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第二十五話 武闘家・カゲツの葛藤

 タスケたちによる魔王軍討伐……もとい魔導船の魔石暴走作戦により、モンスターを一掃した代償として、軽くではあったが被害を受けてしまったマドブルクの街。


 しかし、それで活気の落ちる街ではない。元々、タフな性格をしているらしい街の人々は、さらに結束を固め、動ける者を中心に街の復旧作業を行っている。


 その中には勇者イトウ・グレード、仲間であるリラ、マオの三人もおり、タスケもまた彼らの作業の指揮を執るという形で参加していた。


「タスケ。ここでいいか?」

「はい。ばっちりです!マックスさん!」


 なぜタスケが復旧作業の指揮を執っているのか。


 晴れて勇者たちに認められたタスケは、参謀格として勇者パーティの一員に加わったのだ。


 イトウが『今回モンスター百万体を討伐できたのは、タスケの存在が大きい』とギルドでも街中でも進言したことで、今まで雑魚冒険者扱いだった僕の地位はうなぎ上りだった。


「それにしても、あたしたちも勝手にやっちゃってるけど、タスケの指示で勝手に『地下通路』なんて作って大丈夫だったの?」

「この前の作戦によって、モンスター百万体と四天王のひとりを討伐した事実を、俺が進言したんだ。タスケの言葉は、この勇者イトウ・グレードの言葉と、皆に言い聞かせてる」

「それただ単に、イトウさんが言ってみたかっただけですよね」

「う、うるさい!事実、復旧作業も順調だろう!」


 街の回復は協力も多く順調。イトウたちには、これからの戦いのキーとも言える地下通路を作ってもらっている。


 この地下通路については、また今度触れていく予定だよ!


「そういえばイトウ。カゲツの怪我の具合は?」

「無理させてしまったからな……まだ全快までには数日かかりそうだ」

「まあ、本人は早く身体を動かしたいって言ってました」

「多少の怪我が残っても、付いてくるでしょうね。あいつのスキル、そういう感じだし」

「ギルドの一室にいるんだよね? 僕、お見舞いに行ってくるよ」

「ああ、頼んだ。トレーニングなんてやってたら寝かせてやってくれ」


 僕は冒険者ギルド・ブルクハーツに走って行く。その道中では、ひそひそとこんな声が飛んできた。


「タスケ様だ……」

「百万ものモンスターを一網打尽にしたという……」

「やべえ。目を合わせないようにしないと……捻り潰されるぞ……」


 正直、この空気にはまだ慣れない。というか、僕だけの功績じゃないからね!?


 若干尾ひれがついて噂が出回ってないか!? イトウ!!(怒り)


 そうして、少し引け目を感じつつ、冒険者ギルドへと辿り着く。


「あ!アンリさーん!」

「タスケさん!いつの間にか一際輝いた存在になって……なんだか遠い存在のようです」

「そんなことはないよ!僕、これからもアンリさんと仲良くしていきたいと思っているし!」


 タスケが笑顔でそう言うと、アンリさんは耳まで真っ赤にしてしまった。


 あれ? 僕と話すと女性は熱になるのかな?


「本当にタスケ……あんたってやつは……」

「罪作りだなぁ……ヒック……」


 そう言って、やれやれと言わんばかりに僕の両肩に重心が。ゴメスとテイラーさんだ。


「二人とも酒臭っ!それよりアンリさん!カゲツのお見舞いに来たんだけど、入っていいかな?」

「あ、ええ。どうぞ奥へ」


 アンリさんと挨拶を交わし、二人とも別れ、ギルド奥の宿泊ブースに向かう。


「カゲツ……カゲツ……あった」


 宿泊ブースのドアには、宿泊する冒険者の名前が書かれた札が掛けられる。


 タスケはコンコン、と控えめにノックをし、カゲツの休んでいる(はずの)部屋に入った。応答は無かったけれど、まあ大丈夫だろ。男同士だし。


「失礼しまー……ギャアアア!!」

「お……タスケか……」


 まさか男の部屋で悲鳴を上げる日が来るとは、この日まで思ってもみなかった。


 立ち尽くす僕の目の前には、ベッドから出て、部屋の机を背中に乗せて腕立て伏せをするカゲツの姿。怪我人が何やってんだ!!


「何してるんだよ!はやく机置いて!」

「あと十回……」

「あーもう!それ終わってからでもいいから!」


 怪我で療養中に身体を動かしたい気持ちは分かるけど……カゲツの場合は無茶すぎるんだよな……。


 今ので寿命三年くらい縮んだよ……。また死ぬのはごめんだけどさ……。


 カゲツがようやくベッドに戻ってくれたので、タスケは傍らの椅子に腰掛けた。


「具合はどう?」

「お陰さまで好調だ……。タスケにも心配をかけたな……」

「身体を動かしたい気持ちは分かるけど、怪我を治してから動こう?治りが遅くなるよ」

「くっ……正論ではあるが……だが、我は強くなるために、怪我によって腕をこまねくわけにはいかんのだ」


 なんだろう。カゲツはやけに強さに固執している気がする。そういえば、転生前は柔道をしていて、スポーツ推薦で高校に入学するほどの実力者なんだったっけ……。


「僕からしたら、カゲツはとても強いと思うけど……カゲツなりの葛藤があるんだろうね」


 彼のスキルである『攻撃を受ければ受けるほど、自分の攻撃力が上がる』というものも……もしかしたら。


「僕はさ、大地震に巻き込まれて、両親や友人の安否だけでも知りたかったなんて思いながら死んだんだ。カゲツはどうだった? 嫌だったら、無理に言わなくてもいいんだけど……」


 彼は試合で勝利を収めて意識を失ったんだっけ。笑い過ぎて亡くなってしまう人もいるのだから、おかしい死に方というわけではないが……。


「我は喜びのあまり、興奮が昂っていたのだろう。それもそのはず。両親や教師からは、ずっと期待され続けていたのだ。まるで『勝利意外』に道は無いとでも言われているようだった……」

「っ……!」


 彼は確かに凄い人で結果も出している。だけど、その期待が時には『毒』となる。期待され過ぎて心はきっと擦り減っていたんだ。


「次第にメダルを取っても、両親からは『当然だ』と言われて……我は何のために空手を極めたのだろうか。異世界転生した今でも、その答えを分からずにいるのだ」

「カゲツ……でも、君は!絶対に勝負から逃げなかったんだろ!?」

「……そ、それはそうだが……」


 タスケは思わず、大声を出していた。いつでも落ち着いているカゲツも驚いた様子で、タスケの方を見る。


 僕はポロポロと涙を零していた。あまりにも彼の心が苦しそうで……。


「僕は部活に入っていなかったし、趣味も特技も何もない!僕だったら、勝負から逃げてしまうに違いないから……僕はカゲツのこと、凄いと思うよ!」

「タスケ……我は……この鍛え上げた体躯で、何かを救いたかったのだ。来世があれば……心も強くて、人のために生きたいと……」

「うん……カゲツは十分、出来てると思うよ」

「……ありがとう、タスケ」


 カゲツは起こしていた上体を倒し、ベッドに身体を沈ませた。眠たくなったのかな……?


「今はタナカ、リラ、マオ……そしてタスケという、かけがえのない『友人』たちがいる。お前たちを守れるよう、しっかり療養せねばならぬな……」

「うん……そうだよ。身体を壊したらそれこそ、心も壊れちゃうよ?」

「あぁ……全くその通りだ」


 無表情が服を着て歩いているようなカゲツが、ふっと優しく笑いながら目を閉じた。


「あとさ!イメージトレーニングっていうトレーニングがあるんだ!」

「あぁ……それか……」

「イメージ上でだけでも、僕は漆黒の悪魔・タスケイロに変身できるのである!」

「ほ、ほう……?」


 あ、カゲツが引いてる。これは珍しいな……。


 タスケは一旦咳払いをし、カゲツに向き直る。


「僕は逆にそれしか出来ないからさ。お互いにイメージトレーニング頑張ろうよ!」

「ははは、そうする」

「って、あーっ!もうこんな時間か!カゲツ!お大事にね!」

「ああ。また是非来てくれ、タスケ」


 窓の外から赤と青のコントラストによる、紫色の夕焼けが差し込んできていた。マーリアの屋敷に帰らなくちゃ。


《良かった……カゲツ、良い顔をしていたな》


 ギルドの入り口を飛び出し、復旧作業を終えて帰路に着く人々の波にのまれながら、タスケは歩いて行く。


「タスケ様だ!」

「わー!サイン貰えるかなー!?」


 なんと帰る間際の子どもたちに囲まれてしまった。急いでいるんだけどな……。


 というか、イトウも大口叩きすぎだろ!


「この紙に書いてあげるから、順番に並んでね」

「うん!」

「はいどうぞ」

「ありがとう!わー!普通だー!」

「感想それかい」


 無邪気な子どもたちの元気そうな声を聞くと、心なしか元気も出てくる。この笑顔を守れたって思えば、僕のスキルも大したものなんじゃないかな……なんてね。


「サインありがとー!」

「またねー!」

「うん!みんな気を付けて帰るんだよー!」


 子どもたちと別れ、タスケは再び走り出す。マーリアの屋敷の店先も完全復旧したのだが、そろそろ閉店作業をしているはずなのだ。


「おや、タスケ殿。お疲れ様でございます」

「ベルベットさん。ちょっと友人の見舞いで遅くなりました!看板運び手伝いますね!」

「いやいやそんな。いつも手伝ってくれて助かりますよ」


 ベルベットは怪我をしていないが、タスケが日中復旧作業の指揮を執っているため、最近は彼が店番をすることが多いのだ。


 というのも、使用人であったトワインとタータンが亡くなってしまい、人手不足だからではあるが……。


 部屋に一度戻って風呂を借り、着替えてダイニングルームに入ったタスケ。マーリアの姿は無いが、テーブルには二人分の食事があった。


「マーリアお嬢様は、既に夕食を摂られましたよ。本日はわたくしと夕食を共にしましょう」

「新鮮ですね!ぜひ!」


 テーブルに並んでいたのは、小さな固形パンとコーンポタージュ。そして、魚のムニエルだった。


 ベルベットさんと一緒に食事をすることなんて滅多に無い。話を交わしたとしても、一貫してマーリアの話になるのだ。


「食後には、マーリアお嬢様に言われている場所にご案内しますゆえ」

「?はい」


 もしかして、冒険着の手直し? それなら頼んであるけれど……。


「タスケ殿。わたくしの話を聞いてもらえますか?」

「え?はい、もちろんです」


 ベルベットさんは、真剣な面持ちでこちらを見てくる。いつもと違う雰囲気を醸しだすベルベットさんになんだかとても緊張して、思わずパンを喉に詰まらせてしまった。


「んっ!んんっ!!」

「あああ!大丈夫ですか!?」


 ああ、カゲツはこの緊張を超える緊張感を持って戦いの場に(※一緒にするな)……本当に尊敬するよ……。


 自分の胸をドンドンと叩き、パンをどうにか喉に通す。はぁ……死ぬかと思った。異世界で死因・パンは笑えない……。


「落ち着きましたか?」

「はい……すみません。ベルベットさんが真剣そうだったものだから、緊張してしまって」


 ベルベットさんはまた、真剣な面持ちを取り戻すが、さっきよりはいくらか柔和な表情。気を遣われてるなぁ……。


「タスケ殿には、お話ししておこうと思うのです。マーリアお嬢様の過去を」


 僕は思わず食事をする手を止め、マルクスさんの話を聞く姿勢になった。


 マーリアの……過去?

読んで頂きありがとうございます。

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