第三十五話 狼煙を上げろ
魔王軍侵攻が翌日に迫った今日。
罠や人員の配置、投石器の試し撃ち、さらにスキルを使った索敵など、決戦前の『最終確認』を重点的に行った。
最終決戦に向けて、体力を温存しておくために早めに解散。そんな僕を気遣ってか、ベルベットさんはいつも以上に豪華な食事を準備して待ってくれていた。
美味しい食事でお腹は満たされていくが、なんだか心は満たされない。
「……ケ?……タスケ?」
「っ!?わっ!ご、ごめん。何?マーリア」
「いえ……上の空だったものだから……」
マーリアの呼ぶ声への反応が遅れるほど、僕の頭は明日のことでいっぱいだったらしい。
総動員で、万全に対策をしているつもりだけれど……やっぱり不安だぁぁ!! 僕とイトウたち、更に他の冒険者たちも巻き込んで作戦を練りに練ったけれど……何処か落とし穴があるんじゃないか……?
いや、そもそも作戦が上手くいく保証も無い……。
「明日のことですか?」
「えっ、なんで分かるの!?」
「タスケが考え込んでいる時は、だいたい魔王との戦いのことですから」
そう言って、くすくすと笑うマーリア。やっぱり、マーリアには敵わないな……。
「そんなに魔王のことばっかり考えられると、流石の私も嫉妬してしまいますよ?」
「え、えぇ……?」
マーリアはそう言いながら、食卓に並ぶスープに手を伸ばす。そして、悪戯っぽく笑った。
あれからマーリアは、僕に少し甘えるような行動が増え、仕事も無理なくこなしているらしい。
以前のように、締め切り前に目の下にクマを作るようなオーバーワークはしなくなった。
でも、もっとみんなが……マーリアが安心する世界にしなくちゃ。
「僕が魔王を倒そうとしているのは、マーリアと平穏な日々を送りたいからだよ」
「タスケ……」
「マーリア、約束するよ。僕は必ず生きて帰ってくる」
「ふふ……信じています」
マーリアはようやくいつもの微笑みを見せてくれた。
そうだ。僕は、マーリアのこの笑顔を守らなくちゃ。
……ん?待てよ?今のって……。
「って、あああ!!」
「きゃっ!?突然叫び出してどうしたんですか!?」
「今の僕の言葉……死亡フラグだよ!『必ず生きて帰ってくる』なんて言ったら、大抵死んじゃう!!どうしよう!!」
「もう……何かと思えば……」
呆れた様子で僕を見るマーリア。今日の僕は、感情が忙しい。
「タスケはもっと自分に自信を持ってって、いろんな人に言われませんか?」
「言われるけども……なんなら今日もイトウに言われたよ……」
「私はタスケのそういうところが好きなんです」
「……そういうところ?」
「自分の力量を分かったうえで、行動が出来るところ。勇者様は自分の力量を過信しすぎて負けていたでしょう?そういった部分では、タスケの方が勝っていますよ。だから、私からも言います。どうか自信を持って」
いつの間にか、マーリアは僕の傍に来ていて、優しく僕の手を取った。そして、そっと唇を寄せる。
わぁ……僕、女の子だったら惚れてた……。って、男としても彼女には惚れてるんだった。
「ふふ。元気出ました?」
「でっ、出た!出ました!」
「なら、食事の続きをしましょう。そうそう。後で冒険着を預からせてくださいね。最終決戦の前に、手直ししますから」
「うん!ありがとう!マーリアの作ってくれた冒険着、とっても着心地がいいんだ!」
そうして、楽しい夕食の時間があっという間に過ぎて行った。帰ってきてすぐに風呂は済ませたため、冒険着をマーリアに預け、僕は早めにベッドに入る。
《スキル発動!》
向かうはもちろん、魔王城だ。
「いよいよだ。皆の者、準備は整っているか?」
「はいっ!僕、いっぱい食べ物持ちました!」
「バカかお前は!武器を持て武器を!!」
「すみましぇん!」
早速怒られている三天王のひとり、フォロビ。バカそうだけれど力は強いし、確か火を吹くんだっけ。
リラの炎魔法と同時に火を吹かせれば……。
「魔王様!お守りでザキル殿の秘蔵写真を持って行ってはダメでしょうか!?」
「バカかお前も! 置いてけ! っていうか、なんでそんなの持ってるんだ!!」
「ごめんなさいっ!」
モルティー……あいつは確か老人ながら筋肉量が異常で、罠をぶっ壊される可能性がある。
フォロビとモルティーは、先に倒すべきだな。
「グリダ!こいつらをどうにかしろ!」
「かしこまりました。フォロビさん、食べ物は戦う前に食べてしまいましょう。荷物になります」
「はぁい……」
「モルティーさん、ザキルさんのその写真は没収です。同じ女性として許せませんので」
「そんなぁ!ワシの生きがいじゃったのに……」
「勇者たちを倒せば、あの強気な魔法使いも、無表情な盗賊も侍らせることができるんですよ?」
「そうじゃった!」
魔王軍の頭脳は、間違いなくあのグリダだ。曲者でしかないフォロビとモルティーが、あっという間に言いなり……。魔王の次に、モンスターたちを掌握していると言っても過言じゃないな……。
フォロビとモルティーは、比較的問題なく倒せそうだが……。
三天王の対処について考えを巡らせていると、魔王の間が更に騒々しくなる。
「魔王様っ!魔王様っ!」
「なんだ騒々しい」
「マドブルクに続く地下通路を解放いたしましたヨっ!どうしますか!?」
ついに解放したか……さて、どう出る気だ?
魔王の様子を伺っていると、魔王が玉座から立ち上がった。
「この魔王城の全魔物に告ぐ!直ちに戦闘態勢を整えろ!準備が整い次第、地下通路から侵攻開始だ!空を飛べる魔物は出発しろ!」
魔王城とマドブルク付近の森に繋がる地下通路は、二つの地域を繋ぐ最短ルートでもある。上空から攻撃を仕掛ける予定の魔物たちは、今から出発しなければ間に合わないだろう。
でも、そのことも把握済みなんだよなぁ。
「遠距離部隊の皆さん!起きてますか!」
僕はマドブルクの遠距離部隊たちの方向へと残り四体のゴースケを飛ばし、声を掛けた。
「わあ!タスケ様!」
「魔王軍の空中部隊の侵攻が近づいているので、いつでも攻撃出来る体制を整えておいてください!」
「分かりました!」
遠距離部隊の冒険者たちの休息は、早いうちからさせておいたんだ。すぐに戦闘態勢に入れるようにね。
「……魔王様。マドブルクに動きが無いか、ヒュドラを通して確認しておいた方がいいのでは?」
僕がほくそ笑んだのも束の間、グリダがとんでもないことを言い出した。
しまった! 今マドブルクの様子を見られたら……!
「……むむ。戦闘準備をしている……?」
「地下通路からの侵攻も始めてしまいましょう」
「そうだな。全魔物に告ぐ!予定より早いが、地下通路からの侵攻を開始する!」
くそっ! そうそう思い通りに進まないことも考えてはいたけれど……!
「……そう簡単に、思い通りにはさせませんよ。勇者パーティの賢者」
ゴースケが入り込んでいるランプの影の近くに、グリダが歩いてきたかと思えば、そんなことを呟いた。
こいつ……僕の存在に気付いてる……!? いや、そんなはずはない!
それより!!
タスケはまず、寝ているであろう勇者たちを、無理矢理起こした。
「イトウ!リラ!カゲツ!マオ!戦闘準備だ!!」
「うわっ!?びっくりした!」
「ちょっと!言っていた時間より早すぎない!?」
「事情が変わった!魔王軍が地下通路侵攻を始めようとしている!カゲツとマオは急いで森へ!イトウとリラも戦闘準備!」
「了解した!」
「いよいよですね……!」
あと、他の冒険者たちも起こして……マドブルクの人々を地下シェルターに避難させなくちゃ。
「皆さん!起きて!魔王軍が攻めてきます!!」
僕はマーリアが手直ししてくれた冒険着を急いで着て、生身の身体で街中に叫んだ。眠そうに目を擦る一般住民たちを避難させるのが先だ。
「タスケ……」
「マーリア。ごめんね、いきなり起こしちゃって」
「いえ……ただ私は、貴方のことが心配で……」
「大丈夫。言ったろ?必ず戻って来るって。ほら、ベルベットさんと一緒に、マーリアも地下シェルターに入って待ってて?」
「……絶対に、帰ってきてください。約束よ?」
「うん。約束」
僕はマーリアと口づけを交わし、地下シェルターに入って行く彼女とベルベットさんを見送る。
「……よし。頑張るぞ!」
タスケは指揮を執るために、その場を駆け出した。
「……失恋、ですね」
「……別に、あたしはあいつのことなんて何とも思っていなかったし……」
「そうでしたか。私は好きでしたよ。タスケさんのこと」
「……よくもまあ、あんたは堂々と言えるわね……。ていうか、マオは森に行くんでしょ?早く行きなさいよ」
「分かっています。それでは。リラさんもどうかご無事で」
カゲツとマオは、森の投石器の操作と、地下通路から出てきた魔物たちの殲滅を担当。
リラは地下通路の粉塵爆発を起こすため、投石器によって上空へ飛び上がり、カゲツたちの加勢に入る。
そして魔王が地下通路を通り、姿を現したときにリラと同じく上空から現れたイトウ・グレートがとどめを刺す。
どうか、どうか順調にいきますように……!!
非戦闘要員であるタスケは、ゴースケを使った的確な指示をしつつ、見守ることしかできない。
それでも、自分の身くらいは守らなければ。マオに頼んで毒を塗ってもらったナイフを、腰ベルトのポケットに忍ばせているが……。
互いに頭脳派がいる勇者たちと魔王軍。果たしてどちらに軍配が上がるのか。
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