lost 05
そんなミルフィーユの台詞を聞いて、少し困ったように彼女は首を傾げた。
今までの会話(?)の中で、1番人間らしい……というと変だが、その困ったように首を傾げる仕種になんとなくミルフィーユは頬が緩むのを感じた。
どこか無機質とも思えるほど無表情で反応の薄い彼女だったが、そういう仕種も出来るのかとホッとしたのだ。
知らず柔和な笑みを浮かべるミルフィーユに、彼女はまた不思議そうな目を向けた。
ハッとしてミルフィーユは慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、うん、そうだな……じゃあどうするか……」
適当にそんなことを口走ってみるも、何もいい案は思い付かなかった。
「何か名乗りたい名前とかないか?」
「……」
彼女は暫く考えたように止まった後、黙って首を横に振った。
やはり…と、何となく予想していた反応にミルフィーユは再び困惑する。どうするべきなのだろう。
ふぅ……と、少し疲れたように大きく息を吐いた。
あまり自分のことはよくわからないが、多分直感で自分はこういうことを考えるのは得意ではないとミルフィーユは思う。
他人に、ましてや女の人に変なセンスの名前でもつけてしまったら大変だ。そう思うとますます困る。
(……う……ん)
しかし気がつくと目の前の彼女の瞳が、自分に何かを期待しているようなものになっていた。じっと真っ直ぐにミルフィーユを見つめてくる。
「う゛……」
すっかり追い詰められたミルフィーユは、その彼女の真摯な瞳を見ていられなくなって、思わず気まずそうに目を反らした。
「……ん?」
ふと、青々と茂る緑の中によく栄える赤色を見つけて、ミルフィーユは思わずソレに視線を奪われた。
それはいくつもの赤い花弁をつけた、燃えるような赤い色をした小さな花。
「……なぁ、君はあの花の名を知っているか?」
「?」
ミルフィーユはおもむろにその花を指差して、彼女に問い掛ける。
彼女は真っ直ぐにミルフィーユの指差すその先へと顔を向けた。
「……」
一瞬の沈黙の後、こくりと小さく頷く。
それを横目で確認したミルフィーユは、指を下ろした。
「そうか。……何て言う花なんだ?」
「……」
不思議なミルフィーユの質問に、彼女はやや訝しげな様子で視線をミルフィーユへとうつす。しかし、素直に問いに答えようと木の枝を滑らした。
――リコリス
「……リコリス、か」
彼女が今だ不思議そうにミルフィーユを見上げる。ミルフィーユはその花の名を確認するように反復した。
「……?」
どこか嬉しそうに、自然な笑みを浮かべるミルフィーユ。
「何だかとんでもなく変な名前だったらどうしようかと思ったが……うん、リコリスなら大丈夫だよな」
独り言のようにそう言って、ミルフィーユは頷く。
そして名も無い彼女に、優しげな表情を向けて告げた。
「じゃあ、君の名前はリコリスだ。あの花が君の目と同じで……燃えるような赤い色で、綺麗だと思ったんだ。どうだ?」
「……」
照れ臭そうにそう宣言するミルフィーユ。彼女は驚いたように一瞬大きく瞳を見開いた。そして、躊躇いは無い様子でゆっくりと頷いた。
少しだけ笑ったように見えたのは自分の気のせいだろうか。
ミルフィーユはそんなことを思いながら、じっと自分を見上げる彼女に向かって、真っ直ぐ右手を伸ばした。
「……じゃあ、改めて宜しく。……リコリス」
「……」
リコリスと名付けられた彼女は、返事をすることの出来ない変わりに黙って大きく首を縦に振った。
そして、ミルフィーユの右手に自身の右手を重ねた。
――新歴562年
11番目の月・12
【To Be Continued】