第十二話 魔王城でいたずら
魔王城の奥の奥へと進むゴースケ。明るいランプを避けつつ、そびえ立つ柱の影や飾られている魔人像の影などを使って、魔王のいる場所へと向かっている。
緑色の肌のゴブリンやら、鬼のような顔をした仮面やら、様々な種類のモンスターがうじゃうじゃいるが、気に留めずに進んで行く。
ここまでの旅路でたくさんのモンスターたちに遭遇してきたせいか、だんだん慣れてきてしまった。実際に戦うのはごめんだけれど。
「それにしても、これだけ勢力を拡大していて、ヒュドラ様が勇者を討伐したのに、夜の見張りなんて必要かぁ?」
「念のためだろう。魔王様は慎重なお方だから、夜の侵入者も警戒しているんだ。本当に聡明な方だよ」
また魔王の話をしている……勇者を倒したっていうヒュドラの話まで。なんだかこんなに慕われていると、僕の中での魔王のイメージがだんだんスーパーアイドルになってきた。
「とはいっても、三日連続夜勤はしんどいぜ。給料はいいんだけど……」
「仕方ないだろ。日勤のモンスターには家庭があるんだ。それに、お前も三年目にしてやっと魔王城・直属モンスターに昇格したんだろ」
いよいよ魔王城がひとつの会社に見えて来たぞ……出世システムまであるんかい。
《それにしても、スキルを使ってだけど、もう魔王城に辿り着けるなんて……幸先がいいんじゃないか?フッフッフ……さすがは漆黒の悪魔・タスケイロ!》
戦闘向きではないこのスキルを悔いていたタスケだったが、思わずガッツポーズをするくらい舞い上がる。
索敵に特化したスキルだという自覚はしていたが、ここまでとは……!
《ククク……フッフッフ……》
「お前の影、なんか変な形してね?」
「そうか?」
僕が影に入っている時に変なことをすると、影も変形してしまうことには、本当につい最近気付いた。
《このままじゃ展開上つまらないし、悪戯してやろう》
すっかり浮かれているタスケは調子に乗って、モンスターの影から両手の人差し指を頭の部分に立てて遊んでみる。
そして、そういうことは作者の都合上、あまり言わないでほしい。
「ぶはっ!お前の影、鬼みたいになってんぞ!!」
「ええ!?一体なんなんだこれ!」
フッフッフ! いい気味だな! 影を使って魔物たちをおちょくるのは楽しいなぁ!
僕の攻撃が効かないということは、逆にモンスターが何をしてこようとも、僕は一切攻撃を食らわないわけだし!
「影に何かいるのか?おらっ!おらっ!」
「ははっ、お前今子どもみたいだぞ。なんだか故郷を思い出すな。影踏みって遊びがあってさぁ」
「あ、それ俺も知ってる!もしかして俺ら近く出身か!?」
……なんか、昔話に花を咲かせてる。ていうか、モンスターにも故郷とかあるのかよ……もうツッコミ疲れたな……。
っていうか、そろそろ魔王の居所を掴まなくちゃ!
ゴースケはそのモンスターたちの影から、また別のモンスターの影に飛び移って行く。宛はない。だが、城内のモンスターは大抵話せるらしく、移動中も様々な話を聞くことができた。
「魔王様、次は南の方を狙うってよ」
「さすがは魔王様。慎重な上に手が早い」
南の方か……。マドブルクからは遠いし、僕にとって縁もゆかりもない場所だが、聞いてしまった以上、どうにかして助けてあげたいな。
そんなことを考えていた時だった。周りのモンスターたちの空気が明らかに変わった。
モンスターたちが壁際に寄り、頭を下げる。なんだ……? 大名行列か?
「道を開けなさい。雑魚共」
「開けてらっしゃるでしょう」
「魔王様、何のお話だろう~?」
「ついにワシとザキル殿の縁談かのう?」
「やめて。気持ちが悪い」
身の毛のよだつ感覚が、ゴースケを襲う。
四つの声の先には、セクシーな赤いドレス姿を身に纏っている魔女のようなモンスターに、ローブを目深にかぶった魔導士らしきモンスター。そして、のんびりとした話し方をしている大トカゲと、そんな大トカゲとふざけ合う老人っぽいが筋肉質なモンスター。
今まですれ違ったモンスターたちとは、雰囲気が全然違う……。
「えんだんってなぁに?おいしいの?」
「フォロビさんは知らなくていいですよ」
「今ひとつ願いが叶うとするなら、ザキル殿とデート出来る権利が欲しいぞい!」
「半径五メートル以内に入らないで頂戴」
緊張感の全くない会話だが、ピリピリと張りつめた糸のような空気は変わらない。強そうな四体ということは……まさか?
「魔王様、我々『魔王軍・四天王』でございます。入りますよ」
「あぁ。入るが良い」
やっぱり……『四天王』……! 魔王の配下でも一番強い四体か……!
なんとなくゴースケは、四人の中で一番殺気立っていない、フォロビと呼ばれたモンスターの影に入り込む。そして、魔王がいるらしき部屋の中へ侵入することに成功した。
魔王ヴリトラ……。彼は漆黒に包まれた、実態のよく分からない存在だった。その点では僕と同じか。僕だって今は影だし。
《今のところ、問題なく散策できてるけど、万が一、僕のスキルを見破れるモンスターがいたら終わりだなぁ……》
ここまで比較的スムーズに来れたものの、柱の影や床の下で戦闘態勢を整えるモンスターたちをよく見かけた。
RPGで突然出てくるモンスターって、あぁやって隠れてたのか……。
こんなに沢山いると、前情報なしに魔王城に行くなんて、即死案件だろう。
「では、今日の報告をひとりひとり聞いていこう。まずはザキルから……」
「魔王様、少々お待ちを」
「どうしたグリダ」
魔導士のようなモンスターがアルトボイスを響かせ、こちら(正確にはフォロビ)に歩み寄ってくる。
なんだ……っ!?
「火炎魔法……グリメーラ」
《やばっ!?》
グリダは魔法を唱え、手から炎を灯し、フォロビに近づけた。
「わああっ!?なになに~!?」
「……気のせい、でしたか」
「グリダ殿、何か見えましたかのぅ?」
「いえ……少しフォロビさんに『悪い虫』がついているような気がしたので」
「えぇ!?僕、今日はちゃんとお風呂入ったよぉ!?」
「いつも入りなさいよ、バカね」
っ……はぁ、はぁ! びっくりした……! ゴースケ状態なのに息を殺してた!
あの魔法の炎がもう少し近づいて来ていたら、照射されて強制送還されるところだった……!
あの魔導士・グリダ……。この四人の中では一番危険かもしれないな。
「話を戻すぞ。お前たちを四方向へと向かわせていたが……ザキルから報告を頼む」
「はっ。わたくしの行った北の方角には、この前のような不届き者はおりませんでしたわ」
四天王たちと魔王の会議が、これから始まるようだ。これはいいチャンス。た~んと盗み聞きさせていただこう!
《フッフッフ……フーッフッフッフ!》
「タスケさんっ!」
「わあ!?」
聞き覚えのある女性の大声によって、僕の意識は本体へと戻る。タスケの顔近くには、アンリがいて……ドキッと胸が高鳴る。なんだこのシチュエーション!アニメか!?
「ア、アンリさん!?」
「よかった目が覚めて……机で突っ伏して寝ていたので、心配したんですよ!?」
「ご、ごめんなさい……」
「ベッドがあるんですから、ちゃんとベッドで寝てください!ただでさえタスケさん、怪我をしていらっしゃるのに!」
「はぁい……」
アンリの心配の入り混じった怒りに驚きながら、タスケは転生前の母さんを思い出した。
『タスケ!そんな体制でゲームしてたら、身体歪んじゃうわよ!』
『え~?うるさいなぁ……』
ベッドで寝そべりながら携帯ゲームをする僕を叱りつける母さんとは、もう二度と会えない。改めて僕は、異世界生活の心細さを感じた。
「大丈夫ですか?表情がしょぼくれた犬のようですが……」
「あ、大丈夫だよ。あ痛たた……漆黒の悪魔として不甲斐なしっ……」
「何を言っているんですか……?」
「あはは。アンリさん、忙しいのにわざわざすみません……」
アンリさんが本気で心配の眼差しを向けてくるが、笑って誤魔化して仕事中であろう彼女を労わった。意外に僕、紳士なんじゃない?ジェントル・タスケって名乗ろうかな?
「もう……本当ですよ。私は仕事に戻りますけど、大丈夫そうですか?」
「うん。ありがとう、アンリさん」
部屋を出て行く彼女の後ろ姿を見送り、僕は机の引き出しを上から順番に開けていく。一番下の引き出しから、ようやく紙の束とペンとインクを見つけ出す。
さっき見てきた魔王城での出来事を、今すぐメモしないと!
使い慣れないペンを手に取り、先端にインクを付けて、さぁ書くぞー!
「……うわ!破れた!なんだよこのペン!?書きにくすぎだろ!」
このインクを付けて書くタイプのペンは、現代っ子のタスケには扱いにくく、書こうとするたびに紙が破れてしまう。ボールペンとかシャーペンはないのかこの世界!
「力を入れすぎるといけないのか……。じゃあ、そーっとそーっと……っああー!なんでだよぉぉぉ!!」
タスケは破れてしまった紙を前に、再び机に突っ伏す。力の入れ具合が全く分からない。
アンリさんはこういうの得意そうだけど……。ギルドの受付で大変そうだし、代筆を頼むことなんてできないな……。
くっそ……どうすれば。
『私も戦えないけれど、裁縫技術には自信があるんです』
タスケはふと、マドブルクに行く前に笑顔でそう言っていたマーリアを思い出す。
「マーリアに頼もうかな?第一、発行してもらった冒険者証明カードの文字……異世界文字なのか、読めるけど書けないし……書き方を教えてもらえれば……」
そうと決まれば眠気なんて無視だ。タスケは紙の束を拾い上げ、冒険者証明カードとともにアンリに渡された『冒険者の袋』の中に突っ込む。
あと、ペンとインク。そして、アンリが朝食用に置いてくれた黒いパンを持って、タスケはギルドを出ることにした。
ギルドを出る直前、受付にいたアンリに呼び止められる。
「タスケさん?出掛けても大丈夫なんですか?」
「うん。リハビリを兼ねて街の中を散歩したくて」
「そうですか!いってらっしゃい!道中お気を付けて!」
「はーい!あと、パンもありがとう!」
「いえいえ!」
ギルドの扉を開けて、マドブルクの街の散策もとい、マーリア探しへと出掛ける。
「いくら戦闘要員ではないとはいえ、生身でも……動かなくちゃ」
松葉杖をつきながら、一人呟く。本当は自力でモンスターをバッタバッタ倒していくような、そんな冒険がしたかった。
でも、僕にもできることがあるはずだ。そう自分を鼓舞して、タスケは一歩を踏み出した。
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