The Cage of Dreams 12
「……」
日が本格的に落ち、街が篝火の炎に照らされ始める。
宙をヒラヒラと舞う花弁は、そのオレンジの火の光を受けながら、気まぐれに色を変えてリコリスの近くを舞い踊る。
リコリスは僅かに身を乗り出し、細い指先で花弁に触れようとさらに手を伸ばした。
「っ……!」
あと少しで、捕まえられる。
しかしリコリスが花弁へ触れる前に、彼女の腕は別の何者かによって強く掴まれた。
「!?」
「あんた、こんなところに一人でいて何してんだ?」
温かい、他人の体温が腕から伝わる。それに触れられた瞬間、リコリスは弾かれたように顔をあげ、自分の手を掴む者の顔を確認する。
それは男で、若い顔。赤茶色の髪を短く刈った髪型の、大柄で筋肉質の男性。
「あ、やっぱり女の子だ。長い髪がちょっと見えたからもしやって思ったんだよね。てかあんた、すっげー美人じゃん。なんかどっかで見たことあるような顔だけど」
「……」
男はマントから覗くリコリスの顔をまじまじと見つめ、「ラッキー」などと口にしながら小さく口笛を吹く。
そのまま男は困惑するリコリスの手を引っ張り、「こんなとこに一人でいないで、あっちでオレと遊ぼうぜ」と言って口元を卑猥に歪めた。
「な、いいだろ? あんたさっきからここに一人でいるじゃん。暇ならちょっと、ね?」
どうやら彼はずっとリコリスを監視して狙っていたらしい。ある程度日が落ち、暗くなるのを見計らってから彼女に近づいてきたようだ。
「……っ」
「ほら、こっち」
男は顔付きだけ見れば一見ただの優男だったが、しかし彼も冒険者かなにかなのか、無理矢理リコリスの腕を引っ張る力は強い。
あるいは、男は所謂"マーダー"と呼ばれる悪党なのだろうか。
男は抵抗するリコリスを「いいからこっち来いって」と言い、力任せに暗く細い路地へと連れ込む。
すぐに身の危険を感じたリコリスは必死で腕を振り払おうともがくが、最後には男に押し飛ばされてしまい、彼女は硬い日干し煉瓦の壁に背中を強く打ち付けた。
「っ!」
「あんま抵抗しないでよ。乱暴な真似はしたくねぇからさ。ま、大声出さないでくれんのはありがたいけど」
背中の痛みに苦悶の表情を浮かべつつ、暗がりに浮かぶ男の嘲笑をリコリスは睨みつける。
大声を出したくても出せないのだ。代わりに男を蹴ってやろうとリコリスが動きかけるも、しかしすぐに男の屈強な腕が伸びてきて彼女の両腕を拘束する。そしてリコリスを煉瓦の壁に縫い止め、さらに彼女が動けないよう、男は体を密着させてリコリスの体ごと壁に押し付ける。
「……」
完全に動きを封じられたリコリスは、悔しそうに浅く息を吐き出した。
「あんた、近くで見てもやっぱりすげぇ綺麗な顔してんな……」
男の囁きと共に、生暖かい吐息がリコリスの唇に触れる。
間近にある男の淫猥な笑みに対し、リコリスは気丈にも鋭い睨みを返した。これから男が自分に対してなにをしようとしてるかぐらいリコリスにもにわかる。それがわからないほど、彼女は世間知らずで無知な女ではない。
男の唇から荒い興奮の息が漏れ、それに激しい不快感を示すように、リコリスは眉を寄せて表情を歪めた。だがその顔は次の瞬間、驚愕のものへと形を変える。
「っ!」
ぬるりとしたものが、唇に触れる。無遠慮な不快感が広がる。男の唇だ。それが今、リコリスの唇を塞ぎ、そして男はさらに咥内へと舌を侵入させようとしている。
気持ち悪い。
リコリスは反射的に顔を背けようとするも、しかし男が全体重をかけて体を拘束しているため、上手く動けず抵抗出来ない。
だがこのまま易々と、男の好き勝手させるわけにはいかない。リコリスは口の中に侵入してきた男の舌に、おもいっきり噛み付いて抵抗した。
「っぐあぁっ! がっ、……てぇっ、コイツ……っ!」
「っ……」
唇の端から少量の鮮血を零し、痛みに気が動転した男は、リコリスの拘束を解きながら後ろに飛びのく。
リコリスも同様、唇の端から男の血を滴らせ、少し混乱している頭で「とりあえず逃げなくては」と考えた彼女は、即座に男に背を向けて駆け出す。
しかし男も反応早く、逃げ出すリコリスを後ろから押し倒し、そのまま羽交い締めにして、再度彼女を拘束した。
「チッ……可愛い抵抗してくれんじゃん。……ムカつく」
底冷えする、冷ややかな怒りを宿した男の瞳がリコリスを見下ろす。
男はリコリスの羽織るマントと、彼女の上着を一緒に掴むと、戸惑いなくそれらを一気に縦に引きちぎる。
リコリスが腕を振り上げて抵抗すると、「暴れんなよ!」と彼女を一喝し、男は彼女の顔を強く殴った。
右頬に強い衝撃を受け、一瞬リコリスの抵抗が止まる。その隙に男はリコリスのスカートも引きちぎろうと手を伸ばした。
「あはは、可愛いなぁホント。無駄な抵抗だってのにな」
ビリビリと布が裂ける音が、遠くで聞こえる楽団の奏でる演奏の音に混じる。
いつの間にかリコリスの両腕は頭上でひとまとめにされ、男の腕一本で束縛されていた。その為彼女が出来る抵抗といえば、自由な足を激しく動かすことくらいだ。しかしそれもたいした抵抗にはならず、男は余裕な笑みを浮かべて彼女を見下ろしていた。
「いいじゃん、そんな嫌がるなよ」
街を包む祭の音楽と喧騒が、どこか遠くの世界のもののように聞こえる。
耳元で囁かれた男の言葉に、リコリスは深紅の瞳を見開いた。
「楽しもうぜ?」
淫猥な笑みが向けられる。吐き気がするほど、欲に満ちた笑み。
月光に照らされたそれを、リコリスは無表情に見返す。
彼女の唇が、微かに動いた。




