A requiem 04
(聖女アリア……神……衰退した世界)
たった今入手した新しい単語を、ミルフィーユは反復する。
とりあえずこれだけ知識を得られた事は、大きな成果だとミルフィーユは静かに満足する。
(焦ってもいいことは無いしな……まずはこれくらい、ゆっくりの方が覚えられる)
「……あ。ホラ、あれ」
「ん?」
完全に自分の世界に入っていたミルフィーユ。リオの声に彼は、慌てて彼女を見遣る。
見るとリオは何か遠くを指差している。
彼女の指差す方向へとミルフィーユは視線を向けた。
”それが寂しさだと知らず”
”貴女は痛みを 唄い続ける”
「……あれは」
歌を歌い続ける街の住人たちの中心、そこには大きな灰色の彫像が立っていた。
ミルフィーユと、そしてリオの瞳の先に立つ、一人の女性の彫像。
リスティンの街の住人たちは皆、その彫像に向かって歌ったり、或いは祈りを捧げている者もいる。
ミルフィーユはそのある種異様な光景に、瞬時にその彫像の女性が何者かを察した。
そして、呟く。
「聖女……アリア……」
薔薇の飾られた、ウェーブのかかった長い髪の毛。清楚なドレス姿。優しげな眼差しと表情が精密に彫り込まれた顔は、あまりにリアル過ぎて石造りの彫像には見えない。
ぞっとするほどそれは美しく、そして生気すら感じられる。
「……ッ」
気付くとミルフィーユは、その場で一歩後ずさっていた。
あまりにリアルな聖女の像に、ただ圧倒された訳ではない。
けれどもミルフィーユは先程の"神"という単語同様、何か『懐かしい』ような感覚に目眩がしたのだ。
見たことも、名前すら知らなかったはずの"聖女"の像に。
(……何だ……一体……)
「……ミルフィーユさん?」
「ッ……あ、あぁ……何だ?」
心配そうなリオの声に、ミルフィーユは再度ハッとして彼女を見遣った。
「大丈夫? 何か顔色悪いけど……」
心配そうに首を傾げて問うリオ。ミルフィーユは確かに青い顔色ながら、しかし彼女に「何でもない」と弱々しく笑った。
先程の"神"、そして今の"聖女"の像……その二つに感じた『懐かしさ』は一体何だったのだろうと、ミルフィーユは眉をひそめる。
しかし記憶を手繰ろうとするのと同じで、これ以上この二つの事について考えようとすると、またあの酷い頭痛と目眩がミルフィーユの体を襲った。
どうやら記憶同様、頭と体がそれ以上の思考を拒んでいるようだった。
(……俺は一体……何を知って……)
”ここは堕ちた 偽りの楽園”
ミルフィーユの紫電の瞳はぼんやりと、人々の波の中心に立つ聖女の姿を見つめる。
石の聖女は生前のアリアの姿そのままに、何処までも清らかな微笑みを浮かべてミルフィーユを見返していた。
”たった一人 貴女の想いだけが真実で愛”
(……俺は、何を忘れたんだ……?)
「あれ? そういえば、リコリスさんは?」
ふとリオが辺りを見渡して呟く。彼女のその呟きに、ミルフィーユも
「え? ……あれ、いない……」
左右を見渡して言った。先程まで自分の隣で大人しくしていたと思ったら、いつの間にかリコリスの姿が消えていたのだ。
ずっと隣にいるとばかり思っていたミルフィーユは、慌てて近くに彼女がいないか捜す。しかし周りを見渡しても、目につくのは皆白い服を着て、歌を聖女像へと捧げるリスティンの住人ばかりだった。
仕方ない……と、小さく溜息をついてミルフィーユはリオへと顔を向ける。
「悪いリオ……俺はリコリスを捜しに行く。だから、これで……」
「うん、わかった。バイバイ、ミルフィーユさん。その……旅、気をつけて」
ミルフィーユの言葉にリオは頷き、手を振りながら彼女はそう言葉を返す。
親切な、しかし少し変わった青銀の髪の少女にミルフィーユは軽く手を上げて、そして彼は聖女の像とは反対の方向へとリコリスを捜しに走り去っていった。
「……」
リオは白い人込みの中へと消えていくミルフィーユを、彼と同じ紫電の瞳で見送る。