第十五話 マーリア邸での療養ライフ
タスケはゴースケモードになり、再び、北方に位置する魔王城の前に降り立った。昨日も行っただけあり、迷うことなく来ることが出来た。道を覚えるのは得意分野なんだよな。
《マドブルクの街の人やマーリアを脅かす魔王は……絶対に倒してみせる。そのために、まずはダンジョンの攻略をすべきだ。これが勇者に取り入る第一歩にもなり得るし……》
昨日タスケが魔王城内に入った時、あまりにもダンジョン感というものが無かった。
《もしかすると、僕が入ったのは学校で言う『職員室』のような場所だったんじゃ……いや、ちょっと違うかな》
転生前、母さんの仕事はデパートでの受付だった。僕が休みの日に、母さんの忘れ物を直接受付に届けたことがある。
案内された場所には『スタッフ専用』と書かれていて、そこで母さんが出てきて忘れ物を受け取ってくれたんだよな。
きっと昨日入ったのは、働くモンスターたち専用の出入り口だったんだ。
昨晩とは異なったモンスターの顔ぶれも、脳内にメモするかのように刮目する。
《夜勤のモンスターと違う、昼出勤のモンスター……夜行性のモンスターもいれば、昼行性のモンスターもいるんだな》
そしてゴースケは、魔王城の正面入り口の柱の影、モンスターの影、ランプの影と次々飛び移って行く。
よぅし……今日はダンジョン攻略をしてやる!
「今日も侵入者はいねぇな!」
「そうだなぁ!勇者さえ来なけりゃ楽な仕事だぜ!」
《そんなこと大声で話していていいのだろうか……》
前々から思っていたけど、魔王城のモンスターたちって勤務態度悪くないか? 魔王が聞いていたらどうする気なんだろう……。世界中を監視しているのだから、モンスターの様子も把握しているんじゃないのか……?
《まあ、僕には関係ないし、気にせず進もう……お?どんどんフロアが気色悪くなっていくぞ?》
昨日の綺麗なフロアとは違った不気味な内装。埃や汚れも、きっとあえてそのままにしているのだろう。柱の影には武器を構えたり、ニヤニヤと笑うモンスターがいた。
「お疲れー!休憩していいぞー!」
「オッケー!」
適度な休憩を全モンスターに与えている……ホワイト企業め。
休憩に入っていくモンスターたちを尻目に、ゴースケは階段を上る。階段エリアは薄暗く、ゴースケの移動には特に支障が無い。
階段を一階上ると、景色がガラリと変わった。不気味な触手がうねうねと蠢いている。あれに捕まったらどうなるんだろう?
そんな通常では予期せぬことだって、柱の影やらモンスターの影から観察出来てしまうのが、ゴースケ様の凄いところなのだ!
《フッフッフ……!このモンスターの影から様子を見させていただくぞ……》
これでは悪役がどちらなのか分からなくなる。
「にしてもこのフロア、気持ち悪いよなぁ。こんなところじゃ彼女とデートもできねえや」
「いや、魔王城でデートの約束をするなよ。この触手はダメージはないものの、侵入者を迷わせるという、魔王様の聡明な作戦なんだぞ」
「そうだよなぁ……このフロア自体が仕掛け付き迷路だもんなぁ……」
なんか、聞いてもないのに解説されたんだけど!? ありがとう、そこの真面目そうな火の鳥みたいなモンスターさん。
「ん?なんか礼を言われたような気がする!」
「病院行けよお前~」
「モンスターが病院に行けるわけないやろ!」
「せやった!」
《いや、漫才師かお前ら!》
触手ゾーンを越えると、紫色のおぞましい景色になった。鼻を刺すような強烈な悪臭。これはまさか……。
《RPGゲームでよく見る毒の沼って、これか!》
沼の中では、荒野のスライムたちとは全くレベルが違いそうな大きなスライムが、ぴちゃぴちゃと遊んでいる。当然、モンスターには効かないわな……。
魔龍ヒュドラはまだ出てこない。四天王は昨日聞いた限り、各地に派遣されて毎晩魔王に報告しているのだろう……。
《にしても、勇者たちはこんなにモンスターがうじゃうじゃいて、面倒な仕掛けだらけの場所を越えたのか……。やっぱり戦闘力がある奴は違うなぁ……》
タスケも今は意識だけの状態なので、すいすいと毒の沼を泳いでいく。この沼は光を通さないらしく、ゴースケ状態だとむしろ動きやすい。
《毒の沼の中って、結構深いんだなぁ……。ちなみにゴースケは呼吸しなくても、本体が息をしていれば問題ないよ!》
ただ、このツンとした悪臭には耐え切れないので、すぐに上がった。これはハマったら最後だなぁ……ゲームなら大抵、断続的にダメージを受けるようになるけれど、実際は全然違うじゃんか。
《それにしても、三階層でいきなりガラッと視界が変わったなぁ……これは四階層も大変なことになっているんじゃないだろうか……?》
タスケが四階層のランプの影に飛び移った瞬間、コンコン、とノックの音が聞こえた。本体の方からか。一旦戻ろう。
「タスケ殿。ご夕食の準備が整いました」
「あ、ありがとうございます。マーリアは?」
「作業に集中していらっしゃるので、後でいいと言われてしまいました」
スキルを使って少し体力を消耗しているからか、夕食と聞いた瞬間、お腹がきゅるるると間抜けな音を奏でる。
でも、家主より先に食べるわけにはいかない。ベルベットさんに頼んで、まだ慣れない屋敷の中の、マーリアの仕事部屋の前に立った。
「マーリア?僕。タスケだよ」
「タスケ。今、布を裁ち終えて、仮留めしているところなの。切りが悪いですし、私のことはいいから、先に夕食を食べていてください」
「マーリアもお腹空いているだろう?それに、家主より先に食べるなんてこと、僕出来ないよ」
そう言うと、糸くずや布の切れ端をところどころにつけたマーリアが、ドアを控えめに開けた。
「マーリア。僕のためにありがとう。でも、無理しないで」
「タスケ……」
「折角の綺麗な髪に布や糸がついちゃってる。取るからじっとしてて」
マーリアは目を瞑り、金色の髪や綺麗な服についた糸くずを軽く払うタスケにされるがままだ。彼女の赤い唇が目に入り、タスケの胸もドキリとする。
いかんいかん。付き合ってない女の子に手出しなんて、そんなの紳士のやることじゃない。ジェントル・タスケだろ。(まだ言っていたんかい)
タスケは頭の中で滝行をしながら、マーリアの身なりを整えてあげた。
「ふふ。タスケは本当に優しいわね。ありがとうございます!」
マーリアの笑顔は麗らかで、それだけで僕はもうお腹いっぱいになりそうだった。
案内されるがまま、ダイニングルームへ。そこには豪華な夕食がずらりと並んでいた。タスケは口をあんぐりと開けてしまい、思わずよだれが出そうになる。
「え……あの……僕、本当にパンひとつとかで十分なんですけど……」
「遠慮は無用でございます。マーリアお嬢様のご希望ですので」
「そうよ、タスケ。遠慮なんてしないで?」
目の前には、ギルドの黒パンとは違う柔らかいパンで作られたサンドイッチ。
それだけではなく、野菜と魚のポタージュや、漫画に出て来るような大きなお肉なども並んでいる。こ、これが本当のご馳走……!
料亭にいるような、レストランにいるような……とにかく場違いな気分で、タスケはダイニングルームの椅子に座った。
「……あ、そういえば」
「どうかしたの?」
「ギルドに何も連絡入れてなかったなって。アンリさん心配してるかも」
「アンリさん……?」
「うん。最近お世話になってたギルドの受付嬢の人。怪我の心配もしてくれているし、何かしら連絡いれるべきかなって」
「い、入れなくてもいいと思うわ!タスケの宿泊先は見つかったんだから、ギルドでもそうやって処理されるはずだから……!」
「そうなんだ。問題ないならよかったぁ」
「……それより、夕食が冷めてしまいますよ?」
「マーリア、なんだか怒ってる?」
「怒ってません!」
ギルドでは宿泊するなんて言ってこなかったし、アンリさんの仕事が増えると申し訳ないなと思ったけど……マーリアがそう言うのならそうなんだろう。
それにしても、マーリアはどうしていきなり不機嫌になったんだ? あとでまた、仕事部屋に様子を見に行って、その時に話してみよう。
「タスケ殿は本当に、罪作りな方でございますね……」
「本当にな」
「あぁいうのを、天然タラシって言うんだぜ」
呆れている使用人たち三人を他所に呑気なタスケは、豪華な料理を口に運び始めた。
「んんーっ!美味い!こんな美味い料理初めて食べたよ!」
「……ふふっ。喜んでいただけて何よりです。たくさん食べて、療養に努めてくださいね」
「うん!ありがとうマーリア!」
マーリアがアンリの話をした途端に、複雑な表情をしていたことになんて、鈍感なタスケは気付かない。彼女も彼女で、タスケの鈍感さを理解したのか、笑って誤魔化した。
ある意味、彼は『恋愛・男性・ハーレム』と検索したら出て来るようなラノベの主人公。一寸先はバラ色人生である。
「勿体ない奴だな……」
「あはは、言ってやるなよ……」
「まあ、我々は見守っておきますぞ」
仕事に戻って行く三人を尻目に、僕とマーリアは二人きり、食卓を囲んだ。
「もしかして、さっきもスキルで探索を?」
「うん。ダンジョン攻略して見ているんだ。夕食後にまた行こうかなって思ってて……」
「ふふ。本当にタスケは努力家ですね。でも、怪我を治すことが先決です。爺やたちもちゃんと見張っていてください」
転生して早々に死にかけていたものの、一瞬で引き上げられてギルド生活以上に良い暮らしを手に入れてしまった。本当に僕は人に恵まれているな……。
マーリアの援助はタスケの心に火を点けた。怪我を動かすことなく探索が出来るスキルで、タスケいろいろな場所へと飛び回る。
《ここが魔王城近くのダンジョン……アンリさんが言っていたところ……》
ある時は、魔王城ではなく魔王城付近のダンジョンへ飛び、モンスターを狩りまくる勇者たちの様子を見たり。
《あ、タータンさんがあんなところに。あのモンスターに苦戦しているのかな……あのモンスターって確か、魔王軍の見回り班のひとりじゃないか》
またある時は、マドブルク周辺の荒野に飛んで、屋敷の人たちの安全を見守ったり。
マーリアたちの空いている時間を使って、文字を書く練習もさせてもらい、マドブルクの街の外の情報メモは膨大になっていった。
そんな日々を送りながら、タスケが怪我の療養を始めて数日。ある日の昼食時だった。
「……タスケ?」
「……何?マーリア」
「怪我はだいぶ良くなってるみたいですが、貴方ちゃんと寝ていますか?」
マーリアは少しだけ眉を顰めてタスケを見ている。そう言う彼女の目の下にも、薄っすらとだがクマがあった。
彼女も確実に無理をしているよな……。金の糸のような綺麗な髪も、白い肌も健在なのだが、明らかにイラついている様子。
「マーリアこそ、徹夜で仕事してるでしょ。無理だけはしないでね?」
「うっ……でも、タスケだってずっとスキルを使っているじゃないですか」
「ぐっ……だけど、本体はたまに動かしてるから……」
「お二人ともちゃんと寝てください」
ベルベットさんの一言で、僕たちは押し黙って食事に手を付ける。今日の昼食は南の方の国から取り寄せた野菜がたっぷりと入ったビーフシチューに、柔らかいパン。
屋敷にはシェフも常駐しており、ギルドで支給される食事とは、美味しさに天と地ほどの差がある。本当にここまで好待遇を受けて良いのだろうか。
「はぁ……すみません、気が立ってしまって……」
「いや、マーリアが忙しいのは分かっているし、大丈夫だよ。僕もちゃんと寝るようにするから、マーリアも寝てね?」
「はい……ありがとうございます」
マーリアは心から僕を心配してくれているが、反対に僕もマーリアが心の奥底から心配だった。
「ご馳走様でした。私は作業に戻りますが、タスケはゆっくり、たくさん食べてくださいね」
「あ、うん……」
そう言ってマーリアは席を立った。出された食事を半分以上残している。僕とベルベットさんは顔を見合わせた。
「……ベルベットさん」
「恐らくタスケ殿と同じ考えでございます」
「マーリアの残した料理も、食べて大丈夫ですか?」
「そっちですか。いいですけれども」
ベルベットに許可を貰い、タスケはテーブルの上の料理たちを全て平らげ始める。
スキルを使うとお腹が空くのだ。最近はもっぱら、睡眠よりも食事で体力を回復しているから、食欲が増している。
「でも、マーリアの体調は本当に心配です。僕のせいで負担を増やしているようなものですし……」
「わたくしどもも、心配しているのですよ」
「僕が言ったところで説得力無いもんね……」
「貴方もちゃんと寝てください」
「分かってますよ……でも、ようやく松葉杖は使わなくてよくなったし、さっきだってギルドに出掛けていたでしょう?怪我は治ってますし……」
「本当にマーリアお嬢様といい、タスケ殿といい……頑固なところが似ていらっしゃる……」
ベルベットさんはそう言って頭を抱えた。
でも、家主であるマーリアが寝不足になってまで仕事をしているのに、僕が休むわけにはいかないだろ……。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お粗末様です。いやぁ、タスケ殿の食べっぷりは、見ていて清々しいですが」
「片付けも手伝いたいのに、まだ腕の包帯取れなくてすみません」
「いえいえ。片付けくらい大丈夫でございます。それよりタスケ殿も休んでください」
「は、は~い……」
ベルベットさんの謎の気迫に押されて、タスケはダイニングルームを後にする。
「そうだ!ベルベットさん!少しだけマーリアを休憩させましょう!」
「さっきも言いましたが、締め切りの迫ったマーリアお嬢様はピリピリしてらっしゃるのですよ。何をするおつもりで?」
「フッフッフ……!ベルベットさんは、マーリアの紅茶の準備をお願いします」
「……なるほど。かしこまりました」
悪巧みでもするような笑い方をしながら、タスケたちは思い思いの場所へと向かう。
一体、何をする気なのだろうか?
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