第十話 やばたにえん
冒険者ギルド『ブルクハーツ』に来て数日。タスケは松葉杖をつきながら、ギルドの受付へと向かっていた。
ギルドに来た初日に悪化した右足と左腕の治療に専念しつつ、ギルド内を歩き回っていろんな人と交流を深めている。
その中でも、タスケが特に仲良くなった人物がひとり。
ギルドの受付で働く彼女に、タスケは朗らかに声を掛ける。
「アンリさん、お仕事お疲れ様です!」
「あら、タスケさん。調子はいかがですか?」
「おかげさまで好調です。まだ松葉杖は外せないですけどね!」
「アンリ、休憩いいわよー」
「はーい!タスケさん。お昼一緒にいかがです?」
「はい!」
スキルを使って、アンリの仕事内容や休憩時間を全て把握したタスケ。
分からないことは必ず彼女に聞いたり、世間話をしに行ったりと親密になろうと努力した結果……今じゃ彼女からお昼に誘われるくらいに仲良くなった。
「それにしても、タスケさんは怖いくらいにタイミングがいいですよね」
「あはは、勘ですよ。勘」
「ふふっ。タスケさんは面白いですね」
「よく言われますけど、そんなに僕って面白いですかね?」
「今までお会いした、どの冒険者よりも面白いですよ。特にお話が」
マーリアにも面白いと言われたな……もしかして僕って、この世界では『面白い人』に分類されちゃう!?
フッフッフ……これなら僕は漆黒の悪魔というより、純白の天使になれるのでは!?
……いや、純白の天使って格好良くはないな……。僕は漆黒の悪魔・タスケイロのままでいよう。
というボケはさておき、彼女は今まで数々の冒険者を見てきているそうだ。たくさんの冒険者が集まる、このギルドに登録されている全ての冒険者を、彼女は記憶しているらしい。
なんという記憶力……凄いなぁ。
彼女は慣れた手つきで、テーブルに冒険者やギルドスタッフに支給される食事を広げていく。基本的に固い黒パンやフルーツのみだが、何も食べられていない時よりは何倍もマシだ。
パンが多少不味くたって、僕は一つ残らず平らげるし、なんなら美味しいとすら感じる。
「もぐもぐ……んん!この固さがたまらない……!」
「タスケさんは変わってもいますよね……。みんなギルドの食事は不味いって言って、支給されても食べない人だっているのに」
「僕、ここに来るまでに飢え死ぬ寸前までお腹空いてた時がありましたから!食事があるだけでありがたい!」
転生前は料理上手の母さんお手製の美味しい料理や、父さんがたまに連れて行ってくれた外食など、美味しいものを食べて育った僕。
異世界転生していなかったら、二人が当たり前に与えてくれた愛情なんて、知る由も無かっただろう。今になって二人の愛情を身に染みて感じるよ。
「そういえばタスケさん。地図はもうご覧になりました?」
「地図?ざっくりとは見ましたけど……。地図がどうかしたんですか?」
「地図と旗の説明を、いい機会なのでしておこうと思いまして」
「地図と旗……これとこれですよね」
タスケは服に付いた腰袋の中から、地図と旗を取り出す。これらも冒険者登録をしたときに支給されたものだ。
「地図上の行きたい場所に旗を刺すと、方角を示してくれるんです」
「へえ……」
「便利でしょう?」
「便利ですけど……毎回微妙にハイテクですよね」
受付の犬のカメラ眼球といい、どうして若干ハイテクなんだこの世界。現代っ子のタスケとしては、ちょっとハイテクな方がすぐに慣れそうだけれども。
「私も知った時は驚きましたが……」
「僕もびっくりですよ……」
少しだけマーリアたちから話を聞いてはいるものの、まだまだこの世界は知らないことばかりだ。
アンリさんと仲良くなったのは、もっとたくさんの知識を蓄えるためでもある。
タスケは転生前、学業の成績は普通だったけれど、物凄くバカというわけでもない。戦闘力が無いのなら、戦いにおける『参謀役』になろうと思ったのだ。
もちろん、勇者たちの。悪の参謀。格好良いだろ?
「それにしても、タスケさんはこの世界について知らなすぎてびっくりですよ」
「あはは……軽い記憶喪失?みたいな感じでさ」
「でも、タスケさんのような方は多いですから。慣れてます」
「あ、そうだったんですか?」
異世界転生したなんて信じてもらえないだろうから、記憶喪失だと咄嗟に嘘を吐いたが、どうやら冒険者を志す者たちは、大抵タスケのような状態らしい。
勇者たちはきっと、確実に異世界転生されてきたはずだ。もしかして、他の人たちも転生されて……?
いや……さすがに話が出来過ぎているよな。
「タスケさん?何か考え込んでいるみたいですが……大丈夫ですか?」
「あ、ごめんなさい。そういえば、アンリさんはあまり勇者の話をしないですよね。僕、勇者がどんな人なのか知りたいんですが……」
そう尋ねると、アンリさんは小さく溜息を吐く。
「勇者……あのうつけのことですか」
「う、うつけ?」
「力があるのをいいことに、傍若無人な振舞いばかりするので、この街ではそう呼ばれているんです」
マーリア同様、アンリさんも勇者のことは苦手……というよりは、明らかな嫌悪感を抱いているようだ。
「勇者だけではありませんよ。勇者パーティの面々は、どうもキャラが濃いというかなんというか……常識知らずの集団みたいで」
「へ、へぇ……」
「確かに魔王に対抗できるのは彼らだけ……実力も類まれなるものですが、態度は改めていただきたいものです。横暴すぎます」
マーリアたちも話題に上げていたが、随分人に嫌われている勇者だな……本当に勇者か?
「そういえば、妙な言葉遣いをするって聞いたことがあるんですけど、具体的には?」
「意味が分からないことばかり言ってましたよ。『やばたにえんのむりちゃづけ』とか『タピりたい』とか……」
う~ん……僕が苦手とする陽キャの香りがプンプンするなぁ……。上手く取り入れられるだろうか。ちなみにアンリさんには、勇者に取り入るつもりであることを話してある。
「それにしても、あんな人たちに取り入ったって、何にもならないでしょう?タスケさん、何をする気ですか?」
「いやぁ……僕、完全なる非戦闘要員だからさ」
「……自分で言ってて悲しくないですか?」
「悲しいですよ。傷口えぐらないで……」
「すみません……つい」
アンリさんは、悪気なく人のデリケートな部分を刺すところがある。それを含めてもいい人なんだけどね。
「僕のスキルの話は、アンリさんにしか言っていないんだけど……このスキルは、全くもって戦闘に向いていない。そして僕には力も無い。なら、勇者たちの参謀として、魔王を倒すための協力が出来ないかなと思ったんだ」
「そういうことでしたか。タスケさんは、心優しい方なんですね!」
「そんなことはないよ」
ただ、転生前のように後悔を残していきたくない。それだけだ。
アンリさんは優しく微笑んで、話を続けてくれる。
「勇者たち四人が魔龍ヒュドラに倒されたことはご存知でしたよね。勇者たちは今、魔王城近くのダンジョンで修行中と聞いています」
「じゃあ、そこに行けば会えるってことですか?」
「恐らく。でも、タスケさんの今の状態では行けないと思いますよ。怪我が完治した後も厳しいかと」
「うーん……分かり切ってはいたけれど、突き付けられると辛いなぁ……」
「あっ……」
そう。勇者に取り入るためにはまず、勇者に出会うことが先決だと思ったタスケは、勇者の居所を掴みたいのだ。どうやら魔王城近くのダンジョンにいるらしい。
そこまで行ければ話はできそうだが、生憎この怪我では無理そうだ。しかも聞く限り、ダンジョンも勇者たちも曲者らしい……何かネタが無いと。
「この地図に唯一、紫色の建物があるでしょう?ここが魔王城なので……推測ですがこの辺りでしょうか」
「なるほど……」
アンリさんが指差したのは、魔王城の位置からそう遠くない位置の洞窟マーク。魔王城の近くだから、強いモンスターがいるのかも知れない。
「それこそ、タスケさんのスキルを使って、影の状態で様子を見に行けないんですか?」
「確かに!後で試してみようかな……。それにしても、アンリさん。まるで行ったことがあるみたいですけど、もしかして昔は冒険者だったり?」
「うふふ、実はそうなんです」
「えぇ!?」
アンリさんの意外な過去に、タスケは心の底から驚いた。華奢で僕よりも非力そうなアンリさんも、冒険者だったなんて。
「まあ、自分の力量に限界を感じて引退したんですが」
「意外だなぁ……アンリさん、ギルドスタッフのイメージが強いから」
「ふふ。そうかもしれませんね。私もここでの仕事が天職だと思っていますから」
黒パンと一緒にテーブルに並んでいたリンゴを、アンリさんは左手に持つ。食べるのかなと思いきや。
「えいっ」
「おわっ!?」
なんとアンリさんは、リンゴを片手で粉砕したのだ。文字通りお手製のリンゴジュースとなって、潰れたリンゴは余すことなくコップに入っていく。そんな華奢な腕のどこにそんな筋肉があるってんだ……。
「頑張ってはいたんです。自分で過酷なトレーニングメニューを作って鍛えたものの、魔王討伐には至ることが出来ませんでした。私のパーティでは魔王どころか、魔王城前のダンジョンでもう限界になって……気付けば、このギルドに戻されていました」
「戻される……?」
「この冒険者ギルド・ブルクハーツの仕組みの一つです。戦闘不能となった冒険者は、強制送還され、ブルクハーツ内の宿で休養していただいています」
さっきも思ったけれど、本当に妙なところがハイテクだな。もしここに来る前に、誰にも助けられずに荒野で瀕死になっていたら……なんて考えるのもおぞましい。
冒険者登録をしていない状態で瀕死……それこそ今頃は狼の腹の中にいただろう。
「そういえばこの世界の生き物って、ショットみたいにみんな目がカメラになっているの? 」
「だいたいの動物がそうですよ。タスケさんが散々襲われたという狼も同様です。何度も追いかけられたのは、カメラ眼球で記憶されたからかと」
「なるほど……」
やっぱり、同じタイプの狼がよく追いかけてきていた理由はそれだったのか。
「特に狼は最近更に凶暴化していまして……。昔は人間にもよく懐き、ペットや家を守るために飼われていたというのに、今じゃ扱えるのは動物慣れしている羊飼いくらいですね」
アンリさんの言葉で、危ないところを助けてくれた羊飼いのおじさんが脳裏を過ぎる。確かに、狼のケツ叩いただけで撃退してたもんな……。
「その様子ですと、心当たりがあるんですね。勇者たちが敗北したという魔王の手下である魔龍ヒュドラも、同様にカメラ眼球を持っています。狼やショットたちよりも断然発達しており、この世界は魔王によって、常時監視されているようなものです」
「監視……ですか?」
「ヒュドラは魔王城上空を飛び回り、世界を見渡しています。なんでも魔王は、ヒュドラの眼球から得た情報を元に、世界を貶めようと企んでいるそうで……」
タスケはアンリさんの話を聞きながらも、地図上の魔王城に旗を突き立てる。なんだかちょっぴり、天下統一をした気分になるが、あくまで地図上のはなしだ。
もしもゴースケ状態で魔王城や他のダンジョンの下見が出来たら……勇者たちに取り入る理由を作れる!
そう考えた僕は、無意識に笑っていたらしい。
「フッフッフ……」
「タスケさん?どうしてそんな気味の悪い笑い方をしているんですか?」
やはり切れ味の良い言葉を言い放つアンリさん。丁度、昼休憩の終わりを告げる同僚の声が飛んできて、彼女は心配そうにタスケの表情を見ながら席を立つ。
今日もいろいろと教えてくれたアンリに笑顔でお礼を言い、タスケは部屋へと戻って行く。
「……よし。行くぞ!」
怪我をしていない右手で軽く自分の頬を叩き、タスケは一人意気込んだ。
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