第三十三話 魔法遣い・リラの密かな悩み
「三日後だと!?」
「足場作り間に合うの!?」
翌朝、タスケはイトウたちを集め、昨晩、魔王城で見てきたことを話した。
当然、僕とマオ以外は動揺している。
「落ち着いてください。これも作戦のうちです。明確な日取りを炙り出すための」
「そうだったのか……!」
「だが、早くこちらも攻撃態勢を整えなければならないな……」
「よおタスケ!勇者たち!」
神妙な面持ちの五人に向かって、力強い声が聞こえてくる。ゴメスだ。
「今日も気張ろうぜ!!」
「あんたは朝から元気だねぇ……痛たた」
「テイラー!二日酔いとは情けねえな!」
「なんだって!?あたしのパワーの源は酒なんだよ!仕方ないだろ!」
「ほらほら二人とも喧嘩しないで……今日も昨日と同じ段取りでよろしくね」
「オッケー!!」
「任せな!!」
「息ぴったりだな……」
元気(?)そうなゴメスとテイラーさんは、現場監督を買って出てくれている。主にテイラーさんがゴメスをひたすら動かして、みんなの行動を示しているだけなんだけど。
酒の力でテイラーさんが作業を実際にしている様子も何度か見掛けたから、彼女が二日酔いになるのも無理ないだろう。
昨日もスムーズに進めてくれていたから、現場は彼らに任せて大丈夫そうだ。僕たちは作戦会議に集中しよう。
「配置については昨日、マオと一緒に考えたんだ。地下通路から起爆させるために、リラには森の方を頼みたい」
「分かったわ」
「カゲツはリラの護衛と、地下通路から出てきたモンスターの殲滅だ」
「承知した」
「イトウは街の中の冒険者の指揮を頼む。僕は戦うことが出来ないから、身を隠しつつ索敵をする。そしてマオは……」
「当初の予定ではリラさんとカゲツさんとともに、森での戦闘に参加予定でしたが……少し変更してもよろしいですか?」
マオの役割を伝えようとしたところで、マオが口を挟む。
当初からカゲツとともに魔法に集中するリラを守るために動くという、魔導船の魔石暴走時のような作戦のはずだったけど……。
「何か考えがあるんだね?マオ」
「ええ。私、今朝もモンスターから盗みを働いてきたんですけど」
「またかお前は」
「飽きないわねあんたも」
「まあまあ。それで?」
「今回の作戦に使えそうなものを入手してきましたよ」
そう言って、マオは袋から複数もの草を取り出した。
「草……?」
「それは草だな」
「草生えるわね」
「そういうことじゃないですから。真面目に聞いてください」
「はい」
草には変わりないが、何やら黒ずんでいたり、紫がかっていたりと、身体に悪そうな色合いだ。
「これは間違いなく『魔草』です。魔王城の近くに同じようなものが生えているのを見たことがあります」
「魔草!?」
「魔草は人の住む地域とは正反対の、モンスターの巣窟によく生えている草です。そして、魔草の大半が、毒を含有しています。それも、しっかりモンスターに効く……」
「毒……!」
「試しにタスケさん。食べてみてください」
「嫌だよ。何だそのブラックジョーク」
なんと、毒を持った草を大量に盗んできたマオ。これは作戦に使う他ない!
「調合は私もしたことありませんが……やってみる価値はあります。それに、毒がモンスターにも効いてくれれば、魔王軍に大打撃を与えられるはずです」
「そうだね!ギルドで調合してみよう!アンリさんに聞けば、調合については分かるかもしれないし!」
タスケたち五人は、ギルドに向かうことにした。
そういえば、魔王城の何処かに毒の沼エリアがあったな……。そこではモンスターに毒なんて効いてなさそうだったけれど……。
丁度受付にいるアンリさんに、毒の調合について尋ねる。
「アンリさーん!ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」
「タスケさん。それに勇者の皆さんも。元気いっぱいですね……どうしましたか?」
「毒の調合をしたいんですが、毒関連の書物や道具はありませんか?」
マオはアンリさんに魔草を見せながら、毒の調合について聞き出している。毒の調合は、一発で魔草であることを見抜いたマオが、適任だろう。
「う~ん……最近は毒を使う冒険者が少ないもので……書物もギルドには軽度の毒調合のものしか無いんですよね」
「軽度かぁ……」
「魔王軍を相手にするなら、軽度な毒じゃ心もとないよな……」
「でも、ありがとうございます。読んでみますね」
「はい。あとは……過去に、毒を主に使っていた冒険者が置いて行ったという『調合用の小鉢』……こちらは貸出自由なので、どうぞお使いください」
「ありがとうございます」
アンリさんから借りた調合用の小鉢を使って、書物を開いて調合を始めようとしたときだった。
「ねぇ、これ使って」
「えっ?これは……魔導書?」
リラがある本をテーブルに置いた。マオは珍しく驚いた表情をしている。
……なんだ?魔導書って。
「魔導書ってなに?」
「あたしがいた集落にたくさんあった、魔法の指南書みたいなものよ。後半あたりに毒の調合方法も載ってるから、使って」
「リラさん……助かります」
「いいのよ。あたし今回、出来ること無さそうだし……外の空気吸ってくるわ」
「リラ……?」
魔導書をマオに手渡したリラだが、なんだか顔色が優れない……? ギルドを出て行った彼女の背中は、非常に小さく見える。
「マオ、ここは任せていい?僕、リラの様子が気になるよ」
「えぇ。行ってあげてください。タスケさんなら、リラさんのことも助けられると思いますよ」
「助ける……?」
「そうだな。俺もタスケには助けられてる」
「我もだ。行ってやってくれ」
「みんな……」
「助けてー!」ばっかり言ってて、事実助けられてばかりの僕が『助けられる』?
少し疑問に思ったが、三人の目は至極真剣。これに応えないわけにはいかないだろう。
「分かった!行ってくる!」
リラに続いて僕も、ギルドから飛び出した。探すのに時間がかかるか……? とも思ったが、そう遠くにはいっておらず、ギルドの裏で見つけた。
「うっ……うぅ……」
泣いてる……? 今は話しかけない方がいいのかな?
しかしリラは僕が草を踏んだ音で気付いたらしく、勢いよく振り返る。
「タ……タスケっ!?なんでここにっ……!」
「ご、ごめん……泣いているところを見るつもりじゃ……。でも、どうして泣いていたの?」
「あんたには関係ないじゃない!」
「関係あるよ!仲間なんだから!」
「……っ!」
いつも強気で、勝ち誇ったような笑顔が特徴的であるリラの泣いている姿なんて、今まで一度も見たことがなかった。
そんな彼女が泣くくらいなのだから、きっと相当の理由があるはず。三人にも任されてきたんだ。
リラのことを、助けなくちゃ。
「仲間なんだからさ、一人で抱え込む必要なんて無いんじゃないかな。それに僕、誰にも言わないよ」
「……」
現にイトウ、カゲツ、マオの事情も、誰にもバラしていない。僕は口の堅い男なんだ。ジェントル・タスケという二つ名もあるからね!
「……本当にあんたは……おせっかいというかなんというか……」
「あはは……そうかも」
「まあ、あんたに話すのが一番いいのかもね……。こんな姿、情けなくてイトウたちには見せられないし」
リラはその場に腰掛け、僕もその隣に座る。僕の持っているハンカチを渡そうかと思ったが、頬に伝う涙を自分の手で拭うあたり、なんとも彼女らしい。
「あたし……あんたのことバカにしてたけど……魔法意外はからっきしダメなのよ。戦闘においては、イトウやカゲツ……なんならマオの方が動けるわ。あの子の盗みは素早さがあってこそだもの」
「そういうのは職業柄じゃないかな。僕は魔法すら使えないし……」
「魔法ならマオだって使えるわ。イトウも多少は使えるし……あたしは火力が高いだけよ。それに、頭だって良くないから……」
「いや、僕も頭が凄くいいわけじゃないよ。僕よりもマオの方が頭の回転が速いし……」
なんともネガティブな言葉たちが、リラから飛び交う。普段は自信に溢れているのに……。
「だけど、いつも強気な君が、どうしてそんな風に考え始めたの?」
「……強いフリをしてるだけよ。本当はイトウみたいに剣を振るのも、カゲツみたいに直接攻撃をするのも、マオみたいに懐に入り込んで盗みを働くのも……怖いの」
怖いもの知らずな雰囲気だったが、意外にも怖がりだったようだ。
「……何よ。意外みたいな顔して」
「いや、本当に意外だったから……」
「あたしね、この世界に来た時、千年に一度の魔法使いだって言われたのよ。この話は前にしたわよね」
「うん……」
「実際転生してすぐに魔法は使えたの。魔法の才能はあるみたいだから……この世界ではあたしの存在を『人に認めさせることができる』んじゃないかって、思ったのよ」
この辺りで、僕は確信した。イトウ、カゲツ、マオ同様に、リラにも過去、何かあったんだ。
「……単刀直入に聞くよ。転生前に何かあったんだね?」
「あたし、頭良くないじゃない。転生前もそうだったわ。成績が悪くて、毎日のように親に怒られてた。でも、お姉ちゃんはあたしと違って、天才で成績が優秀だったから……いつも比べられて、馬鹿にされてたわ」
僕は一人っ子だから、兄弟姉妹がいる気持ちは分からない。
マオも授業中に眠ってしまう影響から、親によく思われてなかったって言っていたけれど……。
誰だって『比較されたら』……いい気はしないよな。
「あたしが頑張って高校受験に合格しても、親は褒めてなんてくれなかった。それどころか、高校の学費さえあたしには惜しいって……」
「そんな……!酷いよ!」
「だけど、高校でこそは親の期待に応えようと思って……意気込んで登校したら、事故に遭ったわけ。多分親は……あたしが死んだこと、別に何とも思ってないわ……」
「っ……嘘だろ……!?」
「そういう親なのよ。あんたは多分、普通に幸せな家庭で育ったんだろうけどさ」
リラの言葉に、僕は何も言えなくなる。そうだ。僕は『普通』。父さんも母さんも普通に僕を愛してくれていた。
「この世界ではあたし、誰かを出し抜きたかったの。でも今回、あたし何も出来てないじゃない。魔石の魔力増幅をしておいたくらいよ」
「そんな!リラがいなかったら作戦は実行できてないんだよ!」
「……あんたは本当に……正面からものを言うわよね……」
「今回だけじゃない!前だって、リラがいなかったら百万体ものモンスターを一気に倒せなかったんだよ?それでもリラ、何もしていないっていうの!?」
「……でも、あたしに出来ることなんて……もうないわ」
「さっきの魔導書もだよ。あれが無かったら、マオは毒の調合が出来ていなかっただろ!」
「タスケ……」
いつの間にか、タスケの声は大きくなっていて、通り過ぎる街の人が驚いている。
「誰にだって、得意不得意はあるよ。僕は不得意なことばかりだけど……少しくらいみんなの役に立ってるんじゃないかなって、今は思うよ」
「タスケは役立ってるわよ!タスケのお陰で魔王の対策が出来てるわ!」
リラは僕を見てそう言った。その直後、自分の口走ったことに気付いたのか、顔を林檎のように真っ赤にする。
「あ……えっと、今のは違うの!」
「……あはは。本当に、リラは素直だなぁ」
やっぱりみんな、意外な一面がある。
「う、うるさいわね!で、でも……言ったらなんだかスッキリしたわ。ありがと」
「ううん。やっぱり、リラは元気が一番だよ」
「……あんたって……『それ』無自覚なわけ?」
「何が?」
「なんでもない!行くわよ!……三日後、勝たなくちゃね」
「……うん!」
僕とリラは、揃ってギルドに戻る。
マオの毒調合は成功したらしく、泥団子ならぬ毒団子を量産していた。
「おお!本当に作れたんだね!」
「リラさんの魔導書のお陰でスムーズでしたよ。これは飛び道具に使えます」
「だって。良かったね、リラ!」
「……うん!」
リラも心からの笑顔を見せてくれた。
全員で小鉢を交代で擂り、毒団子を大量に作っているうちに、紫色の夕暮れがギルドの窓から差し込んでいた。
魔王軍侵攻まで、あと二日。
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