A wish 08
太い鎖と鉄の錠前で厳重に閉ざされた扉の向こう側に続いていたのは、底の見えない暗闇へと続く長い下りの階段だった。
「暗い、ですね……」
「こりゃ地下へ続いてるって訳だな。……ますます怪しいぜ」
その言葉とは裏腹に、怪しい地下へと続く階段というシチュエーションに冒険心が疼くのか、アツシは楽しそうな笑みを口元に浮かべていた。
「アツシさん、本当にこれ行くんですか?」
行く気満々のアツシとは対称的に、心配そうな表情を浮かべながらミルフィーユが問う。
アツシはもちろん頷き、「当たり前だろ?」と言ってミルフィーユを見返した。
「でも、すごく暗いですよ? 危ない……」
「お前は真面目なうえにかなり慎重派だなぁ。大丈夫だって、たまには冒険してみろよ!」
アツシは逞しく大声で笑うと、不安げに表情を曇らせるミルフィーユの肩をおもいっきり叩く。
「いたっ! な、何するんですか!」
「心配すんなよ。こーいう時の為に天才的なオレ様はしっかりランプだって持ってきてんだぜ?」
得意げな様子でアツシは笑うと、背負っていたリュックから小さなランプを一つ取り出す。
そして彼はランプに手早く明かりを燈すと、「な?」と言ってミルフィーユにウインクをしてみせた。
「さ、これで準備はオッケーだな!」
ランプの小さな明かりを翳し、アツシは先の見えない闇色の地下へと足を向ける。
するとミルフィーユの表情は、一層不安げに歪められた。
「……こんなに怪しさ極まりないとこに、本当に行くんですね」
「しつけーな、だーから行くって言ってんだろ? ミルフィーユ、お前はもう少し勇気と度胸と少年の心を身につけろって」
「……ハイハイ」
少々納得のいかない顔をしながらも、アツシとリコリスの後に続いて、ミルフィーユは薄汚れた階段を慎重に下っていく。
埃っぽさに加えて空気も澱んだ雰囲気のある階段の先に、一体なにがあるのか……気が進まないながらも、ミルフィーユは闇に誘われるようにして先に進んだ。
闇というものは、光だけではなく音も掻き消してしまうのだろうか。
そんなことをも感じさせるほどに静かで、そして不安を煽る漆黒色の地下空間。
アツシが持つランプの小さな明かりだけでは些か心細いものがあり、3人の一番後ろを歩くミルフィーユは、冴えない表情で後方を警戒するように何度も振り返った。
弱い橙色の炎が照らし出す範囲は、ひどく狭い。
その範囲からミルフィーユが見た遺跡の地下空間は、どうやら建物の雰囲気や造り自体は上の階とさして変わりはないように思えた。
今はすっかり黒ずんでしまった元は白い壁に、無駄な装飾などが一切無いひどくさっぱりとした通路。
しかし奥へ奥へと進むうちに、ミルフィーユの鼻先は強い生臭さを感じるようになった。
長い間ずっと地上と切り離されていた空間は、空気の入れ替えが無く篭りっぱなしだったのだろう。だが、それにしても空気が悪すぎる。
気分が悪くなるような息苦しさを感じて、ミルフィーユはアツシから受け取ったハンカチで口元を押さえた。
「……なんか嫌な匂いだな」
いつしかアツシもそんな台詞を呟き、眉をしかめる。
彼の後ろではリコリスも服の袖で口元を押さえて、その匂いを嗅がないようにしていた。
「やけに厳重に閉めてあったから、何かあるんだろうけど……どうもいい予感はしねぇな」
「……」
アツシの声に、ミルフィーユは無言で目を伏せた。
確かにこの胸を圧迫するような空気、異様なほどに静かで不安を駆り立てる闇、それらにいい予感など一切感じない。
やがてアツシは不意に足を止め、右手側に現れた白い扉の前に立った。
「部屋だな」
それまでは一本道の通路でしかなかった場所に、初めて部屋らしきものが姿を現す。
アツシは迷わずに、錆び付いたその扉を開け放った。
その瞬間、冷えた空気が纏わり付くようにミルフィーユの体を撫でる。
「ッ!」
気味の悪い空気の流れに、思わずミルフィーユは表情を強張らせる。
知らず震えた体を押さえるように、彼は右手で左の肩を抱え込むようにして掴んだ。
中へと足を踏み入れたアツシはランプを頭上高くに掲げ、部屋の中の様子を窺うように視線を鋭く巡らせる。
部屋の内部はひどく荒れており、金属の光沢を反射させて光る実験器具や台が床の上に転がっていた。
「二人共、足元に気ぃつけろよ」
アツシは言いながら大きく足を開き、ほとんど壊れた椅子を跨いで通る。
「……なんですか、ここは」
上の階以上に異様な雰囲気を感じさせる、おそらくは研究室の一つであろう部屋の様子に、不安に歪んだ表情を隠すことなくミルフィーユは呟いた。
「さぁな……だがどうやらさっき言ってた『いい予感はしねぇ』っての、早速大当りみてぇだぜ」
「え?」
アツシの意味深な言葉に、ミルフィーユはリコリスと共に彼の元へと足を向ける。
「これ見てみろよ」
アツシはそう言って、近づいてきた二人に何かを見せようと、手にしたランプを自分の正面に向けて突き出した。
揺らぐ橙色の光が照らし出したものは、中は完全に空となって、半分ほど壊れた巨大な培養槽。
そしてその中には、埃や黒ずんだ汚れと共に、薄汚れて形が崩れた白骨がいくつも転がっていた。
「なっ……なんだこれ……」
大きさからして、それらはおそらく人の骨だろう。
不気味なその光景に、ミルフィーユは驚きの声を発して一歩後退した。
「さぁな……けどよ、ここがなんかの研究所だったってことを考えたら、何となくいい予感はしねぇってことくらいお前もわかったんじゃね?」
「……」
やけに冷静に聞こえるアツシの言葉に、ミルフィーユは硬直したまま息を飲む。
彼が言わんとしていることの意味を察し、ミルフィーユは体温が急激に下がるような感覚に陥った。




