Remembrance.16
「……あ、あぁ。しかしこう立て続けに知り合い以外でゲシュを受け入れる人と会うと、少し疑問も感じる。何故お前たちは、偏見を持たないのだ?」
"お前たち"とは、アツシとミルフィーユのことだろう。
ソフィルアの素朴な疑問に、アツシはベッドに腰を下ろしながら、「そーだなぁ」と考える仕種を見せた。
「ま、ミルフィーユはどーだか知らんが、俺の考えを言わせてもらえば、差別とか偏見なんてもんは連鎖反応みてぇなもんだと思うんだよなぁ」
「?」
不思議そうな顔で自分を見つめるソフィルアに、アツシは言葉を続ける。
「たとえば誰かが誰かを差別する……そうだなぁ、差別する側はなるべく力のある奴がいい。様々な意味で力があって、取り巻きが多いような奴。そいつが誰かを理由付けて差別すりゃ、周りの奴もそいつに従い揃ってそれを真似する。差別なんてさ、そんなもんだろ」
「……そんなものなのか?」
「そんなもんだって。ま、子供のいじめと同じだよ。時間と共に差別なんざ忘れられちまえばいいけど、そうじゃなかったら人はその差別が当たり前のことになっちまう。どうしてそれを差別するのか、明確な理由もわからないまま、ただ『皆がやっているから』という理由だけでそれを続けるようになんだよ。そう考えるとさ、ゲシュの迫害なんざバカらしいだろ?」
「……」
ニヤリと口元を歪めるアツシを、ソフィルアは無表情に見つめる。まだ少し話がわかっていないような顔の彼に、アツシは「じゃあさ」と再び口を開いた。
「今度は理由を考えてみようぜ。お前はどうしてゲシュが差別されるか知ってるか?」
「……魔の種族との混血だからか?」
「ま、大体はそんな認識だよな。間違ってもねぇ。だが具体的じゃねぇ。いいか、実はこの差別の問題に混血の部分はそう重要じゃない。問題は魔族がこの世界でまだ、魔法という力が使えるという部分にある。そしてゲシュはその魔族の血を少なからず受け継いでいるってのが問題なんだ」
「どういうことだ?」
問い掛けるソフィルアに、アツシは笑みを消して真剣な眼差しで答える。
常に優しげな色を宿す茶色の瞳が、この時だけは鋭い眼光を宿してゲシュの青年を見据えた。
「いいか? 人が魔族を恐れて、彼らをこの世界から排除しようとするのは何故か。それは魔族が人が遥か昔に失った魔法の力を、まだこの世界でも使えるというのが最大の原因なんだ。人は自分たちこそ未来永劫生態系の頂点に立つ生き物だと思ってる。しかし魔族はその人の上を行く能力を有している。それは人が魔法を失った現在は魔法。さらに魔族は、魔法の力を自力で増幅させることも出来る。ついでに彼らは長命ときた。こうなるとどう考えても、魔族は人の優位に立つ存在となる。人間はそれが許せないし、同時に彼らのその力を恐れ、それで人は魔族をこの世界から排除しようとするんだ」
人が魔族を嫌って恐れる理由は、今の自分たちは彼らに対してあまりにも無力だと、それを心のどこかで自覚しているからなのだ。
力を失い無力となった自分たちにとって、力のある魔族はとてつもない脅威。彼らに対抗しうるような力を持たない人は、異種族という理由以上に力ある彼らを嫌って、何か人を脅かすような行動を起こさせる前に人の世界から排除しようとするのだ。
「こう話すと、もうゲシュが嫌われる理由もわかんだろうよ。……そう、ゲシュは人よりも遥かに力を持った魔族の血を受け継いでいる。だが同時に彼らは、自分たちと同じ血も持っている。そこが人は許せねぇんだよな、ゲシュという生き物のその部分がさ。彼らは自分たちと同じ血を引きながらも、しかしその内には力ある種族の血も同時に有している。自分たちと同じであるのに、自分たちとは違う優位なる血を引く者たち……早い話が、人の嫉妬だな。ゲシュが人に迫害されんのは、自分らと同じ土台の上に立ちながらも、奴らが自分たちよりもはるかに有能だから。それが気に食わねぇ人々によって、ゲシュは魔族同様排除されるようになったんだ」
「……」
普段はふざけた態度しか見せない男の別の一面――なにもかもを悟ったような口ぶりで語るアツシの姿に、ソフィルアは話の内容そのものよりも、その変わりように驚き固まる。しかしアツシが一旦口を閉ざして意味ありげな視線を向けてくると、ソフィルアは金縛りが解けたかのように慌てて「そうか」とだけ返事した。
アツシは長い話に少し疲れたのか、「まぁ、あくまでこれはオレの考えだけどねー」と言って軽く肩を回す。そして彼は目を細め、薄い笑みを口元に浮かべた。
「人ってのは他者よりも優位に立ちたいと思う生き物だからな。勿論それは魔族も同じだ。だが優位に立とうとする人と魔族の決定的な違いは、その優位に立つときの方法なんだよ。弱い魔族は、他者よりも力をつけてその上に立とうとする。しかし人はその多くの場合、弱い自分を強くする前に他者をまず自分の下へ落とそうとする。そのほうがずっと簡単だからな。……それが、今のゲシュ迫害だろうね」
ゲシュは自分たちと同じでありながらも、しかし自分たちよりも高い能力を持つ存在。それに対する劣等感と、人が潜在的に持つ他者を辱めてその上に立とうとする心が合わさり、ゲシュはいつの間にか人に強い迫害を受けるようになった。




