第三十一話 冒険者たち
何処かのニワトリの声が、マドブルクに朝の訪れを告げる頃、イトウ、リラ、カゲツが二人のいるところへと歩いてきた。
「おーい!タスケ!それに、マオもここにいたのか!」
「イトウ!リラ!カゲツ!」
「皆さんお揃いのようで。おはようございます」
イトウとカゲツは、今日もよく寝たらしく、気持ちよさそうに朝日を浴びる。リラは低血圧気味なのか、何度も欠伸を繰り返しているが、その表情は相変わらず憮然。
いや、いつも以上に機嫌が悪いな……。
「それよりもタスケ。あんた、なんでマオと一緒にいるのよ!」
「ふふ、どうしてだと思います?」
「……どうしてって……」
……? 何やら女子二人の空気が不穏だな……。この二人、仲良しだったはずだけど?
「無用な争いをするものではない、二人とも」
「そうだぞ。今日も作戦のために『五人』で協力しないといけないからな!」
「うるさいわね……分かってるわよ」
「それもそうですね、ふふふっ」
カゲツとイトウの仲裁もあって、すぐに雰囲気は元に戻ってくれた。
良かった……折角マオと仲良くなれたのに、仲間割れなんて洒落にならないもんな。
「でも、確かにマオとタスケは意外な組み合わせだな。何の話をしていたんだ?」
「あぁ。昨晩、魔王城で見たことと合わせて話すよ」
僕は魔王城で四天王……いや三天王と魔王が会議をしていた内容を、イトウたちに共有する。
「なるほど……地下だけではなく、空中から陸上からも攻めてくる可能性があると……」
「タスケの魔石暴走作戦が上手くいったことが、裏目に出たというわけだな」
「そういうことです。そこで、私の提案した作戦があります」
「マオの提案した作戦?」
三人の注目が集まり、少しだけ肩を跳ねさせるマオ。
盗みに関してだけは、他の追随を許さないと言わんばかりに自信家なマオだが……。意外にも自分から発言するのは緊張するらしい。
僕が視線で『大丈夫』と訴えると、マオは大きく息を吸って話し始めた。
「えっと……この街には大きな冒険者ギルドがあります……それを利用しない手はありません」
「……どういうことだ?」
「戦えるのは私たちだけでは無い……。ギルドにいる冒険者たちだって、幾多の戦場を乗り越えています。魔王討伐のために、冒険者の皆さんに強力を募りましょう」
そう。かなり盲点だったが、冒険者ギルド・ブルクハーツには、たくさんの冒険者たちが集まっている。
ガタイがあるぶん力が強いゴメスや、酔うと怪力になる魔法使いテイラーさんといった、個性豊かな冒険者たち。彼らを味方につけて、『冒険者全員』で魔王軍に立ち向かおうということだ。
「だが……みんな協力してくれるのか?」
「分からないけど……やってみなきゃ分からないだろ!」
「こういう時はやる気全開よね、タスケって」
「でも、タスケさんの言う通りです。やってみないと分からないですから。さあ、行きましょう!」
「あ、あぁ……。なんだかマオ、いい目をするようになったな。何よりだけど……」
珍しく先を歩くマオに呆然とする三人。
マオはずっと、自分をひた隠していたけれど、なんだかスッキリとした顔をしているのを見て、黙ってついて行くことを決めたようだ。
冒険者ギルドに着き、五人は揃って地下闘技場に入る。
「たのもー!!!!!」
「うわっ!勇者たちと……タスケ!お前元気だったか?」
「ゴメス!お前、相変わらず酒臭いな!」
「うっせ!」
ガハハハと肩を組んで笑い合うタスケとゴメス。その様子を、少し引いた目で見ている勇者一行。
「タ、タスケ……その人とは知り合いなのか?」
「僕がこのギルドに来た時、初めて話した冒険者なんだ」
「俺が酔っ払ってこいつを吹っ飛ばしちまってよぉ」
「それは言わなくていいって!でも、前ほど悪酔いはしていないね。テイラーさんに飲み方教わったの?」
「い、いやそれは……」
「その通りだよ。ヒック」
ゴメスをからかっていると、強気なアルトボイスが飛んでくる。ロックグラスを片手に笑みを見せるテイラーさんがそこにいた。
「テイラーさん!」
「タスケ、こうして話すのは久しぶりだねぇ。ヒック」
「テイラー。俺とタスケの友情の再会を邪魔すんなよ」
「そんな口聞いていいの?あんたのその悪酔いを治してやったのは誰だと思ってんのよ」
「ぐっ……」
そう言って、大胆にゴメスの腕に自分の腕を絡めるテイラーさん。
あれ? もしかして二人ってそういう?
「そういえば、タスケがギルドの地下闘技場に来るなんて珍しいねぇ。最近あんた有名で忙しそうだから、久々に話せて嬉しいけど」
「そうだった!僕たち、ここにいる人みんなに話をしに来たんです!」
「へえ?なんだい?みんな集めてやるよ」
「ありがとう!テイラーさんはいろんな人に信頼されているから、助かるよ!」
仲睦まじく話すタスケとテイラーの様子を見て、イトウがまたコソコソと話し掛けてくる。
「タスケ、この女の人も知り合いなのか?」
「うん!お酌をしていたら仲良くなって」
「意外とコミュニケーション能力高いわよね……あんたって」
「ん?……あんた勇者じゃないか!勇者パーティがなんでこんなところに!?」
「おぉ!?本当だ!!?」
有名なのか、勇者を見て驚くゴメスとテイラー。やっぱり勇者イトウ・グレートの知名度は高いらしい。
二人の大声を聞いて、周りの冒険者たちも騒然とし始める。
これは集める手間が省けたな……。全て我の計画通り!(※偶然です)
「勇者様とタスケ様だ……」
「仲がよろしいとは聞いていたけど……」
「並んでいると威圧感が凄いな……」
いや、イトウはともかく僕に威圧感はないだろ。普通オブ普通だぞ。
でも、これだけ注目を集めているなら、逆手に取るしかない!
「えっと……皆さんにお願いがあるんです!」
こんなに注目されていると、そこまで緊張しいではない僕でも、さすがに緊張する。
でも、魔王討伐のためだ! ここで踏みとどまるな、タスケ! いや、漆黒の悪魔・タスケイロ!
《ざっと五十人くらいか……》
全校集会で話をする校長先生って、こんな気持ちなのかな……いや、校長先生はもっと百人とかそれ以上を相手にしていたな。凄いな校長先生。
さて、何処から話そうか……。
「落ち着いて聞いてください。実は近々、魔王軍がこのマドブルクに攻め込んできます!でも、僕たちだけでは勝てない。そこで、ここにいる皆さんにも協力してほしいんです!」
「ま、魔王軍!?どういうことだ!」
「勇者たちが魔王を倒しに行くって宣言していただろ!」
冒険者たちは騒然とする。
ん?宣言?
「宣言してたの?イトウ」
「ま、まあな……」
「全く……見栄っ張りだな……」
イトウはゲーム脳なところがあるから、RPGゲームにイメージが近いこの世界に酔って、そんなことを言ってしまったのだろう。
それにしてもここの冒険者たち、なんでそんなに他力本願なんだ。
「事情が変わったんです。魔王軍はこのマドブルクの街に攻め込み、南の方同様に侵略しようとしています!だから、街を守るかたちで魔王軍に立ち向かわなければ、マドブルクも大変なことになってしまうんです!」
「そんな……マドブルクが……」
「勇者たちでも敵わない相手なんだろ?そんなの俺たちには到底……っ」
「僕だってそうです!僕も全く戦えないんですから!」
「えっ?でも、タスケが百万ものモンスターの大群を一掃したって聞いたぞ?」
「それは違います!正確には、勇者の持っていた魔導船のエネルギーである巨大魔石を、彼女……リラの最大魔法によって暴走させて大爆発を起こしたんです。それによって、この街にも被害は及びましたが……結果的に、魔王軍の侵攻を遅らせることができました!」
勇者たちの功績は、胸を張って言える! いける、いけるぞ……!
「なんだ……じゃあタスケは何もしていないってことか」
「っ!!」
「そんな奴を崇めていたのかよ……」
「くっ……!」
痛い所を突かれた。そうだよな。僕は確かに『戦闘においては』何もしていない。反感を買っても仕方が無いだろう。
しかし、勢いよく踏み込んで床を鳴らす音が、ざわつく冒険者たちを黙らせた。
音の発生源はイトウだ。
「そんなことはない!タスケは我が勇者パーティの頭脳だ!タスケがいなかったら、今頃マドブルクはもっと悲惨なことになっていたぞ!」
「イトウ……!」
「タスケがスキルを使って魔王城の索敵をし、的確に指示をしてくれたことで前回も救われているのだ。我々だけでは出来ぬ芸当である……」
「カゲツ……!」
タスケが冒険者たちの信用を失いそうになったところで、イトウとカゲツが助け舟を出す。
というか、話を大きくしたのはイトウだってこと、忘れてないからな僕は! 原因はお前だぞ!そんな思いで軽くイトウの脇腹めがけて肘鉄を食らわした。
「いてっ!なんだよ」
「そもそもの原因お前だろ!話大きくしやがって」
「あー……まあまあ。でも、そこまで誇張してないぞ俺だって」
「噂というものは尾ひれがつくものだ。我も昔、サイボーグだという噂が立ったことがある」
「割とありえそう!あ痛いっ!!」
男三人でそんなやり取りをしていると、不意に後ろから蹴りが飛んでくる。
リラだった。なぜ僕に……。
「脱線してんじゃないわよ」
「す、すみません……」
「皆さん落ち着いて。話を戻しますね。今、マドブルクの人たちには地下シェルターを作ってもらっています。万が一の時に備えて、死者を出さないためです。タスケさんは、そこまで読んで行動しているんです」
「マオ……!」
「さらに、いち早く魔王軍が襲ってくることを察知して、迅速な準備に取り掛かっているのよ。これでもあんたたち、うちのパーティのタスケが何もしてないって言えるの?」
「リラ……!」
「勘違いしないでよね。あたしは魔王軍を倒すために、一刻も早く話を進めたいだけだから!」
さらに、マオとリラもタスケを擁護する発言をしてくれた。有無を言わさぬ物言いが、非常にリラらしい。
そうだ。ここまで勇者パーティの信頼を掴んでいるということは、冒険者たちも分かってくれたはず。そろそろかな。
「今だから皆さんに話しますが……僕のスキルは『暗闇や影の中に意識を飛ばし、自由に行動できる』というものです。このスキルを使って、魔王城の確かな情報を掴んできました!」
「タスケのスキルがあってこそ、この前の魔石暴走作戦が上手くいったんだ」
「なるほど、そうだったのか……」
一度は冷ややかな視線を浴びせてきていた冒険者たちも、今は大半が納得しているようで、頷きながら話を聞いている。
「昨日からマドブルクに最も近い森に、魔王城から繋がる地下通路があるので、魔王たちにバレないように罠を仕掛けました。地中戦においては、既に対策済みです!」
「ですが今回の魔王軍による侵攻……魔王軍は空中戦も仕掛ける可能性があります。そこで皆さんに協力していただきたいのです。ここにいる方々は、何かしら特技を持っているはず……空中戦法に長けた方も、この中に絶対いらっしゃいますよね?」
マオが全員に対してそう尋ねると、一度シンと静まり返った。すると、おずおずと一人の冒険者が手を挙げる。
「あ、あの……僕は、弓矢を使っての戦いが得意なんだけど」
「俺はボウガンだ」
「私はムチが得意よ」
「あたしはブーメラン!」
なんと、遠距離攻撃が得意という冒険者が、何人も出てきた。
「マオ!これなら!」
「いけますね。皆さんを空中戦対策の軸にします。協力していただけますか」
これは、マオの考えた作戦。
冒険者ギルドで遠距離攻撃ができる者を募り、空中戦に備えることだ。
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