第十一話 魔王城はホワイト企業
念のために言っておくが、僕のスキルは『暗闇や影の中に入り、意識を自由に行動できる』というもの。狼、スライムとの戦いや、ゴメスとの手合わせで証明されたように、肉弾戦に向かないスキルだ。
仕事に戻ったアンリさんと別れ、部屋に戻ったタスケ。
腰につけた袋の中から再び地図と旗を取り出し、魔王城に旗を刺す。そして地図を手に持ったまま椅子に座り、心の中で叫んだ。
《よぅし……スキル発動!出でよもう一人の僕……我が名は漆黒の悪魔・タスケイロ!!》
ゴースケに変身。変身というよりは、幽体離脱みたいな感じなんだけどね。
影から影へと飛び移り、マドブルクの街の外へ出る。マドブルクの街の探索はたくさんしていたが、この荒野の景色を見るのは転生してきて、マーリアたちに出会ったあの時以来だ。
このスキルもだいぶ使いこなせるようになってきていたようで、かなり俊敏な移動ができるようになった。
「お、我が眷属を発見!」
プルンプルンと移動している、黄緑色のスライムを発見。何処へ向かっているんだろう……。
なんとなく気になって、ゴースケはスライムの影に入り込んだ。
「プルンッ、プルンッ」
スライムはプルプルと身体を震わせながら、楽しそうに移動している。
《いったい何処へ……うわっ!!?》
辿り着いた場所に、日差しが勢い良く差し込んできた。な、なんだなんだ!?
「プルルルァ……!」
「ギャアアア!!日差しがァ!!」
日向ぼっこを始めたスライムは気持ち良さそうだが、ゴースケは直射日光に弱いのであった。
「はぁ……帰ってきちゃったよ……」
日光を浴びた影響で、タスケは自室に戻ってきていた。
あまり好奇心に任せた行動をしていると、こんな事態になりかねないんだな……。
「もう少し慎重に行動しなくちゃなぁ……。せっかくスキルを持っているんだもんな……」
異世界転生してきたんだ。僕だって……。
「活躍したい!って、あ痛たたた……」
そう叫んで立ち上がる。今はまだこんなザマだけど……いつかは物語の主人公みたいになれたらなぁ……。
既に勇者という存在はいるものの、あれだけヘイトが向けられているなら、僕もワンチャン……? なんて思ってしまうんだ。
夢のようなことを考えていると、部屋をドンドンとノックする音が。この無遠慮さ……恐らくあいつだ。
「入るぞタスケ!なんだ、思ったより元気そうだな!」
「やっぱりゴメスだ。うん、元気にしてるよ」
「そうかそうか!ところで、怪我の具合はどうだ?」
「まだ痛むけれど、なんとか快方に向かっているよ」
「それにしても、酔った勢いとはいえ、悪かったな。怪我しているのに手合わせなんて」
「ゴメスってば、僕に会う度にそれ言ってるじゃん。もう気にしてないよ。それに、僕が弱すぎたからでもあるし」
僕がギルドに来たその日。酔った勢いで、無理やり手合わせに持ち込んできたゴメス。
彼は酔いが醒めてから周りの説明を受け、すぐに僕に謝ってきた。根は悪い奴じゃないんだ。酒癖だけが問題のようで、同様のことをよくしでかしていると、アンリさんから聞いた。
「まあ、その酒癖の悪さはなんとかした方がいいと思うけど。テイラーさんに酒の飲み方教わったら?」
「あっはっは!頼んでもやってくれるはずが……」
「やってやろうかい?あんた酒に酔うとうるさいしね」
「あ……すみません、結構です」
「あはははは!テイラーさんもお見舞いに来てくれたんだ」
「あぁ。いい酒も持って来たから、あんたと一緒に飲もうと思ってね」
「いやいやいや、僕は飲めないよ。お酌だけならするけどさ」
酒が入ると怪力になる魔法使い・テイラーさんとも、最近仲良くなった。クエスト中以外は大抵、ギルドの中で酒を飲んでいるので、お酌をして取り入ったのだ。
テイラーさんに取り入った理由は、勇者に取り入る練習がてら、僕の仲間として先陣を切って戦ってもらえたらラッキーだな……という下心もあったのだが……。
《この人は個人で強いし、勇者のパーティくらいレベルが高くないと、入らないだろうなぁ》
「でも、確かにタスケはひ弱すぎるよ。あんたこそ、鍛えるべきじゃないかい?」
「あはは……そうなんだよね……。今一番の悩みだよ」
「ふむぅ……良かったら俺が鍛えてやろうか!? 俺式・筋力トレーニングがあるんだ!」
「ゴメスにしてはいい提案だけど、まずはタスケの怪我が治ってからだよ」
「あはは。治ったら改めて頼むよ」
「よしきた!」
「タスケってば、なんだかやる気に溢れているじゃないか!誰だ!?」
「タスケだよ!だって、僕も流石に、このままだと冒険者らしくなさすぎるし!」
「いい面構えだな!応援してやるよ!」
「あたしも!」
「ありがとう!二人とも!」
タスケがここまで前向きになれているのは、転生したからこそだろう。転生前は『なんとなく』で生きて来たのだから。
だが、今は勇者に取り入ってパーティに加えてもらい、魔王に打ち勝つという、明確な目的を打ち立てている。
《そうと決まれば、スキルを伸ばす練習に集中しよう!》
見舞い用のフルーツを置いて、ゴメスとテイラーはタスケの部屋から出て行った。
フルーツは定期的に冒険者のクエストで、マドブルク外から集められる。きっとその一部を、二人は見舞い品として置いて行ってくれたのだろう。
タスケはその中からバナナを取り出し、口にする。スキルを使用した後は、お腹が空いたり、眠くなったり……何かとタスケ本体に負荷が押し寄せるのだ。
「……さて、気を取り直して……ゴースケ出陣!」
再びゴースケになり、さっきスライムと対峙した付近よりも、遠くへと進んで行く。手には魔王城の方向を示す地図。
本体が手に持っているもの……例えば着ている服が変わらないように、地図を手に持っている場合は、ゴースケも地図を持てるのだ。
周りのスライムを始めとする魔物たちが気付いていないあたり、地図も影に溶け込んでいるのだろう。
って、もしも地図だけ浮いていたら、かなりシュールな絵面になっているか。
「さーて、魔王城は……っと」
木の陰、岩陰、木の中の影、歩いている冒険者の影を使って、ゴースケはどんどん進んで行く。こんなに大移動をするのは、マーリアたちに出会う前くらいじゃないだろうか。
影から影へと乗り移っていると、次第にすれ違うモンスターも大きく、強そうなモンスターばかりになっていく。魔王城が近づいてきているのだろうか?
「地図上だともっと先……この世界にはどれだけのモンスターがいるんだろう……」
考えただけで身震いがする。武者震いではない。完全なる怯えだ。
だが、相手を攻撃できないこと同様に、本体さえ安全な場所にいれば、僕は無傷で帰って来れる。あまり深く考えずに飛んで行こう。
紫色の夕暮れ時を過ぎて、気付けば夜。赤と青の月明かりを避けつつ、ゴースケはまだまだ歩みを止めない。
「ふぁあ……。なんか……眠くなってきたな」
ロングラン(ウォーク?)をし過ぎたからか、次第に眠気が押し寄せてくる。でも、ここで眠ってしまって本体に戻るのは、非常に勿体ない。
「この方角で合ってるはずだけど……」
「むぅ!?人間の声!?」
「ひぃっ!?」
「……気のせいか」
突然近くから聞こえてきた声に、ゴースケは悲鳴をあげる。
声の主は、身体の大きな獣人型モンスターだった。顔も牛と馬の中間のような獣の皮に包まれていて、声も野太い……。僕が声さえ出さなければ攻撃されないものの、怖いものは怖いんだよ!
モンスターの中には話せない者もいれば、今の奴のように喋れる者もいる。この違いは何なのか考えていたが、どうやら耳の有無が関係しているらしい。
人間も耳が不自由な人が話せないことと同様に、モンスターも耳がある者は話すことができるようだ。
人間もモンスターも、そうそう変わらないのだろうか。
「この辺り周辺は何も異常なし……魔王様に報告せねば」
「……ん?」
「ヴリトラ様。このあたりに邪魔者はおりません」
通り過ぎようとしていたモンスターの言葉に反応し、ゴースケは素早く彼の影に入り込む。今こいつ、『魔王』って言ったよな?
なにかで通信しているようだ。通信機能もあるのかこの世界。
「では、私はこのまま戻って別時間夜勤の者と交代いたします……はい。ありがとうございます」
戻る……? もしかして、魔王城に行くのかも……! これはこのまま行くしかないな!
「八時間の勤務で休憩一時間あるとはいえ、疲れたな……。戻るか……魔王城に」
こいつの影に入っていれば、楽々と魔王城に行けそうだ! ちなみにゴースケは、動く影に入っていれば、スキルで消費する体力が激減する!
「はぁ……でも帰ったら子どもの相手しないと」
子どもがいるのかモンスターにも! いよいよ人間とそこまで変わらないな!?
「女房、機嫌がいいといいな……」
そして奥さんは鬼嫁なのか……モンスターの足取りは重たい。大きな角に立派な筋肉を携えていて強そうなのに、なんだか某ファミリー向けアニメのサラリーマンのようだ。
ちょっと可哀想になってきたな……彼が帰った後、奥さんに怒られませんように。
影の中で手を合わせて祈っていると、はたまた聞き慣れない話し声が聞こえてくる。目だけを動かしてみると、このモンスターと同じような姿のモンスターが二体いた。
「おぉ!お帰り!」
「見回りお疲れぃ!」
「あぁ。今日も疲れた……交代頼む」
「おう!後は任せろ!」
「ゆっくり休めよー。お前明日休日だろ」
「あはは。休日は休日で家族サービスしないと」
「マジか~。まぁ、身体壊さないようにな」
二体のモンスターは、口々に仕事帰りの仲間を労っている。どうやら、交代制で辺りの見回りをしているようだ。というか、休日に家族サービスなんて大変だなぁ……。
僕の父さんもこんな気持ちだったのかな……いや、母さんは鬼嫁なんかじゃなかったし!それは無い!
って、そうじゃなくて!
《でっけええええ!!!》
不本意だがモンスターのお陰で、ゴースケはあっという間に魔王城に辿り着いた。禍々しいオーラは、ゴースケの状態ながらも身震いさせるものだった。
マドブルクの街並みや、マーリアたちの乗っていた馬車とは真逆の、漆黒と深い紫に包まれている大きな城。まさか、このスキルで魔王城に行けるなんて。
《ここまで来たら、探索してみるしかないよな。未来の我が城になり得るしな!》
モンスターの影に入ったまま、僕は魔王城の中へと侵入した。中は思ったより明るく、うっかりランプの明かりを浴びないよう、魔物の影にもっと深く入り込む。
《埃一つ無い……魔王は案外綺麗好きなのか?いや、流石に部下にやらせているんだろうな。でも、魔王がそこまで汚れを気にするタイプなんて……なんだか意外だな》
魔王といえば、勇者をはじめとした人間たちを脅かし、世界を崩壊へと導いていく……そんなイメージだったのだが……。
《この世界じゃ勇者が嫌われ者で、魔王はモンスターたちに慕われて……どっちが悪なのか分からなくなってきた》
魔王城内では空いた時間を利用し、会話の出来る魔物たちが雑談している。話題は主に魔王のことで持ち切りだ。
「ヴリトラ様のお陰で家計が潤っているよなぁ」
「俺たち家族も、ヴリトラ様に救われたんだ」
ほら、魔王・ヴリトラについての噂はこんなにいいことばかり。さっきのモンスターもぼやいていたが、魔王城はいわゆるホワイト企業らしい。
ブラックだかホワイトだか、学生だった僕にはさっぱりだったが、魔物たちの笑顔から察するに、本当に良いことなのだろう。
確か、社会の時間に習った労働基準法? では、八時間労働が定められていたはずだし。このモンスターだって、疲労困憊だからマイナス思考の発言ばかりしているだけだろう。
《……もしかして魔王って、そんなに怖くないのかな?》
ゴースケは意を決して、モンスターの影から別の影へと飛び移り、魔王城の奥へと突き進んで行った。
魔王ヴリトラを、一目見るために。
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