第二十七話 勇者イトウ・グレートの真意
窓で揺れる白とピンクの可愛らしいカーテンの隙間から、朝日が差し込んでくる。
「んんー……よく、寝たぁ……」
いつも夜になれば意識を飛ばして、魔王城の探索に出掛けていたが、昨日だけはお休みした。
「すぅ……すぅ……」
僕の隣で眠る、彼女の存在があったから。美人だけどあどけなさの残る彼女の寝顔に、僕は微笑んだ。
「……トワインさんやタータンさんに、後でボッコボコにされそうだなぁ……」
マーリアの頬を撫で、睫毛に残る涙を、指で掬い取った。すると、徐々に長い睫毛が持ち上がり、蒼い瞳が日の目を浴び出す。
「んー……?」
「あ、起こしちゃった?マーリア……」
そのまま上半身を起こすマーリアに、僕は焦る! だって……!
「マーリア!服!とりあえず……えっと、僕の服を羽織って!」
「え?……きゃあ!」
僕たちは、いわゆる『男女の一線』というものを超えたのだ。転生前は彼女が一度も出来ず、両親からいらない心配をされる始末だったけれど……。
「タスケ……」
「ん?どうしたの?」
僕のマントにくるまりながら、マーリアは僕に身体を預けてくる。昨日は不安そうだったけれど、今は大丈夫みたいだ。
「あの、マーリア……。僕、その……女の人と付き合った経験が無いんだけど……」
「男女の契りを交わしたのだから、タスケはもう私の結婚相手も同然ですわ」
「ちぎっ!?マ!?」
「あら、嫌でしたか?」
「だ、大歓迎です!」
「よかった」
マーリアはいつの間にか、お金持ちが来ていそうなガウンを羽織って、カーテンを開いている。まあ、実際にお金持ちなんだけど……。
あんな美女を……僕が……。
「でも私、我儘だったかもしれないわ」
「我儘?どうして」
「『一人にしないで』だなんて……。人はいつか孤独になるものなのに」
きっと両親のことを思い出しているんだ……。僕はマーリアに駆け寄り、後ろからギュッと抱き締めた。
「僕、マーリアを一人にしないように頑張るから!安心して!」
「ふふ。断言しないところ、タスケらしいわね」
「いや……だって……僕、戦いはできないからさ」
僕が最強の勇者だったら、マーリアはもっと安心したのかな? でも、この世界の勇者って……。
「タスケーーー!!起きてるかーーー!!」
「あら、タスケ呼ばれているけれど……」
「あぁ……この声はイトウだ」
「まぁ、勇者が。本当に仲良くなったのね……。それにしても、こんな朝早くに、何かあったのかしら」
「う~ん……」
僕は窓から「今から支度するーーー!!」と叫び返し、いそいそと身支度を始めた。
軽く水を浴びて昨晩の汗を流し、ゴシゴシと頭を拭いていると、マーリアに咎められる。
「タスケ。そんな拭き方じゃ髪の毛がボサボサになりますよ。私がやります」
「え?」
言われるがまま、マーリアによって丁寧に水気を取られるタスケの髪。一緒に何かを塗り込まれたようで、浮浪者のようにボサボサ頭だったタスケの髪が、一瞬でサラサラに生まれ変わる。
鏡を見て驚愕した。
「うわ!僕じゃないみたい!誰!?」
「タスケですよ。いつも髪がボサボサだったから気になっていたの。ふふ、この方が男前ですわ」
そして、マーリアに作ってもらったお気に入りの冒険着に身を包む。手直しは昨日のうちに終わらせておいてくれたらしい。
ここ最近は代わりの冒険着を着ていたけれど、やっぱりこの服、落ち着くなぁ。
「よし、準備オーケー!マーリア、行ってくるね!」
「ええ。お気をつけて。それと……」
不意に襟元を引っ張られ、マーリアから軽い口づけを貰う。
「マ、マーリア……」
「……なんだか照れるわね。行ってらっしゃい、タスケ」
タスケは真っ赤になりながら、イトウの呼ぶ外へと駆け出した。
「イトウ!待たせたな……」
「あぁ。別にそこまで待ってない。にしても……」
「うわ!?」
「いつの間にあそこのお嬢様と『新婚さん』のようなやり取りが出来るように……?」
「え、えーと……」
言えない……勇者を差し置いて、先に脱・童貞したなんて……。早く話題を切り替えないと!
「そ、そういえば!こんな朝早くにどうしたんだ?作業のことで何かあったのか?」
「いや……俺がお前と話をしたかったんだ」
……ん? いや待てよ……勇者とも恋愛フラグが立つのはさすがに嫌だぞ!? そうでないと願う! 流石に違うか!
「カゲツが考えを改めたと言わんばかりに、今は療養に集中してくれている。以前までは多少の怪我をしていても、無理をして戦場に現れていたあの男がだ」
「カゲツ……安静にしてくれているんだね!よかった!」
「……タスケ。俺、お前の転生前のことを、普通だなと笑ったことがあるだろう?」
「うん。でも、別に気にしてないよ?普通なのは自覚しているし……」
「違うんだ。俺はお前が羨ましい。本当は……普通に生きたかったんだ……! 」
イトウのどこか辛そうな表情を見て、僕は「とりあえず座ろう」と木陰に腰掛けた。イトウもそれに続く。
「何度かお前、俺のネーミングセンスの無さを指摘してたろ」
「う、うん……もしかして、気に障ってた?それなら謝るけれど……」
「いや、それに関してはリラたちにも散々言われてるから。慣れてる」
「慣れたらダメだろ……」
タスケは誰かしらに何度も自分が受けたツッコミを、イトウに返している。
「まあ、俺のネーミングセンスが無いのは、俺の親譲りだ。だってあいつら、自分の子に『男』と書いて『アダム』なんて名付けて来たんだぜ」
「あ、あだむ!?アダムとイブの!?」
「あぁ。だから、俺の本名は『伊藤男』。いわゆる、キラキラネームってやつだな」
「そうだったのか……」
知らなかったからとはいえ……イトウ・グレートなんて名前ダサいって、散々言ってしまったな……。
彼には彼の、苦悩があったんだ。
「昔から名前いじりが多くて、小学校、中学校ではいじめられたよ。両親は俺のこと、守ろうとしてたけど、原因はお前らだろって……その場で言ってやりたくて堪らなかった。学校の奴らも両親も、俺にとっては敵だったんだ」
「それで不良だったの?」
「ふ、不良っていうなよ!まぁ、言ってしまえば、不良になりきれない不良……みたいな感じだよ。今思えば黒歴史だわ」
イトウはどこか目線を遠くし、照れたように笑う。その様子は勇者でも何でもない、普通の少年そのものだった。
「そういえば僕の同級生にも、イトウみたいな悩みの子がいたよ。姫って書いて『プリンセス』っていう」
「それは災難だな……」
「その子は名前負けしてるとか言われてた。実際は結構可愛かったんだけどさ」
「さてはお前、好きだっただろその子」
「あ、バレた?初恋の人なんだ……」
「ははっ、甘酸っぱいこった。……学校の奴らって、なんで標的を探したがるんだろうな」
イトウは笑っているが、目が微妙に水気を帯びている気がする。当時をさっきよりも鮮明に思い出したのだろうか。
「姫さんは高校に上がってから、改名手続きをして姫って読み方に変えてたよ。両親の説得に時間がかかってたけれど、それまで散々な目に遭ってきた証拠を突き付けたら、両親も何も言わなくなったんだって」
「へえ……凄いな」
「うん。それに、自分磨きも頑張っていてね……その健気さに惹かれていたんだ」
「あーもう!俺にはそういう恋愛とかの経験はないから惚気るな!……俺にもその子くらい、行動力があればよかったのかな……。俺はただ八つ当たりのように、グレて学校に行かなかったり、ゲーセンに入り浸ったりするだけだった。グレて出来た仲間にも、イトウと呼ぶことを強制してさ、本当は警察沙汰を起こす勇気なんかないから、仲間の見張りだけ買って出てた……バカだよな」
「……まあ、褒められたことではないよね」
懺悔のように、転生前の自分がやってきたことを吐露していくイトウ。
だけど……。
「人間は誰だって、失敗するんだよ」
「……え?」
「お前の事情を聞いたら、なんだかその名前、かっこよく思えてきたなぁ」
僕はこの前、マーリアに言われたことと同じことをイトウに言ってみる。
タスケは改めてイトウの顔を正面から見た。いつもと違って少し情けない顔をしていることに、思わず笑いそうになった。
「勇者イトウ・グレート。かっこいいじゃんか」
「……!」
「お前はもう、その過去を反省して乗り越えようとしているんだろ?その表れが『勇者イトウ・グレート』。超かっこいいじゃん」
「タスケ……」
僕は立ち上がり、イトウの手を引っ張る。
「僕は確かに普通だし、助けて助けてばっかり言ってるけどさ……本気で魔王を倒すつもりだよ」
「っ……!」
イトウの目が一瞬たじろいだ。もしかして……。
「あれ、お前……実はヘタレ?」
「!う、うるせえ!」
「本当は魔王を倒せるか不安な感じですかー?イトウくーん?」
「調子乗んなよ!非戦闘要員!」
「僕には僕の戦い方がありますゆえー!」
なんだ。勇者は特別な人間なんだと、一線引いてたところがあったけれど、こいつだって人間だ。不安にもなるし、弱気にもなる。
そして、意外にも根暗なタイプだ、こいつは。
「まあ、勇者って手前、本来の性格出しにくいんだろうな」
「ぎくっ……お前、超能力者かよ……」
「そんなことないさ。でも、今のイトウの方が、僕は絡みやすいよ。普通にやってたソシャゲの話とかしていた方が、幾らか気も楽だしさ」
「えっ、マジ!?お前ソシャゲ、何やってた?」
「パズル&メドゥーサとか、モンスターガーターとかだね」
「あ!それ俺もやってた!」
「マジ!?」
不安だった勇者イトウ・グレートの心は、本音をぶちまけたことによって温かくなっていく。
「……ありがとな。タスケ」
「あのボスが強くてさぁ!……?何か言った?」
「何も!」
転生前のソシャゲトークに花を咲かせて、どちらからともなく肩を組んで歩く。
「なんか、今の俺たち普通の男子高校生じゃね?」
「確かに!おいイトウー!昨日の課題やったかよー!」
「やってねえよー!見せろよタスケ―!」
そんなやり取りをしていると、呆れた様子のリラと、面白いものを見ているような目をするマオが待ち構えていた。
「遅いわよ。あんたたち」
「あー悪い悪い」
「ふふ。なんだかお二人、普通の高校生みたいになっていますよ」
「そうそう、転生前の学生時代を思い出してさ!」
イトウは、憑き物が取れたような、さっぱりとした笑顔をしている。
うん。勇者ならそれくらい胸を張れよ。イトウ・グレート。
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