!」
後衛の魔物たちもどんどんダメージを受けていく。四天……三天王のひとりであるモルティーも巻き込み、魔王軍の地下通路は倒れたモンスターだらけになった。
「なんだこれは……一体どうなっている!!」
「フォロビさんはやられましたね。モルティーさんも恐らく……」
「いつの間に仕掛けられたんだ!?地下通路に人間が立ち入れば、即座に警報が鳴るはずだぞ!?」
魔王軍は相当焦っているな……実に攻め込んできた半数以上の魔物を、一網打尽にしたんだ。
でも、リラの炎魔法、元々強力だったけれど……あんなに強かったっけ? 唱えていた呪文も、いつもと違ったような……。
「……ケさん、タスケさんっ!!」
「わっ!?どうしたの!?マオ!」
マドブルクの近くの森の中に飛ばしていた意識が、マオの叫びを拾う。
マオがこんなに叫ぶなんて珍しい……一体どうしたんだ……?
「リラさんが……っ!」
「!?リラ!?どうしてこんな状態に!?」
僕は目を疑った。
カゲツとマオの傍に、全身に大火傷を負ったリラが横たわっていたから。マオが必死に回復魔法を掛けているようだが、傷が大きすぎて間に合っていない。
「これは恐らく、自爆魔法『カミカゼ・フランベ』です……!」
「我も魔法に明るくはないが……そうとしか思えないな……」
「じ、自爆魔法……!?そんな!どうして!」
「っ……タス、ケ……声、だけ……聞こえ、る……?……スキル……よね」
「っ、リラ!喋っちゃダメだ!!」
「リラさん……まさか、確実に粉塵爆発を起こすために……自爆魔法を使ったんですか……?」
「あたし、にしか……この魔法……使え、な、いの……禁止……魔法、だから……」
「そんな……リラの炎魔法なら、十分強力なんだから、自爆なんてしなくても良かったはずだろ!?なぁ、リラ!!」
ゴースケの状態じゃ、リラの手を取ることすらできない……!
リラ……! 頼むから生きてくれよ……!
「……賭けたのよ……あんたに……」
「リラさん……っ」
「リラ……!」
「絶対に倒しなさいよ……魔王、を……」
リラは薄っすらと開いていた瞳を閉じてしまった。意識だけでは、鼓動も呼吸も感じられないけれど……。
「……息……してません……脈も……止まって……」
「そんな……リラ……っ!」
マドブルクの街にいるタスケの本体は、膝から崩れ落ちた。
「タスケ!?どうした!」
「……イトウ……。リラが……死んだ」
「……は!!?」
「ごめん……僕のせいだ……。やっぱり、リラを投石器で投げるなんて判断、しなければ……」
僕がそう言った瞬間、右頬に痛みが走る。
目の前には、涙目のイトウがいて、打たれたのだと即座に判断した。
「バカ!あの作戦はリラの考えた作戦だ!それを無碍にするな!」
「イトウ……!」
「リラに託されたんだろ!あいつ、飛ぶ前に言ってただろ!『絶対魔王を倒せ』って!いつもの強気な顔でな!!」
「っ!!」
「リラは命を賭してまで、お前に、俺たちに意志を託したんだ!!そんなリラの思いを、お前は無駄にする気か!!」
イトウの目からは、ポロポロと涙がこぼれている。当初は俺様気質な奴だと思っていたけれど、本当は仲間思いで、たまにヘタレで、根暗な……そんなイトウが、僕を鼓舞してくれている。
「泣いている暇なんて、俺たちには与えられていないだろ!」
「っ……そう、だね……」
イトウに腕を引っ張られ、僕は立ち上がる。
「リラの思いを無駄にはしない!!カゲツ!マオ!そっちは大丈夫!?」
さっきまで悔し気にしていたカゲツと、泣き崩れていたマオに、タスケが呼び掛ける。
「我々は大丈夫だ。リラの思いを確かに受け取った!」
「リラさんのためにも、魔王を倒しましょう!」
やっぱり、勇者パーティだからか、みんな強いな。
「リラ……他のみんなは、絶対に死なせないからね。見守ってて」
僕は拳を天に突き上げ、大きく息を吸い込んだ。
まだ戦いは、始まったばかりである。
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