第二話 漆黒のタスケ
「ワオーーーーーーン!!」
異世界転生という未知の体験に心を躍らせていたタスケだったが、突然、背後からけたたましい動物の鳴き声が。慌てて振り向くと、そこには『狼』がいた。
しかも、ひぃ、ふぅ、みぃ……三匹!? 嘘だろ!!?
「うわああああああ!!!助けてええええええええ!!!」
タスケは絶叫しながら駆け出すが、狼の足の方が断然に速い。あっという間に追いつかれてしまいそうだ。
「なんでーーーっ!!?悪魔ぞ!!?我、漆黒の悪魔ぞ!!?」
そんなことを叫んでも、狼は問答無用で追いかけてくる。
転生早々、どうして狼に追いかけられてるんだ!? 走りながら狼の方を向くと、赤い瞳をギラギラと光らせ、よだれをポタポタとこぼしながら吠えている。
「ぎゃああああああぁぁぁ!!!」
「ガウッ!ガウッ!」
いや落ち着け? 僕の体育の成績は、三だろ!
普通だぁ……ぴえん。
《くっ、もう無理だ!!》
そう思った瞬間、タスケは後ろへと引っ張られていく。
「ひぎゃああああああああ!!!」
着ている服に噛みつかれてしまったらしく、急いで抵抗するが、狼の力はタスケとは桁違い。
これから食べられてしまうのか……!? そんな恐怖に、タスケは無意識に涙を流した。
「ぐぅ……!なんて力なんだ!」
異世界転生して数分しか経ってないのに、僕はなんでまた死にそうになってんだよ!
というか、そもそも転生されて早々、危険な夜の荒野っていうのがおかしいだろ! 普通は見知らぬ街とか村みたいな……安全なところからスタートするもんじゃないの!?
しかし、にわかには信じ難い現実ではあるものの、第二の人生を送り始めてすぐに死ぬなんて、そんなのは嫌だ!!
「このっ……黒魔術!『ナイトメア・ブリザード』!!」
「ギャウッ!!」
タスケは謎の技名を言いながらその場で回転し、遠心力で狼を無理矢理引き剥がすことに成功。思いつきでやってみたものの……上手くいってよかった。
服が破れる音がしたけど、そんなこと気にしちゃいられない。どこか逃げれるところは……!
タスケの走る先には一本の高い木があった。
「の、登れるかな……」
「ガウッ!ガウッ!」
「いや!考えてる場合じゃない!」
タスケは目の前の木まで全力疾走し、登り始める。
一度も木登りなんてしたことは無いが……とにかく地上にいたら危ない!
「うぐぅっ!!」
登っている最中に、右足に激痛が走る。痛みの原因は案の定、一匹の狼。本格的に噛みつかれてしまっていて、鋭い歯が食い込んできている。
「痛い痛い痛い痛い!!やめろぉ!!」
本日何度目かになるタスケの絶叫が、荒野に響いた。
「このー!暗黒魔術!『ローリング・ダークネス・ファイア』!!」
「ギャンッ!!」
またしても謎の技名を言いながら、狼を蹴飛ばす勢いで足を振ると、情けない声とともに狼が離れた。
噛みつかれたままの状態で、無理やり引き剥がしたものだから、傷口が抉られて痛い……!
「くぅ……!」
「ガルルルル!!」
「ひぃっ!!」
野生の狼は、痛みに悶える暇など与えてくれない。
それはそうと、僕はかなり狼を刺激しているし、血の味も覚えられてしまった。血の味を覚えられたら、一生追い掛けてくるんじゃなかったっけ!? 知らないけれど!
「ガウッ!ガウッ!」
「っ!登らないと!」
考える時間も無い! 自分で自分を鼓舞し、必死の思いで痛みに耐えながら木にしがみつく。
人間の生存本能は凄いと、何処かで聞いたことはあるが……今こそその生存本能とやらを発揮してくれ!
というか、目覚めろ! 漆黒の悪魔・タスケイロの力!!
「うおおおおおおっ!!!」
僕は柄にもなく雄叫びをあげながら必死に木によじ登る。木はゴツゴツとしていて、当然手も痛い。でも、手の痛みに構ってもいられない! なんなら手より足の方が痛いからな!
息を切らしながら、夢中で木に立ち向かっていると、一気に景色が変わった。
「っ、やった!!登れた!!!」
ナイス僕の生存本能! 太い腕の上で一人、ガッツポーズを決める!
しかし、結局のところ、現状打破はできていないのである。
「ガルルルルルル!!バウッ!バウッ!」
「ひっ!……我が僕どもめ……!我を怒らせたらどうなるか……今、分からせてみせ……」
「バウッ!!」
「ひっ!すみましぇん!」
どうやらタスケの漆黒の力(?)は、狼に通用しないらしい。(※狼じゃなくても通用しません)
狼は、タスケの方をじろじろ見ながら、唸ったり吠えたりを繰り返していた。僕を威嚇するかのように、木の周りをグルグルと回っている。
僕のことを、そのうち落ちてくるリンゴだとでも思っているのだろうか。いずれにしても、僕はあいつらにとっては手近な餌でしかない。
「完全に僕を狙っている……どうしたらいいんだ……!」
狼を自力で追い払うのは(パワー的に)絶対無理だとして、どうにか狼を別の場所に誘導できないだろうか?
この木の枝を投げて、狼の注意を逸らせないか?
でも、僕この前の体力測定、ボール投げの記録は学年平均の十五メートル。まず、木の枝なんて投げて飛ぶものなのか?
「ガウッ!!ガウッ!!」
「くっ……やってみるほかない!」
やるかやらないかだったら、やるしかないだろ! 飛んでけっ!!
「漆黒の奥義……『フライング・エイダ』!!えーいっ!!」
僕は、乗っている枝よりも細く、それでも他よりは太い木の枝を折って振りかぶり、遠くへ投げた。
ボールより軽いし、タイミング良く風にでも乗って、遠くまで飛んで行ってくれ!
そしてあわよくば、狼の注意を逸らし……。
「ガヴッ?」
「あ」
なんと、僕の投げた枝は狼の頭にクリーンヒット! そんなに痛くはなさそうだが、狼の怒りのボルテージが上がった!
「ヴヴヴヴヴ……!!」
って、どうしてこうなるんだよぉ! 僕が投げたことは理解しているようで、特に枝をぶつけられた狼が完全にキレている。
くっ……八方塞がりだ……!
「あーもう!誰か助けてよおおおおー!!!」
僕の情けない声は、夜の静寂に響き渡るだけだった。僕はこの先、木で暮らす人になるしかないのか……?
『わてはタスケ。野生の良さを知っちまったんだで』
タスケの脳裏に、野生化した自分の姿が過ぎった。
いやいやいや! 僕は漆黒の悪魔だろ! 野生人にはなりたくない! 僕は、打開策など思いつかず、頭をガシガシとかきむしった。
「……あれ?僕、そういえば……」
タスケはふと、ただ真っ白い空間で聞いた『あの声』を思い出す。
『あなたにスキルを与えました。そのスキルを使って自由に生きてみせてください』
あの声……僕にスキルを与えたって言っていたよな? あれが嘘じゃなかったら、僕は何かしらのスキルを持っているはず!
そして、そのスキル次第で、この危機から脱却できるかもしれないぞ!?
「……けど、何のスキルか分からないんだよな……」
上がりかけた気分が、再び真っ逆さまに落ちていき、がっくりと肩を落とすタスケ。あの声の主も不親切だよな……スキルの詳細くらい教えてくれてもいいのに……。
そもそもこの世界について分かることといえば、狼がいることくらい。当然、どんなスキルがあるのかも分からないのだ。
だけど……とにかく『スキル』といえば、戦いに関係しているかも! 何か……何か心当たりのある言葉とかないかな!?
「よし!『ひとりマジカルバナナ』だ!」
木の上でタスケはひとり、手でリズムを取り出す。突然の手拍子に、狼は「何事か!?」とでも言わんばかりに驚いたが、すぐにまた威嚇し始めた。
そんな狼たちを他所に、タスケはマジカルバナナに興じ始めた。
「マジカルバナナ♪バナナといったら黄色♪黄色といったら雷♪雷といったら怖い♪怖いといったら狼……あ、終わった」
果たしてこんな方法で、スキルの心当たりなんて見つかるのだろうか。心なしか、狼に冷ややかな目線を向けられているような気もする。
《やっぱりこんな方法じゃダメなのかな……?》
パッと見、ふざけているようにしか見えないタスケであったが、転生前に持っていたゲームや漫画の記憶を必死に辿っているのだ。
これといって『一番好き!』という作品は特に無かった。流行っていた作品でいえば、『なんとかの呼吸』……みたいに格好良く鮮やかに狼を斬ることも、そもそも刀が無いからできない。
「くそっ!もっとゲームをやり込んでおくんだった!」
きっとそんな問題ではない。それくらい頭の中では分かっているのだが……。
そもそも、スキルってどういうものなんだっけ!?
下から聞こえる狼の声にビビりながら、必死に転生前の記憶を思い出そうとする。
何か……何か手がかりは無いのか!?
『よーし!これでまおうをたおせるぞー!いけー!』
『ふっふっふ!かかってこいゆうしゃよ!われはタスケ!わがやみのちからをときはなち……めいかいへいざなわん!』
『すげー!タスケ、ほんもののまおうみたいだー!』
……なんで今、この記憶が蘇ってきたんだ……。
小さい頃、かっこいいセリフが流行った時期があって、必死こいて考えた、The『厨二病』でしかないセリフ……。思えばあれが僕の(厨二病の)原点だ。
さっきまでの技(?)は咄嗟に考えた、格好良さそうな名称だったけれど、特にスキルを発動したような感じは無かったな……。
不確かだけれど……僕のこの記憶の先に答えがあるような気がする! あくまで気がするってだけだけど!
「フッフッフ……我は漆黒の悪魔!いずれ魔王となる男だ!我がそう思うのなら……間違いはない!」
「ガウ……?」
タスケは木の上で高らかに笑いながら、右手で顔を覆う。よく見る厨二病の体勢だ。
おい引くなよ狼たち。悲しくなるだろうが。
「我が名は漆黒の悪魔・タスケイロ!鎮まれ!我が奴隷たちよ!」
少し躊躇いもあるが、スキルを発動させるためにいろいろ試してみなくちゃ。
まだ特に何も起こらない……もっと攻めたことを言ってみようか。相手は狼。まさか、僕の言っている言葉は分からないだろうし。
「くっ……我の邪眼が……助けを呼ぶ群衆の声に疼いている……!」
普段、人前でやらかさないように気を付けていたからか、狼相手とはいえ羞恥心が募る。
中学の頃に好きな子の前でやってしまった時よりは、百億万倍くらいマシだ!
《っていうか、スキルでもなんでもいいから、早く何か出てきてくれよー!!》
「目覚めろ、我が暗黒の闇の翼よ!我を示し導くがよい!!」
そう言って、タスケは腕をブンッと振り、決めポーズをした。片手で顔を隠しながら、片手を斜め四十五度に上げる『あのポーズ』で。
ふぅ……決まったぜ……!
目を閉じてドヤ顔をするタスケに、狼は威嚇すらしなくなっていた。うん。完全にバカにされているな……。
「……ん?」
長セリフを言い終えたからか、なんだか身体が軽い気がする。もしかして……スキルが……?
「……あれ?」
恐る恐る目を開くと、さっきまでとは景色がガラリと変わっていた。
木の上にいたはずのタスケの身体が、木よりも少し上……というより空中にあった。狼も、タスケがいなくなったことに気付いていない。
まさか僕、浮きながら透けてる!?僕のスキルって『浮遊能力』と『透明化』なのかも!?
え!? これなら狼から余裕で逃げられる!! やったぁ!!
「よっしゃ!このまま逃げてやる!!あばよクソ狼ども!!」
「バウッ!!」
どうやら声は聞こえているようで、タスケがそう叫んだ途端に狼も吠え出した。でも、そんなの気にしなくてもオーケーオーケー! だって浮いているし、透けているんだぜ!?
もう僕は、身も心も浮ついているわけだよ! こんな非科学的な体験! 転生前には出来るはずなかったし!?
タスケの挑発に乗って、荒々しく吠える狼たちを他所に、すいーーーっっと真っ直ぐ別の場所へ飛んで行く。
「フッフッフ……!やはり我の闇の力にかかれば、これくらい造作もないな!フハハハハ!」
赤と青のコントラストが綺麗な二つの月明かりに照らされ、鼻歌でも歌いたくなってきた……。
タスケは上機嫌で、大きく息を吸い込んだ……はずだった。
「……え!?どうなってるんだ!?」
鼻歌を歌い出そうとした瞬間、タスケの身体は木の上に帰ってきていたのだ。
どうして!? 確かに向こうの方まで飛んだはずだぞ!? 鼻歌が下手だった!? いや関係ないよな!?
いや、落ち着け。落ち着くんだタスケ。声は届くものの姿が見えずに浮くことができるスキルだぞ……?
変わりはないんだ! もう一度やってみよう!
さっきは勢いが良すぎて、何が起こったのか正直よく分かっていなかったんだ。今度はゆっくり、ゆっくりと浮き上がってみよう。
目を閉じて、タスケは先程のように『自分が浮き上がるイメージ』し始めた。すると、だんだん身体が軽くなり、さっきのように浮き上がって……。
「……あれ?」
浮き上がったタスケの目の前には、木の上に真剣な表情で突っ立っているタスケの姿があった。
あれ? 目の前ってどういうこと?
「っ!そうか!これ!幽体離脱みたいなやつだ!」
二度目にしてようやく気が付いた。
そう。タスケに与えられたのは、『自分の身体を浮かし、透明化することができる』スキルではない。
『自分の身体から意識を離すことができる』スキルだったのだ!
「なんか……戦いに全く向かなさそうなスキルだな……」
意識だけのタスケはそう呟いて、がっくりと肩を落とした。
というか、さっきはあの厨二病全開なポーズのまま木の上にいたのか……それはそれで恥ずかしい……。狼しかいないから、別にいいけどね。
意識だけのタスケ……幽霊っぽいから『ゴースケ』にしよう。改めてゴースケは、狼の間近に立ってみる。やはり狼の目に、ゴースケは映っていないようだ。
よぉし! 今ならやりたい放題だ! 狼を挑発して遊んでみよう!
「べーろべろべろべろ!バーカバーカ!」
「ガウ!?ガウガウガー!!」
声は聞こえるのに、姿が見えなくてイライラしてる様子の狼たち。へへっ、ざまあみろ!
って、肝心なことを忘れるところだった……早く狼から逃げなくちゃ!
でも、声だけ聞こえるならば……。
ゴースケは、木のある場所から思い切り大移動。何度か意識が戻ってきてしまったが、時間をかけて、どうにか遠くまで移動が出来た。
さっき……鼻歌を歌ったせいで、スキルの効力が消えたかと思ったけれど……。
三回戻って来ているけれど、やっぱりそうだ。月明かりに当たったからスキルが無効になった。
「なるほど。このスキル、影でだけ使えるんだ!」
だが、それさえ分かればこっちのもの。月明かりを避けながら影から影へ飛び移り、タスケの本体がいる木から、かなり遠い場所まで移動する。
「このへんかな……」
岩陰に入り込んだタスケは大きく息を吸い込み、狼の遠吠えに出来る限り寄せて叫んでみる。
「わおーーーーーーーーん!!!わおーーーーーーーーーん!!!」
さて……狼たちは反応するかな?岩陰から様子を伺っていると、ドドドドと忙しない足音が聞こえてくる。
「ガウッ!ガウッ!」
「ワオーーーーーン!」
「ガオーーーーーン!」
よっしゃ! 作戦通り、狼たちがこっちに来た! 一匹だけ鳴き方おかしい気がするけど、あえてツッコまないぞ!
ゴースケはあえて月明かりを浴びて本体に戻り、急いで木から降りた。
木から飛び降りたことで、また走る激痛……でも、気にしちゃいられない。
僕は荒野を走り出す。あてもなく、ただひたすらに。
「はあ、はあ……実際には動いてないけど……。スキル使うと割と疲れるんだな……」
ゴースケ状態からいざ本体の行動に戻すと、ドッと疲労が押し寄せてくる。スキルを使うと、タスケの本体も体力を消耗するようだ。
ある程度、狼たちから距離を離したタスケは、ふと立ち止まった。
そして、再びあの声を思い出す。
『スキルを使って、自由に生きてみせてください』
僕は転生前も、大して夢や目標なんて無かった。ただ普通に進学して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に子どもを作って……至って『普通』の幸せを手にする道筋にしかいなかったんだ。
「……せっかくだし、異世界を『自由』に楽しんでみるか。なんて言ったって……漆黒の悪魔タスケイロだからな!」
痛む右足を庇いつつ、タスケは夜の荒野を歩き出した。スキルをいい感じに活用して狼を追い払えたからか、不安はまだあるが清々しい気分だ。
だが、タスケの異世界生活はそんなに甘くはない。
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