lost 04
ぐいっ……と、服の裾を引っ張られてミルフィーユは首を傾げた。
そして、引っ張られた裾を見てみると、彼女の手がしっかりとミルフィーユの服の裾を引っ張っていた。そのまま困惑顔で彼女へと視線をうつすと、相変わらずの無表情でじっとミルフィーユを見ていた。
「?」
ますます疑問符を頭に浮かべ、とりあえずミルフィーユは問い掛ける。
「あ……どうした?」
「……」
すると彼女は黙って立ち上がる。そして2、3度強く服の裾を引っ張った。
「? ……え、まさかついてくるのか?」
「……」
まさかなと思いながら問うと、僅かにだが頷く彼女の姿にミルフィーユは戸惑う。
「……どういうことだ?」
「……」
決して突き放した言い方ではないが、自分についてくるという彼女にミルフィーユは否定的なニュアンスを含めて言葉を投げ掛ける。
助けてもらったことは感謝しているが、しかし自分なんかについてきても、何もいい事はない……と、思う。
だからこその疑問なのだが。
「ん?」
思考していると、彼女は再びしゃがみ込んで何かを地面へと書き綴った。
――ついていきたい。私も一緒に、行きたい。
「え? ……まさか俺と旅をするってことか……?」
コクリと頷く姿に、この森を抜ける辺り位までの距離しか考えていなかったミルフィーユはますます戸惑う。
「……しかし」
自分は記憶も無ければ、唯一人の少女をあてもなく探す旅をする予定なのだ。そんな自分についていくなんて、自分で言うのもアレだが余程の物好きだろう。
しかし彼女はじっとミルフィーユを見つめる。その瞳が先程のような虚無の瞳ではなく、時折彼女が見せた強い意思のある瞳なのを感じた。それに気付き、真剣であろう彼女の想いを受けてミルフィーユも考えた。
「……そりゃ、俺も何も知らない世界を一人で旅するよりは、誰かについていってもらえるなら嬉しいが……」
ミルフィーユは彼女に確認するように言った。
「しかしいいのか? 君には家族とか、自分の生活とかがあるんだろう?」
すると彼女はその言葉を聞くなり、首を左右に振ってそれを即座に否定した。これにはミルフィーユは驚く。
「え、そうなのか?」
「……」
もう彼女が黙って見つめるのは肯定の意味と悟ったミルフィーユは、この彼女の沈黙に小さく「そうか」と呟いた。
「知らなかったとはいえ……悪い」
僅かに紫電の瞳を伏せて、気まずい面持ちで謝罪するミルフィーユ。
しかしそんな彼の態度に、彼女は何故か不思議そうな顔でミルフィーユを見た。何故彼が謝るのかを理解していない様子だ。
「……えっと」
「?」
どこか普通とは雰囲気も様子も違うこの女性に、ミルフィーユは少し困ったように頭をかく。
(……俺と旅するなんて申し出る時点で、変わってるか)
「でも、どうして……」
もっともなミルフィーユの疑問。その言葉に、彼女は僅かに目を細めた。
少しばかり思考するようにミルフィーユを見つめて、やがて
――あなたのことを、もっと知りたくなったから
と、受け取りようによっては告白だと間違うようなセリフを、とくに照れる様子もなく書き綴った。これには逆にミルフィーユがぎょっとする。
「えっ!?」
思わず裏返った声を上げてしまった。
躊躇う様子もなく、そんなことを告げる彼女の視線にミルフィーユは「えっと……」と、どう反応していいのかわからず困惑しきった。
おそらく数秒の沈黙。しかしミルフィーユには物凄く長く感じた沈黙の後、返事を求めるように自分を見つめる彼女の視線に耐え切れず
「あ、えと……それではじゃあ…宜しく……?」
おもわずそんな答えを返してしまった。言った後に「いいのか?」と思ったがもう遅い。
無表情に、けれどもしっかりと頷く彼女を見て「あぁ、何だか話がまとまってしまったようだ」と、ミルフィーユはぼんやりと思った。
記憶がとんでしまった後の覚醒でいきなり美女に告白まがいのことを告げられ、ノリというか勢いで一緒に行動を共にすると約束してしまった。
この早過ぎる展開に、自分の頭が少しついていけない。
「えっと、なら尚更君に名前がないと不便だな」
「……?」
とりあえずどうすべきか……と考えたミルフィーユは、そういえば彼女が名前が無いと言っていたことを思い出す。