第三十四話 絆とともに
毒団子を量産した翌日。魔王軍侵攻の日まで、あと二日である。
『今日も魔王軍対策をしよう!』と五人で意気込んでいた時、ゴメスが何かを運んできた。
しかも……三台!?
「ゴメス……この馬鹿でかい戦車みたいなのは一体……?」
「よお、タスケ!こいつは投石器っていうんだ!」
「簡単にいえば、石を投げる兵器だよ。あんたたちがギルドで何やらやってる間に、あたしたちで作ってみたんだ」
「いやお前は指示しただけだろうが!」
ゴメスとテイラーが『投石器』という兵器を作ってくれたようだ。
「俺は近距離パワー型だが、こういうので遠距離攻撃できると思ってな!」
「ゴメスにしてはいいこと思いつくだろ?こいつ脳は無いけど力はあるからね。昨日のうちに三つも投石器を作っちまった」
「お前はいちいち一言余計なんだよ、テイラー!」
とりあえず、この二人はさっさと結婚してほしいな。魔王との戦いが終わって結婚式に呼ばれたら、全力で祝福してやろう。
それよりも、大きな投石器が三つ、僕たちの目の前に並んでいる! 僕は、マオと顔を見合わせた。
「……最っ高だよ!!ゴメス!テイラーさん!」
「これでさらに効果的に毒団子が使えますね!!」
「ど、毒……?お前らそんなおっかねえモン作ってたのかよ!」
投石器の本来の使い方とは違うけれど……正確に打つことができれば、モンスターたちを確実に毒状態に……!
こうも順調だと、作戦を練るのが楽しくて仕方ない!
「でも、問題はどこに配置するかですね」
「……それを考えていなかった……」
マオの冷静な一言によって、僕の高揚した気持ちはダダ下がった。目に見えて、がっくりと肩を落とす。
遠距離攻撃ができる戦闘要員用に準備した足場は、どれも高い位置。ゴメスが張り切って作ってくれたこの投石器は、例えるなら自衛隊の戦車くらいの大きさだ。
ここ二日で冒険者の有志たちが作ってくれた、攻撃用足場に投石器を設置するのは困難だろう。それに、人員の配置も既に決めているし……。
「まず一つは地下通路のある森に配置するべきだよね……いや、でもこれだけ大きいと、すぐに壊されてしまうかも」
「あの森にも死角があるはずです。それを探しましょう。残り二つは街に仕掛けておくとして、場所ですね」
「……あのさ、あたしにひとつ提案があるんだけど」
タスケとマオが、投石器の配置について話していると、リラが口を挟んだ。
あまり作戦の話には入ってこないリラが、珍しい……。
「投石器の一つを使って、イトウを投げればいいんじゃない?」
「……はぁ!?俺!?」
「魔王だって、空中から勇者が来るなんて思わないはずよ。なんなら、あたしのことも投石器で投げていいわ。あたしの魔法で空中攻撃してみせる!」
なんとも脳筋な作戦。だが、斬新だ。大胆不敵な性格のリラならではの発想に、タスケは思わず笑ってしまう。
「ちょっと!何笑ってるのよ!あたしは真剣よ!」
「あはは、分かってるよ。リラらしい作戦だなって」
「むぅ……!バカにされてる気がする……タスケのくせに!」
「ふふ。でも、リラさんの作戦、私はいいと思いますよ。一つの投石器で毒をどんどん投げつけて、他の投石器でイトウさんとリラさんが飛ぶ。まあ、地下の粉塵爆発作戦もあるので、リラさんが先に飛ぶことになりますが」
「やってやろうじゃない!あたしたちは、あのモンスター百万体をぶっ飛ばした爆発でも、一度死にかけたのよ?こんなことで怖気づくなんて……」
「リラさん、足震えてます」
「うるさいわね!武者震いよ!」
本来怖がりなリラからすれば、自分が投石器で投げられるなんて……バンジージャンプよりも怖いかもしれない。
異世界でなければ、無茶でしかない作戦だ。いや、異世界であっても無茶だった。
返り討ちの可能性だってあるが……魔王たちの予期せぬ攻撃になるのは確かだ。
「俺は構わん。魔王を倒すためなら、投げられてもいい」
「イトウ……」
「当初、リラさんは森の中の待機予定でしたが、粉塵爆発に巻き込まれる可能性もありますからね……。リラさんをすぐにその場から避難させるために、カゲツさんを配置する手筈でしたが……」
「確かに……爆発に巻き込まれる可能性を考えると、リラの作戦の方がいいのかもしれないね……」
果たしてどちらが得策なのだろうか。粉塵爆発を起こす時点で、危険度はそこまで変わらないような気もするけれど……。
「……だって、折角ゴメスのおっさんたちが作ってくれたのよ?作戦に有効活用したいじゃない」
「!リラ……」
そうか……リラはゴメスたちの努力を無駄にしたくなくて……。
「おい!おっさんとはなんだ!おっさんとは!」
「くっ、あはははは!リラちゃんからしたら、あんたはおっさんだろ、あんたは!」
リラの言葉に怒るゴメスと、笑い飛ばすテイラーさん。そうだよな。こんな大きな投石器を三つも作るなんて……大変だったに違いない。
「僕は、リラの作戦がいいと思う!ゴメスたちの努力を無駄にしたくないよ!」
「……まあ、タスケさんならそう言うと思いましたよ」
「我も賛成だ」
「俺もだ。まずはどこまで飛ばせるかの確認をするか?」
「飛距離次第で配置は変わりますからね。何を投げます?」
「投石器なんだから石だろ」
「森の方にはいかないようにせねばな。確か魔王軍に通知が行くんだろう?」
ふとリラの方を見ると、ホッとしたような表情だった。昨日、辛い過去を打ち明けてくれた彼女も、変わろうとしている。
「リラ。ありがとう」
「……はっ!?急に何よ!」
「リラの意見で、完全に流れが変わったんだよ。自分の意見を言うことだって、とても怖いもんね。僕は君のこと、心から尊敬するよ」
「……っ、タスケ……」
「……あのー。投石器の飛距離確認、しないといけないんですが」
「あぁ、ごめんごめん!今行く!」
マオに呼び掛けられて、僕は投石器の方へと駆け出す。後からついてきたリラは、耳まで赤くしていた。
「なんというか……タスケはつくづく罪な男だよな」
「えぇ!?どうして!?」
「そういうところだ」
イトウは呆れたようにそう言うが、僕には特に罪なんて犯した覚えがない。
無意識に何か悪いことでもしてしまったのかな……? それはそれで申し訳ない……。
「ふむ……実に四百メートルは飛んだか?」
「でしたら、森のここに配置して……」
「木が邪魔にならない?」
「なら、投石器に迷彩しようぜ」
「街の投石器、残り一つはあえて森とは逆方向に配置しないか?」
五人で様々な意見を出し合い、投石器の位置決め、そして、投石器の迷彩を進めていく。
森の中の投石器には、葉や枝を敷き詰めていって、森と同化させた。その周りにはマオが何やら粉を撒いた。
「マオ……それは?」
「転生前の世界でいう農薬です。狼や魔物は、これの匂いが大嫌いなんですよ。変に弄られないようにしておくために撒いています」
「マオはそういうことに詳しいね」
「……まあ、ダテに盗賊やってませんからね」
「関係あるのかな……」
農薬を撒き続けるマオの耳も、心なしか赤い。リラといいマオといい……どうしたんだろう。
そんな三人の様子を、少し遠くから眺めるイトウとカゲツ。
「カゲツは恋愛って興味あったか?」
「いや、空手一筋だった……イトウは?」
「ラノベでたまに見たくらい……だけど、あれくらい分かりやすかったら、普通気付くと思わないか?」
「それは我も思うが……」
「鈍感主人公かよ、あいつは……」
やれやれと首を振るイトウとカゲツの様子に、タスケはハテナマークを浮かべることしかできなかった。相変わらずの鈍感さである。
日が落ちてきて、今日は一旦解散することに。いよいよ明日が過ぎれば、最終決戦だ。
「上手くいけばいいんだけど……」
「何よ。あんた散々威張っておいて、今更怖気づいてるわけ?」
「い、威張ってなんかないよ!ただ、実感があまり……湧かないというか」
「それでも私たちのパーティの頭脳ですか? タスケさん」
「ず、頭脳か……!確かに魔王軍には賢者扱いされてるみたいだけど……」
「いいじゃないか、賢者!タスケにぴったりだ!」
「そうかなぁ……僕には大袈裟に聞こえるけれど……」
「タスケ。もっと自分に自信を持て。お前がいなかったら、我々はここまで来ていない」
僕は改めて勇者たちの顔つきを見る。
以前よりも無理をしていない笑顔の勇者、イトウ・グレート。
恐怖心を無理して押し込んでいた瞳の中に、本来の素直さと強さを見せる魔法使い、リラ。
出会った頃は一ミリも動いていなかった表情筋を緩ませている武闘家、カゲツ。
作り笑いじゃない微笑みを見せる盗賊、マオ。
「みんな……変わったね」
「タスケもだぞ。あんだけへっぴり腰だった癖に、今じゃ俺たちの指揮官気取りだ」
「指揮官気取りって!もっと言い方あるだろ!」
「バカね。あんたじゃなきゃ、あたしたちの指揮は務まらないわ」
「え……」
「戦闘に参加できないなりに戦おうとする姿勢。我は尊敬するぞ」
「っ……」
「あなたにだから、言えたんです。辛いことも、本音も。だから、胸を張ってください」
思わず、涙が零れた。くそ……こんなところで泣くはずじゃなかったのに。
僕は溢れ出す涙を袖で拭い、今日一番の笑顔を見せた。
「よーし!円陣組もうぜー!」
「ははっ、いいな!」
「えぇ~。なんか暑苦しい運動部みたいじゃないの」
「非常に懐かしい。賛成だ」
「ふふ。私は初めてです」
勇者パーティは手を中央に重ねていく。
「……号令誰がする?」
「いや、今の流れだとタスケだろ!」
「誰でもいいから早く!ちょっと恥ずかしいのよこれ!」
「我はそういう柄ではないからな……」
「もうイトウさんが言ってください」
こんなグダグダ感も、なんだか僕たちらしい。
「絶対魔王に勝つぞーーーっ!」
「おぉーーーーーーーーーっ!!!!!」
なんとなく確信しているんだ。僕たち五人が協力すれば、この世界を救えるかもしれないって。
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