A requiem 01
ここは神に 見捨てられた楽園
”慈悲も無い 救済もない 愛も無い”
”たった一人 貴女だけが楽園の使者”
”貴女は紡ぐ”
”くちづけだけでは嘘になる言葉を”
”それが寂しさだと知らず”
”貴女は痛みを 謳い続ける”
”ここは堕ちた 偽りの楽園”
”たった一人 貴女の想いだけが真実で愛”
「……歌?」
風に乗って流れる不思議なメロディーに、ミルフィーユは無意識に呟いた。
どこか繊細で哀しいメロディーと、一人では無い複数の人間の歌声。
隣で俯き加減に歩いていたリコリスも、ミルフィーユの声と風に運ばれる歌声に思わず顔を上げた。
◆◇◆◇◆◇
ミルフィーユが記憶を無くして目覚めた森。そこで出会った言葉を喋る事の出来ない女性・リコリス。
彼女に介抱され、そして何故か勢いのようなもので彼女と共に旅に出ることとなったミルフィーユは、とりあえず森を出て近くの街へと向かうことにした。
リコリスの話だと(といっても、大地に木の枝で文字を綴ってのものだが)森を西に抜けて直ぐの所に、幸運なことにも街があるらしいのだ。
自分の名前と唯一つ、"マヤ"という名の少女の記憶しかなく、それ以外の自分の過去一切を忘れていたという事実。ミルフィーユは何故自分があの森で倒れていて、そしてどうして"マヤ"という少女の記憶しかないのか……自分に起きた様々な謎を解くために、取りあえず殆ど放浪のような旅をスタートさせることにした。
何より自分は、記憶を無くす以前に"マヤ"を探していた気がする。
とにかくその"マヤ"が全ての鍵を握っているのかもしれないと、一筋の望みも込めてミルフィーユは彼女を探すことにしたのだった。
一人の美しい、しかし言葉を無くした女性と共に。
「……歌だ、やっぱり」
ミルフィーユは耳を澄ませて、驚きの混じった声で呟いた。
リコリスはとくに反応ある顔はしていなかったが、しかし僅かに首を左右に動かしている。どこからともなく聞こえる歌声の発生源を探しているようだった。
さして大きくもない森を出て数分。幸いにもここまで魔物のような敵と遭遇もせず、二人は今林道のような所を歩いていた。
森よりは少ないが、それでも灰色の道の左右は高い木々が列んでいる。そしてその木々の隙間から、吹き付ける弱い風に乗って不思議な歌声が流れてきた。
その旋律は静かで、けれども悲痛な何かを訴えるような音の波。
歌声は独りではなく、微かに聞こえるソレは男も女も、子供も老人も混じった多数の人間のものだった。
絶望の叫びにすらも聞こえる、旋律に乗せた詞の語り。
「……何だろうな、一体」
「?」
疑問の言葉と共にリコリスを見遣るミルフィーユだったが、喋れない彼女は黙って小さく首を傾げるばかりだった。