A wish 21
「……それにしても何だったんだろう、ここ」
不意に表情を変え、リオはぽつりと呟く。その言葉を耳にし、ミルフィーユも苦笑いを消した。
「何かの研究所っぽいんですよね」
「うん。でも、結局なんの研究所だったのかな~って思って」
リオが小首を傾げて、「やっぱり魔法、なのかな……」と言って目を伏せる。
アツシはそれを横目で見ながら、手にしたあの杖で自分の肩を軽く叩きながら口を開いた。
「たぶんリオちゃんが推測したそれで間違ってないと思うぜ。あそこは確かに魔法関係の研究をしていただろうな。だが……」
「?」
ミルフィーユの視線は、リオからアツシへと移る。
先程からどこか様子のおかしいアツシだったが、しかし今はいつものアツシらしい表情と態度だった。
だが、彼の口からはやはりいつもとは少し違う、彼らしくない台詞が次々と発せられる事となる。
「さっきの植物はこの世界のもんじゃねぇ。あれは魔界に生息する、生き物そのものや生き物の負の思念を喰らって成長していく化け物植物なんだよ」
「まかい……」
「あぁ。この世界とは歪んだ次元を挟んで隣り合い繋がっている、もう一つの世界のことだよ」
疑問を挟むミルフィーユに、アツシはごく簡単な説明を加えて話を続ける。
「で、だ。なんでそんな化け物植物があんなとこに潜んでいたのか……」
「そういえば不思議だね。アツシさんの言うとおり、あれが魔界のものだっていうんなら、自然にはこちらの世界には来れないはずなのに……」
リオの疑問はもっともだ。
ミルフィーユたちの世界"リ・ディール"と、魔族たちの世界"エレ"は大きな次元の歪みを挟んで隣り合って存在しているが、しかしその次元の歪みを自然な形ですり抜けて、隣り合う世界へ行くことは普通は出来ない。
「魔界とこの世界を行き来する方法といえば、召喚魔法ってのがあったって本で読んだことあるけど……」
リオのこの呟きに、アツシは「その通り」と言って彼女に頷いてみせた。
「おそらくその召喚魔法で呼び出されたんだろうな、あれは」
それを聞いて、リオは驚きのあまり「うそ!」と声をあげた。
「召喚魔法って……だって魔法はとっくに使えなくなった力だよ!? ど、どうやって……」
「その研究をしていて、結果人が失った魔法の力の再現に成功したから召喚を行ったか……あるいは、あの研究所には魔族が協力だかなんかしていたのかもな」
「まぞく?」
再びミルフィーユが口を挟む。
「そうだ。正式な種族名は古代語で"アトラメノク・ドゥエラ"。魔界に住まう闇の種族と、人間たちにゃ言われてる種族のことだ」
「でもアツシさん、その魔族が関わっているってどういうこと?」
リオが問う。
彼女の隣ではソフィルアも話に興味を持ったらしく、アツシへと真っすぐな眼差しを向けていた。
「あぁ……知ってるか? 魔族はこの世界に、実は何百何千と人の姿に化けたりして隠れ生きているんだ。そしてそいつら魔族は、このマナの薄れた世界でも自在に魔法を使うことが出来る」
「え!? マナが足りないのに、どうして?」
「魔族の肉体が、人間とは違うからさ。魔族は一度体内にマナを取り込んだ後、そのマナを自分の力である程度増幅させることが出来るんだ。人間とは違う肉体の細胞を持ってるってとこかな? 人にゃ出来ねぇことだが、しかし魔族の体はそれが可能なんだ」
「……そうか。それで魔法を使うのに足りないマナを、自分で増幅させて補っているってわけだね」
「そういうこと」
リオとアツシが頷き合うが、正直まだ色々理解しきれていないミルフィーユは、少し話についていけない。なので彼はもうこれ以上口を挟むのは止めて、大人しく二人の話を聞いていることにした。
「でも人があれを召喚したとしても、魔族が召喚したとしても……どっちにしろ、なんであんなものを召喚したのかな?」
「さぁな。……まぁ、こりゃオレの勝手な想像だが……」
リオの疑問に答えるために口を開いたアツシだったが、しかし彼は一旦言葉を切ってから頭上を見上げる。
晴天の青を見上げながら、アツシは少しだけ眼差しに淋しさを含めた。
「あの植物はな、生物なら生きていようが死体だろうがかまわずに喰っちまうんだ。だから魔界じゃもっぱら死体処理に使われる植物として有名らしい。この研究所も、同じことをしてたんじゃねぇのかな?」
「そ、それって……」
怯えたようにリオの声が震える。
「そうだな。研究で不要となった実験体とか死んじまった実験体とかを、あれに喰わせて処理してたんじゃねぇかってことだよ」
「ひどい……」
感情のままに、リオの唇から非難が零れる。それを聞いて、アツシは苦笑いを彼女へ向けた。
「だな。ひでぇ……まぁ、全部は想像でしかねぇが」
「だがこの施設は破棄されて長い時間が経っている。それなのに、あの植物はあそこでずっと生きていたがそれは何故なのだ?」
「あぁ、そりゃたぶん……」
アツシは眼差しをソフィルアへと向けて、もう一度残酷な推測を口にする。
「さっきも言ったが、あの植物は生き物と……あとその生き物が発した負の思念、特に人間などの高度な知能を持った生き物の怨みや憎悪といった思念エネルギーも好んで食すんだ。だから、あの研究所にゃそういった人の負の残留思念が、今もまだ膨大に残っていたってことじゃねぇかな」
「……それを喰らって、今も生き続けているというわけか」
ソフィルアの呟きは、つまりそれだけあの研究所では絶望的な実験が多く行われていたということだろう。
一部の研究者によって実験を繰り返された実験体の人々は、彼らを憎悪しながら死んでいき、その負の感情があそこには今だ多く残っているのだ。
それを考えたミルフィーユは、なんだか胸が痛む感覚を覚えた。
「結局今ここで語ったことは全て推測でしかねぇが……だが、人の欲望ってもんはキリがねぇ。だから、自分たちが望むもんの為に、ここにいた奴らはそういうことを平気でやってたんじゃねぇかってオレは考えるぜ」
――"人の欲望にはキリが無い"
「……」
アツシの静かな呟きを聞き、ミルフィーユはハッと顔を上げた。
「人間ってのは自分が本当に信じるものや、自分の目的の為ならどこまでも非情で残酷になれる生き物だからな。それこそ魔族の非情さなんて可愛いもんだと感じるほどに」
そうだ、人間は本当は何よりも残酷な生き物なのだ。
自分たちが信じて望むもののためならば、人間はいかなる犠牲をも良しとする。そして自分たちを正当化してしまう。
だから人は、自分たちの望む楽園を創造するために、大きな過ちを犯してしまった。
そして、その結果が……
「……?」
不意に自分の頭の中に浮かんだ思考に、ミルフィーユは僅かに眉をひそめる。
なんだろう、今の考えは。
俺は何も知らないはずなのに、でも大きな何かを知っている気がする。
それは多分、人間が犯してしまった大罪について。
でも、わかっているけどわからない。
「……」
「……ま、いいや。結局お宝は手に入んなかったけど、ここにゃ縁が無かったってことだな。冒険にゃよくあることだ」
アツシはぼんやりと何かを考え込むミルフィーユに近付き、彼の肩を勢いよく叩いた。
「痛っ! なんですか、アツシさん!」
「こんなとこにずっといてもしゃーねぇ。一旦街に戻ろうぜ」
不機嫌そうな表情を向けるミルフィーユに、アツシはにっこりと笑顔を返す。
「……はい」
「よーし、じゃあリオちゃんたちもついでに戻ろうぜ」
「あ、はい! ……ソフィーもいいよね?」
「あぁ」
「オケオケ、じゃあ行くか」
言いながら街へと戻る道に向かって歩きだすアツシ。それに続き、リオとソフィルアもゆっくりと歩きだす。
「……リコリスも行こう」
「……」
ミルフィーユは一人だけ距離を置いたところにずっと立っていたリコリスへ視線を向けて、彼女へ一緒に行こうと声をかけた。
リコリスは暗い瞳でミルフィーユを見つめ、やがてコクリと頷く。
そして二人もまた、アツシたちに続いて共に一歩を踏み出した。
【To Be Continued】




