A wish 14
ミルフィーユは深く考える様子もなく、普段通りの顔で「魔法って、確か……」と呟く。
そして不可解そうな表情を向けるアツシに、ミルフィーユはさらに驚くべき言葉を口にした。
「えっと……そう、FoRtunEhAPYLoVERHearT……だったかな?」
「!?」
ミルフィーユが今口にした言葉、それは普段彼らが使っている共通語などではない。
それとは明らかに異なるその言葉は、魔法を発動する時必要不可欠となる呪文の言葉――古代呪語。
「え、なに!? 今のってもしかしてレーゼベーナ?」
ミルフィーユが流暢に発してみせた呪文の言葉に、リオは驚きを通り越して呆然としたような表情を見せる。
するとアツシが「間違いない」と言って、彼は何故か険しい顔付きでミルフィーユを見遣った。
「今のは精霊語の古代呪語。……ミルフィーユ、お前なんでそんなもん知ってんだ?」
「え……?」
鋭い視線を向けられて問われたミルフィーユは、明らかに動揺した様子で「なんでって……」と呟く。
「これって変な事なんですか?」
「あぁ、変だな。言ったろ? 魔法は失われし力、過去の時代のもんだ。その言葉を知る者すら、現代じゃ少ない」
きっぱりと否定するアツシに、ミルフィーユはさらなる困惑の表情を顔に浮かべた。
「そんな……そもそも魔法が過去の力だっていう話も、俺には何がなんだか……だって、魔法は」
「?」
"なにか"を口走りかけるミルフィーユだったが、しかし彼はそこでその言葉を中断させる。
そしてミルフィーユは困惑を一層深めて、「あれ……?」と言いながら頭を抱えた。
「いや、違う、魔法は失われた力だ……魔法は……まほう? 記憶を失ったはずの俺は、そもそも魔法なんて知らないはずだ。じゃあなぜ俺は魔法を知ってるんだ? ……魔法って、なんだ?」
脳内に渦巻く困惑と疑問をそのまま口走るミルフィーユの様子に、アツシは何やら嫌な予感を感じて、深刻な顔付きで呟きを漏らす。
「……まずいな」
アツシは以前船の上であった、ミルフィーユの記憶の混乱のことを思い出す。今の彼の様子は、その時の様子ととてもよく似ている。『このままだとミルフィーユは、またあの時のように重度の混乱に陥るかもしれない』という考えが、アツシの脳裏を過ぎった。
そしてアツシは咄嗟に、暴走を始める彼の思考を止めようと動く。
「魔法は一体、いつ失われた……? 俺は……」
「おい、ミル……」
しかしひどく混乱するミルフィーユを止めたのはアツシではなく、別の白く細い手だった。
その手はアツシの手を押しのけ、ミルフィーユの横から伸びる。そして頭を抱えて譫言を呟く彼の顔に手は向かい、左右の頬を挟んで掴み上げた手は、俯く彼を無理矢理正面へと向かせた。
「っ!」
顔を上げさせられたミルフィーユは、その正面に深紅の瞳を見る。
「リコ……リス……」
「……」
ミルフィーユの頬を両手でしっかり挟んだリコリスは、驚愕する彼に怒ったような困ったような微妙な表情を向けて、彼を強く睨んでいた。
それはおそらく彼女自身も、どんな顔をすべきかよくわかっていないからだろう。
「……」
リコリスはミルフィーユと数秒見つめ合った後、突然彼の頬から手を離して、解放したミルフィーユの肩を軽く押しやる。
「り、リコリス……?」
何がなんだかわからないミルフィーユに、しかしリコリスは何も説明する気がないようで、彼女はそのまま彼へ背を向けてアツシの背の影に隠れてしまった。
「?」
首を傾げて「何なんだ?」と問うミルフィーユに、何も言わないリコリスの代わりか、アツシが軽く笑いながら口を開く。
「はは、リコちゃんはお前の心配したんだろうよ」
「え、心配ですか?」
「そーさぁ。……多分」
アツシは何故か得意げに笑って、背後に隠れるリコリスに「な、そうだろ?」と声をかけた。
しかしやはりリコリスは無反応で、ミルフィーユたちに背を向けたまま動かない。
「……」
「うーん、こりゃリコちゃん照れてんだな。ま、何にせよミルフィーユ、お前今度からあんまり深く考えるの禁止な!」
アツシは強い口調でそう言うと、ミルフィーユをビシッと指差して、呆気にとられた表情をする彼へ「いいな!」と念をおした。
「な、何でですか?」
「何でって……お前は深く悩みすぎると、脳みそどっかにトリップさせるから駄目なんだよ!」
「うっ……」
アツシの言うことはわかる。
ミルフィーユ自身も、自分が時折陥る記憶の混乱が場所を弁えないせいで、周りに迷惑をかけているとは理解しているのだ。
しかしわかってはいるが、目の前のアツシの妙に威張った態度は、どうにかならないのだろうか。
「……わかりましたよ」
何故か偉そうに踏ん反り返るアツシの態度が気に入らないも、ミルフィーユは彼の言葉に素直に頷く。
「ん、よろしい。……まぁ、お前がそうやって深く考えたい気持ちはわからないでもねぇが、けどあんまり焦るのもよくねぇと思うしさ」
「……」
アツシは苦笑いを口元に浮かべて、まるで小さな子供に対して行うように、ミルフィーユの頭を軽く撫でる。
「ちょ……」
アツシの子供扱いにミルフィーユは抵抗を示し、彼は「止めてください」と言ってアツシの手を払う。するとアツシは何故か楽しそうに、「うははははっ!」と豪快に笑った。




