表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/44

第二話 漆黒のタスケ

「ワオーーーーーーン!!」


 異世界転生という未知の体験に心を躍らせていたタスケだったが、突然、背後からけたたましい動物の鳴き声が。慌てて振り向くと、そこには『狼』がいた。


 しかも、ひぃ、ふぅ、みぃ……三匹!? 嘘だろ!!?


「うわああああああ!!!助けてええええええええ!!!」


 タスケは絶叫しながら駆け出すが、狼の足の方が断然に速い。あっという間に追いつかれてしまいそうだ。


「なんでーーーっ!!?悪魔ぞ!!?我、漆黒の悪魔ぞ!!?」


 そんなことを叫んでも、狼は問答無用で追いかけてくる。


 転生早々、どうして狼に追いかけられてるんだ!? 走りながら狼の方を向くと、赤い瞳をギラギラと光らせ、よだれをポタポタとこぼしながら吠えている。


「ぎゃああああああぁぁぁ!!!」

「ガウッ!ガウッ!」


 いや落ち着け? 僕の体育の成績は、三だろ!


 普通だぁ……ぴえん。


《くっ、もう無理だ!!》


 そう思った瞬間、タスケは後ろへと引っ張られていく。


「ひぎゃああああああああ!!!」


 着ている服に噛みつかれてしまったらしく、急いで抵抗するが、狼の力はタスケとは桁違い。


 これから食べられてしまうのか……!? そんな恐怖に、タスケは無意識に涙を流した。


「ぐぅ……!なんて力なんだ!」


 異世界転生して数分しか経ってないのに、僕はなんでまた死にそうになってんだよ!


 というか、そもそも転生されて早々、危険な夜の荒野っていうのがおかしいだろ! 普通は見知らぬ街とか村みたいな……安全なところからスタートするもんじゃないの!?


 しかし、にわかには信じ難い現実ではあるものの、第二の人生を送り始めてすぐに死ぬなんて、そんなのは嫌だ!!


「このっ……黒魔術!『ナイトメア・ブリザード』!!」

「ギャウッ!!」


 タスケは謎の技名を言いながらその場で回転し、遠心力で狼を無理矢理引き剥がすことに成功。思いつきでやってみたものの……上手くいってよかった。


 服が破れる音がしたけど、そんなこと気にしちゃいられない。どこか逃げれるところは……!


 タスケの走る先には一本の高い木があった。


「の、登れるかな……」

「ガウッ!ガウッ!」

「いや!考えてる場合じゃない!」


 タスケは目の前の木まで全力疾走し、登り始める。


 一度も木登りなんてしたことは無いが……とにかく地上にいたら危ない!


「うぐぅっ!!」


 登っている最中に、右足に激痛が走る。痛みの原因は案の定、一匹の狼。本格的に噛みつかれてしまっていて、鋭い歯が食い込んできている。


「痛い痛い痛い痛い!!やめろぉ!!」


 本日何度目かになるタスケの絶叫が、荒野に響いた。


「このー!暗黒魔術!『ローリング・ダークネス・ファイア』!!」

「ギャンッ!!」


 またしても謎の技名を言いながら、狼を蹴飛ばす勢いで足を振ると、情けない声とともに狼が離れた。


 噛みつかれたままの状態で、無理やり引き剥がしたものだから、傷口が抉られて痛い……!


「くぅ……!」

「ガルルルル!!」

「ひぃっ!!」


 野生の狼は、痛みに悶える暇など与えてくれない。


 それはそうと、僕はかなり狼を刺激しているし、血の味も覚えられてしまった。血の味を覚えられたら、一生追い掛けてくるんじゃなかったっけ!? 知らないけれど!


「ガウッ!ガウッ!」

「っ!登らないと!」


 考える時間も無い! 自分で自分を鼓舞し、必死の思いで痛みに耐えながら木にしがみつく。


 人間の生存本能は凄いと、何処かで聞いたことはあるが……今こそその生存本能とやらを発揮してくれ!


 というか、目覚めろ! 漆黒の悪魔・タスケイロの力!!


「うおおおおおおっ!!!」


 僕は柄にもなく雄叫びをあげながら必死に木によじ登る。木はゴツゴツとしていて、当然手も痛い。でも、手の痛みに構ってもいられない! なんなら手より足の方が痛いからな!


 息を切らしながら、夢中で木に立ち向かっていると、一気に景色が変わった。


「っ、やった!!登れた!!!」


 ナイス僕の生存本能! 太い腕の上で一人、ガッツポーズを決める!


 しかし、結局のところ、現状打破はできていないのである。


「ガルルルルルル!!バウッ!バウッ!」

「ひっ!……我がしもべどもめ……!我を怒らせたらどうなるか……今、分からせてみせ……」

「バウッ!!」

「ひっ!すみましぇん!」


 どうやらタスケの漆黒の力(?)は、狼に通用しないらしい。(※狼じゃなくても通用しません)


 狼は、タスケの方をじろじろ見ながら、唸ったり吠えたりを繰り返していた。僕を威嚇するかのように、木の周りをグルグルと回っている。


 僕のことを、そのうち落ちてくるリンゴだとでも思っているのだろうか。いずれにしても、僕はあいつらにとっては手近な餌でしかない。


「完全に僕を狙っている……どうしたらいいんだ……!」


 狼を自力で追い払うのは(パワー的に)絶対無理だとして、どうにか狼を別の場所に誘導できないだろうか?


 この木の枝を投げて、狼の注意を逸らせないか?


 でも、僕この前の体力測定、ボール投げの記録は学年平均の十五メートル。まず、木の枝なんて投げて飛ぶものなのか?


「ガウッ!!ガウッ!!」

「くっ……やってみるほかない!」


 やるかやらないかだったら、やるしかないだろ! 飛んでけっ!!


「漆黒の奥義……『フライング・エイダ』!!えーいっ!!」


 僕は、乗っている枝よりも細く、それでも他よりは太い木の枝を折って振りかぶり、遠くへ投げた。


 ボールより軽いし、タイミング良く風にでも乗って、遠くまで飛んで行ってくれ!


 そしてあわよくば、狼の注意を逸らし……。


「ガヴッ?」

「あ」


 なんと、僕の投げた枝は狼の頭にクリーンヒット! そんなに痛くはなさそうだが、狼の怒りのボルテージが上がった!


「ヴヴヴヴヴ……!!」


 って、どうしてこうなるんだよぉ! 僕が投げたことは理解しているようで、特に枝をぶつけられた狼が完全にキレている。


 くっ……八方塞がりだ……!


「あーもう!誰か助けてよおおおおー!!!」


 僕の情けない声は、夜の静寂に響き渡るだけだった。僕はこの先、木で暮らす人になるしかないのか……?


『わてはタスケ。野生の良さを知っちまったんだで』


 タスケの脳裏に、野生化した自分の姿が過ぎった。


 いやいやいや! 僕は漆黒の悪魔だろ! 野生人にはなりたくない! 僕は、打開策など思いつかず、頭をガシガシとかきむしった。


「……あれ?僕、そういえば……」


 タスケはふと、ただ真っ白い空間で聞いた『あの声』を思い出す。


『あなたにスキルを与えました。そのスキルを使って自由に生きてみせてください』


 あの声……僕にスキルを与えたって言っていたよな? あれが嘘じゃなかったら、僕は何かしらのスキルを持っているはず!


 そして、そのスキル次第で、この危機から脱却できるかもしれないぞ!?


「……けど、何のスキルか分からないんだよな……」


 上がりかけた気分が、再び真っ逆さまに落ちていき、がっくりと肩を落とすタスケ。あの声の主も不親切だよな……スキルの詳細くらい教えてくれてもいいのに……。


 そもそもこの世界について分かることといえば、狼がいることくらい。当然、どんなスキルがあるのかも分からないのだ。


 だけど……とにかく『スキル』といえば、戦いに関係しているかも! 何か……何か心当たりのある言葉とかないかな!?


「よし!『ひとりマジカルバナナ』だ!」


 木の上でタスケはひとり、手でリズムを取り出す。突然の手拍子に、狼は「何事か!?」とでも言わんばかりに驚いたが、すぐにまた威嚇し始めた。


 そんな狼たちを他所に、タスケはマジカルバナナに興じ始めた。


「マジカルバナナ♪バナナといったら黄色♪黄色といったら雷♪雷といったら怖い♪怖いといったら狼……あ、終わった」


 果たしてこんな方法で、スキルの心当たりなんて見つかるのだろうか。心なしか、狼に冷ややかな目線を向けられているような気もする。


《やっぱりこんな方法じゃダメなのかな……?》


 パッと見、ふざけているようにしか見えないタスケであったが、転生前に持っていたゲームや漫画の記憶を必死に辿っているのだ。


 これといって『一番好き!』という作品は特に無かった。流行っていた作品でいえば、『なんとかの呼吸』……みたいに格好良く鮮やかに狼を斬ることも、そもそも刀が無いからできない。


「くそっ!もっとゲームをやり込んでおくんだった!」


 きっとそんな問題ではない。それくらい頭の中では分かっているのだが……。


 そもそも、スキルってどういうものなんだっけ!?


 下から聞こえる狼の声にビビりながら、必死に転生前の記憶を思い出そうとする。


 何か……何か手がかりは無いのか!?


『よーし!これでまおうをたおせるぞー!いけー!』

『ふっふっふ!かかってこいゆうしゃよ!われはタスケ!わがやみのちからをときはなち……めいかいへいざなわん!』

『すげー!タスケ、ほんもののまおうみたいだー!』


 ……なんで今、この記憶が蘇ってきたんだ……。


 小さい頃、かっこいいセリフが流行った時期があって、必死こいて考えた、The『厨二病』でしかないセリフ……。思えばあれが僕の(厨二病の)原点だ。


 さっきまでの技(?)は咄嗟に考えた、格好良さそうな名称だったけれど、特にスキルを発動したような感じは無かったな……。


 不確かだけれど……僕のこの記憶の先に答えがあるような気がする! あくまで気がするってだけだけど!


「フッフッフ……我は漆黒の悪魔!いずれ魔王となる男だ!我がそう思うのなら……間違いはない!」

「ガウ……?」


 タスケは木の上で高らかに笑いながら、右手で顔を覆う。よく見る厨二病の体勢だ。


 おい引くなよ狼たち。悲しくなるだろうが。


「我が名は漆黒の悪魔・タスケイロ!鎮まれ!我が奴隷たちよ!」


 少し躊躇いもあるが、スキルを発動させるためにいろいろ試してみなくちゃ。


 まだ特に何も起こらない……もっと攻めたことを言ってみようか。相手は狼。まさか、僕の言っている言葉は分からないだろうし。


「くっ……我の邪眼が……助けを呼ぶ群衆の声に疼いている……!」


 普段、人前でやらかさないように気を付けていたからか、狼相手とはいえ羞恥心が募る。


 中学の頃に好きな子の前でやってしまった時よりは、百億万倍くらいマシだ!


《っていうか、スキルでもなんでもいいから、早く何か出てきてくれよー!!》

「目覚めろ、我が暗黒の闇の翼よ!我を示し導くがよい!!」


 そう言って、タスケは腕をブンッと振り、決めポーズをした。片手で顔を隠しながら、片手を斜め四十五度に上げる『あのポーズ』で。


 ふぅ……決まったぜ……!


 目を閉じてドヤ顔をするタスケに、狼は威嚇すらしなくなっていた。うん。完全にバカにされているな……。


「……ん?」


 長セリフを言い終えたからか、なんだか身体が軽い気がする。もしかして……スキルが……?


「……あれ?」


 恐る恐る目を開くと、さっきまでとは景色がガラリと変わっていた。


 木の上にいたはずのタスケの身体が、木よりも少し上……というより空中にあった。狼も、タスケがいなくなったことに気付いていない。


 まさか僕、浮きながら透けてる!?僕のスキルって『浮遊能力』と『透明化』なのかも!?


 え!? これなら狼から余裕で逃げられる!! やったぁ!!


「よっしゃ!このまま逃げてやる!!あばよクソ狼ども!!」

「バウッ!!」


 どうやら声は聞こえているようで、タスケがそう叫んだ途端に狼も吠え出した。でも、そんなの気にしなくてもオーケーオーケー! だって浮いているし、透けているんだぜ!?


 もう僕は、身も心も浮ついているわけだよ! こんな非科学的な体験! 転生前には出来るはずなかったし!?


 タスケの挑発に乗って、荒々しく吠える狼たちを他所に、すいーーーっっと真っ直ぐ別の場所へ飛んで行く。


「フッフッフ……!やはり我の闇の力にかかれば、これくらい造作もないな!フハハハハ!」


 赤と青のコントラストが綺麗な二つの月明かりに照らされ、鼻歌でも歌いたくなってきた……。


 タスケは上機嫌で、大きく息を吸い込んだ……はずだった。


「……え!?どうなってるんだ!?」


 鼻歌を歌い出そうとした瞬間、タスケの身体は木の上に帰ってきていたのだ。


 どうして!? 確かに向こうの方まで飛んだはずだぞ!? 鼻歌が下手だった!? いや関係ないよな!?


 いや、落ち着け。落ち着くんだタスケ。声は届くものの姿が見えずに浮くことができるスキルだぞ……?


 変わりはないんだ! もう一度やってみよう!


 さっきは勢いが良すぎて、何が起こったのか正直よく分かっていなかったんだ。今度はゆっくり、ゆっくりと浮き上がってみよう。


 目を閉じて、タスケは先程のように『自分が浮き上がるイメージ』し始めた。すると、だんだん身体が軽くなり、さっきのように浮き上がって……。


「……あれ?」


 浮き上がったタスケの目の前には、木の上に真剣な表情で突っ立っているタスケの姿があった。


 あれ? 目の前ってどういうこと?


「っ!そうか!これ!幽体離脱みたいなやつだ!」


 二度目にしてようやく気が付いた。


 そう。タスケに与えられたのは、『自分の身体を浮かし、透明化することができる』スキルではない。


 『自分の身体から意識を離すことができる』スキルだったのだ!


「なんか……戦いに全く向かなさそうなスキルだな……」


 意識だけのタスケはそう呟いて、がっくりと肩を落とした。


 というか、さっきはあの厨二病全開なポーズのまま木の上にいたのか……それはそれで恥ずかしい……。狼しかいないから、別にいいけどね。


 意識だけのタスケ……幽霊っぽいから『ゴースケ』にしよう。改めてゴースケは、狼の間近に立ってみる。やはり狼の目に、ゴースケは映っていないようだ。


 よぉし! 今ならやりたい放題だ! 狼を挑発して遊んでみよう!


「べーろべろべろべろ!バーカバーカ!」

「ガウ!?ガウガウガー!!」


 声は聞こえるのに、姿が見えなくてイライラしてる様子の狼たち。へへっ、ざまあみろ!


 って、肝心なことを忘れるところだった……早く狼から逃げなくちゃ!


 でも、声だけ聞こえるならば……。


 ゴースケは、木のある場所から思い切り大移動。何度か意識が戻ってきてしまったが、時間をかけて、どうにか遠くまで移動が出来た。


 さっき……鼻歌を歌ったせいで、スキルの効力が消えたかと思ったけれど……。


 三回戻って来ているけれど、やっぱりそうだ。月明かりに当たったからスキルが無効になった。


「なるほど。このスキル、影でだけ使えるんだ!」


 だが、それさえ分かればこっちのもの。月明かりを避けながら影から影へ飛び移り、タスケの本体がいる木から、かなり遠い場所まで移動する。


「このへんかな……」


 岩陰に入り込んだタスケは大きく息を吸い込み、狼の遠吠えに出来る限り寄せて叫んでみる。


「わおーーーーーーーーん!!!わおーーーーーーーーーん!!!」


 さて……狼たちは反応するかな?岩陰から様子を伺っていると、ドドドドと忙しない足音が聞こえてくる。


「ガウッ!ガウッ!」

「ワオーーーーーン!」

「ガオーーーーーン!」


 よっしゃ! 作戦通り、狼たちがこっちに来た! 一匹だけ鳴き方おかしい気がするけど、あえてツッコまないぞ!


 ゴースケはあえて月明かりを浴びて本体に戻り、急いで木から降りた。


 木から飛び降りたことで、また走る激痛……でも、気にしちゃいられない。


 僕は荒野を走り出す。あてもなく、ただひたすらに。


「はあ、はあ……実際には動いてないけど……。スキル使うと割と疲れるんだな……」


 ゴースケ状態からいざ本体の行動に戻すと、ドッと疲労が押し寄せてくる。スキルを使うと、タスケの本体も体力を消耗するようだ。


 ある程度、狼たちから距離を離したタスケは、ふと立ち止まった。


 そして、再びあの声を思い出す。


『スキルを使って、自由に生きてみせてください』


 僕は転生前も、大して夢や目標なんて無かった。ただ普通に進学して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に子どもを作って……至って『普通』の幸せを手にする道筋にしかいなかったんだ。


「……せっかくだし、異世界を『自由』に楽しんでみるか。なんて言ったって……漆黒の悪魔タスケイロだからな!」


 痛む右足を庇いつつ、タスケは夜の荒野を歩き出した。スキルをいい感じに活用して狼を追い払えたからか、不安はまだあるが清々しい気分だ。


 だが、タスケの異世界生活はそんなに甘くはない。

読んで頂きありがとうございます。

感想や評価は次作の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ